NEW WORLD NEIGHBORHOODS#2
迷惑な犯人は逮捕された。しかしその背後には様々な謎が渦巻き、後日刑務官内で…。
登場人物
ネイバーフッズ
―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…弾道を視覚化する事ができるエクステンデッドの元強化兵士、様々な苦難苦境を踏み越えて来た歴戦の現リーダー。
―アッティラ…現代を生きる古の元破壊的征服者、ヒーロー活動という新たな偉業に挑むネイバーフッズ・チェアマン。
―レイザー/デイヴィッド・ファン…高い近接戦闘能力と超再生能力とを持つアメリカで最も受け入れられたヴァリアントの一人、ネイバーフッズ・チェアマン。
―二代目キャプテン・レイヴン/ルイス・ジェイソン・ナイランド…軽度の超人的肉体と飛行能力と〈否定〉系能力とを持つヒーロー。
―レッド・フレア…とある事件で世に現れた女性人格の赤い多機能ロボット。
―ジャンパー…屋根から屋根へと飛び移る高いパルクール技能を持つヒーロー。
―プラントマン/リチャード・アール・バーンズ…スーパーマン的能力を持つ新人ヒーロー。
反ヒーロー主義者
―マーティン・ギャボット…一般人には不可能と思われるヒーロー達の拉致に成功した男。
市警対超人課
―サイモン・エリック・ウッズ
数分後:ニューヨーク州、マンハッタン某所
「よくやったな、お前は我々の一員としてそれに恥じぬ働きを見せた。的確で冷静、そして可能な限りの結果を出した」
市警が駆け付けてパトカーが正面の通りを塞いでいた。ネイバーフッズを拉致した犯人は捕まり、念のため出動した超人用の護送車はターンして戻って行った。
回転するランプの明かりが夕闇迫る路地を照らし、ハイブリッド・モデルのフュージョンはその白を基調にして青いロゴで覆われた市警仕様の車体を己のランプや街灯などによってランダムに染め上げ、色を一定の調子で変え続けていた。
アッティラはそれらの光景を眺めながら歩道の上に集合しているメンバーの中でも特にアールへ激励を送った。彼はいい働きをした『部下』はしっかり褒めるべきだとわかっていた。
「ええと、ありがとうございます。しかしヒーローってのはいつもこんな面倒臭い連中の相手を?」
「ヒーローに興味があるとの事だったが知らなかったのか? というより実感が無かった、か。我々は他のあらゆる著名人達と同様、常に周囲の注目を集める。公の場における挙動は全て誰かに見られていると考えるべきだろう。気が緩んだところをネタ欲しさに飢え切った記者に嗅ぎ付けられれば、あとは想像する通りとなろう。一人の行動が全体の評価にも繋がるという事に留意せよ…いや、無駄話が過ぎたか。私は私でこうした先人の知恵とやらのひけらかし、及び強権性が問題視されているのだからな」
アッティラは最後の方を酷く自嘲的な口調で言ったが、アールはむしろこの男が他の人間と同様の『人間性』を持っている事に気が付き、彼もそこまで雲の上の人ではないと悟った。
「まあ何であれ、レッド・フレアが機転を利かせてくれて助かったよ。いきなり君達との連絡が取れなくなったからね」
レッド・フレアが出す一見ランダムな音を最初に拾ったのはハヌマーンであった。ハヌマーン本人ではなくその化身という事にして世間には説明してあるこの猿人の偉丈夫は、身に宿す風の力を使って常人には聴き取れない音を拾う事ができた。
彼の聴力は超人的な五感を持つアールのそれよりも更に優れていた。そしてそれをドクと協力してブロック単位で絞り込み、邪魔なノイズ類を取り除きながら二分で場所を特定した。
