MR.GRAY:THE KNIGHT OF MODERN ERA#23
アーサー王登場以前のブリテン島の歴史について。
登場人物
―ウーサー・ペンドラゴン…ブリトン人の先王、ペンドラゴン王の弟。
―マーリン…ヴォーティガーン在位中からブリトン人の宮廷に仕える魔術師。
―ヘンギスト…オーディンの曾孫、アングロ‐サクソン諸族の共同族長。
―ホーサ…オーディンの曾孫、アングロ‐サクソン諸族の共同族長。
―ヴォーティガーン…簒奪者、ペンドラゴン王の前に君臨していた王ないしは首長。
―ドレスト一世…百年君臨し百戦百勝した百年王、北方ピクト人王国の王。
五世紀中期:ブリテン島
およそ知られる限りにおいて、アーサー王伝説程普遍的に愛される物語があろうか、と問う者もいる。世界中で愛されるこの物語群は島側及び大陸側でそれぞれの発展を遂げつつ島側でそれらが纏め上げられ、無数の原型を持つアーサー王諸神話を統合した『アーサー王の死』をもってある種の完成を見た。
しかし一つ避けられない事実がある。この驚天動地にしてどこまでも輝かしく、そしてどこまでも切ない騎士道物語と実際の歴史とでは、説明のしようのない隔たりが少なからずあるのである――ヴォーティガーンが見た白と赤のドラゴンやランスロットのサイクルに登場する湖の乙女の事を言っているのではない。
そのような不可思議なる超自然の実体は実際には実在しているか、それ以上の理不尽な超常存在が闊歩しているのが常であるからだ。
歴史との乖離、それは例えばアーサー王の治めるログレス王国が大陸側へも勢力を拡大し、ローマすら下す巨大連合王国のようなものを構成した部分であろう。
この部分は歴史を知る者にとってはある種の失笑を買っても不思議ではない。当時のブリテン島諸勢力にそこまでの力は無かったと歴史家は述べる事だろう。
ではもし、実際の歴史とアーサー王伝説が両立可能であるとすれば、それはどのような形であろうか?
アーサーの伯父ペンドラゴン王が身罷り、当時即位前であったブリトン人の先王は兄の死を深く悲しんだ。
先王の傍らに控える魔術師は、卑劣なる悪魔が有する過去を知る能力を神自身の恩寵によって継承し、そして神御自らの未来を知る能力もまたその恩寵に含まれたとされるため、魔術師は空に現れたドラゴンが何を意味するかを先王に説明し、ペンドラゴンの最期がいかなるものであったかも詳細に語った。
だがその前に、霧の島が辿ったこれまでの経緯も語られねばならない。
ペンドラゴン即位以前:ブリテン島
ブリトン人とは系統上兄弟の間柄にありながら不倶戴天の敵である事は疑うべくもない戦化粧の民――ないしは刺青の民――を霧の島から駆逐するために、あろう事か援軍として大陸の諸族を呼び寄せた簒奪者の故事は、『有害生物駆逐のために輸入した外来生物』という現代社会の問題にも通じる愚行であった事は間違いない。
来寇したのは大陸の諸族、そしてそれを率いるはウォーデンの後胤なりし二児。神話時代の後裔たるその生まれながらの恩寵、並びに己らの民族全体にも及ぶと思われた莫大な権力。
当時はそれら権力が物理的ないしはその他の武器として当たり前のように使用されていた時代であり、三つの兄弟民族の首長として君臨したウォーデンの後胤なりし二児が向かう所敵無しの勢いで大暴れしたのも納得が行く話であろう。
無論の事だが、簒奪者とて何も無警戒に大陸の諸族を呼び寄せたわけではない。しかし簒奪者自身をも脅かせる彼らの権力の強さを見てもなお、簒奪者はウォーデンの後胤なりし二児をどこか見下して過小評価していたのだ――異教徒の蛮族など最終的には不要になればどうとでも処分できるとして。
ともあれ大陸の諸族は霧の島の豊かさを知った――その味がいかに美味であるかを。だが彼らはぼんやりとした野望を秘めたまま、雇われの戦力としてひとまず刃を振るった。
当然ながら犠牲は避けられない。改宗して牙を抜かれたブリトン人とは違い、戦化粧の民は古来の宗教と基督教とが入り混じった宗教観を持ちつつ、明らかに研ぎ澄まされたナイフのままか、あるいは荒々しい造りの剣のままであった。
