MR.GRAY:THE KNIGHT OF MODERN ERA#12
モードレッド達は円卓の騎士にも負けぬ武勇を見せて対抗し、全てが赤く染まった位相を遥か遠くの山々まで震撼させた。しかし徐々に分断され、モードレッドはかつて敵対したあの騎士と再会する。
登場人物
モードレッド陣営
―Mr.グレイ/モードレッド…アーサー王に叛逆した息子、〈諸王の中の王〉。
―インドラジット…かつて偉大な英雄達と戦って討たれたランカ島の王子。
―名も無きグレート・ジンバブエの王…かつて栄えた謎の王国に君臨した美しき謎の王。
―アン=ナシア・サラー=ディーン・ユースフ・イブン・アイユーブ…アイユーブ朝の始祖にしてヨーロッパにもその名を刻み込んだ気高き騎士王。
アーサー陣営
―ランスロット…円卓が誇る最強のフランス騎士。
―トリスタン…騎士としての能力だけでなく狩猟で培った追跡能力にも優れるピクト人王族の騎士。
―ヘクター…ランスロットに従うフランス騎士。
―ボース…同上。
―ライオネル…同上。
―ガウェイン…アーサーとの付き合いも長い歴戦の騎士。
ホームベース襲撃から二時間二九分後:赤い位相、平野部
サラディンは馬上で抜刀し、この何もかもが赤い位相の中で細身の曲刀が異物としてフルカラーできらきらと輝いた。ランスロットへちょっかいを掛けるかのように馬を操り、片手間で他の騎士達の攻撃を捌いていた。数の不利を潰すためにわざと土埃を立て、心の目で攻撃を見切る事すら可能なランスロット以外には効果があった。
痺れを切らせたライオネルが馬を高く跳躍させて落下の勢いで爆撃じみた槍の一撃を御見舞いし、地面が半径一〇ヤードに渡って円形に陥没し、ランスロットは他の二人にも同様にするよう指示を出した。彼らの連携は恐らくほとんど完璧であるから、土埃の中でも己らの動きのみは把握できるらしかった。
だがクルドの騎士王も負けてはいなかった。この土地の気候とはまるで違うとは言え彼は砂塵が舞う戦には慣れており、立ち込める土埃をむしろ己の友としながら立ち回る事で攻撃を躱し、そして隙を探った。
敵はほとんど当てずっぽうであり、巧みな立ち回りで移動するスルターンとその馬の神出鬼没さに苛々していた。無論の事彼らとてこうした状況には何度も遭遇しており、その度上手く対処できていた。何故なら彼らはかのアーサー王率いる円卓の騎士であるからだ。
しかしアイユーブ朝最初のスルターンはこのような状況への習熟が彼らの上を往き、あるいはかつて中東での戦にも参加していたパロミデスであればかようにして翻弄されないのかも知れなかった。後ろからサラディンの馬の嘶きが聴こえ、一〇ヤード右で己らのものではない馬の蹄の音が聴こえ、煙たい土埃に紛れてスルターンの振るう剣が風を斬るのが聴こえて思わずヘクターは盾をその方向へと向け、己ではなくボースが攻撃されたとすぐに気が付いた。
彼らはとにかく爆撃じみた落下攻撃を敢行したが、何十ヤード先からもはっきりと見える巨大な土埃の立ち込める空間を外側から見るランスロットは、信じられない技量で放たれる矢の雨と凄まじい破壊力の光条を槍と盾とで薙ぎ払いながら駆けつつ、己の指示が悪手であったと悟った。
「同胞よ、相手の土俵で戦ってはならぬ! 視界が利かない状況に慣れた相手とこの状況で対峙するのは誠に不利であろう!」
だが時既に遅く、兄であるランスロットからも賞賛される腕前を持つヘクターが落下しながら地面を槍で吹き飛ばそうとしているところで、今までの動きを見てパターンを目と耳へと焼き付けていたサラディンの一閃がきらりと土埃の中で煌めいた。
