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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
143/302

MR.GRAY:THE KNIGHT OF MODERN ERA#21

 晴れ晴れとして闇が消えつつあるインドラジットの過去、そして暗雲に覆われ混沌が渦巻くオラニアンの過去。

登場人物

モードレッド陣営

―インドラジット…かつて偉大な英雄達と戦って討たれたランカ島の王子。


アーサー陣営

―オラニアン…若く美しいヨルバの偉大なる王。



北インド某所、地元の茶屋


「どう名乗ろうとまあ、確かに君の勝手なのだろうが…その名、あまり耳障りのいいものでもないな」

 ファッション性の無い普通のベージュ色をしたクルターを無造作に着ているその男は自分で紅茶のお代わりを注ぎながら、簡素な服装の割には優雅な雰囲気で脚を組んで座っていた。長年の日焼けで変色したクロスで覆われたテーブルは男の服装と同じぐらい簡素な印象を与え、店の内部にある調度品も安物で統一されていた。

 紅茶をイギリス人の風習と蔑む向きもあったが、しかし男は飲み物に罪は無いと考えていた。

「余の行ないはシヴァ公並びにブラーマ公のご公認あればこそ。文句があればかの神々にどうぞと言う他無いな」

 男と同じく『平均的な田舎の純朴なインド人』の恰好をした白装束の青年は男の座るテーブルの反対側で腕を組んで座りながらそのように言い放った。店内は他にも何組か客がおり、そのいずれも己らの会話に夢中であった。

「そう突き放さないでくれ。俺は君と争いたいわけじゃない。ただ…そうだな、俺は一人の男として、己の敬愛する家長があろう事か戦場で打ち負かされた際に生まれた異名を目の前の君に使われる、というのも複雑な気分なのさ。例えばラーマ公に『我こそはラーヴァナを打倒せし者』のような名を名乗られれば、それは君もあまりいい気分じゃ――」

「あいわかった、この話はこれにて打ち切り、余にとってこれ以上は無い」

「結構、それはいいニュースだな」

 この高原の街の歴史は古く、北インドを侵略する者達の多くがここを踏み越えた。かのチャガタイ家モンゴルの絶え間無き侵略、それを迎え撃つヒルジー家最強の覇王――かのスルターンこそはトルコ=アフガンよりインド亜大陸へと来冦せし魔人達の血を引く、獰猛極まる破壊的征服者なれば。

 それら激突の後も様々な覇王達がここを通り、支配し、そして歴史に埋もれて消えて行った。

 しかしこの街以上に古ぶしき実体達が、今こうしてこの店で雑談に勤しんでいると誰が想像し得ようか。傍目にはただの人間にしか見えぬ彼らが、共に多くの人々に叙事詩として愛され、そしてほとんど神々に匹敵する程までに畏れられた一騎当千の猛将達であるなどと、大麻による神秘体験ですら露とも想像できぬであろう。

「ところで君程の武人が、一体どういう用で俺に?」と平凡な服装の男は紅茶のカップを手にしながら言った。そして言い終えるとそれを軽く呷った。本来大層な色男であったはずの彼は平均的な北インド人の姿を取り、訪問者の要件を優雅に尋ねた。

「用が何か、と問われれば、少々答えに困る。しかし埒が明くまいし、話は続けねばならぬな」

 話を引き伸ばすような調子で、同じぐらい平凡な青年はそのように告げた。

「余が尋ねたいのは、初めから善人であり、公正であり、潔白であるというのは一体どのような心境であるのかという事だ。余とてこの第二の生において父上並びに叔父上と共に精進を重ねたものだが、しかし(つい)ぞ生まれながらの善人の境地とやらがどのようなものであるか、それだけは知り得なんだが故、貴公の前に参上した次第だ」

 青年はその平凡さの奥に見える人外の美しさを滲ませながら、真剣そのものの様子で人生における重大な質問を投げ掛けた。多くの賢者が瞑想し、考え、己らの至るべき境地へと至ろうとしたように、彼もまた人生の岐路に立ち、それをよい方向へと軌道修正し、何かを悟りたいと強く望んでいた。

 そのため彼は常人では長い間見ていると失明してしまう程の蒼穹を備えたあの位相から時折外界へと旅したものであった。

 彼の眼前にいる男はカップを置き、口の中に含んだ紅茶をさっと飲み干し、旧都を彩る石像群がとごき厳粛さで真摯に問いを受け止めた。まさに人生の達人であるかの様子で吟味し、そして言うべき内容を穏やかな調子で口にした。

「まず、いいニュースと悪いニュースがあると事前に告げておく。第一に、俺は君に生まれながらにして善であった者の心境を伝える事ができない。しようとしないのではなく、本当にできないんだ」

 彼は穏やかだがすまなさそうな雰囲気を纏い、声色もそれに引っ張られて謝意を滲ませた。青年は覚悟をしていたのか、特に追求するでもなく話を進めた。

「今のが悪いニュース、であろうと信じたいところではあるが…よい方のニュースとはいかなものか?」

「ああ。第二に、俺は生まれながらの善人などではなかったという事。これを声に出して、そして確かなものとして君に伝えておきたかった」

「先程の話と被るというか、それはどちらも悪いニュースであるように思うが…」

「そう言うなって。君は俺よりも長く生きているし、それに俺は君のようにずっと生きていたわけじゃない。君には時間があった、それも膨大な時間が。実際のところ、君の方が俺よりも修行を積んで、苦しみ、そして多くを悟ったはずだ。そんな君に、人生の後輩である俺が何を諭せばいい?

