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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
156/302

CU CHULAINN#13

 大阪での対決によって忌むべき妖刀を一本確保できたものの、しかしまだまだ他の混沌の刀の行方は不明であった。そしてアルスターの猟犬はたまたま通り掛かった新宿で奇妙な事件と遭遇する運命にあるらしかった。

登場人物

―キュー・クレイン…〈質実剛健の妖姫〉(ドウタヌキ)と呼ばれる尋常ならざる妖刀群を追う永遠の騎士。



大阪での一件の翌日︰日本、東京都、新宿区


 アルスターの猟犬キュー・クレインは日本で最も複雑な駅の一つと見られる新宿駅の構内には辟易させられた。傷の痛みもあってなおさら。

 それでも既に通った大阪の難所なんば駅とついでに寄った大阪・梅田駅で複雑な地下構造には慣れており、雰囲気に慣れれば意外とすんなり抜ける事ができた。

 今回の地球帰還で最初に訪れたヨーロッパでは幸運にもそこまで複雑な駅には出会さなかったものの、今後も日本以外で地下迷宮じみた駅を利用するかも知れない事を思うと気構えができた気分ではあった。

 以前訪れた〈暁の安息所〉星系の〈揺籃〉で利用した交通機関の駅は簡潔で計画的に整備されており、継ぎ足すよりも思い切って作り直してしまうあの半透明の蛸じみた種族には驚かされたものであった。

 ふと今回もまた誰かに追跡されていないかと暫く様子を見たが、しかし特にそれらしい気配は無かった。

 黒髪の青年は相変わらず黒縁の眼鏡をかけて己を内向的なタイプの外国人旅行者に偽装し、一応は己が古きアイルランドの大英雄であるなどと露とも悟られぬよう努めた。

 マガツ二神は妖刀の使い手を彼にけしかけてそれがどのような混沌を齎すか観察しようとしたのではないかと彼は推測していたが、しかし神と呼ばれる実体の考える事など理解はできなかった――例え実父がダナーン神族主神のルーであろうと。

 彼はその出自に反しておよそ神々とは縁遠い前世を送った。

 そしてあらゆる混沌の起源であった事を暴露され現在絶賛行方不明なエアリーズによる第二の生を歩む今でも神そのものとの関わりはそれ程濃密ではなかった――己の新たな友と呼べる最後の〈旧支配者〉グレート・オールド・ワンナイアーラトテップとの交友を除いて。

 彼は寿命を喪失した不死者として今を生きているためか真空の宇宙空間にさえ耐えられるようになったが、それでも今の東京が少しだけ肌寒くなって残暑も鳴りを顰めた事がわかった。

 南口から外に出て道路の向こう側まで行ってからふと振り返ると、JR新宿駅という日本語の巨大な文字看板が見えた。

 その看板と駅構造物の上には天球の端っこの方のみに雲を配置した秋晴れ空が広がっていた。

 そのためこの角度からは雲が一切見えず、大都市の真ん中で素晴らしい天気に恵まれ、大勢の人々の中に己がいるという感覚にどこか安心させられた。

 そうしていると穢れによる負傷も少しはましになった気がした。血が滲んでなければいいが。

 彼は己が永遠を生きるアウトサイダーだと自覚し、少数の交友を除けば己が孤独であるとさえ考えていたが、しかし実際には彼が自覚している以上のネットワークを持っていた。

 だがそれはそれとして、彼はこうして旅をしながら行く先々で世の危険を少しずつ取り除いたりしていた。

 戦後も労働争議や安保闘争などで無数の動乱を迎えた日本ではあるが、しかし実質的にはとても平和な世が続き、この世界的大都市もまた奇跡的なレベルの平穏を保っていた。

 平日だからかスーツ姿の者が多く、そしてそれ以外の者も混ざっていた。

 道の端で止まって地図を読むふりをしながら往来を観察していると、他の国々でそうであったように多くのまだ見ぬドラマを想像したり予想したりする事ができた。

 図らずしも数千年の人生を謳歌してきた彼にとっては莫大な時間があり、そのため彼は生まれたこの惑星の様々な言語を暇な時に学習してきた。

 日本語に関してはここ数年で特に難解な東北や九州の方言を学習しており、その一方で彼は同時にPGG高危険宙域のとある惑星でのみ使われるミックス言語についての学習も進めていた。