空中で交差したアラブ馬の乗り手はブリテンの大柄な馬の左側面をざっくりと斬り裂き、着地時にバランスを崩して悪い視界の中でヘクターは落馬した。馬は漆黒の焔と共に地面へと吸収されるかのようにして掻き消え、これで騎馬戦に優れる敵の一人が大きくその戦力を削がれた。
サラディンは自信を持って戦い、敵の騎士達がそうであるように深い信仰と共に駆け、既にランスロット卿の間合いも把握し始めていた。純粋な技量で円卓の騎士の最上者に及ばぬなら他にも手はあるのである。
「いやはや、お見逸れ致した。敵ながら美事にござりまする」
湖のランスロットは槍で牽制しながら言った。サラディンが盾で防ぐと熱波が舞い、その熱さは常人なら呼吸器が焼けて死に絶える程であった。ランスロットが全力の突進を敢行すると、サラディンがそれに耐え切った際に放たれた行き場の無い多様なエネルギーが荒れ狂って遠くの小川が煮え立ち、ぼやけて聳える彼方の山頂が粉砕され大雪崩となった。
スルターンは恐ろしい戦闘に似合わぬ穏やかな調子で謙遜した。
「それ程でも。かの虎のベイや山の獅子たる我が叔父上の方が技量では優れるでしょう」
「ではその武の正体は?」
「私は信仰し神に服従する者、それだけです。あなたも神を信じますね?」
ランスロットは暫しはっとしてサラディンとその馬から距離を離した。少しして彼は答えた。
「マリアの愛にかけて、神を敬い、神を慕う」と円卓の騎士は真剣な目で言った。
「義人マルヤム(イスラーム教におけるマリアの呼称)――彼女の生き様を讃えよ――の名にかけて、全く同感です」
インドラジットの出発直前:異位相
「父上、これらをお預けします」
長身の妖魔の王子はその武勇に似合う鍛えられた肉体の上に王族らしい鎧を身に着け、そして尊敬する父の前に現れた。己が理不尽な何某かの術でいずこかへと強制召喚されている事は承知しており、魔術にも長ける彼は己が可能な限りこちらへと引き留まれるよう計らった上で出陣準備をしていた。
息子であるインドラジットは父に神々の矢を差し出し、本当に必要なものだけを手元に残した。
「ならばそうするがよい。かつて散った我々の優れた将達、天界の三神、かつて我らが打ち倒したインドラとその同胞のデーヴァ達、ナーガ、マルト神族、勇猛果敢なヴァナラ、人間の栄えた王国の子孫達、ジャガンナータ公とそのご家族、これら数多の諸侯にあなたは誓いなさい。すなわち可能な限りで正しき戦いを実践すると。己らの傲慢でかつて三界を征服した我々であるからこそ、善くあらねばならない。
「これまでに奪った命、ぶち壊しにした幸福の数だけあなたは戦いなさい、邪悪なる者どもを相手にして。私には大いなる黯黒があなたの行く先に見えます。ブラーマ公にお祈りをして幸運を授かり戦へと赴き、結局のところあなたは太陽のように輝かしい勝利を手土産として我々の元へと帰るだろう。だが私と愛するクンバーカーナがいつもあなたの無事を第一に考えている事を忘れるでない、ヴィビーシャナを喪った時のような苦しみはかつての数千年にも渡る苦行をも凌ぐ激痛故に。私と愛するクンバーカーナはあなたと生きて再会できる事を望みます。では哀れな敵どもを征服して来なさい、我が息子よ、愛するインドラジットよ、私の小さなメーガナーダよ、我が軍門にて最強であった武将よ、悔悟と正しさとを胸に生きる現代の修行者よ」
磨かれた石造りの住居で彼らは静かに暮らし、シヴァが彼らを移してやったこの位相は珍しくフルカラーであり、あるいは実際のところ通常の位相には存在しない色さえ存在しているかも知れなかった。巨大な岩山から落ちる滝が常に轟音を立てて山河を揺るがせており、非常に濃い蒼の空は常人であれば長い時間見ているだけで視力が著しく落ちる程のものであった。
