表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
174/302

SPIKE AND GRINN#18

 早朝に行動を開始した地球最強の魔術師と元地球の守護神は新情報を得た。現場にあったカメオに付着していた血液の持ち主が判明、彼らはお宅訪問をする事となった。

登場人物

―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。

―ライアン・ウォーカー/ヴォーヴァドス…事件を追ってLAにやって来た元〈旧神〉(エルダー・ゴッド)

―クレイトン・コリンズ…地元市警の刑事。



事件発生日の翌日、早朝︰カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン、ドープ超自然事件対応事務所


「さて、前置きも長くなったな。とにかく俺は今回の事件を止めなきゃならねぇ。その上でお前の力が役に立つならこっちも助かる。幸い俺達の目的は一致してて、事件の裏に潜むクソったれを光の下に引き摺り出し、司法の裁きで合法的に復讐(リベンジ)する」

「いや…どちらかと言えば」とハンサムな田舎の青年は言った。「俺達に似合うのは報復(アベンジ)じゃないかな。昔俺が地球を守っていた頃の事だけど、あらゆる惑星から集った同志達でその言葉を掲げたのを思い出した」

 ライアンの言葉を聞いてスパイクは微笑んだ。

「まあお前が言うならそうなのかもな、永劫を生きたっつーお前が言うなら」

 スパイクは内心では目の前の青年が己どころか地球のほぼ誰よりも歳上である事が信じられなかった。永劫を永劫に繰り返すという気が狂わんばかりの過程を経て神位へと登ったという話を聞く限り、恐らくは星の一生を見守るというグリンよりも年齢は上であろうと思われた。だがこうして見ていると、彼は普通の正義感溢れる好青年にしか見えなかった。

 ともかく彼らは出発の準備を終え、後は家から出て車に乗るのみであった。七九年式の鮮やかなオレンジのカマロは目を引き、色々な意味でこの街のオカルト探偵のトレードマークであった。

 まだ明け方から朝にかけての真っ最中ではあるものの、不思議な縁で巡り合い些細な誤解を経たものの、こうして同じ目的を共有する事となっったスパイクとライアンは颯爽と車へと乗り込んだ。

 ドアを開けた時に車内の控え目な香水の匂いが溢れ、香水も何も無くそのままで乗っている――強いて言えばシャーの香りがそれだろう――己のアウトバックとの違いにライアンは少々驚き、そしてこれから他人の車に乗るという事実に少しだけそわそわした。スパイクはそれに気が付かないふりをした。

 車はよく手入れされていた。車内は綺麗に掃除され、恐らく業者に頼んでいる。車の持ち主はそこまで金遣いが荒い風でもないが、車のための出費には金を惜しまないと思われた。お陰で車内は清潔だし、そもそも彼は車内ではほぼ飲食をしない可能性もある。

 田舎の人間が適当に乗るような車や都会の人間が家と職場の往復にそのほとんどを費やすような車とは違い、この素晴らしいカマロは映画で主役を張る事すらできそうに思えた。実際、足元やペダルですら綺麗であった。

 乗り込む前に見えたが、カラーリングも新しく塗り直したか何かしたらしく、経年劣化の色褪せとは無縁で新車同然であり、車とも縁深い、光が当たると円形に見える無数の全方向の傷も見えず、ぶつけた跡もなく、ドアノブ周りの引っ掻き傷も無かった――ライアンは愛車を気に入っている事もあって、己の車との様々な扱い方の差が嫌でも目に付いてしまった。

 スパイクがMT車の発進準備を済ませると、エンジンが唸ってその音が朝の閑静さを斬り裂いた。ライアンはその音を聴きながらこの充分クラシックの部類に入りそうなこの車の内装がやけに新しく今風である事に気が付き、見渡すと不釣り合いな電子メーターやパネルが目を引いた。

