RISE OF NOREMAD#1
ケイレン帝国オーバーロードと全てに否定された醜悪なる男の奇妙な関係が続く中、宇宙の既知領域の外側から太古の種族が侵入する。
登場人物
―オーバーロード…ケイレン銀河(アンドロメダ銀河)の覇者、ケイレン帝国当代オーバーロード。
ケイレン銀河(アンドロメダ銀河)、ケイレン帝国、オイコット星系、首都惑星ユークジナイアス、ロード・パレス
「友よ、そなたが来ると予め知っていれば私財を歓待に割いたというものをな」
訓練を受けていない常人が一度見ればあまりにもその芸術性が高過ぎるため精神に重大な影響を与えてしまう荘厳な宮殿内にて、現オーバーロードはゆったりと浮遊しながら触腕をゆらゆらと揺らしていた。
地球ではアンドロメダと呼ばれる巨大銀河を支配するこの帝国においては一般的な、赤い生体組織じみた材質の室内にはこの宮殿の主、及びその客人の巨漢が切り出されたまま野ざらしになった岩のごとく立っていた。
さすがは帝国の主の住居だけあって、ケイレンが神聖視する銅による見事な美術品や装飾が多数見られた。特に高い天井から吊り下がる、毒々しい色合いの第三期コロニアル様式による長さ一一フィートの螺旋物群は昔からの語り草であり、肉の襞じみた天井と共に最高峰の美術の一つとして悠久の時を存在してきた。
オーバーロードの声は広い室内に響き、しかしそのほとんどは一見生きているように見える単なる普通の壁材に吸収されたものの、朗々たる支配者の声は廊下にも漏れたらしかった。
当然ながらこの部屋は栄えあるケイレンによる大帝国のある意味中枢であるから、部屋内の内臓じみた床の好きな箇所に好きな形状の椅子――ないしはそれに類いする家具――を生やす事ができたものの、両者共に座っていなかった。
全身が銅色に輝く支配者は己が友と呼ぶ者の返事が無いため、しかしそれを気にするでもなく適当に話を続けた。
「しかし…そなたの接近は感知できず、我々の神々も少々引っ込み思案であるためどうしようもなかったという事を、永き帝国の歴史に免じて納得してくれまいか」
甲殻に覆われた蛸の姿をした銀河帝国のオーバーロードはふわりと風が吹くかのように巨漢へと接近した。相手は二本ずつの手足を持つ種族であり、一見したところでは地球人と似ている風にも思えた。
しかしその顔は石像じみた質感の暗いオレンジの肌を持ち、顔のパーツも地球人を戯画化させた醜悪さに満ち、四肢の太さはあまりにも化け物じみており、そして何より現実そのものへの窮極的な冒瀆に満ちたこの実体の全要素が悍ましい事この上無かった。
部分的にはワンダラーズやその先祖の地球人じみた男はプラズマの巨獣の皮を加工して固形化させた、乾いた血の色をした装束で身を覆い、全身の所々には青白いメタリックの装甲が取り付けられていた。本来であれば恐らくはその本質的な醜悪さ故に、この宮殿はすぐさま腐り果てると思われた――だが現実には何らかの作用によってそうならなかった。
見ただけで自殺以外の選択肢が消えてしまう醜い巨漢は己に接近する銅色のオーバーロードを黒い眼球に浮かぶ真っ赤な縁取りの瞳で射貫き、手の届く距離に侵入して来た瞬間、右腕を振り払って宇宙的なエネルギーの波を放ち、瞳には猛烈な敵意とそれ以外の相反する感情とが入り混じっていた。
オーバーロードは慌てる様子も見せなかった。至近距離で発生した波を己の生み出したエネルギーで包み込み、虫を包んだ紙を握り潰すような調子で縮小させて消し去ったが、振動は閉ざされた部屋の外にも伝わった。すると醜悪なる二足歩行の化け物は初めて口を開いて言葉を紡いだ。
«否定の果てに歪んだこの私と貴様とが、共に並び立てる程度に同質であるなどとほざくか!»
