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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
166/302

SPIKE AND GRINN#17

 今回の事件解決後、スパイクはモードレッドに〈神の剣〉(サイフッラー)について訪ねた。遥か彼方の領域で繰り広げられた冒険の記憶が明かされる。

登場人物

―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。

―Mr.グレイ/モードレッド…数々の冒険を経たベテランヒーロー、元円卓の騎士。

―アブー・スライマーン・ハーリド・イブン・アル=ワリード・イブン・アル・ムギーラー・アル=マクズーミー…〈神の剣〉(サイフッラー)と呼ばれた無敗の将軍。



七〇年代後半:ブルー・スフィア


 黄金の触腕状の機械に侵食されたドラゴンは致命傷を受けたらしく、黄金の機械が上方向けて光の粒子として流出し、そして逆方向向けてそれ本来の血肉を蒼色の輝きとして噴出させながら落下した――機械部分と生身とがそれぞれ消滅を始めたのであろう。

 〈神の剣〉(サイフッラー)の一撃を受けて崩れるドラゴンを尻目に、ログレスの王子は未だ逆三角形達と空中戦を続けていた。敵の厄介な点はやはりあえて速度の遅い追尾弾を定期的に発射する事にあった。これらは即座に潰さねば幾ら逃げようと追い掛けてくるし、消滅させるなら己との間に障害物を挟んでしつこい追尾の終わりを待つのも手ではあるが、そうしている間にも敵二体は別の攻撃をするために機動し続け回り込もうとする。

 幾ら遅かろうと高出力のプラズマであれば当たるとダメージを受けると思われ、更には幾ら遅かろうと気が付けば己の側まで迫っている事さえある。少なくとも今の卿は飛び道具を使えず、野太刀状の長大な妖刀でそれらを斬り払う他無かった。あるいは多少痛いのを我慢して鋭い打撃で打ち払うか。

「やはり私が引き受けたこいつらの方が厄介らしいな! そっちはただの一撃で終いか!」

 卿はそうやって毒を吐く他無かった。敵は接近しようとすればその分距離を離す。これら厄介な三角形どもは戦い方が面倒臭く、引き撃ちの要領で延々と逃げ回っていた。空中に浮かぶかつての惑星の破片を跳び移りながら卿を追い掛ける精悍な髭男のハーリドは嘲る調子で言い返した。

「ねぇ、一方的にやられるってどんな気分なの? 楽しいか?」

「ああ、少なくとも君と話すよりは万倍楽しいな!」

 片手を添えて放たれた狙い澄ました刀の突きが迫る追尾弾が一瞬重なった瞬間に貫いて纏めて数個破壊し、別の追尾弾もリーチを活かした斬撃で破壊した。それより速い高速弾を辛うじて躱したが、たまらず卿は足場の一つの裏に回って掩蔽とした。

 だがどうやらハーリドは『君と話すより万倍楽しい』と言われてむっとしたらしかった。

「あのね、さっきから言おうと思ってたんだけど」

「何?」卿はわずかに追尾する高速弾を己との間に挟んだ障害物へと誘導させて潰した。

「いやねー、俺もめっちゃ優しいからさ、んーまあおたくに告げるべきかどうか人知れず悩んでたわけよ」

「だから何!?」

 ハーリドの引き伸ばしにむっとしたモードレッドは苛立たしそうに野太刀を振るって敵弾を纏めて斬り裂いた。小さな爆炎の向こうで彼の表情は歪んでいた。

「はいはい、じゃあ言います言います。んでね、おたくのさ、『皮肉を言ってやったぜ』みたいなそのノリ。はっきり言ってな、全然面白くもなんともないんで」

 アッラーの抜き身の剣は足場の一つの裏にすうっと移動して隠れた。卿を追い掛けようと回り込んできた三角形の一体が近付いて来たタイミングで虚空から槍を呼び寄せ、飛び出すとそれで猛攻を仕掛けた。反応の遅れた三角形の片割れは数十発喰らい、そして剣でも斬られた。だがどうやらドラゴンよりもタフらしく、まだまだ戦闘を続けられるらしかった。

 しかし離脱しようとした瞬間、同じく隠れていたモードレッドは猛スピードで強烈なタックルを喰らわせ、吹き飛んだ敵目掛けて刀の柄頭で渾身の一撃を叩き込んだ。頑強極まる妖刀の激烈な打撃は遂にそれに致命傷を与え、ドラゴンと同じように上下へ引き裂かれるようにして消滅を始めた。

