SHADOW FORCE#10
講堂の制圧に手間取ったマウスは、中庭で鹵獲機に乗って戦闘中のロッキーに援護を頼んだ。
登場人物
アメリカ陸軍
―マウス…アメリカ陸軍特殊部隊シャドウ・フォース、エックス−レイ分隊の分隊長。
―ロコ…同上、エックス−レイ分隊の隊員。
―ロッキー…同上、エックス−レイ分隊の隊員。
二〇三〇年二月二七日、午前十時五〇分(現地時間)︰コロンビア、ボゴタ市街南端、ゴンサロ・エスコバールIED、中庭
ゴンサロ・エスコバール校は大激戦となっており、飛び交う銃弾と砲弾、鼓膜を破壊せんとして響き渡る地獄の演奏じみた轟音が場を支配していた。
逃げ遅れた学生や教員らの死体が転がっている他は完全に戦士のみの空間であり、互いに殺し合う二つの軍勢が壮絶な死闘を演じていた。それはかつて分裂を迎えていたこの国の縮図のようでさえあった。
中庭の真ん中辺りで地面から三〇フィートの辺りに浮かぶ直径約九八フィートの球体型ホログラム表示を見る限り、今日の天気や提供先から配信されているニュース、及び午後からはこの国の有名な講師の講演が予定として表示されていた――暫く延期する他無いらしかった。
屋上の機銃砲座は排除し終えたが、未だに各所の窓などから狙撃や砲撃が飛来しており、次の掩蔽へ移動するために飛び出したコロンビア兵が飛来したロケットの爆風で吹き飛び、近くの木に叩き付けられて即死した。それを契機に中庭へと展開している敵歩兵からも一斉射撃が始まり、一時的に形勢不利となったようだ。
ロッキーはコロンビア軍の主力戦両機であるカサドールを操縦して中庭を進軍中の部隊に加わった。彼の機以外は他の種類の車両も含めて同じパターンの緑に寄ったウッドランド迷彩で覆われ、彼のカサドールのみが蜚蠊じみた茶色いカラーリングであった。既に識別を友軍のものへと変更しており、有害そうなプログラムを全て削除していた。
シールド搭載の兵器同士が戦う場合、もちろん一対一の場合も考えられるとは言え、複数機同士の戦闘が六割を超えるとの統計結果――別のシンクタンクからは四割未満という意見も出ており、あるいは七割以上の意見もあるが――があった。
こうした複数機同士で戦う場合、前衛機がシールドを消耗したり破られたりすると後退して被害の少ない後衛と入れ替わるという戦術がよく見られる。入れ替わっている間に前衛は自機のシールドがまだ再充填可能であれば再充填し、前衛となった『元後衛』が傷付けばまた自機と前後入れ替わる。ビルなどの障害物が近くにあればなおよい。
ロッキーは己のCV‐4A4がほぼ完全な状態である事から前衛を買って出た。戦車と共に進み、己自身をデコイにする覚悟で心臓の早鐘を抑え、敵車両及び敵歩兵の位置をタグ付けして味方に共有させ、己の機のハードキル・システムを可能な限り長持ちさせるため無誘導ランチャーを躱したりした。
飛び交う銃弾と砲弾で地面が爆発し、中庭公園の木々が蹴散らされ、ちらつく炎と煙は曇天の下で鮮明に煌めいた。寒気のする至近弾の振動に悪態を吐きつつ全方位モニターで状況を確認し、それこそ中庭の木々やベンチの屋根をも弾除けや減衰バリアとして使用し、シールドを少しでも削られぬよう心掛けた。
敵BVの発射した自由電子レーザーでシールドが削られたがそれも想定内、ダメージレースは彼が有利であった。
BVには緊急回避用に急激な噴射で横方向へと短い距離を高速移動するダッシュ機能がある。負荷の関係で短時間に連続しては使えないが被弾を減らすための機能としては有用である。
