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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
165/302

PLANTMAN#9

 尋常ならざるポテンシャルを秘めた若きヒーローと最後の〈旧支配者〉グレート・オールド・ワンナイアーラトテップvs巨大な黒いロボットを駆る復讐者の青年による激突は避けられなかった。しかも南極にて復興中であった海百合種族の遺跡付近で激闘は始まるのであった。

登場人物

―プラントマン/リチャード・アール・バーンズ…エクステンデッドのヒーロー、出版エージェント業。

―ナイアーラトテップ…美しい三本足の神。

―ダーク・スター…アールを狙う青年、己と同名のロボットを駆る復讐者。



六月、ダーク・スターとの遭遇から数週間後︰南極、ベリングスハウゼン海沿岸から内陸に数十マイル、海百合型異星人の遺跡


 遂に二度目の対決と相成った――アールからしてみればこの漆黒の光明神は呪われるべき者であった。三本足の神が放つ至高者の風格が吹雪を完全に静止させたため、降り注ぐ陽光が周囲の気温を先程より高めた。ダーク・スターと呼ばれる黒いロボットはこうして見れば信じられない程に黒の色合いが濃く、アールは相手の装甲にダメージが残っていないか探したが、それらしき跡は無かった。修理したのか自己修復でもしたのか、それは定かではなかった。

 アールとナイアーラトテップ、そしてダーク・スターは八〇ヤード程度の距離を置いて対峙しており、作業中であった南極の住人達は避難を始めた。

「もしも彼らに手を出した場合」と美しい三本足の神は厳粛な声で告げた。まるで裁判官のごとく重厚にして、逆巻く威圧感が陽炎じみて空間を昏倒させるに至った。「君であろうと容赦という概念はこの場から消え去る。稚戯で終わらせたくば虫けらに成り下がらぬ事だ」

 かの神はアールから聞いた話で既にニューヨークで起きた襲撃の概要を知り得ていた――〈揺籃〉を容赦無き悪逆の徒による襲撃から救い、そしてモンタナ山中に潜む、無自覚なる悪意にてその心身を形成せし異界のガス状生物討伐に貢献し、そして恐らくはかの神が知らぬ所で無数の冒険譚と英雄譚を築き上げたであろう、この心優しき復讐者が、死傷者こそ出さなかったとは言え無関係な民間人を巻き込んだという忌むべき事実をも。

 いかなる誇りとて、いかなる義とて、遂には地に堕ちて泥に(まみ)れるのか? 装甲越しであるため全く表情が読み取れない青年はいつもの疲れた声で答えた。

「さすがは最後の〈旧支配者〉グレート・オールド・ワン、その心に迷い無し、陰り無し、そして嘲笑の絶える事無し。だが確かに、僕はあなたに嘲笑われる側にはなりたくないね。神聖の果ての実体と本気で敵対したいとまでは思わないけど、それでも僕は僕でしなきゃいけない事があってね」

 するとナイアーラトテップは戦鎚をすうっとダーク・スターへ向けながら問うた。あまりにその様が厳格極まるため、大地を覆う氷雪が常人には聞き取れぬ悲鳴と共に溶け始め、遥か彼方で燦然と燃え盛る日輪ですら畏怖する他無かった。かの隣で構えていた新米のヒーローとて萎縮を隠せず、南極に棲み潜む海百合状の種族と不定形の種族は決してこの実体の怒りは買うまいとして更に急いで逃げ惑った。すなわちこれぞあえて、その逆鱗に触れるなどとは夢にも見てはならず、それを想像する事ですら最上の不敬であろうと思われる原初の神の一柱。これぞまさに、あらゆる領域を常に睨め付けては、それを穢そうとする下郎の増長を可能な限り虱潰しにし続ける美しい三本足の神、ナイアーラトテップであろうと。とは言えアールはかような神の威厳から立ち直り、己を再構築し、そして先程のやり取りにおける相手側の不備を冷たく指摘した――徐々に暖まるこの場とは対照的であった。

「はっきり言えよ、作文の授業じゃねぇんだ。クソ野郎、お前はここの住民達を巻き込む意志があるのか無いのか、どっちだ?」

 だが彼の冷え切った問いに対し、この宇宙の様々な領域を旅し、異次元や異位相をも訪れた青年ははっきりと答える事を拒否したらしかった。

「正しくない質問の仕方だね。住人達を巻き込む意志があるのか無いのか、ではどちらかに回答者の答えが偏ってしまう可能性があるんだ。この場合は住人達を巻き込む意志があるのか住人達を巻き込む意志が無いのか、という風にどちらも平等な形式で質問した方がいいと思うよ」

「へぇ、そうかそうか。じゃあ世界中のそういう不適切な質問形式に延々と文句でも付けてるんだな。じゃあもう一度不適切な質問をしてやる。結局お前は俺達と戦うのか戦わないのか、ここに来てどうする気だ?」