 一段落したので卿は漸く言い返す事ができた。

「それはそれは。君と話しているとやはり楽し過ぎて疲れるよ」

 本来この程度でへばるはずもあるまいが、どうにも今回は疲れた。見ればハーリドも同様であるらしかった。

「そうだね、おたくと話してると断食期間中に味わう『あと数時間で夜』って時の気分だよ、いやホント。って言うかさ――」百戦を経て無敗であったイスラーム最高峰の武将は高速弾と低速追尾弾の猛攻に曝されたが、それらを信じられないような剣技で防ぎ続けた。無数の破片が上下左右あらゆる場所に浮かぶこの広大な蒼い球体の中で、剣そのものであった男の妙技が冴え渡った。「――皮肉で誤魔化してるけどやっぱ俺と話すの楽しいの?」

「凄い技だな」

「好きなんだろ?」

「神は寛大だから妄想の自由は保障してくれているさ」

 にやにや笑いを浮かべて足場の上で鉄壁の防御を見せるハーリドの周囲が、打ち払われた敵弾でずたずたに傷付く中、アーサー王の息子は妖刀を左手に持ち替え、右手に己の相棒を出現させた。赤き刃は今や真の姿を取り戻し、山脈を斬り裂き大地を裁断し川を干上がらせる〈神の鞭〉(ゴッズ・ウィップ)にも匹敵する直剣は既に敵の敗北を指し示していた。しまった――己の周囲で黄金の機械がぐるぐると周回し続けている最後の逆三角形はそのように思ったであろうか。

「左手に妖刀、そして右手には〈第弐の(エクスカリバー・)鋼断剣〉(セカンダス)、私がどれ程下手でもそうでなくとも、この二振りが残す結果は嘘を吐くまい」

 疲労故に浮遊する破片の上で膝立ちになった卿は己の二振りを両方とも消し去りながら言い放ち、その背後では大ダメージを受けた奇妙な三角形がぐるぐると回転し始めた。そろそろあれも滅ぶか。

「かっこいい一撃を邪魔して悪いんだけど、さっさとあいつ倒して休憩しない? つーかマジでなんで俺らこんなところにいるの…」

「そうだな…」

 彼らは余程疲れたのか、連戦だけは勘弁という面持ちで最後の一体に終わりを迎えさせようとした――しかしその瞬間であった。生き残った最後の個体は急激に肥大化し、その大きさは先程討たれたドラゴンよりも更に大きくなった。黄金の機械がどくどくと脈動し、まるでナノテクノロジーの産物が暴走した際に起こる変異のようでもあった。三本の巨大な脚らしき器官が下部に出現し、元がなんであったかわからぬ不気味な物体は今や金色に輝く機械で新たに出現した上半身をほとんど覆い尽くされた。

「へぇ、ハンサムになったね」半分やけでハーリドはおちょくるように笑った。

「前言撤回、やはり君とは話すのも楽しくないし、一緒に何かをするのはもっと最低だ」モードレッドは毒舌を言うとそれを、これから直面するであろう面倒事を受け入れ、粉砕するための心構えとした。ハーリドは無視して話を変えた。

「ところでなんかやけに疲れたな、一旦あそこのデカい足場まで撤退するのはどう!?」

「意見が合うな!」

 彼らは数百フィート上方に浮かぶ直径二〇〇ヤード以上の足場を目指して撤退を開始した。そこはかつて地表にあった建物の残骸も含んでおり、掩蔽に使えそうな場所も多かった。〈影達のゲーム〉ゲーム・オブ・シャドウズの裏で全てを操っていた忌むべきMに手痛いしっぺ返しをして台無しにしてやった彼ら二人は事件収束後に事故でこの領域へと跳ばされたため、ここが一体どういう領域であるかはよく知らなかった。

 だが恐らくは巨大な天体が砕け散った残骸がこうして無数に浮かび、そしてその蒼い領域は宇宙空間の只中に存在しているにも関わらず、領域内部では一定方向への奇妙な重力が発生しており、その異様な振る舞いから見てまず、異界の法則がこちらに適用されているであろう事は容易に推測できた。

