NEIGHBORHOODS#13
マンハッタン北部の廃屋で繰り広げられる善と悪の激闘――ネイバーフッズは明白に組織と呼べるレベルのヴィラン軍団と初めて交戦する。
登場人物
ネイバーフッズ
―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…軍を辞め、人生を取り戻すための戦いを始めた超人兵士。
―ホッピング・ゴリラ…ゴリラと融合して覚醒したエクステンデッド。
―Dr.エクセレント/アダム・チャールズ・バート…謎の天才科学者。
―ウォード・フィリップス/ズカウバ…異星の魔法使いと肉体を共有する強力な魔法使い。
―キャメロン・リード…元CIA工作員。
―レイザー/デイヴィッド・ファン…強力な再生能力を持つヴァリアント。
―ダン・バー・カデオ…かつてサイゴンで共に戦った元南ヴェトナムの精鋭兵士、ケインの友人。
怪物じみたヴァリアント達
―ウォーター・ロード/ピーター・ローソン…自衛できるだけの力を手に入れ裏社会に潜ったヴァリアント、水を操る。
―ジョン・スミス…ウォーター・ロードと行動する謎のヴァリアント、未知の強大な力を持つ。
ザ・スリー・カード脱獄から一時間三〇分後︰ニューヨーク州、マンハッタン北部、セーフハウス
「さっき彼が言った通りだ」と言いながらメタソルジャーは顔の辺りまで左腕を上げて親指で背後のホッピング・ゴリラを指し示した。「生憎リトルリーグには興味が無い。お前達ではまずメジャー入りはできないし、その一線級の領域に登って来られない事を告げておく」
筋骨隆々で戦闘服じみたデザインの白いコスチュームを纏った彼の発言はあえて傲慢に振る舞ったものであり、どこまでも冷ややかに悪を見下している事をアピールしていた。
「攻撃していいか? あ、駄目か、そうか。してよくなったら言ってくれ」とリードは敵をじっと睨め付けながら、言葉の内容とは裏腹に威圧的な声色で喋った。それを受けて敵の共同経営者達は各々の反応を示した。
群青色で身を固めた杖男はパナマ帽の鍔の向こうで極寒の大地のごとき冷え切った笑みを浮かべ、スーツ姿で剃刀刃のごとく鋭い美貌を誇る男は戯けた調子で『本気で言ってる?』と小馬鹿にしている事が明白な表情を浮かべていた。
「んー、君的にはどう? このまま叩き潰しちゃう?」
モデルじみた美貌を持つスーツ姿のジョン・スミスは間の抜けたような声で己の友に尋ねた。部屋は学校の普通教室程度の広さで、ヒーロー達は窓側、ヴィラン達は廊下側におり、廊下と部屋を隔てる壁も一部が破壊されていた。
「それがいい。攻撃しろ!」
それを期にヴィラン達は一斉に攻撃を始めた。ドクが球形のフィールド内から電撃銃で攻撃したが、先頭にいるコート姿のウォーター・ロードを狙ったそれはジョン・スミスが割り込んで右腕で防いだ。杖の男はスーツ男の影から酒瓶を投げ、それが割れた途端に水が生物のように動いて地面を引っ掻きながら襲い掛かった。
部屋の壁を蹴りながらホッピング・ゴリラは敵の防備の穴を探しつつ攻撃を引き付け、信じられない速度で動く彼を狙い澄まされたマシンガンの弾丸が次々と壁に穴を開け、あの先日の事件を思い出させるプラズマ弾が乱射された。飛び散る壁材と煙、閉所で響く銃声の轟音、荒い息と叫び。
「私とゴリラで攻撃を引き付けつつ牽制する、ドクとリードとカデオは後衛兼状況の把握、ウォードはズカウバに交代してぶちかましてくれ、レイザーは前衛を頼む! まだこの前の三人組は動きがない、他の連中を潰すぞ!」
各々が了解と言い、指示を出しながらメタソルジャーはライフルを連射して敵の後衛を攻撃した。彼は飛来した銃弾の嵐をゴリラ程のスピードは無いにも関わらず回避し続け、トミーガンを持ったタンクトップとカーゴパンツ姿の女に非殺傷弾を浴びせた。
レイザーがジョンに突進し、未知の合金を加工した幅広の剣を振り被って上段から振り下ろした。ジョンはそれを手で受け止めたが彼には珍しく手が微かに出血し、手袋の掌に切れ目が入った。
