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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
161/302

SPIKE AND GRINN#16

 まるで刑務所仲間同士のやり取り――スパイクは日本有数の魔術の名家に友人がおり、田舎から出てきたばかりのかつての地球の守護神の前で電話越しの壮絶な言い合いを始めた。

登場人物

―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。

―リン・マリア・フォレスト・ボーデン…スパイクの母親。

―ライアン・ウォーカー/ヴォーヴァドス…事件を追ってLAにやって来た元〈旧神〉(エルダー・ゴッド)

―シンヤ・ジョウヤマ…日本の魔術名家出身の男。



事件発生日の翌日、早朝︰カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン、ドープ超自然事件対応事務所


「シンヤ?」

『えーと、そちらさんは…スパイクか。そう、お前が誰だか思い出せた。金がねぇ時は犬を抱いてたあのフニャチン野郎のスパイクかよ』

「よう、万年独り身野郎。去年のクリスマスは誰かと過ごせたのか? もちろん家族親族ってのは無しでな」

 国際電話を『手軽にする』裏技は魔法使い達にとって一般的なものであった。彼らもずるをしてこうして会話を始めたのだ――一体何年ぶりであろうか。本当は昨日電話するつもりであったものの、結局のところすっかり忘れていた。

『言えるようになったじゃねぇか、クソチビ。いつも母親の影に隠れてたガキにしちゃ上出来だな』

「そうだな、オッサン。テメェこそ、前に会った時はオムツ必須の要介護だったが、今じゃヘルパー兼ヤリ友のパーマかけたオバサンと一緒か?」

 相手の声は人ならざる力を持つライアンには普通に聞こえており、彼らの辛辣なやり取りには驚く他無かった。仲が悪いとは一言も言わなかったが、スパイクが電話している日本の魔術師は何か確執のある相手なのか――だがそれは気のせいであった。

『この野郎、久しぶりだな。元気にしてたか?』どこか影があるものの嬉しそうな声で電話の相手は言った。

「俺も話せて嬉しいぜ。成人するとどうしてもダチとは会う機会も電話する機会も減っちまってな」

『まさにそうだ。で、今日はどんな用だ?』

 そして彼らは一転して親しいやり取りを繰り広げ、それが更にライアンを困惑させた。朝食を作っているリンは冷たい目で、汚い言葉遣いをするスパイクを見ていた。

「ああ…」だがスパイクはそう言ったきり切り出せなくなった。己の親愛なる兄弟とその妻を惨殺された彼に、一体何を言えばよい? しかも下手人はスパイクにとって兄弟同然のかつての親友。何を言えばよいか(・・・・・・・・)

『『ああ』ってなんだよ。今シラフじゃねぇのか?』

 電話の向こうでシンヤ・ジョウヤマは笑った。その様子が余計にスパイクの心を締め付けた――だが彼も大人なので、意を決して儀礼的に言うべき事を言った。例えそれで罵倒を受けようと、それは覚悟していた。

お気の毒になアイム・ソー・ソーリー。ススムは俺の大事な友達の一人だった」

 スパイクはこのような『幾ら心を込めようが白々しく聞こえる台詞』など言えばシンヤが激怒するかも知れないと考えていたが、しかし己自身の友を偲ぶ気持ちを抑えられず口にせざるを得なかった。一瞬間が空いたのでその時間が永遠のように永く思えた。だが実際には悲観し過ぎであるらしかった。

『そして俺にとってはいい兄貴だった。何かの拍子に帰って来ないか、今でも俺はそう思ってるぜ』

 今の心境が成せる業であろうか、以前よりも更にシンヤの声は低く、だがどこか穏やかさがあった――あるいはあまりの悲しみに穏やかにさえ感じる程、声の調子が変わったのか? だがスパイクはそこまで考えて、先程電話に出た時のシンヤの声は往時のそれであった事を思い出した。

 テーブルの席に座ったまま電話しているスパイクは己のこの安らぎの城塞を眺めた。ここは己の寛げる家であり、愛する母がおり、忌々しいいけ好かない番犬悪魔のオロバスが天井に染みを作り、そして今は代わりに田舎から出て来た〈旧神〉(エルダー・ゴッド)がいるが、本来は居候のグリンがいた。

 彼にとっては秩序の神格でも遥か彼方のグリン=ホロスでもなく、グリンという一人の相棒であり、新たな悪友であり、そしてそれ以外の何かでもあった。

 ふとライアンと目が合った。田舎の純朴さを目に湛えた彼は自他共に認める莫迦ではあったが、しかしそれでも今スパイクがどういう類いの会話をしているのかを察する事はできた。ハンサムな茶髪の青年はスマートフォンを弄るでもなく、手遊びするでもなく、脳内iPodを起動するでもなく、じっと佇んでいた。

