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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
155/302

SPIKE AND GRINN#14

 翌日の捜査に備えて眠ったスパイクは奇妙な夢を見た――絶対に二度と戻れないあの頃を想起させる残酷な夢。そして起床した彼は己と同様の怒りを今回の事件に抱く何者かと遭遇する事となる…。

登場人物

―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。

―リン・マリア・フォレスト・ボーデン…スパイクの母親。

―オロバス…オロバスと自称する悪魔、スパイク宅の番犬代わり。



事件発生日の夜︰カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン、ドープ超自然事件対応事務所


 スパイクは帰宅して状況を確認していた。今日はグリンとショーラは外泊するとかで、スパイクは彼女の気遣い――相変わらず冷淡で刺々しいが――には感謝していた。

 今日起きた事を纏め、整理し、見易くした。気が付けば作業開始から一時間半程度過ぎていたが、明日清々しく起きるための睡眠時間は確保できそうであった。

 午前、ホワイトアウトから事件発生の電話、最初の犠牲者。二〇代後半のホワイト、女性、ワイオミング州の友人を訪ねる予定であったものの三日間行方不明、三日後に遺体としてコロラド大通りの歩道に突如出現、遺体には落下時に生じたもの以外の外傷は無し、冷気、イサカの犠牲者、犠牲者以外の血液が付着したベンジャミン・フランクリンのカメオ、ここ最近イサカ召喚に必要なイーサーと液体窒素の化合物を購入した者無し。

 午後、クレイトンから別の事件発生の電話、五〇代のハワイ系、男性、お悩み相談の副業で名の知られた人々に好かれるタイプ、最初の犠牲者と同じく遺体としてグリフィス天文台の広場に突如出現、イタカではなくジョウヤマ家の仇敵であるマスダ家の一員による犯行、イサカと同様の力を使って犠牲者を殺害したトウゴ・マスダを無力化・逮捕、取り調べ、ガティム・ワンブグである可能性が高い男が半月前に入国しカリフォルニアでマスダに接触していた事を確認、そしてワンブグがLAにいる事も確認。

 とにかく面倒事が多い。イサカの犠牲者、イサカ模倣犯、ワンブグ。ワンブグも優先すべき事項だが、恐らく下らないであろう理由にて最初の犠牲者を殺害した犯人も野放しにはできない。スパイクはこれらを平行して追わなければならなかった。果たして急なイサカ事件とイサカ模倣事件との間に相関はあるのか? もしもそれさえあれば、それらを追っている内に全てが繋がってワンブグが見えて来る可能性はあった。

 スパイクはきらびやかなホログラムとのにらめっこを何分何十分と続けた。立体映像でこれまでの経緯を纏めた彼は何から始めるべきかと考えた――やる事が大量にあり、とても迷ったが、しかしどこかから一歩ずつ始めなければなるまい。何事とてそうであり、行動の基本であった。

 では始めよう、始めるべきところから。まず最初の事件について、ついでに今日は寝る。今日はどうもいつも以上に疲れ、そして目が痛み、頭も痛かった。

「スパイク?」

 ノックと共に母親の声がした。リンはこの頃同居人じみたグリンとスパイクに遠慮してか、スパイクの部屋を訪ねなかった。

「入ってくれ」

「そう?」

 ドアが開いてリンが入って来た。彼女は少し疲れて見えた。スパイクは彼女が己らに遠慮して神経を使ったのかと訝しみ、彼女を案じた。

「疲れてないか?」

「あんたと少し話すぐらいはできるよ」

「じゃあ…少しな」

 彼女はスパイクが展開していたホログラムを見て少し感嘆していた。

「凄いわね」

「これか?」

「映画みたい」とリンは近付きながら微笑んだ。

「そうだな。それで話って?」

 スパイクは席を勧めたが彼女は手振りで断った。

「ええ。今日はまた別の女の子が来てたけど――」

「ありゃ友達だ」

「わかってるわ。別に常識的な関係なら何でもいいのよ。そうじゃなくて、あんた今日凄い血相で出て行ったわ」

 彼女すなわちショーラは、そう言えば何故スパイクの公開していない方の携帯の番号を知っていたのか。いや待て、そもそも母は外出中ではなかったか。

「いつ帰ってた?」

「予定が変わって友達が来れなくなったから帰って来たのよ。邪魔しちゃ悪いかと思って黙ってたの。あんたが出て行ってからあの子とも少し話したけど…あの子も辛い想いをしたみたいね」

