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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
119/302

CU CHULAINN#12

 ユニオン高官のマラス・ユニス率いる追撃部隊に追われて辺境の惑星の遺跡で激戦を繰り広げるアルスターの猟犬とその友は、高度に機械化されていると思わしきマローヴァー・サイルズなるユニオンの兵士の底知れなさに苦戦を強いられる。しかも遂にはマラス・ユニス本人が登場し、絶体絶命の危機に立たされる。

登場人物

現在

―キュー・クレイン…永遠を生きる騎士。

―スカーセッチ…キュー・クレインに様々な技を教えた女師匠、〈イモータルズ〉の一員。


数年前

―ロイグ…キュー・クレインに度々手を貸す馭者。

―マローヴァー・サイルズ…サイボーグらしきユニオンの兵士、様々な武器を所持しマラス・ユニスの腹心。

―マラス・ユニス…複数のガード・デバイスを従え、電磁気力を操作する〈ファンダメンタルズ〉の一人。



数年前、レッドナックスとの遭遇から標準日で数日後:PGG高危険宙域、境界付近、無名の惑星


 マローヴァー・サイルズと名乗ったその男は擦り傷だらけの鈍色のアーマーを纏い、あるいはそれはアーマーというより機械に置き換えた肉体であるかも知れなかった。表情は暗い虹色のバイザーで遮られて窺えず、得体の知れない不気味さや冷たさが漂っていた。勇気じみてはいたが、しかしその覇気は本物であるらしかった。

「さて、始めないのですか?」とキュー・クレインは値踏みしながら尋ねた。彼の鎧は複数の色の返り血で汚れ、先程拾った金属溶液銃をまだ捨てていない騎士はそれを右手に素早く持ち替えて槍のように構え、左手には盾を持って身を固めた。彼の友である馭者のロイグもまた既に戦闘態勢に入っていた。102レーザーライフルを構えて目の前の男と上部の穴の両方を警戒していた。

「いつでも始めていいと思うがな」

 サイボーグじみた鈍色の男がそう言うと上部から射撃が開始され、ロイグはそれに応戦して左へと走った。キュー・クレインは正面の男を何発か金属溶液銃で撃ち、己に命中するコースの射撃のみ盾で防いでいた。

 眼前の男はそれ程俊敏には見えなかったが身を少しだけずらして騎士の鋭い射撃を回避し、己もまた強烈なイーサーを実体化させて弾丸として撃ち出す裏社会の高級武器で嵐のような掃射を見舞った。巨大な鞭で嬲るかのように射線が遺跡の石造りの床を粉砕し始め、粉々に吹き飛んだ粉塵が騎士の周囲で視界をぼやけさせた。

 ブラッド・スカルは本来各種の乗り物や艦艇に装着するような大型火器の火力を落とさず歩兵用のライフルにするという、あまりにも頭の悪いコンセプトを強引に実現化したせいでとんでもなく高価な武器となってしまった。

 少しでもコストを下げようと通常グレード版には重量軽減装置は付けられておらず、何の対策もせずに持つとその重量は地球で言うところの一◯◯ポンドを通り越している。

 しかしその火力は本物であり、しかも一見出鱈目のようでよく研ぎ澄まされた射撃は騎士に身動きを大きく制限させた。避け損ねた上方からの敵援護射撃が右肩に当たり、鎧が防いでくれたが被弾時のショックで右手からライフルを落としてしまった。

 黒い髪のキュー・クレインは師に習った跳躍術で各射線から大きく外れ、しかし距離が遠いせいで容易に狙いを修正可能な天井の穴の上にいる連中はしつこい射撃を見舞い、騎士は空中で抜剣して様々な飛来物を斬り払い、着地してからもその隙を目敏く狙う敵にうんざりさせられた。

 だが見ればロイグがディスラプター兵器で反撃し、一人殺ったように見えた。分子レベルの分解はシールドで肩代わりされたようにも見えたが、爆心に近かったのか生命活動に支障が出たらしく死体が物言わず落下した。不意に背後で殺気を感じ、正面からの攻撃を回避するついでにその場を飛び退いた。

 見れば背後には死んだはずの四人の兵士がおり、更には殺したはずのあの畸形が気色悪く立ち上がっていた。不可聴の咆哮が響き渡り、いよいよ面倒な状況へと突入したらしかった。敵の詳細な人数は不明、マローヴァー・サイルズの手札もまだ全て明かされたわけではない。