『おい、何か言えよ』とシンヤは再び静かに笑った。『お前はアメリカの刑事ドラマの定番お悔やみ台詞(アイム・ソー・ソーリーやアイム・ソーリーは定番のお悔やみ)を俺に言うためだけに電話したわけじゃねぇんだろ?』

 スパイクは電話の相手が果たして無理をしているのか否か、少し考えたが全くわからなかった。だが彼が強く振る舞えているならば、気遣い過ぎるのも問題であった。こちらも普通に振る舞わねばならなかった。

「お前の気持ちも考えずに、もう少しだけこの話を続けるぜ。お前に言わなきゃならねぇ事がある、犯人は知っての通り俺の親友だった奴だ。そいつは俺の兄弟で――」

 そこで豹変したシンヤが言葉を遮った。スパイクは彼が当然の権利を行使したと思っていた。

『兄弟だろうがダチだろうが、知った事じゃねぇよ! 悪いが発見し次第あのゴミクズ野郎はブチ殺す』

「――ああ、それでいいんだ。俺も同じ意見だからな。俺はあいつと本当にいつも一緒だった。だから俺はあいつを止めなきゃならねぇし、場合によっちゃ自衛か安全保障上の理由で殺さなきゃならねぇ。俺には責任がある。俺のダチがお前の大切な人達を殺し、彼らは俺にとっても大切な友人だった。なら、お前があいつを憎むように、俺もイザイアを敵と見做す必要がある。そして俺にはその覚悟ができてる」

 モデルのような美貌を持つ地球最強の魔術師スパイク・ボーデンは昨日見た夢を思い出した。夢の中では二度と戻れない懐かしき日々があり、そしてそれは紛れも無きただの夢ジャスト・ア・ドリームであった。

 シンヤが沈黙を破った。

『お前話繋ぐのが下手になったな。沈黙のスパイクって名乗ったらどうだ?』

「明日のメシどころか今日の水分補給すら困難になったらそう名乗ってコメディ・ショーにでも出るさ。さて…本題だが」

『ああ、何だ?』

「お前んトコにちょっかいかけてたアホ、まあつまりマスダ家の連中だが。昨日たまたまトウゴ・マスダをとっ捕まえてな、向こう二、三〇年はソリチュードで大人しくしてるだろうよ」

『マジか? あの鬱陶しいストーカーが逮捕されたのか?』

「あの野郎、俺が追ってるイサカ絡みの事件でたまたま出てきやがってな。俺の事件とは関係無いが、それでも奴はイサカの力を模倣してアメリカの市民を一人殺したからその報いを受けさせてやったところだ。しかも奴から尋問中に出て来た協力者ってのがあのワンブグでな――」

『待て待て待て待て待て、一体何がどうなってやがる? 説明してくれ』

 そこでスパイクは昨日までの経緯を話した。彼特有の嗄れ声で頷きながらシンヤは聞き続けた。話が終わるとシンヤは暫し沈黙した。

「悪いな、俺は今日沈黙病抑制薬を飲み忘れたから、こうして話してるお前にも感染しちまったらしい。ダチのよしみで訴えないでくれたら助かるが」

『それより口臭を気にした方がいいな。何千キロも彼方の日本にいる俺がお前のくっせぇ口の匂いでゲロっちまいそうになってんだ』

「お前の国じゃ人の口臭を肴に酒を飲むのか?」スパイクも皮肉るように笑った。シンヤが酒としては甘く飲み易いジン・トニックを今現在飲んでいる事が容易に推測できた。

『最近はそうかもな。ところで俺は一回だけワンブグ暗殺に志願した事がある。その時のメンバーで生存者は俺だけだったけどな。Ms.ラスピューティナ、カイディン家のご令嬢、イカれたニューイングランド魔女裁判の生き残り…まあ今まで色々な奴と出会ったもんだが、ワンブグ以上に恐ろしい奴にはまだ出会った事がねぇ。今は収まってきたが、あれ以来眠れない夜を何度も過ごしたもんだ』

「大丈夫か?」

 スパイクは真剣な様子に戻った。

『大丈夫とは言えねぇな。加えて兄貴がクソったれに殺されて、心に大きな空白ができたみたいだ』

「なんでこうなっちまったんだろうな。どうしようもないカスに成り下がったイザイアは俺にとってはかつてのダチで、お前にとっても結構仲良かっただろ。前はそうだったんだよ、否定できない事にな。だが今じゃあいつは俺達両方を敵に回した。俺も心に空白が生まれたのを感じてる」

 美しいブラックの青年はラゴス時代に吸っていた巻き煙草のきつい味が思い出されてならなかった。

『人は変わるって言うが、こう悪い方向に思い切らなくてもいいのにな』



数分後:カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン、ドープ超自然事件対応事務所


 スパイクはそれから少し話を続けて電話を切った。その後ふと彼は自然な流れでポケットに手を突っ込もうとした――というより実際に指先が入った。そこで己が無意識に何をしていたのかはっとして、まるでうとうとしていた時に叩き起こされた有り様で立ち戻った。