敵の進行方向への速度や風やその他の要素を計算して補正・未来の位置を予測して射撃できる現代兵器の戦闘において、その正確無比な攻撃を躱せるかも知れない可能性というのは極めて大きな意味を持つ。
距離が離れていればダッシュせずとも進行方向を変えるだけで予測射撃をある程度回避できないでもないが、このような有視界の殴り合いにおいてはほぼ無意味であり、後はいかに相手のダッシュを無駄に終わらせつつ自分のダッシュで相手の攻撃を回避し、ダメージレースで優位に立てるかが焦点となる。
戦両機同士の戦闘はこうしてあまり障害物の無い数十ヤードから百ヤード弱の距離では短くて十秒前後、通常は大体二〇秒で決着が付く。それは一対一の話であり、複数対複数ならまた各々の技量やその他の要素で変わってくる。
ロッキーが奪取したカサドールと同じカラーリングかつ同型の敵機は消耗の不利から後退しようとしたが、先程まで別の目標を狙っていたコロンビア軍の戦車に主砲で撃たれてシールド消滅と相成った。
シールド技術は異星人の技術の中でも特に謎が多い。機体を覆うこれら透明のバリア状の力場は肩代わりと呼ばれる奇妙な性質を持ち、例えば先程のようにシールドを消し飛ばす一撃を受けてもその勢いのまま本体まで損傷ないしは大破――とはならない。
未だ地球上では解明されていない物理的には謎の振る舞いによってシールドは例え少しでも残っていれば消失時にダメージを墓場まで道連れにし、本体を保護してくれるのである。
そのため連射性の高い武器で枯渇寸前のシールドをダウンさせたところへそのまま畳み掛ける手も有効である。なんでもいいので充分な火力を持つ味方との協力が最強の組み合わせだ。
ロッキーは後退しながら45ミリ砲を発射し、敵機に直撃した砲弾は凄まじい轟音と共に装甲を貫いた。こいつはこのまま仕留めておこう。
同時期︰コロンビア、ボゴタ市街南端、ゴンサロ・エスコバールIED、講堂
議事堂ホールのように前面向けて段々に下がっている長方形の講堂には敵が思った以上に多かった。分隊は二人で突入し、歓迎を受け、今は銃弾が頭上を飛び交う中で手近な電子机の席に身を隠している。
機銃銃座は不味い。ノルマンディー上陸作戦の連合軍兵士はこのような気分であったのであろうか。敵はこちらの突入後に手早く迎撃態勢を整えたらしかったが、急がなければ挽き肉になるのが見えている。とりあえず上階の二人には待機の指示が出された。
すぐに決断せねば敵は射撃や照準を継続したまま徐々に距離を詰めて来るかも知れなかった。
数の有利で圧殺されるわけにはいかないのでマウスは即座に己が所持する最も小さなドローンを天井向けて投げ、自動的に飛行を開始したそれは小さ過ぎてただの蝿か何かにしか見えないので数発の銃弾が掠めただけで終わり、目論見通り敵を視認してタグ付けしてくれた。
タグ機能の便利さに感謝しつつマウスは腰を下ろしてロコと共に隠れたままで通信を別行動の二人に繋げた。心臓がばくばくとし始め、胃がきりきりと痛んだ。
それもそのはず、そこらを銃弾が通過し、銃声や着弾時の騒音が鼓膜を破裂させんとして響き渡り、着弾時に破壊されたあらゆる物の破片が飛び散り、噴煙や火花が視界を悪くしていた。まさに地獄か。
さしもの屈強なロコも腕で頭を庇ったり頭を逸らしたりしており、細かい破片がアーマーへとぶつかる度に呻き声と悪態が響いた。
マウスは必死に耐えていたが、焼けたゴムのそれに匹敵する焦げ臭い異臭が立ち籠める中で、顔を出さないでもできる状況把握のため、HUDの視界端に表示したままにしていた頭上からのドローンの鳥瞰映像が見たくない物を移していた――二名の敵が突撃・殲滅のため使い捨てバブル・シールドを起動しようとしていた。