 彼は背が高くて体格もある程度がっしりとしていたが、地味な服装とリュック、そして眼鏡の効果で己を地味に見せる事には成功しているらしく、周囲の視線はあまり感じなかった。

 この国のようにマジョリティの民族が圧倒的大多数を占める国ではどうしても外国人である事が明白な容姿は視線を集める。

 しかしやはりどこの国でも首都やそれに匹敵する大都会であればあまり外国人を珍しがる者もいない。

 更には騎士の髪が黒であり肌もそこまで白いわけではなかったから、日本人の感覚からすると『欧米人』らしい雰囲気は――ぱっと見であれば――薄かった。

 先程道を渡る前に見えたが、駅の南側にあるバスタ新宿の向こうには高島屋の立派な建物がちらりと姿を現したものであった。

 バスタ新宿の隣に巨人のごとく聳えるミライナタワーも巨大な新宿駅構造体の一部であるらしかった。

 信じられない程に巨大なビル群に囲まれている今となっては、束の間観光に興じてもいいのではないかとさえ思えた。

 しかし〈質実剛健の妖姫〉(ドウタヌキ)のような危険極まる刀剣を野放しにはできないから、彼は引き続き調査を続けていたのであった。

 移動中に己のPDAをこの星の汎世界ネットワークに接続、必要な情報を検索したが、一般に知られる『同田貫』という刀剣の情報以外はヒットしなかった――同田貫の銘を持つシリーズは無骨な作りの戦場刀として使われたものであり云々。

 彼は人間の鍛冶が作った歴史の表に登場する〈質実剛健の妖姫〉(ドウタヌキ)ではなく、先日回収した刀のような尋常ならざる鍛冶の手で作り上げられた妖刀群としての〈質実剛健の妖姫〉(ドウタヌキ)の情報を欲しがった。

 だが久々の地球への帰還であった事もあって、こういう時誰を頼って情報を得ればよいのかわからなかった。

 それを思うとやはり己はアウトサイダーなのだと実感する他無かったが、それでも互いに無関心で往来する大勢の人々を見るとある意味で己は一人ではないような気がした。


 新宿二丁目やその周辺の各校キャンパスが立ち並んでいるエリアのどこかからか、フリーメイソンと並んで世界中の陰謀論界隈にて大人気なザ・ダークことダーケスト・ブラザーフッドの拠点があると言われている。

 そしてそれは実際に存在していたが、その位置は誰にもわからなかった。

 この組織はそもそもの目的も見えず、どのような組織体系でありどのようなルールや作法があるのか誰も知らず、どのような活動をしているのかが全く見えて来なかった。

 そのためザ・ダークについて書かれた本はそのどれもが各々で好き勝手な想像を書く他無く、そもそもそのような詳細不明極まる組織などどうして存在しているとされているのか、それ自体が奇妙であった。

 彼らはユダヤ資本やイルミナティと関連付けられる事もあれば、オカルト系の陰謀と絡められる事もあった。

 実を言えばここ数十年の地球における大事件や雑多な事件の幾つかにはこのダーケスト・ブラザーフッドが一部または大部分関与しており、しかもそれをほぼ誰も把握できていなかった。

 第一、この組織は陰謀論のレッテルを貼られているため、人前で『あの事件にはザ・ダークが関与していた』などと抜かせば品格を疑われるか、次の日からは周りからの見る目が一気に変わってしまう。

