SPIKE AND GRINN#11
美しい大都会ロサンゼルスにて、美しい二人の奇妙な交流――スパイクが犯人への報復へと動いている裏で、手一杯な彼によって蚊帳の外に出されたグリンとショーラは『観光』で時間を潰していた。両親を惨殺された令嬢と、それを受け止める神格。
登場人物
―グリン=ホロス…美しい〈秩序の帝〉。
―ショーラ・エリ・バンコレ…魔術師の名門であるバンコレ家の令嬢。
調査開始から二時間後:カリフォルニア州、ロサンゼルス、ハリウッド、マンズ・チャイニーズ・シアター
明朝のそれを模した有名な寺院風な建造物が見え、その周辺はいつものように大勢の人々で活気に満ち溢れていた。マンズ・チャイニーズ・シアターはこのユニークな寺院じみた外見の玄関口でも有名だが、ここの庭には有名人達の手形やサインが彫られたタイルが無数に敷き詰められ、そちらでも有名であった。
人々はよく晴れた空の下で日光によって白く輝くタイルのそれぞれを指差して騒いだり、スマートフォンで写真を撮ってインスタグラムやツイッターなどのサービスにアップロードしていた。
人々は笑顔に満ち溢れ、束の間日常の疲れや束縛から解放されていた。見れば少し前の映画の主役らしきコスプレをした男性の姿なども見え、今日もこの場所には平穏があった。
「あら、騒がしいところですのね」
黒のパンツスーツ姿で優雅に佇むショーラはハンカチ片手に往来を眺めていた。令嬢らしくとても美しい彼女は一見するととても愛らしい笑顔を浮かべているように見えたが、その実信じられないような壮絶そのものの様相で立っていた。
彼女の隣に立つもう一人の美少女は対照的にこの場の喧騒には似合わぬ冷淡な様子で佇み、しかしショーラを無視はせず、間を置かずに彼女の独り言半々な言葉に返事をした。
「ここはこの国の二番目ないしは三番目の大都市――この辺りは議論が紛糾しているそうなので私は言及しませんが――であり、更に言えばここは娯楽の聖地、そのため大勢がここを今日も訪れるのでしょう」
スパイクの家から黒革の半袖ジャケットを勝手に借りてきて羽織っているグリンは男物のそれを自然に着こなした様子で、腕を組みながら周囲を窺った。
「お詳しいのですね」
「我々には我々の主観から見ても無限の時間がありますので、神すら殺す力にて屠られない限りにおいては。まあ、もしかすればあなたが授業で習ったであろう軍神エアリーズはどこかの誰かに殺されたのかも知れませんね」
周囲は人々の喧騒や通りを走る車の騒音で満ち、明らかに気温のせいだけではない、この場に溢れる活気による熱気も漂っていた。韓国から来た中年の男女数名がタイルを指差し、地元の人間らしき女子大生数名が記念撮影を行なっていた。
彼女達の一人がショーラとグリンの美しさに気が付き、異なる人種で異なる雰囲気を纏う対照的な二人の美少女は何らかの作用によってかあまり目立たないながらも、しかし確かな存在感を放っていた。
「気になったのですが」とショーラは言った。「神であるとはどのような感覚なのでしょう? あなたは様々な事を知っておいでですが、それらは既に知り尽くした事柄なのでしょう? 退屈なのですか?」
グリンは一見特に考えもしないように見えたが、その実本人なりに超人的な思考速度で答えを導き出して即答した。
「退屈と言えば退屈かも知れません。退屈とはほぼ死と無縁な我々にとって死に匹敵する程致命的なもの。ですから我々は基本的に退屈を嫌います」
「それはあなたも?」
「我々、という言葉の通りです。私は実際にはあらゆる未知への感動を使い潰しており、しかしそれでも通常の神格以上に頑強な精神によってそれら退屈に耐える事ができます。ですが退屈かどうかはさて置き、私はこうしてあなたとここを観光する事もまた可能なのです」
「そうでしたか…」
それきり会話は止まり、彼女達は自然とその場を離れた。徒歩で他の観光名所に向かうのかも知れなかったし、単にぶらぶらと歩いているだけなのかも知れなかった。大勢が行き来する歩道を歩きながら、不意にショーラはグリンに尋ねた。
「ところでグリン=ホロス様、あなたとスパイク様のご関係はどのような?」
ナイジェリアの魔術社会が誇る名門バンコレ家の令嬢は相変わらず、その実壊れている笑みを浮かべたままでそのように問うた。
「彼は混沌との戦いに必要な人材と判断したため、今では私と協力関係にあります。恐らく彼も、傍迷惑な秩序と混沌の闘争などに巻き込まれて不本意でしょうが、しかしそれらの対立は意外と日常のあらゆる時々に発生しています」
またもグリンは冷たい調子ですらすらと即答し、女神の身でありながらただの人間と同棲しているらしき事を問われても全く動じず、それを否定したり誤魔化そうとしたりもせず、単なる事実とスパイクへの悲観的な推測のみを述べたに過ぎなかった。
その様子にはショーラも、両親惨殺以降の壊れた心がある程度人間らしい反応が見せられるようなところまで一時的に回復した。
「わたくし否定や羞恥なさるあなたが見られるものと期待しておりましたのに」と彼女は悪戯っぽく言った。