「そうか」

 言いながら彼は己が母の在宅にも気が付かない程に動揺し、そしてそれを今回の事件によって誤魔化そうとしていた事を実感した。自然と彼は目を逸らした。

「あんたは大丈夫?」リンは体ごと逸らした彼の正面に回り込んで彼の上腕を掴んだ。彼はその痛みが実際以上に痛く感じられた。

「大丈夫かもな。本当に仲のよかった奴が、別のダチの両親を殺して、その両親ってのもダチだった。そんな知らせを聞いて大丈夫だってんなら、大丈夫なんだろう」

 彼は淡々と言い、両者はどちらともなく抱き締めあった。

「無理しないでよ。あんたは今でも私の子供なんだからね」

「いつまでもそうだって。だがありがとうよ」


 疲れているせいかよくわからない夢を見た。スヌープ・ドッグの野外ライブに来ており、大勢の熱狂する観客に紛れ、右隣にはイザイアがいた。左には同じくかつての三人組の一人であり以前スパイクと付き合っていたグレイスがいた。後ろにはススムとアリソンとショーラの親子がいた。

 明らかに嘘臭いながらもかつての己が享受していたはずのこの仲間内の団欒。国や階層などをすっ飛ばして己と仲良くなってくれた彼らとの日々はしかし、二度と戻る事は無かった。夢の中の彼らは何故かスパイクに気が付いておらず、場の熱狂に飲まれて他の観客と共に騒いでいるようであった。さすがは夢、時には都合がよい。さすがは夢、二度と体験できない日々を残酷なまでの無邪気さで押し付ける。さすがは夢――。

「――取り返しのつかないところまで到達した今現在を嫌という程実感させやがる」

 彼がそう呟くと全てが光の波に飲み込まれて消えて行った。そしてそれらが再構成されて出来上がったものは、憎悪を剥き出しにして己に襲い掛かったイザイアとの交戦、及び彼がススムとアリソンを殺害して文字通り無惨な肉塊の山へと変えてしまった光景の悪趣味な再現であった。



翌日︰カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン、ドープ超自然事件対応事務所


 不意に性欲が身を焦がす時のような、じわりとした喫煙欲に支配されたぼんやりとした状態で、スパイクは己が自宅のベッドで眠っていた事を認識した。酷い夢を見たと思うが、シットと言いかけて、彼は昨晩この部屋に母が来ていた事を思い出し、そのため結局はその汚い言葉を呟かなかった。時計を見ると六時を三〇秒程度過ぎた辺りであり、彼は今日も地獄めいた殺人事件の捜査をせねばならなかった。これは嫌々やっている仕事ではなく、彼にとってはついでで金がもらえる義務であった。

 金がもらえるのなら、それ相応のプロの仕事をこなさなければならない。本来であればどっと疲れた昨晩でさえ眠るべきではなかったように思えた――この間にも最初の事件の犯人は次の犯行に備えている可能性もあるし、あるいはワンブグが穏やかではない行動に出ている可能性もあった。

 彼がやらなければ確実にこの国の市民やそのシステムに重大な損害が出るだろうから、それだけは許せなかった。

 起き上がり、目を擦った。頭はまだぼやけ十全の思考とは言えず、そして目が霞んだ。水で顔を洗って気合いを入れ直す必要があろう。まずは何事もできる事から一歩ずつ。例えゴールが遥か先であろうとも――。

