MR.GRAY:THE KNIGHT OF MODERN ERA#13
ガウェイン卿、かつてモードレッド卿と敵対した騎士。モードレッドはこの廃棄場らしき森で近くに打ち捨てられたバイクを復活させ、一騎討ち形式で激突する事となった。彼が選んだガウェイン対策の手段とは…。
登場人物
モードレッド陣営
―Mr.グレイ/モードレッド…アーサー王に叛逆した息子、〈諸王の中の王〉。
アーサー陣営
―ガウェイン…アーサーとの付き合いも長い歴戦の騎士。
ホームベース襲撃から二時間三六分後:赤い位相、森周辺
卿から十ヤード程の距離にいたガウェインは馬をゆっくりと走らせて距離を取り、両者は優に五〇ヤードの距離を置いて対峙した。己の父を憎むブリテンの美しい王子は周囲を見渡し、見覚えがありそうで見覚えの無い型のクラシック・バイクが打ち捨てられているのを発見した。雨風の侵食はそれ程でもなく、マフラーやタンク周りの痛々しい錆に目を瞑れば使えそうに見えた。タイヤはパンクしているからその点はマイナスであろう。
離れた位置にいるガウェインが見守る前で彼は森と草原の境界付近で打ち捨てられたバイクを起こし、タンクが空であると確認した。己を一喝して魔力――とこれまで彼が考えていたもの――を発生させ、それをバイクに注入するイメージを作り、そして怪物じみたエンジン音と共に二輪の野獣は息を吹き返した。バイクの鼓動を腕と腰から感じ取り、モードレッド卿はかつて敵対したガウェインをじっと見据えた。
「準備はできたようじゃな、卑怯者め」
ガウェインは大声で呼び掛けた。彼の声はドラゴンじみた凄まじい声を持つジンバブエの破壊的征服者にも劣らぬ特徴的な声質であった。
「ああ、さっさと来いよ。貴様をアーサーに会わせるつもりはないのでな」
間近から聴こえるエンジン音さえ吹き飛ばす勢いの怒声によってびりびりとする耳から気を逸らし、Mr.グレイことモードレッドは近くに落ちていた水平二連のソウドオフを拾って内部を確認してから腰に下げ、右手に折れた木を持ち逆の手を交差させてバイクのアクセルを吹かせていた。少々運転し辛いが一騎討ち形式なら問題はあるまい。
昼間であれば恐るべき力を発揮する紅い円卓の騎士は己の馬を謎の力で地面へと沈ませ、恐らく超自然的な顕現をしている彼の愛馬はバイクに跨がるモードレッドと同じ高さで対峙した。やがて両者の気持ちの高ぶりが頂点へと達し、彼らは同時に走り始めた。
ガウェインは兜の下から鬼神じみた形相を覗かせながら迫り、風を切って進む彼のサーコートが掲げられた旗のように激しくはためいていた。馬に踏み締められた土が後方へと蹴散らされ、槍を握る右手はその握力故にぎりぎりと耳障りな異音を発していた。
モードレッドは大気に混じった魔力を注ぎ込みながら全力でバイクを走らせ、左手でアクセルをやり辛そうに捻りながらエンジンの回転数を爆発的に上げた。強引に復活させたタイヤが荒々しく車体を揺らす中、卿は右手に持った折れた木を槍のように突き出して全速力で駆けた。彼らは間を置かず交錯し、槍同士の激しい激突でいずれかが弾き飛ばされると思われた――だがそうはならなかった。
卿はぶつかる直前に木を捨ててアクセルを握り直し、ガウェインの神業じみた槍を躱してバイクをウィリー状態にして、ガウェインの馬との衝突コースを取った。馬は最終的に浮き上がったバイクに踏み潰される形となり、凄まじい衝撃が両者を襲った。激突の衝撃で彼らは一瞬だけ浮き上がり、そしてバイクが上、馬が下の状態で折り重なった。悲痛に嘶く馬と共に踏まれているガウェイン――馬の下敷きでもあった――は忌々しそうに上を見上げた。
彼らは己らの起こした衝突による凄まじい衝撃波によって一時的なミュート状態に陥り、周囲の草木が燃え上がって瞬時に焼失し、円形脱毛症のような有り様となっていた。
大気が焼け焦げた異臭が鼻腔をつんと刺激し、周囲にまだ残っていた可燃物が弱々しく燃え、遥か遠くまで激突音が木霊した。彼らが折り重なって倒れた地点はクレーターのように軽く抉られ、しかし垣間見えた地面の断面に微細な生物の姿は見られなかった。
倒れたままで抜剣した赤いサーコートのガウェインは馬の横から腕を出して剣を上向けて突き上げ、金属が引き裂かれる不愉快な音と共にバイクを貫通したそれをグレイはぎりぎりで回避した。お返しとして先程拾った切り詰められたショットガンを馬目掛けて発射し、馬を貫通し喉元へと迫った12ゲージ散弾をガウェインは辛うじて躱した。円卓の騎士の後ろへと着弾した散弾の放つ熱はじんわりと彼の項へと伝わり、武者震いを誘発させた。
モードレッドはその場からジャンプして離れ、一〇ヤード離れた地点へと着地しながら無手で構えた。ガウェインは傷付いた馬を黒い焔で掻き消すようにしていずこかへと隠し、怪力でバイクを跳ね飛ばした。跳ね飛ばされたバイクが飛来すると卿はそれをキックですかさず逸らし、凄まじい力が加わって折れ曲がったそれは彼らから離れた所にある熱波の範囲外に立っていた木に激突して爆発し、それを尻目にガウェインは畳まれた巨大な傘のような形状をした馬上槍を穂先から地面に突き刺すと、右手で剣を構えて左手の盾越しに卿を睨んだ。