 辛辣な返しは突き出されし(くろがね)の刃を逆手取って相手を傷付けさせるカウンター技のように鋭きものなれば、親しみなどどこにもあろうはずが無かった。今や周囲の荒涼たる自然環境は、遥か彼方の領域で理不尽極まる掠奪によりて滅亡した文明からは〈天使〉と呼ばれし遼遠の実体に対する畏怖のみならず、強い怒りを滾らせているせいで逆にどこまでも冷たい雰囲気を放ち続けるアメリカの青年ヒーローにも同様の畏怖を見せるしかないらしかった。海はそれを構成する様々な分子の一つ一つが奇妙な振る舞いを見せ、海底で獲物を喰らおうとしていた奇怪な魚類が経験の無い恐怖に打ち震えて獲物を逃し、遥か彼方アーリントンに並ぶ墓が面妖にも振動して訪問者を驚かせた。南海で完全に生まれようとしていた台風がその成長を一分に渡って停滞させ、日本の陰鬱な梅雨模様が一時的に容赦を見せ、中国内陸部やイギリスの同様の天気も僅かに回復を見せた。気象の細かな異常が世界中の学者達に議論されるであろうが、それはさて置いて彼ら二者は見上げる程の巨体を持つ漆黒の光明神を厳粛かつ凍て付くかのごとき視線で射貫きながら、いつでも事を始められるようにして武者のごとく待機していた。それらを受けてダーク・スターと呼ばれる青年及び同名の乗機は己が次に取るべき手を考えて暫し沈黙を貫き、どこか生温い不快な緊張の空気が辺りを満たし、それは先行せしものどもなどと呼ばれる海百合状の種族とその新たな同名種族とを打ち震わせた。戦闘が始まれば、その時は三本足の神は手が空いていてこの場に呼び出せる己の側面を可能な限り導入するであろうし、以前直に見た、側面が基本形から変化した姿などを考えると手札の数はそれこそ獣一匹の体毛の数程にありそうか、あるいはそれ以上の可能性すら否定できなかった。忌むべき者どもに嘲笑と滅殺という末路を与えるのがかの神なれば、その困難なこれまでの冒険を可能としてきたのは〈旧支配者〉グレート・オールド・ワンに相応しき強大な力とそれの習熟である事を疑う余地などあるまい。愚劣にして夢想が過ぎる異端者であろうとあえて想像する事すらしない〈神〉の限界がどの程度であるのかは、その冒瀆を差し引いても全くの未知であり、噂や文献及び己の記憶から微かに推測する他無かった。だが少なくともかの神はあの山中にて敵の能力か特性によって己の側面から切り離され、己もそれに便乗して二神の記憶を畏れ多くも消す事が可能であったからには、それこそが〈輝かしき(シャイニング・)捻じれ多面体〉(トラペゾヘドロン)に側面の顕現と管理とを依存しているかの神の弱点であるかも知れなかった。となればまずダーク・スターはこの付近を己の色で塗り潰し、その心や意志が反映された環境構築をせねばならないと思われた。更にはどこまで覚醒しているのか現状では未知数なれど、明らかに物理法則から外れた振る舞いを既に可能としている〈救世主〉(メシア)の力に関しても注意を払わねば、前回のように手痛いしっぺ返しを喰らい、恒星の華やかな死をその表面にて無傷で看取る事すら可能とする装甲に、勇猛をもって放たれたる激甚の一撃にて、(ことわり)すら無視した損傷を与えられるかも知れなかった。

 白々しい冷戦状態の下で、その実いかなる手を取るべきか熟考していた二者、及びそれと対峙する敵は大体の方針は決まり、後は骰子(さいころ)を投げるのみとなった。悍ましきゲームが始まろうと彼らに躊躇いも後悔も無く、開始の合図を今か今かと待つ様は幽鬼じみた執念に満ちていた。

「では、そうだね」と漆黒の装甲越しに青年の穏やかで美しくありながら明確に疲れた声が響き渡った。「僕の道とそちらの道は嘆かわしい事にも、原始的なやり方で交わる事になるようだ」

 その瞬間空気が炸裂し、信じられないような轟音が遥か彼方まで届いて凍て付く山々を揺らし、そしてそれは単に信じられない程に黒い装甲を持つ機械の神が己の腕を化け物じみた勢いで振るっただけであると二者は気付いた。

「これが答えか?」

 飛来した衝撃波を拳の一撃で理不尽にも粉々にした金髪の青年はマスク越しにぎろりとした恐ろしい目を覗かせながら言い放った。鎖帷子を纏い、深々と兜を被った在りし日のサクソンの戦士のごとき重圧が荒涼たる南極の地を真っ直ぐ射抜いた。

「残念ながらそうなるね。そうそう、残念と言えば少なくとも君は今日が人生の最期かも知れないね。何かネットワークを介したサービスなどを通して残しておきたい言葉はあるかな?」

「詳しそうだな。使った事無いが、フェイスブック用語で『お前を殴る』はどう言えばいいんだ?」

 ハンサムなマッチョは暴力に暴力で答えを返し、それは大気圏内で普段計測できるような速度ではなく、であるにも関わらず発生した物理的な副産物はそのほとんどが勢いを殺されていた。彼が腕を振るえば深い微睡みから覚醒したばかりの風のイサカが起こしたかのような烈風が吹き荒れ、それは指向性の破壊効果を持つある種の光線じみたものとして発射され、その先にいた漆黒の光明神は空中向けて急発進する事で躱した。一連のやり取りを窺っていた三本足の神はなおも厳粛な声で、まるで罪人に言うかのような調子で語り掛けた。