ウォーデンの後胤なりし二児とて悲しみが胸に突き刺さるのを無反応に受け流す事はできず、志し半ばで倒れる同胞を深く悼んだ。そしてある時、ウォーデンの後胤なりし二児は簒奪者が己らの戦死者供養を遠巻きに嘲笑うのを発見した。
簒奪者は言った、野蛮な原始宗教を崇めて堕落した祭祀に浸る|
血腥い獣である、と。なればこそウォーデンの後胤なりし二児は思ったのである、必ずやこれらブリトン人めをこの霧の島より追い落とす。必ずやこの豊かな地を我らの今後の礎とする。
そのためならば、決起する日までは喜んで傭兵稼業の仮面を深く被り、恐るべき強敵たる戦化粧の民と鎬を削ろうぞ、と。
ところで視点を変えれば戦化粧の民もまた生き残るために必死であった。彼らの中でも最大の規模を誇った霧の島北方の王国にて、百年近い君臨を続ける伝説的な王が玉座にいた――と言ってもかの百年王、戦争に明け暮れていたためほとんど玉座は留守であったが。
かの王、百戦百勝の王であり、負けを知らぬままであった。彼の高まり続ける権力は老化すらも彼方へと蹴り飛ばし続け、その権力を攻撃へと転用すれば山を根本まで切断できた。
ウォーデンの後胤なりし兄弟もまた、戦化粧の民との戦争の内、己らが直接指揮を取らぬ戦いにおいては敗北が増えている事を知った。そしてそれらの敗北した戦場には必ず百年王がいたのだ。このままにしてはおけぬ、必ずや奴を討ち取らねば、と。
かくして歴史は英雄同士の対決を強いたのであろう――片やウォーデンの後胤なりし二児、片や百年王。
いかに愚かなる簒奪者がこれら異民族同士の激突を内心小馬鹿にしていようとも、己の君臨にこれら英雄達の権力が向けられれば、全ブリトン人の王たる己の保有権力をもってしても、恐らくは無事では済まないと知っていた。
「貴様の力はその程度か! 俺は五〇〇の兵を一〇〇〇と号する事ができるのだぞ! 今すぐ冥界へと送ってくれる!」
顔面の大部分を覆える面頬が取り付けられた兜を深く被り、ウォーデンの後胤なりし兄は一リーグにもなろうかという距離から相手向けて叫んだ。
兜と鎖帷子で全身を保護し獣の皮を加工した黒衣を纏う彼は魔術のごとく紫色に輝く刃の剣を振るい、ローマ人のそれよりも小さな盾で戦化粧の民の兵士を殴打した。
跳躍して落下しながら剣を新たな敵兵へと突き刺し、突き刺さったままの剣の柄から手を離すと背負っていた投げ槍を投げた――それは敵を追い求めて紫色に輝きながら勝手に飛び回り、数十名の首を貫いてからようやく彼の元へと戻って来た。
しかしウォーデンの後胤なりし兄の奮戦は、彼方にて恐るべき力を振るう異民族の王によって無碍にされた。
「貴様が貴様の冥界へと下れ! 余は五〇〇の兵を二〇〇〇と号するものぞ!」
彼らが兵の数を『号する』という事は、それがブラフでない限りはその保有する権力量によって実際に可能であるという事である。
異界の法則を引っ張って使用するという原理を持つ魔術とは異なる、権力という不可思議な力は兵士の数を実際よりも増やす事すら可能とし、それら実際よりも増強された兵力は一般的には過去の戦死者の再現像のようなものであった。
号する数はその権力者の才能や保有権力によって大きく変わるため、今回のように両者の号する数に開きが生じたのだ。
戦化粧の民を率いる百年王は異様な肉塊に侵食された立派な馬に跨がって戦場を駆け、彼を目掛けて周囲から槍を突き出した大陸の諸族の兵士達は馬上の空白を貫いて己らの槍の穂先を虚しくかち合わせるに終わった。
空中へと舞い上がった百年王は凄まじい早業で腰に吊るした鞘へと剣を納め、両側の腰に剣と同じく斜め後方向けて吊るしている脈動する弩を両手にそれぞれ持つと、敵の頭上数十フィートの高さで己が逆さを向いたタイミングでそれらの弩を交互に撃ち始めた。
ああ、なんと美しく恐ろしい弩であろうか――後世のレバーアクション銃のような感覚で百年王が片手で腫瘍じみた外観の弩を一回転させると、それは緑色に輝くイーサーの矢を装填し終えていた。