「失礼、これじゃただの僻みか自嘲だからな。俺が本当に言いたい事を言おう。君は俺以上の賢者だし、それに君の事を賢者だと思っていた俺は最初から素晴らしい男というわけじゃなかった。失敗も多かったし、後悔だって何度もした。自分が色男であると自認もしていたが、そのせいで女性関係はもっとやりようがあっただろうにと過ちを悔いた事もあった。俺はそんなどこにでもいる普通の男からスタートして、後世にまで語り継がれる偉業を成し遂げ、人としての己を完成させていった。つまり君には雪解けのヒンドゥークシュのように、いつの日か疑問が全て氷解する希望が残されているはずだ。人も神仙も魔性も、後天的に善人へとなれるのだから。

「確かに俺の人生は最初から輝かしい運命が決まっていたのだろう。そして俺は実際に神々がそう望んだ通りに生きたし、辛い事や悲しい事も沢山あったが本当に楽しい人生だった――時々、神々が俺に与えてくれた『あの頃』にまた戻れたらな、と思う事がある。しかし…まず列車を想像してみようか。列車は線路上を走る。それは平坦な旅に思えるが実際には熟達した乗り手か、そうではない新人が操舵している。旅の途中、時には『リニアな旅路』というイメージからは想像さえできなような、不可解で面妖な出来事にも遭遇するだろう。神々が敷いた線路の上を走るとは言っても、それは想像以上に大変な事なんだ」

「た、確かにそうだな…」と青年は何やら引き攣った様子で答えた。その実彼は鉄道という言葉で人が列車の外側にも大勢、まるでしがみつくようにして乗っている光景を思い浮かべていたが、男にはそこまではわからなかった。

 とは言え青年は己に与えられた言葉を咀嚼し、その味がどのようなものか考えた。良薬は苦くない事もあり、彼は前向きに物事を捉える事ができた。

「ラーヴァナの矢筋にかけて、今のは別段いいニュースと言えよう」と小さな声で呟いた。

「今何を?」

「貴公はやはり余よりも賢い、それがいいニュースだな」

 青年は男が口にする『いいニュース』という言葉を逆手に取って返した。

「ふっ、一本取られたようだ。それに、こうした言葉はいつ受けてもこそば痒いものだな」

 言いながら男は視線を逸らし、再びカップを取って紅茶を飲んだ。店内は先程よりも暖かく感じられ、青年は己の中で何かが溶けるのを感じた。

「ところである筋から得た情報だが、将来的には俺の名を冠する兵器が作られるらしい。今やこの国は後塵を拝し、しかもそもそも俺の知るインドと今のインドは随分違うものになったが、しかしそれはそれとして自らの名が使われるというのは光栄な事だと思わないか?」

 男は素朴な笑みを浮かべてそのように言った。

「君に貸しができたな。君程の賢者が俺を『己よりも賢い』と言ってくれた。困ったら手を貸すよ、まあそうだね…排水口に大量の塵芥(ごみ)が詰まったというような事があれば呼んでくれ。三神の隆々たる上腕にかけて、掃除して見せるさ」

 平凡な男の姿で顕現するインド神話時代の大英雄はにっ(・・)と笑ってそのように約束した。

「否、そうはならぬやも。余が今度ボリウッド映画のフィルムを買い占める時に手伝ってもらう事になるやも知れぬな」と同じく平凡な青年の姿をしたランカ島の妖魔の王子インドラジットは楽しそうに言った。



詳細不明:古代ナイジェリア


 不死と思われた神王がこの世を去り、王国は信じられないような衝撃と悲しみに包まれた。畏怖すべき実体が人と同じように生き死にするのであれば、誰かが偉業の跡を継がねばならない。

 偉大な王の息子はかつてベニンを治めていたが、父の死に際してベニンの国を去り、そして支配者が不在となった聖都イレ=イフェへと舞い戻った。王が不在となったベニンは彼の息子、すなわちイフェ前王の孫に任され、それは新たな王朝となった。

 国王不在となった国を立て直すため、彼はまず自らの正統性を主張、己が死した前王の実子である事を証明し、そして何より偉大なる戦士である事を初陣で示した。民は新たな王の能力と威厳を認めた――否、先王とは違い自ら苛烈に戦う姿故に、認めざるを得なかった。