 そのため余程己の主張を強く信じている者でも無ければそのような主張をするのは難しいらしかった。

 具体的には『コラプテッド・ゲーム事件』にも関与があった。

 実力と悪名が同じぐらい高いガティム・ワンブグは何度かこの組織と接触し、更にはロサンゼルスでドープ超自然事件対応事務所を開いているスパイク・ボーデンの発狂したかつての友イザイア・ゴドウィンに援助した。

 そしてニュー・ドーン・アライアンス首領であるマインド・コンカラーは一度この組織から接触を受けている。

 もしそのような事を人前で言えば頭がおかしいと思われるのが一番ましな反応であろう。

 まだこの時点ではヒーローではなかった後のプラントマンことアール・バーンズは最近家に帰ってダーケスト・ブラザーフッドの事を調べる事が多かった。

 彼はその度『ああこんなもの調べるよりもゾンビをレイガンで撃てばよかった』と後悔する事が多くなっていたが、それは誰も知らない事であった。

 大学の友達と遊んでいる時にもよもやそのような話を打ち明けられまいし、打ち明ければ次の日からどのような顔をしてキャンパスを歩けばよいのかが怖かったらしかった。

 ともあれ、この時点の日本、アジア屈指の世界都市東京の新宿区において奇妙な陰謀が蠢いているのは事実であり、残念ながら誰にとってもこれから起こる事件は不意打ちでしかなかった。

 そしてこれから起こる事件は時には不意打ちの不意打ちも起こり得るというありがたい教訓でもあった。


 一人の男が密かに地上へと姿を現したが当然誰もそれを気にしなかった。その男は三〇代の中肉中背、腹が出始めた頃合い、顔は程々に日焼け、上下の作業着が役場か何かの印象を与えた。

 胸にはスプリング管工と刺繍されていた。黒い作業用のバッグを肩に担いでおり、彼は工学院大学や東京モード学園のキャンパス前を通って大きな通り沿いの歩道を東へと進んだ。

 その先には化け物じみた大きさの新宿駅とその付近のまるで巨大な城壁のごとき京王百貨店があった。

 男は周りの人々の平均的な歩行スピードや東京らしい歩行法を完璧に模倣した様子で別段目立つでもなく歩き続けた。

 男の様子は一見自然であり、何ら興味を引くでもなかった――しかし裏返せば自然過ぎて逆に不自然であった。

 運命とはよくわからないもので、たまたま黒髪のキュー・クレインはこの巨大な街を見下ろすミライナタワーの最上階に人外じみた技ですうっと登って周囲を窺っていた。

 登る際に傷が痛み、危うく転落しそうになったが耐えられた。

 彼はちょうど屋上北西の角のへりで目立たぬよう身を屈めて窺っており、狩人じみた視線で往来を観察し現代の地球についての見識を深めているところであった。

 久々に帰って来た地球はどこも以前より科学水準が上昇していたが、以前と変わらぬ混沌に覆われている事がわかった。

 それでもこの平和の大都市を見ているとそのような気分が幾ばくか薄れるような感覚を覚えた。

 そしてちょうどその時、騎士はそれを目にした。

 屋上にでかでかとしたロゴが置かれたスバルビルの前にある歩道から南へと渡る横断歩道で信号待ちをしている群衆に一人の男が加わった。

 その男は西から歩いて来たが、仮に進路が駅かその周辺施設であれば随分歩きが長いなと感じた。駐車場が遠かったのか?

 それにしても駅の周辺のどこかで止めるであろうし、あるいは一人で持ち運べる程度の荷物しか持っていないのであれば鉄道を利用すれば車でなくても大丈夫ではないか。

 とは言え騎士は具体的にどの程度の人間が工事等の作業現場へ電車で移動するのかは知らなかった。

 彼は地球外PDAの高倍率望遠機能を使って暫くその男の動向を窺いつつ、何故己がその男を気にしているのかと考えた。

 そこで彼はふと、その男が己と同様に不自然なまでに自然な振る舞いをしているせいだと気が付いた。

 日本だけでなく世界中にああした迷路じみた駅があると知って親近感を覚えた。

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