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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
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RYAN:THE ELDER GOD#4

 ライアンとシャーは穏やかな日々を送っていた。ライアンはかつての同胞であった〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)に激烈な怒りを秘めていたものの、それはともかくとして己の生まれ育ったこの地で愛する人と暮らした。だが運命は奇妙な振る舞いを見せ、もしかすれば本来なら彼らとは一切関連が無かったであろうとある事件と関わる事となり…。

登場人物

―ライアン・ウォーカー…元〈旧神〉(エルダー・ゴッド)の青年。

―シャーロット・ベネット(シャー)・グラッドストーン…ライアンの恋人。



六月:ワイオミング州、ジャクソン、リバーハウス


 少しだけ、あるいはここの基準で言うならかなり暖かくなってきた。この標高の高い土地には毎年短い夏が訪れ、それは本当にあっと言う間に過ぎ去る。残念ながら今日は曇りで、風も少し寒々しく感じた。部屋の中でも中途半端に寒い。

 とは言え、かつて〈旧神〉(エルダー・ゴッド)でありその後地球の守護神でもあったライアンは、己がかつてそのような実体であった事を思い出して以来、寒さに強くなったような気がした。本来はよくこの季節の朝方、手が悴んで随分と参ったものであった。

 家の外に出て、大きな駐車場に立った。道路の向こうにある小高い丘から吹き下ろす風が今では心地よく思え、彼は己のアウトバックの方へと歩いて行った。昨日は面倒な客への対応に追われた。陽気なライアンは正直なところ何度か殴ろうかと考えたが、最終的には殴らなくてよかったと思えた。客は最終的には納得し、非礼な振る舞いを侘びてから帰った。人生というのは『楽しい』ものだ。皮肉でも、皮肉抜きでも。

 彼はひとまずここで暮らし続ける道を選んだ。友である三本足の神が何かしらの続報を持ってくればその時は再び戦場に立たねばなるまいが、今はこうしてここで生きる事を選んだ。それでも彼は時折思う時があった――己の知らぬ間に偉大なるドラゴンは愛する民と共に海中へと沈み、そして消息不明なその子とてあまりまともな運命を辿ったようには思えなかった。

 そして彼が聞くところによれば、己の新たな友であるドラゴンの神格とその仲間を地獄に叩き落としたのは、永劫の果てに狂気へと呑み込まれたかつての同胞たる〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)であるらしかった。

 なるほど、確かに奴らであれば美しき龍神クトゥルーとその仲間に恐るべき末路を与えたとて不思議ではない。忌むべき悪逆の徒と成り果てた、いずこであるかも思い出せぬ宇宙の元地球人であるあのグロテスク極まる〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)には、かつてあれらの友であったという事実に基づき、必ずや激烈な神罰を下さねばならない。かつて神を名乗ったその責任において。

「それまではここで暮らすしかあるまいな」言いながらライアンはアウトバックの運転席側ドアに(もた)れ掛かった。

「ライアン、お前今度劇にでも出るのか?」

 近所に住むヴィンスが近くを散歩しながら笑って去って行った。ライアンは嫌な汗をかきながら、己のステーション・ワゴンに背を預け、微妙な表情を浮かべながら硬直した。

「いや俺さ、これでも昔は神とか天使とかそういう類だったんだけどね」

 茶髪のハンサムは自重しながらその場を離れた。


「ライアン、こっちってこの季節になってもこんなに寒いの?」

 シャーは目を擦りながら起きようとしていたが、ライアンは彼女が昨晩遅くまで部屋で仕事をしていた事を知っていた。不意に外の空気を吸いに行こうと起きたライアンは、彼女がかたかたとキーボードを叩いているのを目にした――図太いライアンはその程度の睡眠妨害要素は気にも止めないし、幸運にもシャーの方も『俺は大丈夫だから気にせずやってくれ』とライアンに言われた上で申し訳無さを感じるでもなかった。

 ライアンはこのように波長が合う点を好ましく思い、やはり彼女こそ今後共に暮らすべき相手である事を確信した。比較的長めのバズ・カットの髪が窓から差し込む朝日によって輝いた。