「いかにもその通りに致しましょう、ご安心を。さすがにブラーマンダ・アストラ、パーシュパタストラ、ヴァイシュナヴァストラのような今では三神ご自身が制限を課した上でなお想像を絶する兵器、並びにブラーマストラやルドラ・アストラやインドラアストラやスーリヤストラなどの兵器も過剰かと思います故、今回は持って行かない事にしたのですが、その上で私は勝利を持ち帰り、忌むべき黯黒を撃滅して参る事をここに誓います」
今ではインドラジットの方が偉大なるラーヴァナよりも背が高くなり、彼は跪いて父の胸に抱かれた。優雅で軽やかな白い布を纏うかつてのラークシャサ王は穏やかな目で息子を眺め、優しく頭を撫で、そしてその無事を創造を司るブラーマへと祈った。
ホームベース襲撃から二時間三一分後:赤い位相、平野部
狩人のトリスタンの矢にはインドラジットのような連射性は無い。しかし彼の放つ矢はその的確さにおいてランカ島の美しい王子のそれにも劣らなかった。接近するモードレッドが投げたり蹴ったりする銃弾じみた勢いの石つぶての中でも、落ち着いた状態で狙い澄ました矢がモードレッドへと届いた。顔を掠めた石がトリスタンに出血させたが、それを気にもせず恐るべき矢を放ち続けた。
モードレッドは矢を拳で殴って逸らしていたが、矢があまりにも激烈であるため拳は高熱で火傷し、血が滲んでいた。掌を焼かれた右手などは特に打撃が鈍り、ガードが崩れるのを必死に留めながら突進した。
一気に一〇〇ヤード踏み込む事で一瞬の間に狩人を殴る事も可能ではあった――だがその一瞬とは所詮常人にとっての一瞬であり、狩人のトリスタンからすればその程度のスピードによる直線的な動きなど目を閉じた状態でさえ加速度や風速を彼にとっての一瞬以下の間に算出して矢をモードレッドへの衝突コースへと放てる。
痛みと戦意とによってほとんど鬼神じみた表情を見せるモードレッド卿の姿に気をよくしたトリスタンは卿の顔を狙って矢を放った。風を斬り裂く恐るべき矢は信じられない速度で迫り、彼はそれを防ぐために腕を掲げて顔を庇い、鎧の腕部分を利用して矢を逸らした。
とは言えその衝撃が内部へと伝わり、まるで巨人族の鈍器で殴られたかのような激烈極まる衝撃が彼の腕へと鎧越しに内出血を起こさせた。
歯を食い縛って耐え、この距離だと一人では対処が難しい事を悟ったMr.グレイはティア1であるため命令できる回数に限りがあるが今のところ従ってくれているジンバブエ王に援護を頼んだ。
「ジンバブエ王、トリスタンを牽制してくれ!」
「了解した!」
グレート・ジンバブエの名も無き王は周囲に浮遊させて従えている呪物から光条を放ち、それは森を吹き飛ばしてしまわないよう手加減した状態でトリスタンへと迫った。
しかしあくまで牽制と妨害であるからそれで構わなかった。これでトリスタンは砲撃への対処に行動を幾らか割く必要があるし、その間に接近戦の距離へと一気に詰め寄ればよい、それに今はもう残り四〇ヤードであった。
すうっと掻き消えるかのようにしてグレイは突進し、そして次の瞬間にはトリスタンの眼前五ヤードの所まで来ていた。
「モードレッド、罠だ!」
遠くでインドラジットの声が響いたが、卿は既に踏み込んでしまっていた。突如爆発が起き、その強烈さ故にブリテンの王子は一瞬己が間欠泉の上にでも立って押し上げられたのかと錯覚した。両腕で咄嗟に顔を庇い、足の裏を強打されたかのような痛みに悶えた。