 彼らが目的地の巨大な惑星の破片目掛けてそれぞれ飛行及び跳び移りをし始めてから少しして、背後で耳を(つんざ)く名状しがたい咆哮が炸裂した。

「あ、なんかあいつムカつく。あいつの声でアザーンなんかされたらって考えたらマジでムカついた」

 〈神の剣〉(サイフッラー)は跳躍し、浮遊していた石畳付きの足場のへりを片手で掴み、一気に這い上がって更に次の足場を目指していたが、先程のうんざりするような咆哮には苛立ちを隠さなかった。

「そうだな、私もあんなのは聖歌隊にスカウトしたいとは思わないよ」

 ふと見れば背後で肥大化し切った畸形の変異体は己の頭上にエネルギーを掻き集めており、それはやがて高出力の薄い金色をしたプラズマを発射する砲として機能し始めた。プラズマ砲の照準がじりじりとそこらの足場を焼きながら彼らに迫り、卿はイスラームの益荒男と一瞬目を合わせて、その場ののり(・・)で意思疎通を図った。

 卿は反転して斜め下方にいる敵と対峙し、そしてその間に精悍なアラブ人は目的地へと到達しておく寸法であった。アーサー王の息子は背後で急ぐ〈神の剣〉(サイフッラー)にも聞こえるよう大声で叫んだ。

「あいつの就職先を我々で決めてやるのはどうだ!?」

「そりゃいいねぇ、俺は地獄とかいいと思うぜ!」

「さぞお似合いだろうな!」

 モードレッド卿は指をぱきぱきと鳴らし、それから猛スピードで殴り掛かった。主観的スローの世界で彼は徐々に己の視界で大きくなる敵変異体とその動作を眺めながら下方目掛けて己を砲弾のごとく発射したのであったが、しかし彼の目の前で名状しがたいものは巨大な落雷じみた閃光に貫かれた。


 モードレッドは思わず急停止して腕で顔を覆い、体勢を斜め下方向けた頭部からの突撃状態から立ち状態へと移行させて様子を窺った。見れば何かが瞬速で動き回っており、変異体が見えない何かに身動きを制限され始めた。

「あのさ、モードレッド!」

 精悍な髭の男が鎧を纏った騎士を呼んだ。

「なんだ!?」

「なんかいきなり現れた子供達があの化け物を攻撃してんだけど!」

 モードレッドははっとして状況を改めて窺った。見れば己よりも上の高度では一人の小柄な少女が何やら詠唱をしていた――どことなく学生服じみた黒い装束を纏い、スカートはドレスのように長くボリュームがあり、黒い髪は右側にサイドポニーとして垂らされ、この蒼い領域に吹く奇妙な風に吹かれてたなびいた。

 彼女の周囲には段々重ねの大きめのアーマープレートが両肩、両胸、両肩甲骨付近に浮遊しており、縦の長さは彼女の喉から足首にかけてまでの長さがあった。黒い目は無感情的な風にも見えたが、恐らく実際はそこまででもないのかも知れなかった。

 もう一人の少女も同じ体型でなおかつ容姿もそっくりであった――故に対照的な、逆側のサイドポニー、色がオレンジに近い赤髪、同様の色をした目が印象に残った。黒い方の少女と意匠は似ているが白基調のこれまた学生服じみた装束を纏い、スカートの代わりにホットパンツを履いていた。脚全体を覆う白いタイツと白いブーツ、首に巻かれた先端がぼろぼろの白いマフラーらしき布。

 黒い方の少女は離れた位置から雷撃じみたものを放ち続け、オレンジの方の少女は変異体と近距離で戦った。黒い方の少女は機敏に動かず無表情に近く、オレンジの方の少女は四肢や全身を激しく動かし力のこもった表情で戦った。

 見ればオレンジの方の少女は何か細い物体を何本か振り回しているように見え、それがぶつかった変異体の表面箇所は線状に殴り付けられ、小さな爆発が煌めいていた。

 更には不意に茶髪の少年が現れ、その少年は黄金に輝く西洋風の剣を右手に持っていた。赤とと白で彩られた軽装鎧を学生服じみた装束の上に纏い、しかし彼が放つ斬撃の一撃一撃はとても重苦しかった。そもそも何故この場に地球人と同じ姿の知的生命体がいるのであろうか。三人とも外見は一見したところ、ヨーロッパ風にも見えた。

