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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
150/302

SPIKE AND GRINN#12

 一度目の犠牲者は街中、二度目の犠牲者は天文台広場…二度目の犠牲者もまた独自のドラマを持つ一人の人間であったが、しかしクレイトンと情報交換をしたスパイクは他人の視点が入った事である事に気が付く。

登場人物

―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。

―クレイトン・コリンズ…地元市警の刑事。

―ホワイトアウト…スパイクと協力し合っているラテン・アメリカの魔術師。



第二の犠牲者発見から数十分後:カリフォルニア州、ロサンゼルス、グリフィス天文台


「ちょっといいかな、あなた方は彼を」と言ってクレイトンは封鎖の外で嘆いていた人々に近付いた。見れば彼らは次から次へとやって来ており、警官隊は整理するために人員を割かれていた。

 人々は暴動を起こしそうだとかそういう興奮は秘めていないものの、しかしどこまでも悲嘆に暮れていた。涙声で何やら叫び、隣の見ず知らずの人と抱き合って涙していた。

「どうやら知っておられるようだ。彼の名前は?」

 すると人々は口々に叫んだ。パパ・ジェイス、パパ・ジェイス、パパ・グレイテスト・ジェイス、アワー・パパ・ジェイス!

 スパイクは以前雑誌か新聞でその名を目にした記憶があった。パパ・ジェイス、お悩み人生相談。

「もしかして相談とかそういう事をやってる人か?」とスパイクは尋ねた。知らねぇのかよと叫ぶ人々は一斉にそうだ、そのジェイスだと肯定した。

「誰だそれは?」とクレイトンは小声でスパイクに聞いた。

「記憶が不鮮明だが、さっきも言ったように悩みを聞いて相談に乗って、そんで今後についてのアドバイスをしてあげるような人だったと思う」

「そうか…最近はドーナツ片手に職場と現場と自宅をぐるぐるする毎日で…」

「目に浮かぶぜ」

 それから彼らは比較的落ち着いた様子を見せた三人から聞き込みを始めた。

「俺は市警のクレイトン・コリンズ巡査部長、こっちは民間の協力者のスパイク・ボーデン」

 クレイトンは最初に叫び声を上げたあの青年にまず話を聞く事にした。彼は若い頃のカニエ・ウェストにどことなく似ていた。

「ジムって呼んでくれ! それで何を話せば?」

「まず…彼はどういう人だった? 面識ある?」

「ああ、あるよ。俺は三回、いや四回彼の所へ相談に言ったんだ。行く前は時はなんでこんなクソ…失礼、こんな相談なんぞに十ドルも取られるんだとか思ってたけど、今じゃ安いと思ってるよ。俺はカミさんと喧嘩ばっかでもう少しで離婚して親権も取られるところだったが、彼のお陰で…ああ、すまん。関係ない話だな」

「いや、いいんだ。彼、何かトラブルに巻き込まれたとか誰かに恨まれてたとか、そういうのは無かった?」

「知る限りじゃ…そういうのは」

 言ってから彼は泣き崩れた。

お気の毒に(アイム・ソーリー)」とクレイトンはジムの肩に手を置いた。スパイクは何度見ても実際に刑事が『お気の毒に』という光景には映画やドラマが現実とオーバーラップする感覚を覚えて不思議な気分になる。

 それから幾つか形式的な質問をクレイトンはしたが、それが終わったタイミングでスパイクが口を開いた。

「失礼、俺からも一つ。あんた、イサカって聞いた事はあるか? 他にはイーサー」

 ブラックの青年は始めてスパイクを意識して顔を向けた。モデルじみた美しい顔を持つスパイクに少したじろぎながらも彼は答えた。

「いや、無いな。でも他の相談者なら知ってるかも」

 そう言って彼は後ろを見た。この場には最終的に二〇人のパパ・ジェイスの相談経験者が集まったらしい。斜陽のロサンゼルスは美しく、そして残酷なまでに冷淡であるように思えた。ダウンタウンの高層ビルが日光を反射して煌めき、車の騒音が遠くから響いていた。 