「びっくり、これってただの剣なんだ。微かにチャージできたけどダメージの方が大きいねぇ」
言いながら美貌のレバノン男は逆の手を見えない速度で突き出し、それは剣を受け止められたままのポーズで硬直していたレイザーを吹き飛ばして窓の外に吹っ飛ばした。
だがその隙に攻撃を回避しながら飛び掛かったホッピング・ゴリラが背後から飛び蹴りを喰らわせ、背中に命中したそれはジョンをよろめかせた。
「馬鹿な、なんて野郎だ!」背後から殺気を感じてゴリラはその場を飛び退き、体色の悪い男が頭を前に突き出して彼がいた場所を通り抜けて行った。それはそのまま壁に激突して建物全体を揺らし、壁が突き崩されて隣の部屋に繋がった。
ゴリラやレイザーの攻撃でも今一つ攻め切れないのを見て、ケインは短い間共闘したものの行方不明になったモードレッドがいればと悔しがる他無かった。この場に彼がいない事に行き場の無い苛立ちを感じ始め、思考を打ち切った。
「ケイン、やっぱあのテレパシー野郎が動いたら厄介だ! 予定変更でまずそこを潰すのはどうだ!?」
戦況を見ながら援護射撃していたリードは己の撃った弾がジョンに躱されたのを眺めながら、参謀としてケインに意見した。当のケインはトミーガンの女と撃ち合いながら多腕の男とアーマー姿の男を引き付けていた。
多腕の男とアーマー姿の男はそこまで動きがよくなく、未熟であり、ともかくそれらのヘイトを買ってくれているケインのお陰で負担は減ったが、未だにレイザーは戻らず。ケインは咄嗟に判断してリードの意見を採用した。
「ズカウバ、まず先日捕まえた連中の内、テレパシーが使える男を潰そう!」
【了解した】
ジョンに己のブラストがどうにも効果薄であると訝しみながら浮遊していたズカウバはついでにウォーター・ロードを小爆撃して封殺していたが、それらを打ち切ってまず例の三人を狙った。それを見透かしてゴリラがジョンとウォーター・ロードを挑発し、翻弄し始めた。
その間にケインは己らが今どうすべきか悩んでいた例の三人の額を撃ち、彼らがふらふらしているところへズカウバが小さな爆発を起こし、その衝撃と音と光が三人を昏倒させた。これで出落ちの一丁出来上がりであった。
「あーあー、あれって実戦入団テスト失敗じゃないの?」
「そういう時もあるさ。受けろ!」
ジョンの銃撃を回避して踏み込み、パンチを繰り出して離脱しようとしていたゴリラに水が襲い掛かった。ゴリラは空中で身を捻って回避したが左脚から出血し、重傷ではないが傷を負うとそれだけでも普通は精神的に追い詰められる。
ゴリラは一旦まだ無事な窓を蹴破って部屋から離脱した――だが彼はその瞬間、合金の剣を手にした人間砲弾を部屋に投げ込みつつ外へと逃れた。
信じられない勢いで砲弾そのものとなったレイザーは真っ直ぐジョン目掛けて飛来し、タイミングよく剣を振り抜いた。詳細不明ながら強力な能力を持つスーツ姿のジョン・スミスもこの一撃には不意を打たれ、そして横へと吹っ飛んで真っ直ぐ壁に激突して粉砕した。
すると咆哮と共にあの顔色の悪い男が頭突きの体勢で突っ込んできたため、レイザーはその頭を剣の腹でフルスイングした。だがその衝撃があまりにも強かったため双方が破裂する空気から一瞬遅れて吹っ飛ばされた。
【埒が明かぬ。少し手を変えるぞ】
ほとんど独り言のようにそう言った昆虫じみたズカウバは両手にそれぞれ魔法陣を出現させると、勢いよく着地しつつ地面に両手で触れた。その瞬間まだ無事な壁や屋根ががたがたと音を立てて空中へと舞い上がり、それらは渦巻き始めた。その間にも各々で交戦を続けていたヒーローとヴィランの全員がそれに注目して見上げ、そのスケールの大きさに驚愕した。
舞い上がった残骸は渦巻き始め、それは明確な下半身を持たず全身がぐるぐると回転しながらも辛うじて人型を取っている巨人となり、その大きさは八〇ヤードを超えていた。
