表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
123/302

SPIKE AND GRINN#7

 ナイジェリアの魔術師名門であるバンコレ家の令嬢はある種の壊れた笑みを浮かべ、スパイク・ボーデンの友が今現在一体どうなったかを語り始めた。その内容は彼にとってあまりにも残酷極まりないものであり…。

登場人物

―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。

―グリン=ホロス…美しい〈秩序の帝〉エンペラー・オブ・オーダー

―ショーラ・エリ・バンコレ…魔術師の名門であるバンコレ家の令嬢。



モンタナ山中の事件後、六月:カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン、ドープ超自然事件対応事務所


「それでお嬢様は一体どういう要件で?」

 窓に(もた)れ掛かりながら美しい青年は強い陽射しに顔を(しか)めた。

 バンコレ家の令嬢が何故ここに来たのかがふと気になり、そして先程己を踏み付けた甲殻類じみた美貌を隠し持つ神格から目を逸らして尋ねた。

 抜けるような蒼穹へと変化し続けている午前の陽射しが部屋の木の床を明るい琥珀色に照らし、少女二人は陽射しを避けるようにしてソファに座っていた。

 どこか嫌な予感がして、それ故ラゴス魔術院のかつての首席は目を彼女らに向けなかったのかも知れなかった。

 ショーラが纏う雰囲気にどこか仄暗いものが見え、彼女の輝く瞳の奥に底知れぬ黯黒を見た気がした。

「はい? いえ、ごめんなさい。そうでしたわ」

 ぞくりとした感触が彼の心を(まさぐ)り、ふと振り向いてショーラの表情を見た。

 彼女はしかし笑顔であった――その笑顔が美しさと同時に作り笑い特有の恐ろしさを湛えてさえいなければ、少年のようにどきりとしたであろう。

 日陰の下で高級家具のように輝く褐色の肌が目を引き、姿勢を正した座り方、コーヒーカップの持ち方、纏う『本物』の貴人の雰囲気、そのどれもが本来は一級品であるはずなものの、しかし実際には致命的に恐ろしく思えた。

「何があった?」とスパイクは低くした声で尋ねた。表情が自然と強張り、彼女をかような雰囲気へと変貌させた原因を探り出そうとした。

 一方で、人間の精神を蹂躙せしめる美しさを誇る己の真の姿を、今は黄金の髪を持つ美少女の姿で覆い隠しているグリン=ホロスは相変わらず無表情のまま脚を組み、隣に座るバンコレ家令嬢の様子をじっと窺っていた。

「こうして面と向かってみると、言いにくいものですわね。ですが今回訪ねたのはスパイク様にお会いしてこの件を打ち明け、ついでに情報を頂くためですから…」

 彼女の笑顔は更に輝いたが、底知れぬ闇が彼女から溢れたかのような錯覚を覚える程であった。彼女の身に起きた事は恐らく最悪の事態であろう。しかしどんな情報が欲しいのであろうか。

「ショーラ、自分で言えると思うなら言ってくれ。無理強いはしねぇさ」

「ありがとうございます、やはりあなたはあの頃のまま、お優しいですのね。今回参ったのは…」と彼女は言葉を切った。

 張り付いた笑顔が不気味に思え、しかしそれでもスパイクは目を逸らさなかった。

 数ヤードの距離を置いて彼らは向き合い、永劫にも思える時間が過ぎた気がした――そして実際には五秒程度であった。

「実家ではまだ世間に伏せておりますが、お父様とお母様の身に不幸がありました」


 スパイクは目を見開いた。

 バンコレ家の人間とはそれなりに縁があり、ナイジェリアの魔術の名家の中でも最も格式高いと認識されている彼らとの接触は、さすがに少々住む世界の違いなどもあって精神的に疲れるが、しかし好意的に思っていた。

 彼女の両親もまた彼とは縁が深く、それ故彼女が何を言ったのかわからなかった。いや、明確に死んだと言ったわけではないから――。

「――あれが両親だと認識するのは難しい程でした。遺体の損壊が激しく、いえ、そもそも何が何なのかわからない程に」

 彼女は万力で押さえ付けているかのような恐るべき笑みを湛え、事実を淡々と語った。

 声は笑っているようで笑っていないような気がした。そしてあの夫妻の娘が『遺体』と言ったのだから、それは本当の事なのであろう。

 スパイクは事実を受け入れるのがやっとであった。嫌な汗が滲み、事実を理解などしたくなかった。

「何かの研究か儀式で失敗したか、それとも誰かに殺されたのか?」

「後者が正解です」彼女の笑顔はもはや心に秘める闇の証明ですらあった。

「誰が殺った?」ほとんど尋問に近い声であった。

「アイザイア・ラルフ・ゴドウィン、彼の姿がラゴス市内の現場近くにある監視カメラにはっきりと。ええ、見紛う事などありえない、あれは間違い無く彼本人の姿でした。現場は通常の位相でした」

 スパイクは頭の中に鍛えている途中の熱い剣を差し込まれたかのような感覚を味わった――彼女は情報が欲しいというような事を先程言った。

 確かにそうであろう、スパイク・ボーデンは下手人と目されるアイザイア・ゴドウィンのかつての親友であり、そして狂気に走った彼と何度か交戦している事はバンコレ家の人間も知っている。