 聞き込みは長らく続き、年齢や性別やや宗教や人種民族は問わず様々な層の人々がお悩み相談でパパ・ジェイスの世話になった事がわかった。彼は別に仕事をしながら相談の仕事もしていたらしかった――それで死んだ時の彼は作業服姿だったのだ。しかし誰も彼がトラブルに巻き込まれたらしい事は知らないと答え、やはり無差別である可能性が出てきた。しかもこの短時間に二人の死亡者、明らかに異常であり、スプリー・キラーの一歩手前であった。

 パパ・ジェイス、本名ジェイス・バートンは人柄がよく、職場でも人気があり、そして人々の悩みを聞いていた。更に家宅捜索なども行なえば彼という人間の姿があらゆる角度から鮮明に見えてくるはずだ――人間の個人とはその知られている側面から人間性を判断するしかない。スパイクはジェイスが裏表の無い素晴らしい人物である事を望み、今後の捜査でも汚点が出ない事を願ったが、クレイトンはもっとドライでありそこまでは望まなかった。

「いい人ってのはわかったよ。そう言えばあんたにはまだ説明してなかったな、イサカの犠牲者の話」

 恐ろしいぐらいに冷たくなったジェイスの遺体を一瞥してスパイクは厭わしそうに言った。

「是非とも。今後の捜査にも必要な事だ」

「わかった。まず、たまに異星人だとか自称神だとかのクソったれがこの惑星に攻めて来るだろ、その内の一人がイサカとかいう勘違い野郎だ。インディアンの伝承にも残ってるがとにかくおっかない奴で…そう言えばほら、あの『アタック・フロム・ジ・アンノウン・リージョン事件』ってのがあっただろ?」

「ああ、そう言えば…確か高校の時に授業で習ったな。今思い出したが友達がその事件のレポート書いて発表してたよ」

「まあ、昔の事なんかいつの間にか忘れてるからな。とにかく、イサカってのは俺でも正面から相手したいとは思わねぇな、状況次第じゃできない事も無いが。で、今回の二件は明らかにイサカの犠牲者だと思う。つまり、様々な領域をイサカの手で掴まれたまんま引き摺り回されて、最後に捨てられる。犠牲者は不可解なプロセスを経て短時間で地球以外の環境に慣らされ、地球に戻されても環境に適応できず死ぬ。だがイサカは最近自分では地球に来ちゃいない。だから誰かがイサカに彼らを捧げた」

 彼らは歩きながら、遺体が横たわる天文台前広場の中央部から離れた。天文台の西側へと向かい、そこからこの街を見下そうと考えていた。いつ見ても風化する事の無いこの壮麗なる世界都市の眺めは世代を超えた共有財産であり、スパイクが北西の方を一瞥するとそこには有名な白のハリウッド・サインと巨大な鉄塔とが堂々と山に鎮座していた。

「捧げてどうなる? 何かご利益が貰えるだとか、それとも気に入らない相手を祟り殺してるのか?」

「後者も中にはいるだろうが、基本的にはイサカに贄を捧げて何かの利益を受ける方が多いだろうな…だがイサカはあまりにも危険だから再度入って来られないように対策が練られてるし、それにイサカをどっかの惑星から召喚するには特殊な捧げ物が必要になる――昔はもっと色々な手段があったがこれも潰されたのさ。

「で、イサカを呼ぶには今現在は地球じゃイーサーと液体窒素の化合物が必要になる。これしか無い、とは言い切れないから面倒臭いんだがな。一応俺の推測ではこれと同様の効果を発揮できる代用品でならイサカを召喚できる。だがイーサーと液体窒素の化合物と同じ働き――そりゃまあ、何百光年だか何千光年だかの彼方にいる自称神を召喚するんだからな――を発揮させるには、大型のトラック二台か三台分のそいつが必要になる。それ自体は安くてもそんなに大量じゃ民間人に運べるようなもんじゃない」

 天文台のある高台からの眺めは彼らの心を落ち着かせてくれた。相談者達は皆、パパ・ジェイスの死を痛く悲しみ、それを思うと犯人に腹が立った。一応相談者全員の身元も調べたが、彼らの中でパパ・ジェイスをイサカに捧げられる手段を持っていそうな者は一人もいなかった。やはり彼は慕われていたというのか。

