SHADOW FORCE#8
少数のコロンビア軍部隊と合流でき、共同で任務に当たる事となった分隊だが、敵は彼らが奪還を狙う山の対空砲周辺に防衛陣地を敷き、数の不利は否めなかった。打破するためにマウスが下した判断とは…。
登場人物
アメリカ陸軍
―マウス…アメリカ陸軍特殊部隊シャドウ・フォース、エックス−レイ分隊の分隊長。
―ロコ…同上、エックス−レイ分隊の隊員。
―ロッキー…同上、エックス−レイ分隊の隊員。
―アーチャー…同上、エックス−レイ分隊の隊員。
―ラインハート・セオドシアス・ウェンデル・リーナ・アル=スマイハット・モーガンスターン…シャドウ・フォースの指揮官。
ブラジル陸軍
―ビディオジョーゴ…ブラジル陸軍の詳細不明部隊の隊員。
コロンビア陸軍
―フローレス23…コロンビア陸軍戦車及びその乗員達。
―メイズ4…コロンビア陸軍戦両機及びその乗員。
二〇三〇年二月二七日、午前十時三五分(現地時間)︰コロンビア、ボゴタ市街南端
EMP弾頭の炸裂によって敵機の機体全体が機能を一時的に停止し、それによってか無差別妨害による付近のあらゆるモニター類への妨害が停止し、分隊は久々に文明の利器を取り戻す事ができた。
HUDやATDが小さな音を立てて復旧し、ざあざあと乱れていた画面表示が全て元に戻り、特にHUD付きバイザーは『視界に邪魔な砂嵐を表示させてくれる素敵なサングラス』から立ち戻る事ができ、現在の現地時間と自国の現地時間やその他の雑多な情報が正常に表示された。
分隊が歓声を上げる中で敵BVのハッチが開き、コロンビア陸軍の戦車は警戒を強めた。他の分隊員と同様バトル・アーマーで身体能力が強化されているロッキーはカフェから飛び降り、ライフルに持ち直して敵機に銃口を向けた。カフェの奥から出て来たマウスはそのままカフェ二階から様子を窺いながら分隊に警戒を呼び掛けた。
やがて機能停止により膝立ち状態となっていたカサドールの機体前面のガラスハッチが開き、マジックミラー状になっているそのガラスの向こうから敵パイロットが現れた。警戒すべき事に、片腕でランチャーを持っている。と、同時に味方反応のBVがホバー走行で現れた。更に味方が増えた。
『お前は包囲され、あらゆる火砲がいつでもお前をぶち抜ける! 今すぐ全武装を捨てて地面に降りて腹這いになり、腕を背中側で組め!』
戦車内から荒々しいスペイン語で警告が出され、その声はスピーカーで拡大されて響き渡った。分隊は嫌な予感が脳裡から離れなかった。それもグロテスクな奴が――そして案の定敵パイロットは奇声じみた叫び声と共に飛び降り、着地しながら対物用のランチャーを構え、正面の戦車を狙おうとした。
その場のあらゆる全ての銃器が火を吹こうかというその前に、一発の弾丸が敵の頭部を貫いた。撃とうとしていた全員がはっとして、それから通信が聴こえた。
『警告はしました〜。終わりか?』
陽気な声はどこまでも冷たく思え、まるで冬のシベリアには一切の容赦が無いかのように凍て付いていた。敵兵は力無く倒れ伏し、上着のポケットに入っていた水入りのペットボトルが虚しく転がった。
「ビディオジョーゴ、よくやったな」とマウスは形式的に褒めながら、内心では陽気なブラジル特殊部隊の男がとても恐ろしく思えた。
『いいって事よ。これからどうする?』
「あまり長居もできんが、一旦全員集合だ」
全員が了解と答えた。マウスはアーマーのブースト機能で逆噴射してゆっくりと道路へと降り、荒れ果て放題の通りに現れた味方戦車にロッキーと並んで小走りで近付いて行った。戦車からコロンビア人の男が顔を出し、ドゥーロの計らいで彼らとも通信が繋がった。
「よう、ボゴタへようこそ。到着遅れて悪かったな、渋滞が酷くてよ。ところでここは普段ならとても美しい都市で、俺も誇りに思ってんだが、生憎今日は歓迎も観光も難しそうだ」
「援護に感謝する。状況が状況だからな、観光は任務と防衛のついでで構わない」
マウスは相手のスペイン語にスペイン語で返した。発音はまあまあ悪くなかった。彼は語り掛けながらその全てをこの場の全員とドゥーロへと通信で聞かせた。
見ればロッキーがドゥーロに射殺された敵兵の顔を送信していた。斜め上方から額を撃ち抜かれ弾丸が侵入した反対側である頚椎の付近が血や肉として吹っ飛んでいたが、顔面は無事なようであった。
「俺達はフローレス23と呼んでくれ、あっちはメイズ4だ」と褐色がかった肌の男は指を味方の戦両機へと向けた。
