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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
140/302

PLANTMAN#7

 漆黒の光明神との激闘が始まり、アールは怒りに任せて立ち向かった。怒りに飲まれて冷静さを喪失してゆく彼に勝機はあるのか?

登場人物

―プラントマン/リチャード・アール・バーンズ…エクステンデッドのヒーロー、出版エージェント業。

―フィリス・ジェナ・ナタリー・リーズ…アールの担当作家であり恋人。

―漆黒の光明神…突如飛来した機械の巨神。



六月、事件の一週間後:ニューヨーク州、マンハッタン、モーニングサイド・ハイツ、アールのアパート


「うわもう、それ言うのやめてくれって言ってんだろ。マジで俺その呼び方嫌なんだけど」

「あなたが片付けをサボるからでしょう。また私が片付けないといけないのかしら、あなたの部屋なのにね」

 二人は端的に言っていちゃいちゃとしていた――それこそカマロに乗っている時のマクギャレット少佐とウィリアムズ刑事のように。

「じゃあさ、俺もここで一つ」とアールは人差し指を立てて数字の一に見立てた。

「何?」

「デッドウーマン」

 それを聞いて少し褐色がかった美しい顔を持つフィリスは表情を歪め、微かに眉間の辺りを渋くした。

「デッドウーマンから新曲がございます、それではどうぞー」

「それはやめなさいよ」

「なんで? 俺は好きだけどな、デッドウーマン。俺が帰宅したら部屋がとんでもない事になってたもんな、だけど別に驚く事じゃない(ノー・サプライズ)んだが」

「この口ね」と彼女は銃弾をも跳ね返すハンサムなエクステンデッドの青年の頬の肉を引っ張ろうとし、それは彼を楽しませるだけに留まったのであった。



事件当日︰ニューヨーク州、マンハッタン、ミッドタウン


 その五感、代謝、肉体強度のいずれもが超人的なアールですら、今回受けたダメージによって一時的なミュート状態に陥った――頭部目掛けて大質量の剣により一閃された事で激しい痛みと耳鳴りとが襲い掛かり、そもそも両断されていない事自体が彼の化け物じみた能力の片鱗を物語っていた。

 ヒーローとしては新人の部類に入る彼は頭部から血を流し、その聴覚も麻痺した状態ではあったが、滾る闘志がそれらを吹き飛ばしていた。

 新人ヒーローのプラントマンは植物の絡まった発電機のエンブレムを胸にあしらったコスチュームの表面から常人にさえ微妙に視認可能なまでの怒りの色を放出しながら、先程上空へと放り投げた機械の巨神を追撃するためにだっと飛び上がった。

 弾丸というよりもほとんど砲弾じみた勢いで己の肉体を上空へと打ち出した金髪のマッチョは血に染まった覆面の下で壮絶な表情を浮かべながら右の拳に意識を集中させ、そちらにあらん限りの力を込めた。

 実際にはこれらは物理法則をある程度無視した振る舞いであったため、飛び散ったばかりのコンクリートの微細な破片が地面に落ちるよりも遥かに速く一連の反撃が実施された。

 耳を(つんざ)く人々の悲鳴を辛うじて聞き取った新人ヒーローは大気どころか空間さえ歪む程の強烈な打撃を放ち、空中数百フィートの位置で炸裂したそれは信じられない程の轟音をもってしてマンハッタン全域を震撼させた。

 追撃によって更に上空へと打ち上げられた漆黒の光明神はその勢いに身を任せたままで体勢を立て直し、地球のものではない意匠によって作り上げられた装甲が雨上がりの高らかな蒼穹の中で異様な存在感を放っていた。

 アールは戦闘に移った今となって漸く巨大なロボットらしき敵が持つ剣の美しさに気が付いた。それは有機的であり、刃の幅が広く、まるで何か奇妙な病か厭わしい錆に侵食された金属板のようにも見え、彼の優れた視力は凄まじい戦闘速度の中であろうともその精密で優れた職人の技巧には否が応でも気付く他無かった。

 問題はそのような美しい聖剣の類を持つ相手が、かようにして都会のど真ん中で己を狙い、無関係の人々を大勢巻き添えにしたという事実であった。果たして犠牲者の数はどれ程のものであろうか? それを思うと心が悲鳴を上げて泣きそうになってきた。