「こっちって年がら年中寒い日ばっかりだからね」

 彼は二人の巣とも言えるこの部屋の窓を開けに行こうとしたが、己のみが寒さに強くなっていた事を思い出して途中でやめた。

「どうかしたの?」

「い、いやぁ、別に」

「窓開けようとした?」

「あー、まあ」

 説明しようかと思ったが面倒臭いのでやめた。

「ところで昨日遅くまで仕事してたんだし、今日はゆっくり休む? 俺は適当にそこら辺をドライブしてくるよ」

「いえ、あなたが休みなら一緒にいたいわ」

 言いながらベッドから降りた彼女が見せた笑顔は疲れて見えたが、それでも魅力的であった。

「いやー、それはちょっとやめた方がいいんじゃないか」

「大丈夫」

「でもずっと仕事してて疲れ目に見える――」

「大丈夫、本当に大丈夫」

 それを聞いてライアンは彼女に近付いた。軽く彼女を抱き締め、耳元で囁いた。

「本当に大丈夫?」

「あなたは私の弟か何かではないと思うけど、本当に大丈夫」シャーもまた囁いて返した。

「まあしつこく聞いて悪かったよ。お侘びに君の弟以上に親密な関係になろうか」

「もう、そうやって何人も口説いたんでしょ?」

「ふっ、君はアホの俺を買い被り過ぎてるんじゃないかね。実際のところ、地元では君以外の全員がこの私をワイオミング最高の阿呆の一人と思っているだろうよ」


「とは言ったけどさ、実際今日はどうするんだ? 君の友達が遊びに来るのっていつだっけ?」

「それは明日の予定よ。もうあなたのご両親とは話してあるけど」

「マジで。俺その辺の話はなあなあで放置してたから実際いつ来るのかは知らなかった」

 学生時代の友人が来る、シャーはそのような話を一週間前に切り出した。その影響からか彼女はいつも以上に楽しそうに見え、そしてその影響とは思いたくないが最近は仕事にも気合いが入っていた。

 あまり過労にはなって欲しくない――過酷な労働時間の世界ランキング上位争いを毎年しているようなこの国に住んでいるため、余計にそう思えた――が、それでも微笑ましくも思えた。せっかくここはスローライフが都会よりし易いのであるから、彼女にもここの暮らしに慣れて欲しいと考えていた。

「君の友達ってどういう人?」

 着替え始めたシャーから一応目を逸らして尋ねた。窓の外では朝日が野山やアスファルトを黄金に照らしていた。ふと、あのモンタナ山中における戦いを思い出したが、最後の方は記憶が曖昧でよく思い出せなかった。気が付くとスバルを運転しながら帰途に就いていた。

「あの子は…メリッサは大学の頃は内気な子だったわ。というか私と出会った頃はね。信じられる? 今じゃ大手チェーン店の支店長クラスで資格も二〇個以上持ってて、社会に出てからは私なんかよりずっとモテたわ」

「君がモテモテなら俺なんかにはチャンスが無かったよ。それで?」

 スパイクは彼女の口振りがとても嬉しそうなのを感じ取った。それこそ少し嫉妬するぐらいに。恐らくその友人は彼の知らないシャーの一面も知っているのだろう。例えばシャーロット・ベネット・グラッドストーンのベネットという名の由来など。

「ええ、寮では一緒の部屋で。何となく一緒にいたら彼女、少しずつ私に心を開いてくれたわね。自分でもどうやったかは覚えてないけど」そこで言葉を一旦区切った。「大学では色々と人生経験を積んだけど、彼女とはいつも一緒だったかな」随分と懐かしそうで、そしてどこか寂しそうに見えた。だがその友人とこれから会えるのだ。

「また後で電話でもしたらどうだい? 俺なら昔の友達に会えるなら待ちきれなくてそうするよ」

 窓の方を向いたまま、皮肉とまでは行かないが少し作った声色でライアンは言った。

「もしかして妬いてる?」

「おっと訂正、さすがに大昔のロクでもない元友達には二度と会いたくない」

 それを聞いてシャーはこのハンサムな歳下が己の事で嫉妬までしている事実に胸が高鳴り、感慨深そうに彼を見た。視線に気が付いたライアンは振り向きながら答えた。

「いやあのね、ここそんなにいいシーンじゃないからね」とライアンは笑いながら突っ込みを挟んだ。



約二時間三〇分後︰ワイオミング州、イエローストーン湖


 まだホットパンツ状にしたタイトなズボンを更に捲り上げるような季節とは言えないが、彼らは寒くなれば互いに寄り掛かってその温かみを感じ合える関係ではあった。彼らの乗る車は氷が溶けて少し経ったイエローストーン湖の畔を走っており、既に早朝から二時間以上車を走らせて来ていた。この季節に合う今年の売れ線カントリーが流れ、車内は実際以上に暖かく感じられた。