 その瞬間身が強張り、夏が近いにも関わらず寒気が全身を駆け抜けた。天井の染みとして顕現する番犬代わりの自称オロバスは珍しく狼狽しているらしかった。

「あの実体…よもやこの私よりも古ぶしき者などと」

 染みのような微妙に人型を模した影は殺気立ったかのごとく、己の輪郭線をぎざぎざと尖った無数の棘で彩った。そのまるでサボテンか山嵐のごとき様には意外なものを感じた。人ならざる声も微かに何かを恐れているような色を帯びていた。

 家全体がぎいぎいと揺れているのを感じたが、しかし実際には家具その他は一切揺らいでおらず、明らかに尋常の沙汰ではなかった。

「実体って言ったな、今日は客なんぞ呼んでねぇんだが」

 彼はリボルバーに装填してなかったためそのまま無手で戦闘態勢に移り、ひとまず家屋そのものの強度を上げて呪いを阻害するための術を張り巡らせた。他にも元々存在していた防御機構を起動させ、かつて妖魔が使用していた水晶球に触れて何言か呟くと、家とその周辺を俯瞰的に見られるホログラムじみた半透明の立体像が出現した。

「あのような神は他に例を知らぬ…刧初より存在し、無窮の反復を踏み越え、〈肯定〉(アファーマティヴ)の窮極へと到達せし者どもの一柱…でありながら後には最強の龍神らと盟友たり得た忌むべき高潔、臓腑を内より燃やし尽くすがごとき辛味」

「もしもし? せめて英語、それかヨルバ語やスワヒリ語で頼めるか?」

〈旧神〉(エルダー・ゴッド)ヴォーヴァドス、今のところあれとは刃を交える気にはなれぬ」

 天井の厭わしい影がそう言い終わった瞬間に一際大きな架空の揺れが発生した。スパイクは己の母もここにいるため穏やかな気分ではいられなかった。それに彼は〈旧神〉(エルダー・ゴッド)というものを知らず、それがどの程度の脅威であるかを測りかねた。

 最強の龍神とは恐らく大洋の海底で眠り続けているという偉大なるドラゴンのクトゥルーであろうが、その同志であったヴォーヴァドスがいつの間に封印から脱したのであろうかと訝しんだ。

 彼はよもや、ヴォーヴァドスがモンタナ山中に巣食っていた怪奇現象を討伐した内の一人であるなどとは考えもしなかった。ともかく突然の来客に慄き続けるのも己らしいとは思えず、危険であればすぐ様室内に撤退すればいいだろうと判断し、彼は家の正面口のドアを外向けて開いた。

 庭らしい庭はなく家から道路まで白いコンクリートの足場が数ヤード伸びているこの家であれば通行人が異変に気付きそうだが、あるいはここがオカルト探偵の事務所であるため、超常的な現象が起きたところで誰も不思議には思わないのかも知れなかった。実際のところ早朝ランニング中の太った女性がそそくさとターンし、来た道を少し速いペースで戻って行った。

 美しいブラックの青年は自宅前にある歩道の芝生から数十フィートの高さで浮かぶ未知の実体を目にした。それは銀の焔を纏い、一応人型ではあるが非地球人的なシルエットをしており、そして何より怒りを迸らせていた。

「だーれが〈旧神〉(エルダー・ゴッド)だって?」

 その実体は己の身に纏う銀色を少しずつ薄めながらゆっくりと降下しつつ前進し、地面に降り立った時には既にスパイクから一ヤード未満の距離でハンサムなホワイトの青年が強い意志を滲ませるじっとした視線を彼に向けていた。

 スパイクもまたそれを睨み返し、相手の出方を待った。早朝のロサンゼルスで奇妙な訪問が成立し、しかし両者は実質的に『今回の下手人を捕まえる』という使命に燃えていたため、その一致した使命への矜持を目の当たりした大気が畏れ、風は震え、そして惑星そのものが身震いすらした――気を付けていなければ気付かない程度の、正体不明の微震が地球全土で計測された。

 かくして地球最強の魔術師と田舎暮らしのかつての守護神が邂逅した。全く異なる道を歩んだ彼らは奇妙な縁で結ばれたらしかった。

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