「俺に何の用だ!? 関係のねぇ人達まで巻き込むんじゃねぇよ!」

 振り絞るようなプラントマンの怒声が上空の気流さえも斬り裂いて響き渡った。相対距離は既に一マイル近く、アールから見て九〇度近くの仰角に機械の巨神はいた。アールの追跡に合わせて相手も同じ速度――しかもアールの方を向いたまま――で遠ざかっていた。新人ヒーローは場違いな考えではあるものの、何となく宇宙がとんでもない高速で遠方へと広がり続けているという学術的な話を思い出した。

「僕かい? 一つ一つ質問に答えるよ、君の疑問はもっともだからね。まず僕はダーク・スター――」

「ハッ、子供の時お前が何に影響を受けて育ったかはよくわかったがな」と言いながらプラントマンは力を溜める感覚を頭の中で思い描き、肉体をぐっと力ませた。「暗黒卿ごっこなら人に迷惑かけず自分の部屋でやってろ!」

 大気が破裂する轟音を掻き分けて、更に超加速したアールは纏ったマントを吹き飛ばさんばかりの様相で一気に一マイル近い距離を詰めた。既に上空数千フィートにまで上がっていた両者の死闘は地上からでは視認が難しくなっていた。

 しかし今回は相手も身構えていたから、互いに技を出し合って激突する結果となった。

「それならいいよ、ダーク・ペネトレイター!」

 季節の変化で弱まりつつある上空の偏西風をほとんど唯一の観客としながら、両者は尋常ならざる勢いで激突し、惑星全土の電波時計に原因不明な数億分の一秒単位の誤差が生じ、各々修正されてゆくであろうそれらを尻目に信じられないような激闘が幕を開けた。

「俺は科学者でも何でも無いがな、お前を叩き潰さなきゃいけない事だけはわかる」

 両者は純粋に大きさが異なり、具体的には大きい方からすると成人男性がたった数インチのフィギュアを相手にどたばたと動き回っているようなものであった。しかし不思議にもそれを感じさせない互角の速度で彼らは動き回り、打撃と斬撃の応酬が続いた。



同時期︰ニューヨーク州、マンハッタン、モーニングサイド・ハイツ、アールのアパート


 爆発が起きたかのような凄まじい音と共に突如電話が途切れた――そしてその音はミッドタウンからここまで聞こえてきた。フィリスは窓を慌てて開け、そちらの方角を見た。爆発が起きたのか煙が登り始めており、ビルに火が反射してオレンジ色になっているのが見えた。

 彼女は突然の事過ぎて何もかも信じられず、気が付くと途絶えた己のスマートフォン向けて悲痛な声でアールの名を呼ぶ他無かった。徐々に喧騒が酷くなりつつある事件直後のマンハッタンの混沌の中で彼女は泣き崩れ、現実を逃避し、あのようなつまらない会話が最後の会話なのかと嘆いた。

 あの若くハンサムで、そして密かに彼女にとっては子供の頃に読んだ伽噺(とぎばなし)の騎士や王子のようでさえあったあのアールが、わけのわからないテロか犯罪者の攻撃、ないしは不幸な事故に巻き込まれたとでも言うのか? 何故彼が?

 アールにとっては姉のようで、彼を導き、映画の主人公のようにクールで、そして世界で一番可愛い人であるフィリス・ジェナ・ナタリー・リーズは、彼女らしくない取り乱し方で手元にあった物を持ち上げて床に叩き付けた。


 しかしさすがにここまでの聖剣ともなればアールの鋼鉄の拳でさえ不利であり、何合か打ち合っただけで握り締めた拳の指の付け根及び第一関節までの部分がじわりと流血し始めた。横から潰したクリスマス・ツリーのような形状をし、蝕まれたかのような細工は実に不可思議ではあったものの、その鋭さは本物であった。

 実際のところ頭上からの不意打ちの振り下ろしにさえ耐えられたものだから西洋剣のように触れるだけでは傷付かない、ある程度鈍くした刃であろうと予測していたものの、その本質は見た目に反してどこまでも研ぎ澄まされた切断能力にあるらしかった。そのため彼はかっと熱を持った頭が徐々に冷め始め、自然と正面から打ち合うのを避けた。