 三人によって集中攻撃を受ける変異体は追い詰められ、悍ましい咆哮と共に苦悶し、鬱陶しそうに触腕を振り回した。しかし更なる攻撃が襲い掛かり、見事なフォーメーションを見ていた大人二人はついつい手を止め足を止め、加勢するタイミングを喪った――だが彼らは経験豊かな大人であるがために、追い詰められ過ぎた獲物の足掻きがいかに危険であるかを嫌という程知っていた。最後に残った命の灯火を燃料にしているのではないかとさえ思えるそうした足掻きは、今回は触腕など外部器官の更なる成長及び急襲という形で実を結んだ。

 その瞬間逆に集中力が頂点に達したモードレッドとハーリドは、スローになった主観的観測の中で目を合わせ、すべき事を決めた。線状の何かを操る少女を呑み込まんとして迫る触腕、同様に雷撃の少女と新たに参戦した剣の少年もグロテスク極まる濁流じみた変異の先端によって丸呑みにされようとしていた。

 彼らの目がしまったという驚愕に染まったその時、〈神の剣〉(サイフッラー)は己のすべき事を行動に移し、彼が頭の中で己の剣としての在り方を実体化させると、それは先程ヴェルトリシア・アイアン=ウィッチの攻撃を斬り払った時と同様に圧倒的な斬撃となり、遠隔で放たれた無手の一撃は変異体の巨体を一撃で両断した。

 更には両断されてなお執念を滾らせるそれ目掛けて、円卓の騎士は二振りの剣によって重苦しい連撃をお見舞いし、それによってずたずたに引き裂かれた巨体は今度こそ黄金を上方へと撒き散らし、同じく蒼を下方へと撒き散らしながら消滅し始めた。

「お疲れさん」ハーリドはさすがに疲れ切ったようで、身近な足場の上で寝っ転がった。足場の上では乾いた砂が配置されており、彼はどことなく懐かしく感じた。その横にどっと倒れ込んで来たモードレッドは彼の隣で同じく寝っ転がった。

「本当に疲れたな。君がいてくれて助かったよ、たった三体の敵だったのに」

「お安いもんさ」

 彼らが『もう疲れだので何もしたくない』オーラを放って休んでいたところ、先程の子供達が彼らの周囲に降り立った。疲れた二人は敵意の有無を確認し、相手が友好的ではありそうな事を確認した。恐らく会話が始まるであろうと考えてとりあえず上半身を起こして砂を払った。

「さっきはありがとうございました」

 剣を振るっていた少年が礼を告げた。清々しく、真っ直ぐな印象を受けた。

「こちらこそ助かったよ。何故か急に疲れたものでね」

 それを聞いて少年は傍らの双子じみた少女達と目を合わせた。何やら気になる事があると思われた。

「えっと、じゃあまず気になるんですが、あなた方は一体何者なんですか?」

 とても真っ直ぐな質問であり、先程見た彼の剣技と同様であるように思えた。これが彼の在り方であるのかも知れなかった。ハーリドはおふざけの態度を中断して真面目に答えた――かつて軍事司令官として振る舞った時の彼のごとく。

「我が名はハーリド、アブー・スライマーン・ハーリド・イブン・アル=ワリード・イブン・アル・ムギーラー・アル=マクズーミー、その名の長さは偉大なりし己の血族への敬意故に、ご理解頂きたく。我は最後の預言者の同志にして、イスラーム共同体の軍事を司った小ジハードの実践者なり」

 微妙な表情でそれを見守ったモードレッドも結局は同じように真面目な返事をした。

「私はモードレッドと申す。ログレス王アーサーの子、華やかなる円卓の騎士にその名を連ね、今は故あってMr.グレイと名乗っている身。此度は主のお望みのままに、君達と共にあれを討ち滅ぼした次第」

 卿は朗々と己の素性を説明したところで、ふとイスラームの益荒男を肘で軽く小突いて注意を引いた。

「ところで」

「え、何?」

「さっき初めて私を名前で呼んでくれたな、モードレッドと」

「いやー…それは別に取り立てて騒ぐ事でもないっしょ」とハーリドは気不味いような恥ずかしいような反応を示した。モードレッドもそれ以上は追求できなかった。

 彼らのやり取りを見ていた少年は己の素性を説明した。

「えっと、僕はアラン・ヒンターマイヤー、父親は…普通の人で…祖先は…えーと」

「ハーリド、君が格式張った自己紹介にしたから彼はその煽りを喰らったらしい」

「俺のせいなの? おたくも便乗してたのに?」

 卿は一旦無視して話を進めた。

「いや、無理に我々に合わせなくてもいい。君も大人になれば嫌という程こういう気障ったらしい言い方がすらすらと出て来るだろう」

「それは人によるんじゃないか?」と精悍なアラブ人は肩を竦めた。

「補足をどうも。そちらの二人は?」

 卿はふと、騎士としての完成形であったガウェインや、その親しい友であったランスロットであれば小柄な少女が相手でも格式張った騎士らしいものの尋ね方をしただろうなと考えた。アーサー王の息子は今ではMによって作られた己の偽りの記憶を打ち破り、本当は己もまた円卓の騎士として輪の中にいた事を思い出していたのであった。