「どうかした?」

 遥々ワイオミング州から訪れた客人は何かあったのかを訪ねた。彼は純粋に心配しており、田舎の二面性――温かみと冷たさ――のまともな方が滲み出ていた。スパイクは話すべきか迷ったが、今は姿を見せないオロバスがどこかでせせら笑っているような予感がして、それへの反発で話し始めた。

「人にはそんなに話した事ねぇんだがな」と自嘲した。「今禁煙中なんだよ。どう言えばいいのか…俺は俺の元ダチのイザイアがまだ俺とダチだった頃には煙草をよく吹かしてたんだ。で、今じゃそれはただの夢でしかなかないんだが。本当はまたあいつと一緒に馬鹿臭い冒険と洒落込みたい。一緒にワインとチーズの微妙な組み合わせを食って笑いたい。たまに会ってまた昔の事を話したり、今後の展望でも話したい。互いが別々の道を歩み始めた後も友情が続く、あの頃はそう思ってたんだよ、今思えば自分が世界で愚かに思えるレベルの思い上がりだがな。

「もう二度と戻れない事を受け入れるには、俺はもう煙草を吸わないようにしなきゃなって何故かそう思った。実際はただの思い込みかも知れない、それ以外のクソかもな」

 リンはあえて汚い言葉を聞き流していた。以前スパイクから友人の豹変は聞いていた。

「さっきのか? あれは喫煙願望に負けたんだろうな。それか無意識に昔通りの動きをしたか。実を言うと最近また頭の中で煙草を吸いたいって何度も考えるようになった。俺は健康云々でそれを禁止してるわけじゃないし、まあ魔法ってのは使い方次第では煙草のリスクも軽減したり無くしたりできる――とラゴスで習ったもんだな。ともかく、シンヤの前で覚悟ができてる、だなんて言ったが、前回までイザイアと本気でやり合わなかった俺にそれが本当にできるのかどうか、正直微妙だな。俺が渋ってたツケは俺の別のダチに降り掛かったわけだが」

 スパイクが重苦しく口を閉じ、ライアンは彼の話を頭の中で整理した。それから今度は質問をしてみた。

「なんでその…イザイアは君の別の友達――」

「さっき話してたシンヤの兄夫妻だ。俺にとってもいい友達だったな」

「ああ、それでなんでその人達を殺したのかなって…」

 正直に言ってその動機を彼は考えた事も無かった。知ったのは昨日で昨日は激動の一日。知る暇も無く考える暇も与えられなかった。

「さあな」

 実際のところそうとしか答えられなかった。

「さあなって…」

 だが正直なところ今は他の問題でお茶を濁したかった。

「それよりもそろそろ俺は捜査を再開しなきゃならん。お前も来るか? まあそのために来たんだろうけど」

「それはもちろん行くけど」

「じゃあ決まりだな」

 スパイクは映画かドラマのように気取って席を立った。当然ながらリンに制止させられた。

「まだ食べてないでしょ」と彼女は呆れた。彼女は彼がなんであれ、その母である事には変わりなかった。

「いや、見りゃわかると思うが俺はこうしてカッコつけて事件調べに行こうと」

「じゃあ私は息子とその客人が朝食も食べずに行くのは納得いかないってところね。もちろんあんたが追ってる事件がいつも最低で最悪なのはわかるけど、食べないと頭がシャキっとしないし空腹じゃ集中も何もないじゃない?」

 久々のLAに出て来たライアンは嵐のような怒濤の展開に翻弄され続けていた。お陰で猛烈な義憤に支配されていた彼は数時間ぶりにヴォーヴァドスからライアン・ウォーカーという第二の自分に戻ったと思われた。

「わかった、わかった。多分少し遅れても世界は滅ばねぇだろうし」

 だが第二の事件が起こる可能性はあった。あるいは先日の、ライアンのガールフレンドの友人が殺された事件とて既にこれまで起こっていた類似事件と関係があるのかも知れなかった――だがここLAでそれが起きていれば気付いているはずだ。

 いずれにしてもそろそろクレイトンから新情報をもらえるかも知れない。シンヤも電話を切る前にトウゴ・マスダ逮捕の一件のお返しとして、彼なりに今回のイサカ事件を調べると言っていた。

 ともかく一刻も早くこの狂気じみた殺人事件を解決せねばなるまい。朝食は少し急ぎ足で食べるべきらしい、リンに行儀の悪さを注意されない程度には急いで。

 犯人の動機や決着の仕方は大体固まっている。後は執筆意欲が復活すれば。

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