「ちなみにその代用品はどういう?」

「そのシットの正体は硫黄だ」

「それなら臭くてすぐわかるだろうな。実行できるのはそれを隠せる建物や土地があって運ぶ手段がありそうな金持ちだけか、まさか犯人は個人じゃなくて企業って事はないだろうしな」

「ああ。それでイーサーと液体窒素云々の話に戻るが、こいつも売ってる店は限られてるし俺が得た情報によるとここ最近はそいつを買った奴はいないらしい。それにイーサーと液体窒素を混ぜるのはまさにオウサムでクレイジーな至難の業で、できる奴も限られるから普通に考えれば店で買う」

「でも誰も買ってないって事か」

「そうだ」

 それを聞いてクレイトンは溜め息混じりに顔を俯けた。彼らは白亜の天文台の同じく真っ白な手摺りに(もた)れていた。

「困ったな、どこから探すか。ところでこれは俺がさっき気付いただけだが、あくまでイサカに犠牲者を捧げて殺すんなら同一犯かどうかはわからんよな、誰か別々の奴がやったのかも知れないし」

 スパイクはこれは盲点だったなと感心した。確かに殺すのはイサカ自体であって、犯人は直接は手を下さない。だから直接殺したのは同一でも捧げた犯人が同一である根拠はない。スパイクは自然と同一犯による犯行であると考えていたが、己のみでは気が付かない点があると改めて感じた。

「いい事に気が付いたな、俺だけじゃ煮詰まってアレだし、他人の目で視点を変えなきゃ気付かない事もある。ありがとうよ、ホーミー」

「照れるな。ここで一旦別れよう。今日はまた会うかも知れないし会わないかも知れないし…今日は車か署で寝る事になりそうだしな」

 そう呟いて市街を見下ろすクレイトンの横顔は疲れてはいるものの強い意志に満ちており、太陽のごとく輝いて見えた。犯人を必ず追い詰める執念が渦巻いているようにも思えた。

「わかった。俺も自分の人脈を当たってみる」

 そう言って去って行ったクレイトンを尻目にスパイクはふと考えた。視点を変える事で気が付いたり思い出したりする事もある――彼ははっとして再びホワイトアウトに電話した。

「よう」

『何か進展が?』

「またイサカの犠牲者が出た」

『何? あり得ないだろ』

「そうだ、一個の視点に囚われて婆さんとファックした直後みたいに頭が曇ってたが、俺も今気が付いたよ」

 イサカは贄を受け取ると最低でも三日は次の贄を受け取ろうとしない。一度応じれば暫くはイサカが召喚に応じない事を考えれば、最初の犠牲者の数時間後に遺体として解放されたのであれば、それがイサカの犠牲者である事はあり得なくなる。イサカの犠牲者はおよそ三日連れ去られるから最初の犠牲者の数時間後に次の犠牲者が連れ去られた事になるからだ。

『信じられないが…つまり誰かがイサカの真似をしてるって事になるのか?』

「多分…そうだな」

 その瞬間天から何かが降って来た。ごうっと空気を斬り裂く何かが響き渡り、スパイクがそちらを見ると天文台の背後に広がる山に黒い焔を纏った人間大の何かが落下した。それは爆発音と共に山へと突き刺さったが、爆炎の向こうから乱暴に這い出て宙に浮かんだ。警官隊がざわざわと騒いで銃を抜いた。

「やったぞ! 俺は本当に神に近付いたんだ! やったぞ!」

 その男は黒い焔の甲冑のレプリカ――というよりはあそこまで美しい業物を真似られるはずがないのでただの劣化版――を身に纏って遺体近くの上空までやって来て、広場から六〇フィートの位置に浮かんだままで嬉しそうに叫んだ。さすがにあの嵐そのものの神剣もまた真似できなかったのか持っていなかったものの、力を振り翳す大きな子供であるようには見えた。

「今イサカのコスプレをした野郎(サノバ・ビッチ)を発見した、掛け直す」

 彼はスマートフォンの通話を切り、例の魔術早撃ち媒介用リボルバーを取り出して戦闘態勢に入った。最初の犠牲者の下手人を探す前にまずはこの勘違い野郎を牢にぶち込まねばならないからだ。

 ドラマで言うとそろそろ爆破シーンが必要だろうなと思ったので…。

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