「了解だ。俺達はエックス‐レイだ」マウスはそれからそれぞれのコールサインを教えた。二分以内に全員が集合し、話は今後の行動についての内容へと差し掛かった。
「で、あんたらはどうする気だ?」
「俺達はまず山の対空砲を確保しなきゃならない。あれがあると航空支援は絶望的だし、実際俺達がコロンビアへ来るためにボリビアから乗って来た旅客機はあの野郎に叩き落とされた」
「嘘だろ?」とコロンビア兵は言ったが、マウスは「いいや」と短く否定した。
「この国じゃ今に始まった事じゃねぇが、全くイカれてるな」
「そのイカれの根本を除去するのが俺達の仕事だ。ああいう感じの対空砲はあれだけか、それとも他にも存在するのか?」
「いや、あれは去年試験的に設置された奴でな。あれの他に非移動型の強烈な奴は無い。まあ対空戦車みたいなのならまだ敵も持ってそうだが」
「よし、情報をありがとう。そちらも来てくれるか?」
「そのつもりだ。俺達、あんたらの援護に向かわされたが無我夢中だったから他の連中とは別れたまんまだからな。他の部隊は各々地上で戦闘しながらなんとかやってるが…なんかどうにも軍の展開が遅くて困ってる」
正直なところ、とマウスはそれを聞いて考えた。コロンビア陸軍は新たな暴力の時代が終結するまでの激戦で慣らしており、練度も規模も本気になれば正体不明のテロリストどもをいとも簡単に蹂躙できるはずであるように思えた。
己らの知らないところで何か不具合が起きていると考える他無く、そしてまずはブラジルから購入した強力な自由電子レーザーの対空砲システムを確保するべきであった。
「よし、これよりエックス‐レイとフローレス23及びメイズ4でレーザー砲を確保しに行くぞ。それにこの敵BVは状態も悪くない、使えるだろう。ロッキー、こいつがちゃんと復旧してたらお前が乗って援護してくれ」
ロッキーは単座式であった敵のCV4A4カサドールに乗り込んで操縦していた。
フィリピン系の軍人家系に生まれたアメリカ人の男は最初スペイン語の画面表示に少し戸惑った――どちらかと言えばロシア語の方が得意であった――が、それでも表示される単語の意味は完全に理解できた。
それにどこか単語がわからなければHUDと連動するATDで翻訳すればよかった。
マウスは搭乗していない他のメンバーと共に味方の三機の車両――鹵獲したカサドール一両、コロンビア軍のカサドール一両、コロンビア軍の主力戦車EE‐T1CA5オゾーリオ一両――の後方二〇ヤードの辺りを走って進んだ。
ビディオジョーゴは立ち並ぶビルの上を忍者のように駆け、アーマーの外部パワーアシスト機能及び磁石やグラップル機能がその助けとなり、彼が上空からの監視も受け持った。
一行は待ち伏せが予測される危険なエリアに差し掛かると足を止め、まずマウスが展開して追従させている四枚羽式のコンバット・ドローンを先行させて偵察させた。彼は自動追従させている羽虫型ドローンを己らの後方に追従させて殿とした。
最寄りの別行動のコロンビア軍はIED(教育機関区)と呼ばれるフアナ・エスコバール校付近の奪還で居座る敵軍と激戦を繰り広げているらしく、まず援軍としては期待できない。
地獄の内戦で慣らした――慣らさざるを得なかった――コロンビア軍の練度を疑うつもりはなかったが、そちら方面の戦線も敵の数次第ではどこまで持ち堪えられるか心配であった。そちらが片付き次第敵はこちらの掃討に出向くかも知れない。となれば、素早く目の前の敵を撃破せねばならない。
彼らが先程無差別妨害下で戦っていたエリアもそうだが、この近辺全体は斜面となっており、南から北向けて傾斜していた。そして目的地の小高い山は自然公園があり、山の頂上では目標とする強力な自由電子レーザー砲が睨みを利かせてコロンビア軍の航空機侵入を阻んでいた。
レーザーはその他の持ち込まれた雑多な対空車両と共に市街全体の制空権を握って、己らのヘリやその他が空を飛んでコロンビア軍を牽制していた――そしてコロンビア軍の展開速度は何故か異様に遅かった。
コロンビアのお上の事情は分隊の知った事ではなく、彼らはとにかく任務を果たすために現地の協力者と共に、これまでそうしてきたように即席の連携を図って敵を突破するのみであった。