実のところこの男がここまで声を荒らげるのは珍しかった。声が悍ましいせいで危うく部屋は溶解するところであったものの、これも何かの作用で中和された。やがて猛獣の口が開くかのように、壁の一部が縦に割れてそこから殺気を纏った衛兵が二人入って来た。
「乱入をお許し下さい、陛下。先程内部から凄まじい音や衝撃があったのを感じましたがため…」
「いやいや、構わぬ。先程は私が客人に最近の情勢に関する面白そうな映像を見せ、私がその時の事を思い出して興奮して宮殿を揺らしてしまっただけの事。そなたらを煩わせる事ではない、職務に戻れ」
オーバーロードは見え透いた嘘で衛兵達を退出させたが、彼らの表情は明らかに疑いが生じていた。あるいはいつでも対応できるよう軍に緊急の通達をした可能性もあったが、彼にとっては友とこうして過ごせる事以外は別にどうでもよかった。
空いた触腕でホログラムのパネルに触れて操作し、パネルを一切見ぬままで政務に携わっていた。彼は片手間で廷臣達が今日すべき仕事と昨日の能率から見た改善点を書き上げており、目は真っ直ぐ石像じみた醜悪な巨漢へと向けられていた。
「素直になれ、とはさすがにこの私であろうと傲慢が過ぎるというものか。ともかく何も言う必要は無い。そなたは私を訪ねた、それが事実であるからだ」
オーバーロードはふわふわと巨漢の周囲を回転するように漂い、それに合わせて触腕はまるで海を泳ぐ頭足類のような様子でひらひらとたなびいた。
すると巨漢から名状しがたい力が放出され、それは銅色をした銀河帝国のオーバーロードを万力のように掴み、大蛇のように絞め上げた。しかし銅色に輝く蛸じみた種族の王者にとってはそれさえも上機嫌にさせる要素であるらしかった。
「これがそなただ」と一切苦しくなさそうにしながら、空中で絞め上げられるケイレンの最高権力者は淡々と言った。「私を傷付ける事は可能であろうが、しかしそうはならない」
権力を握っていられる限りはほとんど無敵に近いケイレンのオーバーロードが不可視の力によって宙に磔となっているなど、もしもその事実が部屋の外に漏れれば一大事であった。銀河一つを統べるという想像を絶する権力は彼が神々から賜った力を更に後押ししており、それら宇宙的な相乗効果は歴代オーバーロードの権力と比べても明らかに上位の部類であった。
銅色の最高権力者は先程とは違い己らのやり取りが外に漏れぬよう隠蔽した。音、放射線、その他のエネルギー――あろう事か現オーバーロードは、仁王像ないしはラーヴァナ像のごとき壮絶な表情を浮かべて顔を歪め、全身を硬直させながら己をテレキネシスで絞め上げている醜い巨漢を庇うためにその力を行使していた。
「ところで、今日は一体何をしに来たか?」とオーバーロードは親しみを滲ませながら空中で無様に拘束されたまま尋ねた。重苦しい沈黙が流れたものの、結局はそれに耐えられなくなった巨漢がテレキネシスを解除し、オーバーロードは別に反応は間に合っていたものの本人なりの劇的な演出を狙ってか、わざと浮遊せずそのまま床に落ちた。彼は触腕を使って立ち上がると床から少しだけ浮かんだ。
本質的にはどこまでも醜悪なこの男は己を否定しないこの最高権力者に対して本能的な恐怖を感じ、あるいは畏怖すらしていたらしかった。そのため両者は奇妙な関係を続けており、実際のところ巨漢は蛸じみた王者に最近あった事を話しに来たのであった。
«…理解不能な事を求めて巻き込まれたその果て、私はあの名状しがたい闘争に巻き込まれた。本来は権力者達が混沌に飲まれながら争うはずの闘争に参加する事となった»
結局のところ折れた有害極まる巨漢は諦めた様子で、部屋の主が床から迫り出させて出現させた肉塊じみた座り心地満点の椅子に浅く座り、どこか萎縮した様子で己の経験を語っていた。目だけ動かしてオーバーロードの方を見ると、代々の力を引き継いでケイレン帝国に君臨する最高権力者は親が子にそうするかのような様子で先を急ぐ必要が無い事をそれとなく伝えた。
その気遣いに戸惑いなどが混ざった様子で巨漢は先を続けた。もしもこの有害という定義そのものの見本と遭遇した経験のある者が今の彼を見たのであれば、平時との違いに驚愕する事は間違いあるまいと思われた。
«あれは明らかに本来の闘争より逸脱していた、そのため本来参加できない者でさえ参加し、私はとても興味深い実体に遭遇した»
この男は本来であればもっと朗々たる様子で悦に入った喋り方をするが、今は単に事実を述べるような喋り方に近くなっていた。声の調子は平坦というよりもっと下降しており、目上の者の前に出て来た子供のようにも見えた。