 スパイクはエンジンを起動するとポケットから携帯を取り、それをダッシュボード上のスタンド型充電器のようなソケットに嵌め、途端にパネルの表示が変わった。

「どうかしたか?」

 気が付けば車はゆっくりと発進し、スパイクはちらりと横を見て尋ねた。

「ああ、その、こんなのは映画とかでしか見た事がないから」

「ドラマだが『NCIS:LA』や『ファイブ・オー』みたいだろ。俺も数年前かそこらまで知らなかったが、案外世の中こういう凄い機械が出回ってるもんだ。まあこいつは俺がエヴリ・シングル・レジェンズに報酬としてもらったもんだが」

 西海岸のヒーローチームであるエヴリ・シングル・レジェンズはネイバーフッズ脱退後のMr.グレイが創設に関わった。少々(くど)い感のあるその名称は、当時のメンバー及びこれから所属するであろうメンバーの一人一人が偉大である事を願い、そして称えたものであった。

「ウィニフレッド、今日のオススメ曲を頼む」

 スパイクは住宅街を走りながら車のパネルに対してそう言った。すると急にSF風なホログラム像が出現した。それは膨れ上がった癌細胞が次々に弾けながら新たに補填され続けている奇怪だがどこか温かみのあるホログラムであった。そしてそれはごく普通の喋った。

『了解、お楽しみに』

 赤いホログラムは波紋のように癌細胞を揺らして喋る時だけ色を緑に変えた。その声はいかにも機械音声であり、男とも女とも言えなかった。ライアンは思った事を口にした。

「ウィニフレッド?」

「そうだ。この車はある意味じゃウィニフレッド、つまり俺がもらったAIの肉体みたいなもんだ。だから今じゃ車の名前でもある」

 同じ名前のAIと車。ある意味では、まるで先日モンタナで遭遇したあの心優しい復讐者のような塩梅であった。

「待って、明らかに性別不明なのに女の子の名前を付けたのか?」

『スパイクに非はありません、私が自分で選んだ名前です』

「じゃあ君は自分がウィニフレッド的だと思ってるって事か? その、名前と…なんていうか体格や服装がウィニフレッドに相応しいって」

『簡潔に申し上げて三八の理由で私の名前はウィニフレッドが適切であると確信した結果です』

 正直に言えばこの時ライアンは落胆した。というのも大抵フィクションであればこういう時数百数千の理由があるだのなんだのと答えるだろうに、相手はたったの三八の理由しかないと言った。それとて冷静に考えれば異様に多かった。

「少ない…というか微妙にリアルな数字でちょっと生々しいな…」

『エヴァーラスティング・バス』が車の音楽プレイヤーから流れ始めた。高い金を掛けた音響機器が心地よい響きと振動を身に(もたら)し、早朝のLAで彼らの捜査が始まろうとしていた。



数分後:事件発生日の翌日、早朝︰カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン周辺


『おはよう。昨日は色々あったな』

 スパイクは運転しながらクレイトンと電話していた。ハンズフリーにしていたので会話はライアンにも聞こえたが、彼は黙って自分が存在していないように振る舞っていた――なんとなく聞いてはいけない会話に思えた。

「おはようさん。何かわかった事は?」

『似たような事件が他に無いか調べてもらった。ったく、FBIだかどっかの照会待ちだったが機械のメンテナンスとか抜かして返事は夜中の十二時だったぜ』

「映画じゃすぐデータ照会できるのにひでぇもんだ。何かわかったか?」

『まあ笑顔で伝えられるようなニュースじゃないな。全国規模で見るとここ五年で似たような事件が実は八件起きてやがった。事件間隔はばらばらで、アラスカからフロリダまでそれぞれバラバラだ』

「何? じゃあLAかカリフォルニアのどこかで起きたのはこれで初めてなのか?」

『かも知れん…いや、もっと調べればこのクソ事件のプロトタイプ、犯人が初めて挑んだ犯行が見付かる可能性もあるが。そういうのは大体他の事件よりもぎこちなくて、試行錯誤が慣れてくる以降の事件よりも多いんだ。だから場合によっては結構差異が出るかもな』