「まだ寒いかな。君も夏は脚出したりする?」

「え、いきなりそういう質問する?」と彼女は誤魔化し気味の口調で答えた。

「そりゃまあ、可愛い君のそういう姿は見てみたいし」

 茶髪のハンサムは少し恥ずかしそうにはにかんだ。自称及び他称莫迦だか阿呆だかのライアン・ウォーカーは自然に、嫌味無く己の無防備な部分や隙のある部分を見せるもので、なんだかんだで彼の人としての評判はとてもよかった。

 それに彼は俳優のように端整な顔を持ち、まばらな髭を生やしたその顔は田舎らしいワイルドさを持ちつつどこか少年のようであった。シャーは時々己が彼のような好青年と共にいられる事が信じられなくなるが、それはライアンの方も全く同じであった。

 すると赤いポンティアックがごうっと擦れ違い、シャーはそれが屋根を空けている事に気が付いた。

「あっ、さっきのGTOだけど」

「あれトランザムじゃない?」

「いえ、面構えは昔のトランザムに似た奴があるけど、さっきのは六九年型のGTOね!」

「あ、そうでしたか」

 少し間が空いたのでシャーは弁明した。

「朝話したメリッサが車に詳しかったのよ! それで私もちょっとだけ」

「君なら多分ディーゼルやロドリゲスと車の話で盛り上がれると思うね」とライアンは笑い、それから悲しい表情を見せた。「ポール・ウォーカーの件はショックだったよ」

「映画どうなるのかしらね」

 走るアウトバックの右手側に広がる湖は寒々しく、しかし周囲の木々の様子などは徐々に夏の訪れを予期させた。

「で、何の話だっけ?」

「GTOが屋根を空けて爆走してたの。こんなに寒いのにね」

「ああ、見たよ。でも助手席にいた人は屋根を閉じてくれって言ってたように見えたな」

「読唇術? それとも…何か神様みたいな力でわかったの?」

「答えはワイオミング流のジョークです」

「だと思ったわ」

 他愛の無い会話ではあったが、こうして二人で誰にも邪魔されず過ごせるのはとても充実感があり、とても幸福であった。シャーは愛おしそうにライアンの綺麗な瞳を一瞥し、それから恥ずかしそうに目を逸らした。ライアンは気が付かないふりをして話を振った。

「後ろに友達が置いてったバカルディのブラックがあるから、気にせず飲んでもいいよ」

 ライアンは左手親指で車内後方を指差した。

「私そんなにお酒得意な方じゃないわ」

「そうだっけ? そうだったかも。じゃあエア乾杯で」

 左手側にはミュールの姿がちらりと見えた。六月の草花も咲き始めていた。まだまだ寒々としているが、この様相こそがこの地の初夏なのだ。

「何に乾杯する?」

「じゃあ…よき時間に乾杯」

「わかったわ。よき時間に、よき天候に」

「乾杯」彼らは存在しないコップを掲げた。

 それからふとライアンは気が付いた。いつの間にか晴れており、どんよりとした曇天は綺麗さっぱり消え去っていた。日光がきらきらと水面(みなも)を照らし、風がその表面を波立たせていた。

 それからシャーの顔を見て、ライアンは己が未だ再会した時のままの感情を彼女に(いだ)いている事を再確認した。彼女は未だに彼の心を奪ったままであった。互いの心がぼうっと熱を持ち、穏やかな時間を過ごせて、深く互いを想い会えた。

「愛してるわ」

「俺も」

 それから唐突に、互いに恥ずかしくなったらしく、車内は数十分間無言であった。


 その日からメリッサとは連絡が取れなかった。日を幾つか跨いでから、ロサンゼルスの市警からシャーに電話が掛かって来た。相手はクレイトン・コリンズと名乗り、懐かしい西海岸の発音で喋っていた。彼の告げる言葉の内容さえ恐るべきものでなれけば、何も無いが幸せな日常は続くままであったと思われた。

 だが時に未来は凄惨を極め、目を背けて布団を被り、何もせずそこから出たくなくなる時がある。メリッサが昼間のLAで死体で発見された。 

 ドラマでよくある『ぽっと出な昔の友達が死ぬ導入部』だが、これでこちらのストーリーをスパイクらとクロスオーバーできる。

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