「依然指示は同じだ、合図を送ったらラペリングで突入しろ!」
マウスは続けて、中庭で交戦中のロッキーにも指示を出した。時間が無い。電子部品が焼ける噎せ返る異臭に涙が滲んだが、生憎講堂の彼ら二名は人生最期の涙としてはもっとましなものを希望していた。
「ロッキー、俺達の位置関係が見えるか?」
少しして答えが帰って来た。
『見える。掩護が必要か?』と悠長な声であったためマウスは思わず怒鳴って返した。
「そうだよ、お前の乗ってるBVで一発敵がいる辺りを狙ってくれ! 継続的じゃなくていい、一発叩き込んでシールド持ちとその周辺を混乱させて欲しいだけだ!」
彼らのいる辺りの電子机や椅子が銃撃で破壊され、背後の壁には穴が空き続けた。
二人は転がって位置を変えたが、下から上まで段々畑に植えられた作物のようにずらりと並ぶ固定された電子机と椅子――全体の半数近くはここが襲撃された時に撃たれたのか、学生の血や遺体と共に破壊されて倒れている――のお陰で足元の見通しが悪いとは言え、このままならせいぜいあと五秒の人生であろう。
しかし既に敵兵はタグ付けされており、シールド持ちの敵がセミオートのショットガンを持っている事も知っていた。マウスは咄嗟にロコと目を合わせて「その時が来たらやるぞ!」と叫んだ。
「ロッキー、今だ、やれ!」
シールドが減衰したロッキーは己の機を後退させつつ、コクピット内のホログラムをタッチし、タグ付けされた講堂の敵兵をロックすると、無反動砲かつ無色透明の自由電子レーザーを発射した。
部分的にはレール兵器じみたスラローム状の磁力加速装置を備えた奇妙な物体がロッキーのBVの前腕に装着されており、これは大まかに言えば立方体の上下をペンチのような物体で挟んだような恰好をしていた。
複雑なプロセスを経て放出されたレーザーが講堂のガラスを一瞬で焼き切り、目に見えない超高熱が室内に殺到して蹂躙した。レーザーを熱い懐中電灯だと考えた場合、現在横向きに後退している機体がそれを垂れ流しにすると誤射の危険があったため、ロッキーは二秒だけ実際に破壊が起きる温度を出した。
急激な熱が衝撃波として襲い掛かり運の悪い敵を殺傷し、レーザーで直接炙られたシールド所持者達も思わず膝を衝いて呻いた。さすがのシールドも一気に減衰したが、しかしまだシールドは生きていた。
『せっかくだからプレゼントを増やしてやる。EMPを撃つぞ』
ロッキーは機体を講堂へ向けたまま、横向きで後退していた。彼は狭いコクピット内で己のEMPランチャーを取り出し、後退し続ける機体の中で前面のハッチを開放、揺れるランチャーを正確に撃つために機体の振動とバトル・アーマーを連動させ、撃つタイミングを自動で知らせてくれるようにしておいた。
屋外の光量と比べれば更に暗く見える荒れ放題の講堂で、ショットガンを構えた二人の敵の真ん中ぐらいで炸裂するよう設定された砲弾をロッキーは発射、すぐにハッチを閉じて己の戦いに戻った。
まだ生き残っていた木の葉を掠め、舞い落ちていた葉の燃え滓を吹き飛ばし、ロケット推進の砲弾は寸分違わぬ狙いの位置へと迫った。
「ロコ、EMP炸裂後すぐに反撃するぞ! アーチャーとビディオジョーゴも俺が合図したら突入してタグ付けされた連中を仕留めろ!」
「待ってました、お楽しみのお時間だな!」とロコが隣で叫んだ。
何やらRPGじみた音が聴こえた――何かが推進して来る音が。そして敵がエックス‐レイの発した『EMP』という単語に反応し、飛来物に気付いて横へと振り向いた時には、EMP弾頭が秒間に推進できる距離を思えばあまりにも遅過ぎた。