«あれは一般的な神ではなかった。無論人間でも悪魔でもない。あれは…三次元に押し込められた際に精神と肉体とが複数の破片に散らばってしまったその一部であるらしい»
「その実体は私も知っている。代々のオーバーロード達が引き継いできた知識にはそのような曖昧模糊ながらも確かに実在する不可思議極まる実体への噂、見聞、研究結果なども含まれる。そして恐らくは何人かのオーバーロードがその実体の同位体と交戦した事もあろうな。続けたまえ」
オーバーロードは上機嫌に言ったが、客人の巨漢は既にあまり反発を見せなくなっていた。豪華絢爛たる支配者の宮殿に一時の和やかさが流れた――しかし忘れてはならないが、男の放つ穢れともまた別種の悍ましさを誰かが抑え込まぬ限り、帝国の栄えある首都はグロテスクに汚染され、その壮麗さは地球で言うところの向こう六〇世紀は著しく毀損されたまま元に戻る事はあるまい。何せ客人は今や己の正体を完全に曝け出しており、それはつまり窮極の冒瀆であった。そのため今回はオーバーロードその人がそれらの力を外側から包んだ。
そしてその冒瀆者はおずおずと語りを再開した。言葉の一つ一つが既に暴力であり、本来は並大抵の者であれば心身へと突き刺さったであろう。
«私はその実体とある種の親近感を感じた。我々は共にアウトサイダーであったからかも知れない。だが我々の対決に水を刺すものがあったため、これを共同で撃破した。我々は共に奴の能力が…»
「確かに君は特殊である。そして君と同様であればその不思議なライバルもまた似たような性質を持っていたのであろう。つまり…その性質故にそれの能力――恐らく現実歪曲の類であろう――の効果が薄かった、そういう事だな」
帝国の様々な権限を一任する銅色の君主はとても楽しそうな声色で喋り、暫くは片手間で仕事を片付けながらこの客人と共に時間を過ごすつもりであるらしかった。
「ところで…私も君に話したい事があってな」
オーバーロードの言葉を聞いて男ははっとした。この部屋には己ら以外の第三者がいる事に気が付き、己の科学力を用いてさえ探知できなかったその第三者に俄然興味を引かれた。その際に放たれた濃密な悍ましさは第三者の力によって中和された。
突如ずるりと、何かが空間から溢れるようにして出現した――そのように見えたが、醜悪極まる男にさえその出現方法は全くの未知であった。
「紹介しよう、こちらはノレマッド権力階層構造の〈打ち捨てられし王国の永冬〉、彼と利害対立するライバルのノレマッド個体が我々の既知領域に侵入して来るであろう事について、つい先程警告をしてくれたのだ」
ゆらゆらと漂い肉の襞じみた豪奢な服を纏ったオーバーロードは、未知の領域から訪れた実体を友達のように紹介した。奇妙な光を放つ謎の実体は美しく、そしてどこまでも恐ろしかった。
縦に長い丸みを帯びた頭部はシルエットだけ見れば部分的にワンダラーズじみており、同時にどこか昆虫種族のようにも見えた。しかし眼球は小さく、頭部全面から見て左右それぞれの外縁の方に二つずつが縦並びで配置され、下の目がより外側に位置していた。口は昆虫の顎のようなものが一本ずつ、折り畳まれて顔の下端に存在し、その内側には喉に近い辺りから生えた二本ずつの下顎が見えた。
後頭部からは触腕状の器官が十本生えており、発達具合からするとそれらを補助の腕として使える可能性が高かった。腕は左右二本ずつらしく、腕の関節構造自体はワンダラーズと似ていた。細長い六本の指は露出した頭部と同じく明るい緑色の輝きをぼうっと放ち、露出箇所は皺や関節部が特に強い輝きを放っていた。
肌の表面は部分的に荒々しい箇所があり、それは露出している左側の腕がよいサンプルとなっていた。右側の腕は単純だが不思議な形状の赤い大きな紋章があしらわれた純白のマントによって隠され、右半身の肩や胸の辺りも含めて隠されていたが、しかし恐らくは左右対称な肉体の種族であろうと思われた。
胸から腰につれて細まった胴及び鳥類のような関節配置のがっしりとした二本の脚は灰色のアーマーで覆われ、直線が多用されたそのデザインはオーバーロードにも醜悪な男にも見覚えが無かった。アーマーの各部は肌と同じく緑色のライトが輝き、どうやらこれら緑の光の源は莫大なイーサーであると思われた。
そして奇妙な事に、このノレマッドとやらの全身の内、影になった箇所はどこかの星空が映し出され、肉体が動かされて影の形が変わると星図も姿を変えた。
今まで他人から拒絶や否定以外の反応を向けられなかった男が純粋に興味を持たれ、気に入られ、友人として好意を持たれたらどうなるのかと少し考えた。
フィクション的には『激しい苛立ち、戸惑い、恐怖』が定番かと考えそれを採用。立ち位置としてはマーベルのアポカリプスやサノス的なポジションを想定。