 しかし彼はネイバーフッズの初代リーダーを務めたかのMr.グレイことモードレッド卿のように数千年にも及ぶ拳闘の経験があるわけでもないため、防戦に回り始めた。敵は恐らく操縦式のロボットか機械生命体ではないかと己の遊んできたゲームの知識から推測した――そして実際にゲームに出てくるような奇想天外極まる実体がこの宇宙には跋扈している事をチームメイトから聞いていた――が、目の前で見上げるような巨体が信じられない速度で動きながら無数の技を繰り出しているという事実からすればそのような推測には何の意味も無かった。

 そして思案に意識を割き過ぎたせいかミスが増え、斬撃だけでなく巨体から繰り出される打撃を何度か喰らって全身が砲弾を浴びたかのような衝撃をその度に受けた。苛立ちが募り技が鈍り、対して相手は次々に裏を掻こうとするから、余計に腹立ち紛れの雑で稚拙な攻撃が目立ち始めた。あくまでアール・バーンズはまだまだ新人の部類に入るヒーローであった。

 左手による面積の広い平手叩き付け、膝蹴り、回転しながらの翼部分による打撃、そして正面からの聖剣振り下ろし――流れるような一連の技を喰らってその度に己の脳内で時間が止まり、アールは体内と脳内で戦艦の砲弾が炸裂したかのような衝撃を味わいながら激痛と共に地面目掛けて猛スピードで叩き落とされた。

「僕としては話は聞くべきだと考えている。しかし君が単に闘争を選ぶなら、それもやぶさかではないからね」

 相手の声は若々しく、しかしどこか疲れているようにも聞こえたが、その場違いな語りは今この時点でアールにとっては激烈な怒りを更に喚起するものであった。しかし彼にさえ抗いがたい勢いで宇宙戦闘艦からの砲撃がごとく放たれた彼はそのまま音より速く銃弾より速く高初速弾より速く落下し、それを隕石か何かと勘違いした人々がわあわあと騒ぐ中でイースト・リバーの沖に落下した。途端空気と共に水面が爆発し、暴風が吹き抜け、そして新人ヒーローのプラントマンは海底まで一気に到達してそこで激突し、その波が岸壁まで打ち寄せた。

 さすがにあと少しすれば他のヒーローが援軍に来そうではあったが、しかしアールはこの忌むべき来訪者を己のみで相手をして叩き潰したいという考えに支配されており、それは己が愚弄を受けたのみならず先程あの場にいた人々の分もあってかめらめらと燃え盛った。

 すうっと海峡のすぐ上空にやって来た黒い巨大なロボットは、本体とは全く異なる意匠で鍛え上げられたうっとりする程美しい剣を携えたまま優雅に浮遊しながら、更に煽るような調子で言葉を浴びせた。

「まだ君のもう一つの質問には答えていなかったから答えよう。君の言う関係の無い人々は今どういう状況に置かれているだろうか? 車両ごと両断され、爆発と共に燃え盛る紅蓮の中で悶え苦しむのか? この世のものとは思えない者達の死闘から少しでも離れようと、大災害の時のように無秩序な様子で逃げ惑うのか?」

 アールは再び怒鳴りかえそうとしたが、口を開けたまま海底に仰向けで突き刺さった姿で暫し黙り込んだ。深くなるにつれて光を徐々に吸収する水の層の奥底で横たわり、開けた口から流入する海水の味に浸り、そして今の肉体になってからは別段冷たくもない大量の水に囲まれた今の状況が怒りを抑えてくれた。

 先程までは心身ともに猛烈に燃え盛っていたというものを、何となく全身が冷え切り、心も海流に合わせて穏やかかつ力強く落ち着いた。このお世辞にもいいとは言えない水質の中で生きる動植物が見え、海底の岩に張り付いた貝や雑多な甲殻類の群生が見え、どことなくぞっとするそれらの光景を眺めながらふっと自嘲した。

「よう、間抜け。言いたい事はそれだけかよ」

 あまりやった経験は無いというより、恐らく初めて意識して実行したが、案外彼は海中にいながら普通に喋る事ができた。息苦しくもなくテレビや図鑑の中だけの世界にこうして佇みながら、己の敵対者にもっと冷静な敵意を向けた。