格闘戦、射撃、BVやその他様々な車両や一部航空機の操縦、偵察や斥候、敵勢力圏内への潜入、局所局所での不正規戦、正規戦、それら様々な訓練を受けているシャドウ・フォースは、存在すら知られていないためその活躍はおろか認識される事すらほぼ無いと見てよいが、そのためその隊員達の誇りは人一倍高かった。今回もすべき事をするだろう。
ところで敵の待ち伏せの布陣はなかなか厄介である。東からやって来る彼らから見て市街は北側に広がり、そちらは遮蔽物も多い。
しかし南側はほとんど丘か山であり、そのため建物も少なく見通しがよく、ドローンによる偵察の結果、斜面の高地側に当たる南側――分隊から見て左手側――から敵部隊が睨みを利かせて防衛陣地を敷いていた。更には正面の山の斜面には自走砲、南側の友軍から得た敵の位置情報を元に爆撃じみた砲弾の雨を降らす事だろう。
さて、どうしたものか。マウスは部隊を一時停止させて考えた。このまま馬鹿正直に出れば全滅、敵側には最小限の損害と消費とを与えるのみであろう。
ならばどうするか、何が足りないか。足りないものを考えた。練度は充分、装備の質も素晴らしい、足りないのは単純に数。味方の援軍、何らかの不都合で援軍投入が遅く、所謂悪手ともされている逐次投入。己らの位置、目的地前の防衛陣地まであと少し、激戦区であるフアナ・エスコバール校までは俗に言う徒歩五分以内――。
『畜生! また砲撃だ! 負傷者がいないか確認しろ!』
マウスらは先程から最寄りの味方の通信を垂れ流して聞いていた。彼にはある考えが芽生え始めていた。そう、確かに砲撃が学校で戦っているコロンビア兵にも降り注いだだろう、何故なら彼らが目指す山の自走砲一門がせっせと砲撃を繰り返しているからだ。
斜面の起伏に身を隠しているが、しかしその姿は上部の方が露出していた。ほとんど禿山なので緑色の場違いな迷彩が樹木のように目を引いた。
『大将、どうするんだ!?』不安そうに、そしてリーダーとしての資質を疑うような声色でメイズ4のパイロットが言った。彼の声や口調は陽気そうなフローレス23の声とは全く異なり、険しく思えた。
マウスはしかし、これでも歴戦の兵士であったため、己のすべき事を悟り、まずは士気の低下や指揮官への不信感を払拭せねばならないと考えた。
「包み隠さず言うぞ!」彼は強い口調で言った。「既に情報共有して各自確認しただろうが、敵は強固な防衛網を敷いてる! このまま行けば俺達は全滅だ、もちろんそうはさせない!」
そこで一旦区切ってから話を進めた。
「ところで今現在ゴンサロ・エスコバール校で戦ってる友軍部隊は俺達より数が多いが、とにかくあのクソ砲撃に悩まされてる! そこでまず俺達の即席合同部隊を二つに分ける、まずフローレス23の戦車及び俺以外の全員で学校へ急行だ」
『じゃあ俺達はどうしろってんだ!』とEE‐T1CA5のあの褐色がかった肌の男が叫んだ。
「オゾーリオは俺のドローンで定めた狙い向けて、手動照準で主砲をぶっ放してもらう」
『狙いは?』
「大体想像できてただろうが、あの鬱陶しい自走砲だ。自走砲の防御や警戒網なんぞたかが知れてるが、それでも事前に察知されるかも知れないから手動で行くぞ!」
そこでマウスと分隊のみに通信が入った。
『ペンギン・バンクからエックス‐レイ、聞こえるか』
ペンギン・バンク、すなわち相手はシャドウ・フォース全体の指揮官であるラインハート・モーガンスターンであった。マウスは声を正して答えた。
「こちらエックス‐レイ、通信はクリア、どうぞ」
『よし。そちらの状況はどうだ? こちらは君達が正体不明の敵軍と交戦している事、現地軍と共同で動いて対空砲を奪取しようとしている事まで知っている』
「我々は現在、近くで戦っている友軍部隊を攻撃している敵自走砲の排除、及びその部隊への救援を同時に行なおうとしているところです!」
『現在の最優先任務と違うようだが?』
「イエッサー! ペンギン・バンク、我々及び合流したコロンビアの部隊だけでは到底対空砲前の陣地を突破できません、ですので頭数を揃えるために近くのコロンビアの部隊を助けて合流、改めて敵陣に強襲を仕掛けるつもりです」
『敵も通信で連絡を取り合い、情報のラグは最大に見積もっても三〇秒か一分か、何にせよ素早く同時にやらねば陳腐化する。今そちらが述べた事を実行に移し、速やかに対空砲を確保せよ。可能であれば私の方でも別のコロンビア軍部隊をそちらに回せないか掛け合ってみる、以上だ』
「了解です!」
さて、お偉いさんのお墨付きも頂いた。彼らはキルロイか、騎兵隊か、宇宙海兵隊か――はたまたゴーストか。