 双子らしき少女達の内、活発そうなオレンジに近い髪の少女がまず名乗った。

「私はイルトゥトゥミシュ。でこっちは双子の姉のトクタミシュ」

 彼女の声は活力があり、しかしどこか反骨心が感じられた。姉と紹介された黒髪の少女は己の周囲に浮かぶアーマープレートの中でどこまでも小さく見え、軽く頷いて「よろしく」と言うだけに留めた。

 だがそれを聞いたハーリドは興味を引かれたらしかった。

「イルトゥトゥミシュにトクタミシュ…でしかも俺らがまー適当に英語で喋っても通じるし…」

 気になった彼は少年少女にアラビア語やトルコ語やクルド語で話し掛けた――そして通じた。そういえば先程の女とも喋れたが、あれは戦争の家の神格なので除外した。

「言語の方はよくわかった。この領域じゃ何故か互いの言語が翻訳されるみたいだな。でもまーねー、名前は違うっしょ。イルトゥトゥミシュにトクタミシュかー」

 卿は何が問題なのかと尋ね、ハーリドは説明を始めた。

「いやだって…イルトゥトゥミシュって男の名前でしょ。トクタミシュもそう、両方ともトルコ風な名前だし。ただこの子達がムスリマかって言うとそうでもないし」

「はぁ、それを言ったら彼もアラン・ヒンターマイヤー、これはどう考えても地球と関係ある名前だがあえて私はそこを追求しなかった」

「でもさぁ、なんか俺らと関係ありそうだし、そのオリジンとか気になるじゃん? なんで親が男の子の名前を女の子に付けたのかも謎だしー」

「失礼じゃないか! 今はどうでもいいだろ!」

 彼らのやり取りを聞いていたイルトゥトゥミシュは不意に不機嫌そうな表情を見せ、己がどことなく馬鹿にされているように感じたらしかった。

「アンタね…人の名前をとやかく言ってんじゃねぇよ!」

 彼女はハーリドからそれ程距離が離れていなかったが、それでもその場から動かぬ限りは直接殴れる位置ではなかった。だが小柄な彼女が両腕を交差させるように振るうと何かがハーリドに襲い掛かった――だが…。

「まーいいじゃん。俺がおたくよりモテるって事はこれで証明できたしな!」

 卿に言いながら彼は抜剣して防御し、次々と繰り出されるワイヤーじみた何らかの線を弾き続けた。剣で勢いを殺してから鞘で絡め取り、纏まった線を剣で切断した。

「このっ! このっ!」

「イル! 一旦落ち着いて!」アランは慌てて制止しようとしたが、モードレッドは「彼は一旦無視して」とハーリドを蚊帳の外に置いた。かつて共同体で数々の戦いを勝利に導いた無敗の将軍はしかし、反撃せぬまま防御に徹して会話に割って入った。彼らは既に今いる足場をあちこち走り回ってある意味一方的な攻防を続けていた。

「おいおい、無視する事ないだろ! 俺はね、結構核心に迫ってんだよ」言いながら彼は爆撃じみた線の乱舞を弾き続けた。衝撃が彼方まで響き渡った。卿は面倒臭そうにして叫んだ。

「そうだな、君は一旦病院に行った方がいい!」叫びながら己の頭を指で小突いた。

「はぁー、おたくさ! この俺を! この俺を狂人扱いか!」

「ああ、君は面倒臭いしな!」

「人の事言えるかねぇ!」

 ふとそこで、アランは最大の疑問を口にした――何故彼ら二人は〈機神〉(マシーン・ゴッズ)を相手にして普通に戦闘できていたのか?