「やっと話ができるのかな? 君は僕に聞きたい事が多いはずだ。運命は不思議なもので幸い時間はまだ少しあるから、まだ少しの間だけ僕達の道は重なり続けるだろうね――」

「悪いが俺の信じてる姿の見えない神様はお前との関わりは終わりだとよ」

 途端海面から海水が上空目掛けて放出され、まるで『マス・エフェクト』のタニックス・キャノンのような激烈さでそれは上空で留まっていた自称ダーク・スターとやらの巨体を信じられないような運動エネルギーで蹂躙せしめた。ほとんど宇宙要塞じみた堅牢さを誇るこの巨神の装甲に破孔と亀裂を生じさせたそれは、恐らく限定的な現実の歪曲によって通常の物理的作用以上の威力を持っていると推測された。

 そして事実はどうであれ、実際には黒い巨大ロボットを吹っ飛ばして、その巨体は彼方の海面まで放物線を(えが)いて落下して行った。それを尻目に海面から出て来た新人ヒーローは、己の仲間達が駆け付けるのを察知しながら一人で呟いた。

「自分の手とでも話してろ、勘違い野郎」

 彼は被害を確かめるため急いで襲撃地点へと飛んで行った。



数時間後︰ニューヨーク州、マンハッタン、モーニングサイド・ハイツ、アールの部屋


「ただいま戻りました〜。あれ?」

 アールは被害を確認したものの、実は不思議にも犠牲者はおらず、それだけではなく怪我人さえゼロであると聞いた。

 車は何十台か廃車になり、道路にもダメージが出たものの、実に奇妙な話もあったものだなと想いながら、彼はある程度の片付けをしてから後の事を他のヒーロー達に引き継いで帰社した。安堵感から肩の荷が下りた気がして、全身が強張って精神的にどっと疲れた。

 何であれ人々が無事なのはよかった。バスには子供もいたし、老夫婦や若いカップルもいた。彼らが全員死亡などあってはならないし、もしそうなれば心的な苦痛となるだろう――遺族にどう言えばいい?

 そしてまさか自社の社員が今回の事件の元凶と交戦したとは夢にも思っていない会社の方でも社員の身を心配したとかで、仕事の進捗からして帰っても大丈夫な社員には早めの帰社命令が出された。アール自身は明日に宿題を残したくなかったが、しかしフィリスとの連絡が何故か取れないので急いで帰る事にした。

 残念ながら己のスマートフォンはくたばり、服をホームベースから調達しつつ頭部の血を拭き取り、雨に濡れたので着替えたと会社で嘘を()つつも、愛する人の待つ己の部屋に辛うじて戻ったところ、何か違和感を覚えたのであった。

 何故か反応が無いが、彼女の呼吸は聞こえた。入ってすぐの廊下からは奥の様子がよく見えないので彼はすうっと入って行ったが、するとそこで信じられない光景を目にした――ここは彼の部屋であって今日遭遇した事件の現場ではない。であるにも関わらず家具や雑貨がまるで映画の押し入られた部屋のように荒らされ、その惨状のど真ん中で愛する女性が泣き腫らしたまま疲れ果てて眠っていたのであった。

 アールは思わず手に持っていたスマートフォンの残骸を落とした。

「さっきの戦闘じゃカッコつけて現代の敬虔な都会人ぶったけどやっぱ前言撤回。神様、次の休日に教会行くから、今後試練を与える時は事前に通知メール送ってね、マジでビビるんで」

 とは言いつつも彼はフィリスに駆け寄って彼女をとにかく抱き締めた。目を覚ましてくれよ、お姫様。

「フィリス?」

 暫くして彼女の意識は覚醒し、愛する青年に己が抱き締められている事実を五感が徐々に察知した。彼女は再び泣き始め、アールは彼女と触れ合ったまま居続けた。荒れ放題の部屋でさえなければ彼はこうしていられるだけでも幸せであったが、ここまで取り乱したなら誰かが通報しなかったのかと疑問に思った。

 そしてこの日以来、アールはフィリスにディックと呼ばれた場合は反撃として、彼が爆発で死んだという勘違いからショックで部屋を大惨事にしてしまった彼女をデッドウーマンと呼ぶようになった。

 犠牲者ゼロは今後拾う予定のネタ。

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