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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
142/302

MR.GRAY:THE KNIGHT OF MODERN ERA#20

 オラニアンとの激戦が始まり、彼の本気を前にモードレッドらは圧倒されてしまう。一方で、他の〈参加者〉(プレイヤー)と同様にサラディンの抱える複雑な過去とは…。

登場人物

モードレッド陣営

―Mr.グレイ/モードレッド…アーサー王に叛逆した息子、〈諸王の中の王〉キング・オブ・キングス

―インドラジット…かつて偉大な英雄達と戦って討たれたランカ島の王子。

―名も無きグレート・ジンバブエの王…かつて栄えた謎の王国に君臨した美しき謎の王。

―アン=ナシア・サラー=ディーン・ユースフ・イブン・アイユーブ…アイユーブ朝の始祖にしてヨーロッパにもその名を刻み込んだ気高き騎士王。

―ファーガス・マク・ローイク…かつてのアルスター王であり、貴族であり、虹の刃を振るったケルトの戦士。


アーサー陣営

―オラニアン…若く美しいヨルバの偉大なる王。

―オドエイサー…西ローマ帝国を滅ぼした事で知られるゲルマン系部族出身のイタリア王。



十二世紀:エジプト


 兄のトゥーラーン・シャーが没してから早くも何年もの月日が経った。気が付けばスルターンは己にとって重要な意味を持つ人物の死を多く見てきた。それは肉親やそれに近しい人物であり、あるいはその個々人までは知らないまでも此度の小ジハード(武力による聖戦)に関して立ち上がってくれた名も知らぬ騎士達であった。

 穏やかなスルターンは酒を飲んでは己を悪く言う兄に困り果てながらも、最後まで彼を大切な家族だと考えていた。彼特有の身内への甘さはダマスカス総督として任命されていた己の兄が背信行為に及ぼうとも、それに対して寛大な措置で終わらせるに留まったところから明らかではあった。

 しかし彼は君主である前に一人のイスラームであり、信仰と情との(はざま)で揺れていた。フランクに物資を売ったかどで兄を告発する事はできたが、しかし彼は(つい)ぞそれを実行できなかった。

 ユダヤ人が言うところによればイスラエル王ダーウード(イスラーム教におけるダビデの呼称)は己の責務に時折耐えがたくなったとされているが、外側へ向けられた武力のジハードを招集して以来、騎士王は己の背負う重圧と戦い続けてきた。

 己はザンギーにアサドゥッディーンにヌールッディーン、そして父アイユーブらが作り上げた志や礎を継承する事で、肥沃なるエジプトにスンナの国を建てる事ができたと自認していたが、しかし彼ら素晴らしい先人達も重圧との戦い方までは伝授してくれなかった。

 十字軍との戦いの途上で殉じた騎士の家族に一体何を言えばよいのか――アイユーブ朝の初代君主は未だにこの命題と戦い続けていた。騎士だけではなく戦災の中で様々な形で死んでいった人々の家族に、己は何を言えばよいのか。

 果たして己ごときが、全能なるアッラーの言葉を代弁し、『彼らはジハードの過程でその身を犠牲としました』などと抜かせばよいのか――そのような平穏で崇高なる手向けを犠牲者の家族に送る権利が己にあるとは自認しておらず、実際彼は己を別段高く評価してはいなかった。

 彼は己がその先祖と同様に信じる唯一の神の事を疑った事は、父の名に誓って一度も無かったが、神の名において往く道の試練へと対面するにあたって、己があまりにも気弱過ぎると感じた事が何度もあった。

 そしてクルド名家の血を引く騎士王は、今更になって己が民に強いた重荷がいかに莫大なものであるかを知った。土木工事で多くの負担を強いて、更には戦争に続く戦争に全力投球するため、エジプトとシリアを基盤とした豊かな国土から得られた富のほとんどを戦費へと変換したのだ。

 これが民のために使われていれば、今頃は己のちっぽけな寄付など比較にならぬ豊かさが国を覆い尽くしていたのではないか。己が今以上に有能であれば、さっさと武力のジハードを完了し、戦後処理も既に終わりに差し掛かっていたのではないか。

 人並みの激情を持ちながらどこか非情に徹し切れないスルターンは、今や自らの手で処刑した卑劣なレイノルド・ド・シャティロンや見逃してやったのに協定を破ったガイ・ド・ルシグネン王に対してすら平穏が訪れるよう祈っていた。

 彼は既に何度も錯綜し、心がばらばらに引き裂かれそうになるのをイスラームとして生きる矜持によってのみ一つに纏め上げている有り様であった。

 キリスト教徒の多い街に生まれ、イブン・マンマーティーらキリスト教徒の部下をも持ち、そのため彼は異なる者達にすら慈悲を示そうとしてきた。レイノルドらの事例を見ればそれは成功かも知れなかったが、ファーティマ朝解体時のシーア派を巡る混乱や長年の異教徒との戦いがそれを妨げていた。