「グレイ、あなたに聞きたいんですが。あなた方は〈機神〉(マシーン・ゴッズ)と交戦したんですよね? それにさっき三体いたって」

 呆れていた卿はそこでアランとの会話に戻った。

「ああ、そうだな。私と彼とでまずドラゴンと逆三角形を一体ずつ仕留め、三体目の変異に手間取っていたところで君達に加勢してもらった」

「そこなんですが…あの、本来なら〈機神〉(マシーン・ゴッズ)とまともに戦う事ができるのは〈反機(アンチ‐マシーン・)徒〉(ディサイプルズ)って言って、僕達のような特殊な力を持った者達だけなんです」

 美しいログレスの王子は口をあんぐりと空けて次に言うべき言葉に迷った。背後ではハーリドが未だにイルトゥトゥミシュと追い掛けっこをしており、衝撃で時折足場全体が揺れた。見れば彼女の姉であるトクタミシュは無言で卿とアランの近くに佇んで会話を聞いていた。目が合うと彼女は「先を続けて」とか細い声で言った。王侯の娘のように美しかったが、現代の学生服じみた装束は見覚えが無かった。

「戦えない、というのはどういう事なんだ?」

〈機神〉(マシーン・ゴッズ)はその種類にもよりますけど、肉体に埋め込まれた〈変革の林檎〉アップル・オブ・チェンジ――あの肉体を侵食してる金色の機械です――の影響で周囲の生物から活力みたいなものを奪うんです。僕も詳しい原理はわかりませんけど、僕達の種族だと普通なら接近されただけで一気に疲労困憊状態で倒れるんです。僕達は単に吸血と呼んでますけど、とにかく僕達なら吸血の影響は受けないんです」

「あー、それなら我々も体験した。どうも徐々に疲労が溜まる感じで、最初は気のせいかと思ったんだけどね」

「ハーヴェスターズと似てますね…彼らも平均二分は自力で吸血に耐える事ができて、アーマーを着込めば現在は四分耐えられます」

「そのハーヴェスターズというのは異種族の類いなのか?」

「はい、薄々感じているかも知れませんが、このブルー・スフィアという領域は元々ここでは無い別の次元に存在した、僕達の故郷の惑星が崩壊したものなんです」

 軽装の少年は説明を続けた。彼によると元々ブルー・ワールドと呼ばれていたその惑星にはサクセッサーズという地球人と同じ姿の種族がおり、他にはハーヴェスターズという別の惑星からやって来た種族が暮らしていた――両種族は悲惨な戦争に突入し、数百年前にも及ぶ全面戦争の後に漸く和平が成立した。

 ハーヴェスターズと戦わなくてもよくなってから一五〇年、恐るべき事に突如として惑星が崩壊し始め、一年で惑星は粉々になり、そして破片はこちらの次元へと吐き出された。これら一連の事件はどのような原因であったのか未だ判明していない。

 やがて惑星崩壊から半年が経ち、今現在生き残りのサクセッサーズとハーヴェスターズとで今まで以上に強固で密接な同盟を結ぶ他無くなっていた――見知らぬ次元へと投げ出された彼らに襲い掛かる〈機神〉(マシーン・ゴッズ)の脅威である。


「え、その女ってつまり!? じゃああなた方は序列第五位ヴェルトリシアと遭遇して生き延びたんですか!?」

 アランは到底信じられないような様子を見せた。蚊帳の外の追い掛けっこは漸く終わったらしく、ハーリドは一撃ももらわずに済んだ事をぶつぶつと呟いて全能なる神に感謝した。

「えー、あーあのちょっとやかましいおば…女の子ね。さっきモードレッドが言ったと思うけど置き土産に面倒臭い生き物を三体置いて帰ったよ。その前になんかアッラーが創り給うた空間に干渉して、俺らをスクラップにしようとしてたけど」

「君の祈りが通じたのかもな」

 卿はしかし、あの時のヴェルトリシアの恐ろしさを忘れてはいなかった。

「でもどうやって…どの〈未完なりし神聖〉インコンプリータブル・ディヴァインでも、彼らと遭遇して無事だった人なんていないのに…」

「なんなのその名前…」

 アラブ人は大層な敵の名前に少々引いていた。

「ふむ。ハーリド、君が何をしたか説明してやってくれ」

「なんで俺が?」

「私の口から全部言ってやろうか? 君が彼女を追い返した後でどういう苦労に発展したかまで」

 やけに強い口調で卿は言った。

「はいはいわかりましたよ。おたくには慈悲ってもんが無いね。まあさ、俺ってば元々が高次元存在、まあ例えばチャウグナー・フォーンとか呼ばれてる奴やなんたらデイって呼ばれてる奴らね。そいつらが使う武器が俺みたいな奴だったりすんの。俺こう見えても本質は剣そのものだからな、まあ一人の武人としては槍なんかも使えるけど」