「そうか、俺は地元の奴が犯人かと思ったんだがもっと複雑って事か。しかしそんなに似たような事件が起きてたならさすがに誰か気が付かなかったのか?」

『どうせ上の連中とかそういうのだけが知ってて、そいつらだけ追っかけてたんだろうな。ただ幸運な事にどっかの部外者がしゃしゃり出て俺から捜査権を奪うような真似はまだされてないし、影も形も無いな』

「今頃担当者が休暇中なのかもな。他に何かわかった事は?」

『カメオの血なんだが、あれも誰のかわかったよ。ジム・ロス、過重暴行にゆすりやその他のクソをしでかして逮捕されてたが、三年前に出所。今じゃヤク中どもの入るシェルターで働いてるみたいだが。何にせよそいつの血痕はそれだけだし、死んでるかどうかまではわからん、まあ自宅・職場・事件現場周辺の病院に搬送された形跡は無いな』

「そいつはデブか? それも相当な」

『ちょっと待てよ、写真が…』何かをがさがさと探している音が聴こえた。『ああ、こいつ…そういうコンテストに出れば間違いなく優勝候補だな。ちょっと待てよ、今カメラで手元の写真を撮影してそっちに画像を送る。ちなみに住所も書いてるぜ』

 少ししてから画像が届いた。スパイクが頷くとそれの意味を理解したウィニフレッドが画像データをセンター・コンソール上にホログラム表示した。

 二次元の画像が空間に突如表示され、ライアンはこの車のテクノロジーに改めて驚かされた。画像はその表示位置を上部、つまりインパネのすぐ真上辺りへと移動させ、スパイクが運転しながら閲覧できる高さに掲げられた。

『それにしてもなんでデブってわかった?』

「そいつの名前の雰囲気、経歴や現在の境遇がとある特定の連中と一致するからな。それについてはまた説明する、それじゃまた何かあったら頼むぜ、俺はあんたの代わりにジム・ロスを訪ねとく」

 スパイクはそれから何言か交わしてから電話を切った。住所まで載せて送ったという事はつまり代わりに行けという事だ。クレイトンの声には疲れと、カフェイン及びドーナツへの渇望が隠すつもりも無いぐらいに混じっていた。

 実際のところとりあえず宛ても無しにゆっくりと走らせていたスパイクは目的を得て急に覚醒したかのように車を旋回させ、住宅街から出る方向へと向かい始めた。そこで彼は己の新たな協力者がまたも置いてきぼりである事に気が付いた。

「おっと、お前にも説明しないとな。カメオ云々は今の通話を聞いて話の流れや経緯がわかっただろ。それでなんで俺がこいつがどんな奴かわかったか、だが」

 彼は顎で画像を指し示した。まだ表示中のそれは首の下にまで肉を蓄えて首と顎の境界を曖昧にしているヨーロッパ出身のように見える男を正面から撮っており、人相は悪く、茶色い目が殺人マシーンのカメラアイのようにぎらついていた。脂分が多いのか丸々とした顔はてかり、鼻の毛穴はそれぞれが大きくなっていた。

 体型は引退して弛んだ関取のような肥え方をしており、あるいは極度に引きこもった結果にも見えた。横方向へと拡張された肉体は丸々としており、その全体像などは突進すればセダンぐらい簡単にスクラップにできそうであった――そこまで勢いよく走れれば。

 こうして見てみるとこの男がクレイトンの説明通りの経歴である事に異論は無かった。スパイクは先を続け、朝日を受けて彼の褐色の肌が美しく照らし出された。

「こういう体型でこういう単純な名前。こいつはジェームズとかじゃなくてただのジム。で苗字もロスだと。なんかのスター選手ならともかく、まあそうは見えねぇな。なおかつこいつ、あの『随分エリートな経歴』と来たもんだ。そういう類いの奴は…聞いて驚くなよ、体感じゃ九〇パーセントの確率で悪魔なんだ」