 彼は行き違う心の矛盾に挟まれて苦しみ、そしてレイノルドが彼の妹を殺し、長年のよきライバルであったコンラッドが何者かによって無残にも暗殺されたというような諸事件が、心を引き裂こうとする矛盾の亀裂を更に大きくした。

 敵方の非イスラームへの不信感を醸成する引き潮と、それに反目する寛大であろうとする満ち潮。それは公正なイスラームの君主であろうとする満ち潮へと姿を変え、やがてそれに反目する身内贔屓を許す引き潮がやって来る――弟のアル=アーディルが以前そのような事を言っていたが、それは当たらずとも遠からずであるように思えてならなかった。

 勝利王として即位したスルターンは、今ではただの矛盾を抱えた老人となっていた。



オラニアンとの交戦開始から数十秒後︰赤い位相


 激戦が続き、大地は抉られ続けた。見たところナイジェリアの美少年は環境に配慮してか極力地面を削らないように戦っているらしかったが、しかしそれでも彼が巻き起こす剣の暴風は軽々しく大地を蹂躙せしめた。

 状況はあまりよくない――モードレッドらは歴戦の武人ではあったが、厭戦の剣豪オラニアンに対して不利な状況であった。何故戦いを拒むこの王はここまで信じられない強さを誇るのか、冷静に考えれば奇妙ではあった。

 傷が少しずつ癒え始めたばかりのモードレッド卿は己の方へと吹っ飛んで来た樹齢数百年の巨木をキックで叩き折りつつ、指示を飛ばしていた。これまでの数十世紀、ほとんど己のみで戦ってきた彼の性分的には、こうして後方で指揮のみを執っているのは存外歯痒かった。

 指揮官としては無駄に矢面に立つべきではないものの、彼はネイバーフッズを短期間率いた際も最前線で戦いながら指揮していた。

 叩き折った木を手刀で切断して更に尖らせ、彼はそれを全力でオラニアン目掛けて投げた――オラニアンはあえて全ての防御を解き、全身に様々な攻撃を受けた上で巨木を胸で受け止めた。吸血鬼の胸に突き刺さる杭のようにはならず、当然ながらそれは激突負荷で圧し折れ、オラニアン自身は一切動じなかった。

 上半身に刺さって覆い尽くしたインドラジットの美しい矢とて大した傷ではなく、少年王が気合いを入れ直すとそれらは吹き飛んだ。その様にはさすがにモードレッドらも自信を傷付けられた。

 そして実際のところ、すらりとした肢体を持つ長身の美少年は、眼前のファーガスにも、唯一騎乗するサラディンにも、己の弓に大層な自信を持つインドラジットにも、それらを率いるモードレッドにも別段興味は無かった。

 ファーガスに向けられた一時的な興味は他の全てと同様に、毛皮を纏って宙に浮かぶ名も無きジンバブエの王によって消え失せた――否、それは興味と言う生易しいものではない。

 ジンバブエ王は後方の己を睨め付けるナイジェリア王に猛烈な違和感を感じ始めていた。異質であり、不気味であるとさえ感じた。それ故更に強力な攻撃を使用した。

 黒人の王は懐から取り出した加工された小さな金細工を放り投げ、それは自らの四つのクローンを作り出し、戯画化した黄金に輝くジンの頭部へと変貌した。それら全てが真下を向くと、嗤笑する髑髏のごとく口を大きく開き、そこから黄金に輝く細い光の帯を照射しながら高速で上空を飛び回った。

 それらは完璧に制御されていた――前衛のファーガスがオラニアンとの距離を離した瞬間に照射された黄金が地面を爆発させ、恒常的に使用してきたインドの儀式槍からも山を両断する程の威力を誇る光条を降り注がせた。ファーガスは激しい爆炎の向こうから斬り掛かり、黄金と虹とが織り成す即席の連携が乱舞した――オラニアンの前では何も意味は無かったが。

「この大陸のみならず、回教発祥の地からインド更には宋朝の中華…」

 機械的に三つの武器を操るオラニアンは穏やか、というよりも軽蔑を含む声でそう言った。彼はジンバブエ王を凝視したままでファーガスを必殺の連打で圧倒していた。

「広範なる交易とその品の数々、確かに随分なものだが、借り物のお披露目会はこれまでか、石の家の王よ?」

 するとこれまで気圧されていたグレート・ジンバブエ王国の君主は低いが感情的な声で答えた。

「借り物の武器を使っているのはお前とて同じだぞ…!」と言いながら一際大きな爆撃を放ち、ファーガスは巻き込まれまいとしてだっと後退した。半径五〇〇ヤードはある焼け野原が一挙に出来上がったが、その中央のクレーターから飛び出たオラニアンは全てを斬り裂いて防いでいた。しかも悠々と喋る余裕すらあった。