「かくも立派な甲冑を纏いながら、果たしてそれは張りぼてか、あるいは君自身の心の弱さが成せる業であろうか? 悲しきかな、現実は嘘を()かぬ、事実は嘘を()けぬ。君にとって今の一撃はなんであるか。死神の鎌でも喉元に突き刺された気分であれば、それはそれで滑稽にして愉快」

 アールも嘲る調子で便乗した。

「でね、この神様天使様も暗に言ってるけど、お前をそこら辺のゴミと同一視するけどいい? って話。そしたらさ、この世で最も神聖な実体の一体から嘲笑われて、収穫を待つキャベツみたいな無抵抗さで一方的にボコられんの。ここまで聞いてまだやるのか?」

 それはいっそ清々しいまでに白々しき、冷厳たる降伏勧告であった。



数分後︰南極、ベリングスハウゼン海沿岸上空


 激烈極まる戦闘はあちこちで大気を爆発させ、そして三人の高度が徐々に上昇を始めていた。悠久の昔より雪に閉ざされし寒冷の大地は太陽にぎらぎらと照らされ、その上空で乱舞する者どもは惑星そのものをも心底震え上がらせ、様々な異常を発生させた。かつて新宿にて己の同族を増やそうとして失敗したザ・ダークの総体が異変を観測し、時空を超越しているために時間をも俯瞰して存在しながら遂には討たれた宇宙喰らいディバウラーの同族であるオーバーマスターは、いずこかの異時間線そのものであるその肉体に言いようの無き寒気を感じたらしかった。宇宙のいずこかで活動を続けるリタリエイション・デイとレコニング・デイとカタストロフ・デイとジャッジメント・デイは、筋骨隆々たるギリシャ彫刻じみたその恐ろしい程に美しい狂ったスケール感の巨体を束の間静止させ、本体ですらなければその影ですらなく、世界法則が彼らの存在規模に畏怖して勝手に作ってくれただけの三次元上の肉体を慎重に点検した。時間の果てに居座るロキは己が纏う合金製の外套を着込み直し、タイフォンはヤソマガツヒと差していたチェスと碁と将棋とその他の類似したゲームとを暫し中断し、ロサンゼルスで人として顕現する永遠の少女グリン=ホロスは目を鋭くした。己の領地(ドメイン)にて、己をも踏み倒し可能な次の契約相手を吟味していた〈荒れ果てゆく神話〉(ルイニング・ミス)は異変の発生源が己の糧として美味であるか否かを熟考し、妖艶なる白蛆の魔王ルリム・シャイコースは幾星霜を経てなお変わらぬ悪意をその美しい瞳と口許に宿した。かつて三本足の神に滅殺された二の五乗の限界値の同族と思わしき何者かが、己の支配する現実(リアリティ)の脚本をよりグロテスクな内容に書き換えた。行方不明となった忌むべき混沌のエアリーズに重大な悪影響を及ぼしたと思われる八の兄弟姉妹を持つ高次の実体が、己しか存在せぬいずこかの暗い墳墓にて刮目し、エアリーズその人ですら完全には己の枠組みに置く事叶わなかった地上の王と宇宙の王とがそれぞれ覚醒し、〈神の剣〉(サイフッラー)と同じく高次元の実体によって使用されていた武器そのものであったハニーファの詐欺師やヒルジー家最強の覇王が、南極にてその本質を見せた最高位の天使にそれぞれ異なる反応を示した。

 そして多くの勇士達の友であった、異時間線より逃れて来た天才科学者を、己の虜囚とした事で満足して撤退した恐るべき異界の女公は、己らの庭を荒らされる事の無きよう警戒しながら、たった一人の捕虜に何か意味があるのや知れぬ笑みを浮かべた。

 死の舞いは互いの次の技を更に鋭くし、〈闇の帷〉(ダーク・シュラウド)によって様々な場所に同時存在して剣戟を放ち続ける黒いロボットの巨体は残像だけでそこら中に存在しているかのようであった。手が空いている己の側面を三体呼び出した三本足の神はそれらの化身をそれぞれ異なる姿へと変化させて同時操作し、数千数万合と一瞬一瞬の内に増えゆく打ち合いを互角のものとして成り立たせた。少なくとも青年は惑星上を焼き払うかそれそのものを崩壊させる程には狂っていないものと思われたが、しかし常に例外や不足の事態が潜んでいるため油断はできなかった。アールは物理法則を捻じ曲げて己の攻撃を物理的干渉に対し鉄壁を誇るはずの敵装甲目掛けて繰り出し、彼のシンプルな打撃はそれそのものが過去のあらゆる名剣すら凌いでいた。戦いは始まったばかりであり、今後の戦局の行方はまだ予想が難しいと思われた。

 久々に名状しがたいノリに侵食された文章を書いた。

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