 スパイクは(めまい)がしてこめかみを右手の指で抑え、心がぞくぞくとした悍ましい感覚に蹂躙されるのを感じた。

 汗が顔に垂れ、額がじんわりとして、思わず窓から離れて部屋の日陰に入った。

 己のアーロン・チェアにどっかりと腰を下ろし、頭を抱えて溜め息を深く()いた。それから肉抜きされたメッシュ状の背凭れに身を預け、天を仰いだ。

「ジーズ…ああ、ホントにジーズだな。それしか言えねぇよ」

 彼は己を嘲る声でそう言い、そして様々な感情が入り混じった状態でどうしようもなく佇んだ。

 敵対してからもなあなあで擁護するような同情するような、はっきりしない態度で見ていた己のかつての友が、あろう事か以前付き合っていた女性の親戚を殺害したのだ。

 もはや庇いようも無く、そしてその親戚の娘であるショーラに対する気の毒な感情やら申し訳無さやらが噴出した。

 何せ己のかつての義兄弟同然であったイザイアが、そこまでの化け物に成り下がったなどと、笑わずにはいられないだろう。

 言葉とは裏腹にどこまでも悲しみに満ちているLA暮らしの魔術的窮極の姿を、ショーラは笑顔のままで見続けた。

 部外者であるグリンは無表情のまま、しかし哀れみが感じられる視線を彼に向け、次に発せられる彼の言葉を待った。

 遂にアイザイアはこの端整な顔を持つブラックの青年の、正真正銘の敵となった。スパイクは美しい顔を歪ませ、喉を枯らすような呻き声を漏らした。

 まだ仲良しであった頃のアイザイアが脳裡に浮かび、それを悍ましい架空の化け物のイメージが塗り潰し始めた。

 その中でアイザイアはグロテスクな表情を浮かべ、腹から捻じ曲がった脚を生やし、腕が逆に曲がり、舌を突き出し、とにかく魔術界隈におけるイギリスの名門ゴドウィン家の人間とは思えない程に不細工極まる様であった。

 だが何よりショックなのは、ショーラもまた――当然ではあるものの――アイザイアを完全に敵対者であると見做している事であった。先程ショーラはアイザイアをフルネームであえて呼び、かつてのように日本語の『様』を付けなかったのだ。

 その細かな変化に気が付くとスパイクはバットで頭を殴られたかのような衝撃で襲われた。

「俺はあいつをダチ(ホーミー)だとまだ思ってた。あいつはもうあいつじゃねぇのに、いつまでもなあなあで済まそうとしてた。その結果、友達の親をあいつが殺すのを止められなかった。俺の優柔不断が、身内贔屓が生んだ失敗だ」

 己の罪状を読み上げながら、気合いでショーラから目を逸らさぬよう努めた。エアコンを点けていない室内がとても熱く感じられ、じんわりと滲んだ汗が鬱陶しかった。

 人間ではないグリンのような部類の美しさではないが、また別種の美で彼女は輝き、今となっては恐ろしく見えるその笑顔も心を奪う程完璧であった。

 しかし実際には彼女が尋問官に思えてならず、己の罪を悔悟せねばらないという強迫観念に襲われた。

 現に己のかつての友が彼女の両親を惨殺したとなれば、それは彼と義兄弟も同然であったスパイクにとっても他人事などではなかった。

「実際のところ」と絞り出すようにしてスパイクは言った。

「スパイク様?」

 美しい尋問官は笑顔のまま目を細めた。

「お前が俺を殴り倒したところで誰も気にはしない。ぶっ殺したところでみんな目を逸らすだろうよ。もし俺も復讐リストに登録されてんなら、どうぞ遠慮無く殺りゃいい」

 本当はもっと懇願するように言いたかった――俺が悪かったと思うなら、遠慮せずぶっ殺して下さい。俺の方でもあいつがそこまで堕ちるのを止められなかった事に負い目を感じてますんで。

 だが結局つまらない意地が邪魔して、言い方がぶっきらぼうになった。

 そのような言葉を今の彼女に向けるべきではないのに。ナイジェリアの美しい令嬢は笑顔のまま、しかし穏やかだが強い口調で言い放った。

「自惚れかなのかどうかまでは存じませんが、そのような事を頼んだつもりはありません。はっきり申し上げて、ここで憤りに身を任せてスパイク様を殺めたところで(わたくし)が喪った歓びは帰って来ませんから。恐らく後で悲しみが二倍三倍になるだけでしょうね。その事だけははっきりさせておきますわ」

 日に何度もショックを受けるのには慣れていたが、それでも今日は随分とスパイクにとって心痛が続く日であった――しかも今日という一日はまだ午前中。

 彼は昔フッドにいた少年時代の頃、歳上の少年にもらったエリック・B&ラキムのアルバムを部屋の中で流していた事を思い出した。

 そのメロディがあまりにも完璧過ぎて環境音楽のように主張せず溶け込んでしまっていたらしかった。

 かつてのフッドにおける、辛くもあるが精一杯生きた事で己らなりに楽しかったあの日々が脳裡に浮かび、我を喪いかけていた己に警鐘を鳴らしてくれた。

 割ったばかりの氷を口に含んだかのような冴え渡る感覚が頭をすっきりとさせ、己らしくない狂騒から目が覚めた。

「辛辣な言葉を使いますが…ええ、そうですね、はっきり言って腹立たしくさえ思います。お友達であるスパイク様にこのような事を申すのは気が引けますけれど」

「いや、みっともないところを見せたな。あいつは俺の人生でも大きな比重を占めてたんだ。で、そいつが完全に堕落したと知ったせいで…よそう、また俺は浮気がバレたニガみたいな言い訳をしてるな」

 ゲットー生まれゲットー育ちの美しい魔術師はきっぱりと言葉を途切れさせ、ショーラの言葉を待った。

 彼女が言葉を発しようとした瞬間、仕事の電話が鳴った。オーディオ機器からジャズ調のイントロが鳴り響く中、スパイクは微妙な表情で電話に出た。

 未だに名前さえ出てないスパイクの昔の交際相手…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