ガウェインが鎧やサーコートに付着した土を払うのを見ながら卿は言葉を発した。
「ガウェイン、相変わらず乗馬は下手だな!」とモードレッドは思い切り嘲った。
「貴様…」
「もしもランスロットであれば私には騎乗した状態で勝ち目など無かった。貴様のおままごとみたいな槍捌きのお陰で私は今こうして貴様の無能を蔑めるという事になるな」
ガウェインの馬術と槍術もまた神業じみていたが、しかしそれは湖のランスロットやサラセンのパロミデスには遠く及ばなかった。
「腰抜け程よく吠えおるわ。殿もそれをご承知で貴様から距離を取られたのであろうよ」
和解したとは言えランスロットと比較されて貶められるのは我慢ならず、言いたい放題言われたガウェインは知ってか知らずかアーサーの話題を持ち出し、それに対してモードレッドは激昂した。
「戦いの前にあのような卑怯者の話を持ち出すな!」
「ではわしはその卑怯者のため、貴様の首を手土産とする所存なり」
ガウェインは主君を莫迦にされた事にむすっとして、言いながら重戦車のように突進した。
「貴様のなまくら剣でそれが可能ならやってみるがいい!」
少し遅れて突進したグレイは相手の間合いに入った瞬間から半ば自動的に相手の横薙ぎを躱し、振るわれた剛剣は大気を斬り裂いた。転訛によってガラティーンとも呼ばれた〈追放されし刃〉は屈んだ卿の背中すれすれを通過し、斬り裂かれた大気が悲鳴を上げた。
それを契機に彼らは激闘を開始し、最初はガウェインが押し続け、モードレッド卿は後退しながら力強く振るわれる剛剣を避け続けた。外れた振り下ろしが地面に当たると土を吹き飛ばし、あの恐るべきナイジェリアの美少年の剣筋程ではないにせよ、化け物じみた怪力と技量とで振るわれるそれは並の相手であれば一撃で両断してその勢いのまま死骸さえ掻き消す程であった。
卿は徐々にこの男の戦い方を思い出し、己もまたこれまでの放浪で凄まじい怪力を得たものだから、自信と共に反撃を開始した。後退し続けて背中が木にぶつかったのを――己に対する反撃の合図代わりにわざとそうした――きっかけに彼は斜めから振り下ろされた〈追放されし刃〉をすうっと横へと滑って回避し、背後でマストのような落葉樹が切断される音にぞっとしながらガウェインが剣を戻す前に彼の右手側から距離を詰めた。
連撃で腹部と頭部を狙った爆撃じみた卿のパンチを紅い円卓の騎士は剣の柄と肩とで防ぎ、彼らは超至近距離で打ち合い始めた。
死後ふと復活し、以降はアヴァロンから動けないアーサーの代わりに冒険し続け、後に様々な形で洗練されたヨーロッパ各地の剣術から使えそうなテクニックを抜粋してきた紅い円卓の騎士は、剣とは斬撃用に振り回したり刺突する用途以外にも使えると知っており、鎖帷子の手袋で覆われた手で刃を掴み短い間合いで振り回し始めた。
ガウェインは猪武者であるかも知れないがさすがはベテランであり、それこそ剣の鍔すら強力な武器になる事も実戦から知っていたため、卿はそれら多様な技を捌くのに手間取った。紅い円卓の騎士はわざと大袈裟に回転する事で、攻撃や回避のため低姿勢になった時のモードレッドの顔を狙いすましてサーコートの裾で叩く事で苛立たせ、組み討ちに持ち込まれないよう立ち回って主導権を握ろうとした。
だが流浪は何も彼だけの経験ではなく、ガウェインが主とイエスの名において各地を渡り歩いたのと同様、モードレッド卿もまた主の導きを糧にガウェインにも負けぬ数々の冒険を繰り広げてきた。そのため彼もまたガウェインを苛立たせて隙を作ろうと励んだ。
怒りに任せた攻撃とは時に予想不能であり、リスクも無いとは言えなかったが、しかし普段であれば決して犯さないミスを誘発させられる可能性が高い。例えば心底鬱陶しそうに腕を振り回して相手を殴ろうとするかも知れない。
だが今のところ彼らは至って冷静に、表情を歪めたままで神速の攻防を続けていた。鎧の角さえも武器として使用し、技巧を凝らして戦闘のための機械として行動した。
ラークシャサ随一の剣技を誇ったインドラジットでさえ嫌がるであろう、昼間のガウェインとの接近戦を繰り広げるブリテンの王子モードレッドは、単純な腕力ならば相手が幾らか上回っている事を悟った。
無手での戦いへの習熟という点で卿はガウェインより威力のある打撃を繰り出せるが、それを承知しているガウェインは剣を巧みに操って戦鎚のように振るっていた。
手を保護してさえいれば刃を握る事も不可能ではない西洋剣の性質を利用した剣術から必要なテクニックを己のために最適化させており、きめ細かな細工が施された〈追放されし刃〉は陽光を受けてきらきらと輝きながら、まるで戦鎚のような持ち方で振るわれた。
彼らは徐々に森の奥深くへと入り始めていた。
唐突に始まるワイスピのパロ。
ガウェインの剣名はガラースまたはガラティーンとするのが一般的だが、ガラースはヘブライ語で追放を意味するという。何故ヘブライ語なのかは不明らしいが、なかなかかっこいい名前だ。
マロリーは『アーサー王の死』でガラースからガラティーンへと剣の名前を変えたようだが、もしかするとこれは本当にガラースの転訛なのかも知れない。