 ならば仕方あるまい、腹の槍のお出ましだ。騎士はだっ(・・)と走り始め、剣を鞘に戻し盾を虚空へと消し去り、手早くそれらを済ませると尋常ならざる槍を召喚した。大雑把な相手なら大振りのこれに限る。突如走る方向を変えてから即座に怪物目掛けて接近し、既にロイグの健在を確認していた彼は安心した様子で至って冷静に、振り下ろされるドールの眷属の腕を戦場におけるルーのごとく力強く槍で薙ぎ払った。

 ほとんどあらゆる対象を貫通可能な腹の槍は名状しがたい異形の腕を嵐が家屋を吹き飛ばすかのように切断し、そして続け様の斜め上向けて放たれた強力な刺突技はたったの一撃でドールの眷属を殺し、そして今度こそはその囚われた魂ごと無慈悲に殺した。畸形の怪物が倒れ臥すより前に騎士はその場から消えていた。

 発射された四人の生ける屍による攻撃を躱してじぐざぐに接近し、飛び掛かって鈍器じみた強烈な振り下ろしで一人を殺し、銃弾やレーザーごと薙ぎ払う横薙ぎで二人纏めて刈り取るかのように殺し、そして残り一人の頭上を跳び越して回り込むと、激烈な腹の槍の投擲で最後の一人を貫き、それはその勢いのまま延長線上にいる鈍色のサイボーグじみた男に迫った。

 男は左手で逆手に抜刀し、右手のライフルを右腰のハードポイントに装着し自動折り畳み機能にその後を任せて、背面に背負っているトライデントと思われる釣り竿のように畳まれた槍を展開し、更には左手で強力な指向性シールドを張る事で重ねられた重厚な防御態勢をとった。

 死体とアーマー一人分の重量も含む凄まじい衝撃が彼を正面から襲い、その勢い故にずるずると何ヤードも後退させられ、展開したシールドは簡単に貫通され、常時展開している方のシールドも衝撃で減衰した。周囲はまるで車載砲が着弾したかのような弾けた空気の勢いによって砂埃が舞い、床の石材が凄まじい音を立ててサイボーグじみた男の周囲へと撒き散らされた。

「さすがは腹の槍〈ガー・ボルグ〉、思った以上って事か」

 くぐもった声で男は呟き、大爆発さながらの恐るべき攻撃を耐え抜いたサイボーグじみた男は、攻撃を受け止めた際にざーっと機能不全になったHUDのリブートが始まったバイザー越しに、何十ヤードも向こうからこちらを睨め付ける騎士を一瞥した。

 死体をどうにかしようとする前にすうっと恐るべき腹の槍が霧散し、男は無感動に死体を捨てた。この死体は既に真の意味で殺され、これ以上使役する事は不可能であろう。

 この惑星はどの条約にも無関係であり、境界の向こう側故にPGGからも無視され、そして宙賊達も目ぼしい資源など何も無いこの惑星に拠点を一から作るような投資には興味が無かった。しかしトライデントの力をあまり解放し過ぎると上の部下達が危ない。少しなら問題無かろう。

「次は俺の番だ」

 引き続き銃撃戦が続く遺跡内の巨大なホールで、マローヴァーはトライデントをぞんざいに床へと突き刺した。異変を感じ取ったキュー・クレインは呼び戻したガー・ボルグで再度投擲を実行しようとしたが、それよりも早く前方から突如爆風のような水が迫った。

 跳躍で躱そうとしたが下半身が水流に引っ掛かって押し流され、彼はそのまま後方の壁へと激突した。治癒が始まっていたあの穢れの乗った銃撃による傷が開いたのを感じ、じんわりと嫌な汗が滲んだ。

 唐突に出現した大水はぽっかりと空いたホール入り口から伸びる下りの廊下へと激流の勢いで流れ、崩れていた石材や死体を押し流し、時折詰まった物体も数秒以内に飲み込まれて消えて行った。騎士は何故追撃が来ないのかと訝しみ、恐るべき腹の槍を壁に突き刺してそれにしがみ付きながら水が消えるのを待ちつつ様子を窺った――言葉を喪う程に絶望的な状況であった。