 彼が言い終わると、それまで黙っていたトクタミシュが己を取り囲むアーマーパネルの内側から尋ねた。

「でもあなたは人間」

 ハーリドは彼女に振り向くと、真剣な様子で己の知る範囲で説明を始めた。

「この起点になってる次元に投げ込まれた時点で人間として受肉して、んでしょーもない毎日を送ってたところで預言者との出会いが…まあこれは次の機会にするか。ともかく、俺は三次元的な視点じゃあその総体的繋がりが見えなくて、なおかつ四次元以上の概念で説明ができる時間的性質だの、非ユークリッド幾何学的な角度だの、時間線の相似と相反の関係に関わる上位次元からの影だの、宇宙の退行的副次冷却作用に関わる時間的には非リニアな振る舞いだの、まあそういう諸々の性質を持った高次元の爺さんと婆さんがね、井戸の所有権や上手い食い物の最後に残った一片を巡ってしょーもない喧嘩する時に使われてた剣だったって事。

「だから俺が全盛の力を振るえるなら、そりゃアッラーの無限に慈悲に誓って言うけど、思考すらせず無意識ですらなく放たれる斬撃でそのなんとかリファインズも全滅します、はいこれには距離も時間も関係無く」

 イスラームの益荒男が得意気な顔でそう言い終えたのを聞いて、グレイは馬鹿にするような声色で言った。

「おお、それは凄いね。じゃあそれで全部解決してくれ」

 モードレッド卿はにやにやとしていた。

「あのね、前も言ったけど俺は普通の人間として顕現してんの。だから限界はあるって言っただろ」とハーリドはうんざりしながら弁解をした。彼らは確かに、どちらも面倒臭い人間であるのかも知れなかった。

「というわけで彼がどこかの老人が喧嘩する際に振るわれた剣だった頃の力の名残りを発揮してそのヴェルトリシアとやらの空間攻撃を斬り伏せたけど、そこで力を使い果たしたから回復するまで暫く我々は自力で戦う羽目になったというわけだ」

 楽しそうにアーサー王の息子は言い放った。

「あそ。結局言うのか。おたくは本当に最高の友達だね」

「どう致しまして」

 彼らの一見辛辣なやり取りに、アランは明らかにはらはらとし、イルトゥトゥミシュは不機嫌そうな目で大人の男二人を見遣り、トクタミシュは無言のままで彼ら二人の性質をある程度見抜いていた。



イサカ事件解決後:カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン、ドープ超自然事件対応事務所


「で、それでどうなったんだ?」

 苦めのIPAを飲みながらスパイクはモードレッドに尋ねた。彼らはスパイクの家の屋根の上で座り込み、夕陽を見ながら話し合っていた。

「色々あったよ。どこから君に話すべきかはわからないけどね」

「あんたと〈神の剣〉(サイフッラー)はいいコンビだったみたいだな」とスパイクは笑った。

「痴話喧嘩だと周りには言われたよ」昔だと石打ちか鞭打ちの刑だったな、とは言わなかった。

「そんな奴が異位相の都市を滅ぼすかね?」

「考えられないな。それに彼は四人の妻達とブルー・スフィアで暮らしているはずだし」

 それを聞いて美しいブラックの青年は思わず姿勢を正して隣のモードレッドに向き直った。

「もしもし? いや、まあ、大英雄さんともなりゃそうか」

「律法状四人まで妻を持っていい事に――」

「そりゃ知ってるさ、だがまあ、そいつは多分教義通り妻達を平等に愛してるんだろうな」

「どうしてわかる?」

「あんたが彼の話をする際の懐かしそうで楽しそうな表情見てるとな。まあいい奴なんだろ」

 それは聞くまでもないような、答えが始めからわかっている質問ではあったが、それでも尋ねずにはいられなかった。

「最高の友人の一人だと今でも思っているよ」

 そう告げるモードレッド卿は昔を懐かしみ、そして今までの様々な出会いと別れを経た悲しみを滲ませていた。市街を照らす太陽は西に向かって沈み始めており、このどこまでも広がるかのような世界都市を夜へと向かわせていた。

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