「そのような反応を返すべき局面であったならば今後はそれを意識してあげても構いませんが」
「…いいえ、結構ですわ。やはり神とは、わたくしなどとは全く異なりますのね」
そう言いながらショーラは人間の美少女の姿で顕現する秩序の神格が羽織っているスパイクの上着をじっと見た。並んで歩く彼女達はその美しさ故に時折それに気が付いた道行く人々から二度見された。
グリンはショーラから視線を向けられながらも、それに対して己は目を向けるでもなく、しかし彼女の視線の先に何があるかを知っているのでそれについて唐突に答えた。
「この上着は彼の物を拝借しました。なかなかデザインがよかったのと、その香りが気に入りました」
グリンの全く隠しもしない、しかもいきなりな回答にはショーラもペースを崩され、壊れた笑みが一時的に抑えられ続けていた。
「グリン様はスパイク様の事がお好きですの? その、友愛ではなく恋愛感情として」
「そうですね、彼への恋愛感情なるものは現在のところ十を最大とすれば一か二というところでしょうか。今はまだ彼を恋い焦がれるところまでは発展しておりませんが、しかし彼と手を組んだ際には私がその愛を注いでやっても構わない旨を既に説明しております。もちろんそれは単なる事務的な話ですが」
グリンが全く恥ずかしそうにもせず、また神としてのプライドなどからそれらを否定すらしないため、ショーラは完全に彼女に打ちのめされた気分になってこの話題は諦めた。だがもう彼女はその実わざとらしい壊れた笑みを浮かべず、現在の心境に相応しい表情となった。
「ようやくあなたはその不健康な笑みを浮かべなくなりましたね」グリンはこの後の展開を先読みして露天のカフェに向かい、ショーラをそこへと誘った。「もしよければ、あなたが負った精神の負傷を私に見せてみなさい。〈秩序の帝〉たる我が身我が名に誓って言いますが、話せば何もしないよりも楽になれます」
席に着いた彼女達は適当なものを注文し、待っている間、そして頼んだ物が到着してからも沈黙が続いた。だがグリンの強く、しかし優しい促しの言葉がゆっくりとショーラの心を溶かし、彼女は悲しみに満ちた笑みで語り始めた。
両親がどのような出会いであったか、そして両親との思い出などを語った。彼女は母の名がアリソンで父の名がススムである事を語る際は特に溢れ出しそうな表情を見せ、しかし辛うじて決壊しなかった。
「お母様ったら、最近でも頻繁にお父様と仲睦まじくお出掛けして…私が一緒でも人前で遠慮せずいちゃいちゃとするのには困ってましたわ」
ナイジェリアの名門に生まれたショーラが浮かべる悲しい笑みはしかし先程の壊れた笑みよりはとてもましなものに見えた。
「わたくしがまだ十二の時、そうやって学生みたいな調子でいちゃいちゃするのはよして下さいと学校をお休みして抗議した事もありましたけれど、聞き耳を立てていたらどうやってわたくしの心を開こうかと話していたのにいつの間にかまた惚気話なんか始めて…わたくし、あれにはもう天地を逆転させようと覆らない気が致しまして、根負けして仲直りしましたわ」彼女はとても懐かしそうな顔をした。
「あの時はわたくしが大好きだった料理をお母様が作ってくれて…でもお母様ったらうっかり作り過ぎて、わたくしにとってはお祖母様のような存在だったメイドも呼んで、ついでに庭師やたまたまこちらにいらしていた叔父様も呼んで、みんなで笑いながら食べたものでした」
沈黙が始まり、それは徐々に重苦しくなった。それでも彼女は悲しい笑みを浮かべてくすくすと笑った。グリンは無表情のまま述べた。
「誰かに打ち明け、受け止めて欲しかったのですね」
「ええ…それはとても」
「ですが彼はああして自分の問題に。恐らくはあなたの悲劇からも目を背け、別の悲劇で誤魔化しているのでしょう。ですが彼の事も理解してあげて下さい。彼は己の友があなたの両親を殺め、更にはあなたの完全なる敵となったという事実に直面したのです。そのような状態であなたの苦しみを受け止めるのは難しい」
「ええ、もちろん、それはわかっていますわ。わかります」ショーラの声が悲痛さを帯びた。
するとグリンは席を立ち、座ったままの彼女に近付いた。カプチーノを飲んで気を紛らわそうとしていたショーラはそれをテーブルに置いた。
「私は彼の代用品にはならないでしょうが、それでもあなたの側にいてそれを受け止めましょう。あなたは彼の友人であり、それならば私の友人でもある。神からすればそういうものです」
常に冷淡なグリン=ホロスにしては優しい調子で言葉が投げ掛けられ、ショーラは遂に決壊して立ったままの彼女の腹部に抱き付いた。愛しいわたくしの両親、とナイジェリアの美少女は言い、それは徐々に涙声へと変化した。
その悲痛さは周囲の目を引いたが、グリンは一見冷たく見えるが本当はある程度慈しみのある目をショーラに注いだまま、彼女を優しく抱擁した。
もしも然るべき手段があれば、身長十フィートに及ぶ甲殻類じみた種族の美しい永遠の少女が、膝立ちになってその触腕と三対の腕とで、黒く綺麗な肌を持つ悲しみに満ちた貴人の少女を包み込んでいる様が見えるであろう。
次回は聞き込みシーンを。