「え? 今なんて?」とライアンは聞いて驚いた。

『新規ユーザー、スパイクは冗談を言っているわけではありません』

「新規ユーザーって誰?」

「そりゃお前だろ。この車には俺とお前しかいない」

 スパイクは笑いながら言った。

「俺? 登録してなかったっけ?」

 ライアンはジョークを挟もうとした。

「さあ? こっちの街の出会い系になら登録してんじゃねぇの?」

 そしてやめておけばよかったと思いながら肩を竦めた。

「話を戻すぞ。悪魔と言ってもそこら辺に転がってるようなミジンコみたいな奴らだ。まあ少なくとも俺の家で番犬してる自称オロバスよりは低位だろうよ」

 ライアンは『オロバス』が何を意味するのかわからなかったので、何故『自称』という言葉が出たのかわからなかった。

「そのほとんどは主人の怒りを買ったか何かで所属する領地(ドメイン)から追い出されて来たような浮浪者ばっかりだな」

 何であれスパイクは大真面目に話していた。言われてみれば太古の昔より悪魔やそれに類いする者どもも存在していたが、この二〇数年の人としての生があまりにも平穏であったため、そうした裏側の事情からすっかり遠退いていたかつての地球の守護神は、悪魔などというものがどこか信じられないでいた。

 テレビでニュースになったような悪魔か何かの事件も『無関係な対岸の火事』として捉えていたせいかも知れなかった。

 しかし彼はこれから恐らく少なからず、そうした尋常ならざる実体とも対峙せねばならないだろう。

 あの記憶がどこか曖昧なモンタナ山中における異界のガス生命体との壮絶な対決とて、これから己があの忌まわしき諸世界の叛逆者たる〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)、すなわち己の友であった腐れ果てた怪物どもとの戦いに赴く前の前哨戦に過ぎない事が理解できた。

 偉大なるドラゴンのクトゥルーや狩人のイオドら、己の新たな友が今どうしているかも知らぬまま、ワイオミング州の田舎で暮らす人の姿をした神はロサンゼルスの片隅でこれから悪魔と対峙する予定にあったのである。

 茶髪のハンサムはふと気になって質問した。

「じゃあそのほとんどに入らない低級の悪魔はどういう理由で太った人間の姿をしてこっちの次元にいるんだ?」

 次元という言葉を真面目に使用したのはどれぐらいぶりだろうかと彼は頭の中で考えた。その間にスパイクが運転しながら答えた。

 彼は国道一〇一号線を北西目指して走らせていた。過ぎ往く高架沿いの無造作に伸びた木々、朝日に照らされる気の早い車達以外、オレンジに染められた白い空以外には何も車外には見えなかった。

 だがこのどこまでも広がるような大都会の有り触れた日常は、その裏側に棲み潜む冒瀆的な名状しがたいものどもと接しているのであろうか。

 例えるなら、綺麗で高級感のあるジャカード織りのカーテンが吐き気を催す陸生の大紐虫に這い回られるがごとき有り様だと形容する者もいるかも知れないが、しかしライアンは己と仲のよい美しい三本足の神が愛する子らにはそのような〈人間〉がいる事も知っていたし、そして宇宙的感覚の成長によってそれらを美しく思う事もできた。

 だが何であれ、日常が悍ましい何かに侵食されているのは気に入らなかった。

「中にはまあ、魔王の密偵とかやってる奴もいるらしいな。俺は見た事無いが」

 悪魔がスパイ活動などやっているとは、この惑星も随分恐ろしい領域になってしまったものだと、かつて守護の任を降りてから永らく自責の日々を送っていたヴォーヴァドスは自らの無責任さを恥じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