だが彼は気合いで踏み留まり、馬上槍に持ち替えていたトリスタンが放った正確無比な突きを、突き出された槍の横腹を殴打するという彼らしい強引さで逸らして防いだ。無論の事それで更に手や腕が痛んだものの。
モードレッドは馬上から振り下ろすかのようにして攻撃してくるトリスタンの攻撃に対処しながらリーチの長い蹴り技で相手の盾越しに強烈な衝撃を与えたりしつつ、先程の顛末について簡潔に短く思案した。狩人のトリスタンは顔を狙い、それをガードさせる事で彼らの主観時間における一瞬だけ卿の視界を塞いだ――卿自身に塞がせた。
モードレッドは先程地面を踏んで地響きを起こし、それでトリスタンの仕掛けた罠を破壊した――もう罠が無いと卿は自然に考えており、視界を塞がさせたタイミングでトリスタンは抜け目無くあの奇妙な罠を仕掛けた。地雷じみたそれは実際信じられない程の耐久性を持つブリテンの美しい王子に新たなダメージを与え、そして今のところ巧みな馬術と槍術とで有利に立ち回った。
「どこまで腕を上げたかと思えば、所詮そんなものか。のろまな奴だな」
トリスタンはわざと莫迦にした態度で嘲り、卿の冷静さを削ごうとした。怒りに駆られて悪手を踏むか、挑発に乗らぬようにしようとして逆に過剰反応させる事で悪手を踏ますか。古くから使われる手であった。
「ああ、私は今騎乗していないし、それに走ってもいないからな!」
槍による横薙ぎを屈んで回避し、その衝撃波が背後で地面を削って吹き飛ばすのを聴きながら回転足払いで巨大なトリスタンの馬を攻撃した。馬はするりと間合いの外に逃れたが、追撃で飛び掛かって馬上のトリスタンの頭部を殊更傷付けられた右手で兜越しに殴った。
麻痺と激痛の間を漂い鈍っていた右拳を強引に奮い立たせて放った爆撃じみた卿のパンチはぶつかった箇所を中心に空気を爆発させ、さしものトリスタンも大振りの攻撃でモードレッドを振り払うと一旦馬を大きく跳躍させて離れた。
顔に蒼い刺青のあるトリスタンは中年に差し掛かってなお端整な顔に血を垂らしながらじっと卿を睨み、槍と盾とが油断無く構えられていた。どうやら仕切り直しに近い状況であるらしかった。
「おっと、すまないな。手の感覚が薄くなってるから、加減するのを忘れていたよ」
言いながら卿は己が森と草原の境目に孤立している事に気が付いた。皆我が強いため気が付けば散り散りになっており、恐らく敵の想定通りになった。彼らは彼らの戦いから抜け出せず、それ故もう先程のような援護も難しいだろう――見ればジンバブエ王もランスロットやオドエイサーの攻撃に曝されている。
「いや、それもまた一興よ」と言うと、トリスタンは馬を翻して森の中へと消えて行った。これで援護に戻れる、そう思った瞬間であった。
「モードレッド、叛逆者の小童め! どこへ逃げるつもりだ?」
その轟々たる声を聞き間違えるはずなどなかった。かつて殺してやったあの男。死んだ己の友の兄。
「ふん、その声は猪武者のガウェインか。来い、今回も叩き潰してやる」
卿は新たな興奮に目覚めて合流を取りやめた。前々から気に入らないと思っていたガウェインが馬に乗り、ランスロットやトリスタンのように槍と盾とで油断無く佇んでいた。ワインのように濃厚な赤のサーコートの裾口が馬の動きにつられて揺れ、優雅なその様を見ていると馬から転落させてやりたいという欲求が沸々と煮え滾った。
Mr.グレイことモードレッド卿はまだ日は浅いがネイバーフッズを統率し、素晴らしい活躍を見せた。だが彼は因縁のあるアーサー王や円卓の騎士達に出会うと心に抱える闇がぶり返し、敵意で状況判断が鈍るらしかった――要は大局が見えにくくなるのだ。
次辺りからまだ登場してない権力者も登場予定。