 穴から一人の猿人じみた男が腕を組んだまま降り立っていた。宙に浮かんでゆったりと見下ろすその男は周囲に十挺のガード・デバイスを従え、その姿はまるで以前地球で見た宗教画の天使を思わせた。緑色のアーマーで身を包み、肩の上に浮かぶ二重のリングが激しく回転し、その内部には紫の電流を纏うエネルギー球が回転しながら燦然と輝いていた。

 ユニオン高官マラス・ユニス、〈ファンダメンタルズ〉に名を連ねるこの男こそはマクロな面では電撃や磁力を、そしてマイクロな面では森羅万象のあらゆるものに関わる力を支配しているに等しかった。彼は己の信頼できる部下であるマローヴァーが用意したお膳立てを利用し、そこに強烈な電撃を発生させて焼き払った。

 凄まじい水流の始点にいる鈍色のサイボーグじみた男は己の上司が持つ力の凄まじさをバイザー内で光量を落としながら眺め、敵の不運を悠長に哀れんでいた。



現在、コロニー襲撃事件から標準時で二日後:PGG宙域、首都惑星イミュラスト、行政区


「その後は? 一体どうなったのだ?」

 あれから師と更に戦ったものの、結局キュー・クレインは己と同様に無数の修練と激戦とを積み重ねてきた彼女を打ち負かす事はできず、最終的には追い詰められて敗北した。腕力では勝り、そしてスピードも同程度だが技量差がまだあるらしかった。彼は古代アイルランド最強の英雄という称号などがあればそれは己の師に譲ってやろうかと考えながら答えた。

「いいえ、私もよく覚えていません。ユニオンの大幹部とその部下に追い詰められて凄まじい連携が成された事までは覚えているのですが」

 既にシュミレーションは終了し、現実世界に帰って来た彼らは外の慌ただしさに少し怯みながら会話を続けた。無論の事、PGGの高官である師はあと数十分で会議に出席せねばならないし、それが終わったらまた次の予定、そしてその次も、と多忙の一日が待っていた。

「とにかく、私は重傷を負ったロイグと共に気が付けば星系の外にいました。傷が痛むのを数日間必死に堪えて、彼に応急処置を施して…あの時はいつにも増して冷たい真空の宇宙が穏やかで争いとは無縁の領域であるように思えたものです」

 シミュレーションをするにあたって髪を後ろで括っていた師はばさりと髪を解いた。無造作に解かれたごわごわとした赤い長髪は午前中の陽射しを受けて燃え上がるかのように輝き、その香りが一見冷め切って見える騎士を微笑ませた。

「いきなりどうかしたか?」

「いえ、私のようなストーカーはこうしてあなたと話せるだけでも幸せですので、つい」

「ふん。ところでお前のその…記憶は無いがいつの間にか窮地を脱したという話だが。お前はアルスターにいた生前の頃使えたが、今では使えなくなった技などがあるのではないか?」

「はい?」

「例えばお前はかつて魔獣のごとき体躯の猛り狂った戦士へと変身し、その気になればガー・ボルグを棒切れのように振り回す事もできた。そしてガー・ボルグの方もな、お前はかつてあの槍を投げるとそれが大軍の頭上を通過する時、槍の穂先から無数の棘を死の雨として敵目掛けて降らす事ができた。まだ他にもあったかもな…とにかく、お前の話を聞いているとかつて使えた技が全く出て来ないものだから気になったのだ。子犬よ、お前はいつの間にか鈍ったのではないか?」

 心外であり、キュー・クレインはさすがにむすっとした。しかしそれは逆に言えば図星であった。その様子を見てかつてと同様かそれ以上の強さを誇る女師匠は得意気に微笑み、騎士は何となく彼女がどういう心境であるのかを察する事ができた。確かに己の師は可愛いし、なれば彼女が自尊心を満たすのを眺めるのも悪くはあるまい。

 残念ながらこのような団欒の時は刻一刻と終わりに近付いており、ユニオンの恐るべき攻撃計画は秒読みの段階にまで達していたらしかった。

 本小説のアルスターの猟犬はスカして技忘れてそうだったのでそこら辺に触れてみる。余談だが彼の義兄弟はケルト神話によると『狂戦士モードの猟犬と戦っても互角でむしろ逆に追い詰めてきた』という異様な強さである。

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