そのようにして交互に撃ち出される全体がイーサーで構成された矢は、驚愕に目を見開く大陸の諸族の兵士達を次々に射殺し、彼らの短い断末魔を背景にして着地した王は着地と同時にそれら弩を腰に戻し、膝を衝いた状態で抜剣して新たに己へと迫った兵士達を斬り裂いた。血と共に火花が飛び散り、鎧の欠片が細かく飛散してじめっとした地面に散らばった。
見渡す限りの低地はどんよりとした雲を空に頂き、その下で蟻の群れのような無数の兵士達が熾烈な争いを続けていた。飛び交う怒号、悲鳴、剣戟の音、そして何かが斬り裂かれたり貫かれる音。
傾向としては大陸の諸族の兵士の方がより重武装をしていた。革もしくは金属による鎧を纏い、しかし他の軍隊がそうであるように、中にはある程度の防御力だけは備えた服のみを纏った軽装の兵士もいた。騎兵の比率はそれ程高いものでもなく、まだまだ彼らの軍隊は洗練の途中であった。
戦化粧の民の装備はほとんど裸のウォード・レイダー(ケルト人の一派)と大差無かったかつてに比べれば重武装化した傾向にあった。特に軍隊の中でも地位が上がるにつれて、革もしくは金属の鎧で武装していた。
それらは大陸の諸族やブリトン人からの略奪品も含まれたため全体の纏まりを欠いていたが、この頃の戦化粧の民が他の霧の島の住人と比べて冶金技術が劣っていたかと言えばそうでもなく、支給品の比率も充分に高かった。
もちろん中には最低限の装備しか纏わないほとんど裸同然の戦士もおり、素早い身のこなしで敵陣に猛々しく斬り込んでいた。
そうした激しい戦闘の様子は足元の泥を血染めにし、踏み付けられるかつて命を持っていたものの残骸が転がる中で、それはそれとして生き残るのに皆が必死であり、あるいは戦争を求めて雄々しくその只中へと突撃していた。
命知らずにも突き進んでウォーデンの下へと召された同胞を見遣り、ウォーデンの後胤なりし妹はその復讐を求めて槍代わりの棒を振るった――この時代、歩兵用の比較的短い槍は一般的な武器であった。
技の冴えは混迷極まる戦場の只中で一際煌めき、振り被って刃先を振り下ろしてきた戦化粧の民の兵士はその剣を棒で受け止められ、そして受け止められた次の瞬間には顔面を先端で殴打されて倒れた。
何やら神々しい彫刻が施された棒は部分的には紫色の輝きを持ち、ウォーデンの後胤なりし兄が再び投げていた槍もまた紫色の輝きと共に帰還した。
これら主神の血を引く兄妹は束の間背中合わせになってから時計回りに回転して再度離れ離れになり、己らを狙った剣や槍が空を斬って打ち合わされた頃には各々が前転で包囲を脱していた。
状況は混戦であり、少なくとも周囲では敵味方が入り乱れていた。
「敵は弱い! 身近な者と可能な限り行動を共にすれば簡単に踏み潰せる! まずは中央の敵を撃退しろ!」
ウォーデンの後胤なりし兄は一マイル先にも届かせる心持ちで声を張り上げ、強力な親衛隊達と共に戦線を押し上げ始めた。一般の兵士達も最低二人一組となって混沌の中に秩序を作り始め、戦化粧の民の兵士達は数で勝りながらも後退を始めた。
ウォーデンの後胤なりし妹はいつものように兄が作った轍の上を付いて行くようなスタンスであったが、彼女は己が所持している権力を味方全体の防御力の向上へと割り当てようと詠唱を始めた。
こうした名も知られぬ戦いはブリトン人の首長ヴォーティガーンがピクト人対策としてブリテン島にアングル人・サクソン人・ジュート人を招き入れた際の特に大きな決戦である。
実在すら疑われる諸族の伝説的指導者であるヘンギストとホーサ――紛れも無きオーディンの曾孫――が、謎めいた『ピクト人年代記』にも記述のあるドレスト一世――北方ピクト人王国に君臨した王――と歴史の影で激突していたという恐るべき出来事である。
自分の知る限りの史実と伝説を取捨選択して混ぜ合わせつつ、アーサー王が戦った異民族がいかに強大であったかをもう少し描写する予定。