「我が刃、そのいずれも」追撃は激しく、今や前衛のファーガスはおろか後衛のインドラジットすらジンバブエの激烈さに攻撃の手を止めたが、オラニアンはその全てを捻じ伏せつつ巨大な旗竿を思考で操り宙を薙ぎ払い始めた。「私とオグンが共同で作り上げたものぞ。貴様の物々交換とは到底異なると知れ、異人めが」

 散々に煽られたジンバブエ王はむっとして言い放った。

「いいだろう、お前が倒れるまでお披露目会を続けてやる。己の誓いに背き続けるイフェ王に救いなど無い、同情も無い、許しさえ無い」

 戦いは再開されたが、未だに不利が続いていた。


「インドラジット、何か強力な武器は無いのか? このままでは五分の耐久など不可能だ!」

 実際のところ卿らは崩壊しそうな戦線をぎりぎりで支えていた。前衛を務めるファーガスへの負担が依然大きく、他のメンバーは周囲から隙を見て爆撃を食らわせている構図であった――それらのほとんどはあまりにも頑強過ぎるオラニアンの肉体に防がれるか、そもそも鉄壁の防御術に阻まれるかして意味が無かった。故に卿は打開策をランカ島の王子に求めたのである。

「すまぬ、ほとんどの大量破壊兵器は置いてきた!」

「ブラーマストラは!?」

「貴公はこの惑星を妖魔しか住めぬ環境にする気か! そのように物騒な代物、至極当然ながら置いてきたわ!」

 言いながら激烈な矢の雨を降らせるインドラジットは信じられない速度で矢を連射していた。しかしその一撃一撃が着弾で小さなビルを突き崩す事も容易い矢の優れた技も大して効果はなく、一方でサラディンの攻撃はランスロットに妨害を受け始めた。

 クルド人は軽騎兵の装いでだっと槍で突撃を敢行したものの、途中であの恐るべき騎乗の王者が立ちはだかったのだ。故に彼は騎射に切り替えるべきかとも考えたが、しかし己以上の技量を持つインドラジットがどうしようもない以上は焼け石に水と判断した。

 ふとオドエイサーの姿が見えず、モードレッドは視線を鋭くした。だがまずはオラニアンを足止めせねばならない。

「インドラジット、他に何か使える兵器は無いのか!?」

「そうは言うが…否、よい武器があった!」

「了解、ではそれを用いて我々の歌を書き上げるとしよう!」

「よかろう、ならば末代まで来生まで語られる一大叙事詩としてくれる!」

 モードレッドは命令される事を嫌うインドラジットに指示を出す方法がわかってきたような気がした。事実、美しいラークシャサの王子は今、先程よりも闘志を燃え上がらせていた。

 そして言うが早いかインドラジットは蛇の矢を放った。それは激烈な威力を誇り、猛毒であり、外れる事が無かった。鉄壁の防御を誇る神の子とてそれを防ぐ事は叶わず、しかしそれを防ごうとするあり得ないレベルの技量がその事実を捻じ曲げようとした。

 現実歪曲やニルラッツ・ミジと呼ばれる力の一種であろうか、毒蛇そのものの矢を右肩に受けたが、しかし致命的な損害は受けず、右肩が太陽に焼かれるかのような痛みに襲われたのみであった。神仙の矢と神域の技、尋常ならざる矛と盾が激突した結果、あり得ない結果があり得てしまったのであった。

「必中必殺、肉体は言うに及ばず魂も心も即座に殺すこの矢を不完全とは言え防いだか! やがて国中で読まれる叙事詩を目指すば、敵もまたこうでなくてはな!」

 しかしそれでも時間稼ぎにはなる。卿はにやりとしながら安堵を覚えた。

「俺を忘れていたようだな」

 背後からの唐突な声にモードレッドは目を鋭くし、彼は振り下ろされる剣の横腹を裏拳で殴り付けて払った。裏拳の勢いで背後に向き直り、衝撃で腕が痺れているであろう黒い焔のオドエイサーに両手で『かかって来い』と合図した。相手はまだ鎧の修復中であり、インドラジットに手酷くやられたのだと思われた。

 既に他のメンバーはあの厄介なオラニアンとランスロットの相手をさせられているため、せめてオドエイサーの相手を引き受けねばならかなった。やはりこうして己も戦いに参加した方がしっくり来るなと彼は小さな感慨を噛み締めた。

「オドエイサーは私で対処できる。ジンバブエ王、君に〈授権〉(オーソライゼイション)する。とっておきを食らわせてやってくれ!」

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