 イフェを狙う逆賊どもが諸国より押し寄せ、豊かなる天孫降臨の地を掠奪せんとして奮起するそれら野蛮人の軍勢は我先にと殺到した。

 しかしイフェの新たなる支配者はその父が威厳と統治能力とで君臨したのと対照的に、信じられないまでの武勇によってその玉座を己の手に保持したのであった。押し寄せた烏合の衆は哀れにも、新たなる王が自ら率いた戦士達によって一方的に虐殺された。

 富を貪り女を奪う掠奪の愉しみに身を震わせて意気揚々と都の近くまでやって来たそれら愚か者どもは、先王に仕えた戦士達を再統合したその息子の振るう剣によって血を無様に撒き散らし、恐怖に目を剥いたまま倒れ伏して獣の餌と成り果てた。

 暫し恐怖が諸国を包み込み、先王に対してそうしたように屈服すべきかと尻込みしたが、結局は欲望と怒りとが上回り、蹂躙すべしと再度殺到した。有象無象の武将達が徒党を組み、不安定な同盟がイフェを包囲した。

 だが新たなるイフェの支配者は明らかにかつて先王に仕えた戦士達をよく統率していた――少なくとも見かけ上は。それ故それらの狼藉は無残にも失敗に終わり、再び彼らの躯が大地に還るのみであった。

 多くの英雄が聖都に集ったが、しかし前王の息子に勝る英雄は一人とていなかったため、彼は自ら歴戦の猛者の軍団を率いて征服者達の甘い展望をぶち壊しにし続けた。

 そのためこの王の君臨と正統性は武力によるものではあったものの、それが次々に来寇する略奪者どもとの戦いに明け暮れる戦乱の時代と適合していたため、民衆からの評判はとてもよかった。そして王は確実に侵略の気概を挫き、心を折り、場合によっては失敗に続く失敗から国が破綻しかけて自ら服従に走る王者とて少なくはなかった。

 イフェの民は王を信頼して止まなかったが、しかし彼もその前任者と同じく、人と同じように生きて人と同じように死ぬ運命を享受し偉大なる神々を賞賛していたから、やがてイフェの民は新たなる支配者との別れと対面せねばならなかった。

 老いと付き合い続け、もうそろそろ死が己に追い付くであろうと悟ったイフェの新たなる支配者は、民を呼んで別れを告げる事を決意した――その前夜彼がどのような苦悩を味わったかは誰にもわからなかった。

 怖いぐらいによく晴れた夏の昼間、晴天の下に広がる都の広場で民に周囲を囲まれながら、王はすっかり嗄れた、しかし力強いままの声で厳かに言った。

「すまぬな、私も人と同じように生きる事を選んだがため、そろそろ逝かねばならぬ。私がこれ以上留まる事が無ければ、そなたらがその後継となり英雄として生き続けねばならぬ。我々の敵に対しては奴らの心の中にあるイフェが矮小化する事など、決して無きよう。イフェが存続していくならば…そなたらは今後も勇敢であり続けてくれよ」

 民はさすがに焦燥する他無かった。

「あなたはイフェの父、我らの最も鋭き剣でありましょう? ですので死を拒み、今度とも我々と共にあり続けて下さい!」

 その父と同様に老いを受け入れ、しかしながらそれでも戦いの最前線に立ってきた王は民の懇願を嬉しく思いながらも、しかしとても悲しそうに答えた――彼は父と違って武一辺倒な己の君臨が民に認められていたという事実が何にも勝る褒美と考えていたため、本当は別れたくなどなかった。しかし死を受け入れたいとも考えていた。

「否よ、それは不可能なのだ。我が父がそうであったように私も逝かねばならぬ。だがな、かくも辛きそなたらとの離別が我が治世の最後に待っていようとも、私は決してイフェを忘れはせぬ。そして大いなる災厄がイフェに訪れる時こそ、私を呼ぶのだぞ。老いたる男達が私より与えられた言葉を口にする時、その言葉が紡がれた時こそ私は舞い戻りそなたらを助けるとしよう」

 民は王と共に市場へと向かい、そこで王は愛用してきた最も巨大な鉄塊じみた剣を地面に突き刺し、己のイダとマンベレを帯剣したままで立ち、目を閉じて神々に祈った。彼の閉じられた瞼には天の所有者オロルンやオルンミラ、かつて共に剣を鍛えた軍神オグン、そして成人してからはほとんど会う機会の無いままに亡くなった己の父オドゥドゥワの顔が浮かんだ。

 市場はかくして悲しみに包まれ、残りは離別を迎えるのみとなった――しかし群衆の一人は他の者達と同様に顔を俯けたものの、その口には悍ましい笑みが浮かべられていた。

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