それは手を緩慢な動作で手を振り上げると、そのまま手を上部が剥き出しになった建物へと突き刺した――実際にはそれの腕を構成していた残骸がそれなりの速度と勢いで降り注がれた。大雑把なようでその実味方を誤射しないよう放たれたそれは正確に敵にのみ降り注ぎ、ヴィラン組織の共同経営者の二人以外はかなり打ち据えられたらしかった。
まるで命の水を浴びるかのごとく顔を斜め上方向けて激しい残骸の雨にわざと打たれているジョン・スミスを尻目に、水を己のすぐ上に展開して残骸の雨を防いでいるウォーター・ロードことピーター・ローソンは、掲げた左手で従えている水を制御しつつ右手で地面にある何かを掴もうとした。
それは最初何の効果も無かったが、やがて地下水道管の水をがっちりと掴み、腸を腹から引き摺り出すイメージでもってして地上に噴出させた。建物の外で勢いよく吹き出たそれを己の命令に従わせた杖の男は既に杖を放しており、辛うじて立っていたが遂に倒れ、そのままの体勢で水を残骸の巨人とも戦える怪物に仕立て上げた。
状況をフィールド内部で観察していたリードはある事に気が付いたので叫んだ。
「ズカウバ、それにメタソルジャー! あのスーツ野郎はさっきからどんな能力もほとんど効いてないぞ! ただ普通の打撃なんかは通じるらしい!」
ケインは己が見た情報もそれに加えて即座に推測した。主観的なスローの世界で瓦礫の雨、轟音、叫び声が乱舞していた。もしやあのジョンとかいう男は…?
「了解だ! ズカウバ、もうスーツの男には攻撃するな! 君の魔法で奴を攻撃すると逆効果かも知れない!」
だが遥か遠方の惑星で偉大な魔法使いとしてドールと戦った事もあるズカウバは、よもや己の術が効かぬなどというのはそのプライドが許さなかった。今まで寡黙で不思議なイメージを貫いていたこの異星人の男は初めて我が儘を通した――彼は巨人をより激しく攻撃させながら空に巨大な魔法陣を出現させた。
暗い虹色に輝くそれは門であるらしく、そこから異界の昆虫型のドラゴンの首が出現し、複雑な顎を備えた口が開いてそこから白熱電球を何百倍にも明るくしたような白いブラストを吐き出した。
それはあの巨人と拮抗していた水の怪物さえも巨人と纏めて吹き飛ばし、そのエネルギーは拡散される事無くジョン・スミス目掛けて途中で屈折し、レンズで太陽光が絞られるかのように縮小した白いブラストがスーツ男に到達した。
だが電車サイズから電柱サイズにまで縮小したブラストに対してジョンは左手の手刀で斬り裂き、そのままの勢いで彼はブラストを裂きながら跳び上がり、ドラゴンの顔面に手刀と回し蹴りを連続で叩き込んだ。
それは今まで彼が見せていたもの以上の怪力に思え、ケインは驚愕しながらも敵の能力をほぼ確信した。
「リード、カデオ、ドク! 奴が着地したら私と一緒に一斉砲火を喰らわせるぞ! 他のメンバーは待機!」
実際のところ己の召喚したドラゴンを追い返されてしまったズカウバにそれが聴こえていたのかは微妙だが、空中で打ちひしがれたかのように静止している彼を尻目に、着地したスーツ男目掛けて一斉に銃弾や電撃が発射された。
「あ、やば! なんか僕の弱点バレてる!?」回避や打撃でそれらを捌くジョンであったが、他の射撃を囮にしたケインの跳弾嵐が襲い掛かり、殺傷性は無いものの昏倒させるには充分なそれを裁けなくなってきたジョンはその場をだっと飛び退いた――そしてその途中や後退後にもケインの射撃が殺到した。
そのため群青のコートとパナマ帽を被ったピーターは先程の攻撃で飛び散った水の怪物を構成していた水を掻き集め、それらを舞い上がらせると、ズカウバがそうしたようにそれを渦巻かせてた。
「全員遮蔽物かフォース・フィールドに退避! 奴の水はコンクリートも斬り裂くぞ!」
この時期と前後してモードレッドも負傷したり強敵と激戦を繰り広げるなどしているが、そんな事はネイバーフッズにはわからない。
ただ彼が謎の侵入者ともつれ合って対岸のニュージャージーに行った事、そこでの戦闘中彼の味方らしき何者かと共にいずこかへと転移したまま戻らない事しかわからない。