犯人は没収されようが剣を呼び寄せられるアッティラと多機能を誇るレッド・フレア、そしてリーダーのメタソルジャーを見縊っていたらしかった――メタソルジャーは口の中に隠していたドクの非殺傷弾を使い、特定の手順でそれをスタン・グレネード代わりにしたのであった。閃光は改良の結果とんでもない光量になり、音は大した事もないが視覚効果は凄まじかった。
ターレットは銃弾が効果的に通じるメタソルジャーとジャンパーを狙っており、ふざけた自分勝手なゲームに興じる犯人はネイバーフッズが公開している能力の詳細などから情報を得たと思われた。咄嗟にケイン・ウォルコットはジャンパーことベンジーにその場から離れろと警告した。
「十二時って事は正面か!」とベンジーが華麗に宙を舞って飛び退いた瞬間、凄まじい銃声と共に圧倒的な銃弾の嵐が彼のいた辺りの席を粉々に粉砕した。
消音された間抜けな音が鳴り響き、ケインは既に撃たれた際の反動などから7.62ミリ弾クラスの弾であるとほぼ特定していたが、しかしあのような軽機関銃らしきものに搭載できるサプレッサーとなると高価であろうし、そもそもどこから出回ったのかもわからなかった――涙ぐましいペットボトル・サプレッサーでもなければ。
チーム参加後初めての実戦であるためプラントマンは室内を満たす火薬の匂いと何かが焼ける匂い、そして銃声や破壊の凄まじさで身が竦んだ。仮に己の肉体強度ならば銃弾を浴びても無傷であろうと、幼い頃からの銃に対する刷り込みはなかなかのものであったから怖いものは怖かった。
しかし最終的には気合いを入れ、それらの小数点秒単位の躊躇いから抜け出して彼はターレット目掛けて突撃した。絶叫しながら銃弾を浴び、まるで強い雨に打たれるかのような感覚に恐怖とそれへの反発でひたすら耐えた。
レイザーが閲覧席の強化ガラス向けて凄まじい硬度の剣を投げて突き刺し、レッド・フレアは予めロックオンしていた閲覧席目掛けて非殺傷性のグレネードを肩から発射し、それらは剣の衝撃で弱ったガラスを突き破って暗いボックスの中にいる犯罪者を怯ませんとして煙幕を放出し始めた。
必死になった相手は別の武器を慌てて起動し、それがプラントマンことアール・バーンズに照準が向いている事を知ってか知らずかやけになったまま発射させた。それの弾道が見えていたメタソルジャーは大声で避けろと叫んだ。
暗い室内を照らし出す蒼いプラズマが煌めき、それは一瞬でアールに到達したが、実際には神格の触腕のごとくするりと伸びて来たアッティラの聖剣ゴッズ・ウィップによって理不尽にも両断されて霧散した。アールは強い衝撃に襲われた――物理的な脅威は振り払われたがその熱の余波を感知して寒気がした。恐らく彼の防御力でもあれはかなり熱いはずであったからだ。
キャプテン・レイヴンは意識を集中させて各ターレットとその周囲数十フィートに狙いを絞り、それらをすっぽりと包み込む球体を想像した。故障のせいか機銃ターレットは勝手に発砲したが、レイヴンの使用した反射能力で弾丸は跳ね返り、彼が想像した球体の中で跳ね回る弾丸がそれぞれのターレットを傷付けて無力化した。
それから気が付くとハヌマーンら別チームが到着し、自己満足極まる犯人は喚きながら拘束され、警察の到着を待つ身となった。
「離せ、お前ら偽善者の横暴を暴いてやる! 今まさにそうじゃないか、乱暴に拘束しやがってクズどもめ!」
犯人の男は誰も見覚えがない顔であり、ドクやアッティラらが管理している過去のヴィランに関するデータベースにも該当は無かった。見ての通り拗らせた嫉妬深い一般人であろう。偽善というレッテルはかようにして嫉妬混じりに使われる事もあるのだ。
頭に来たアールは皮肉で答えた。
「へぇ、俺達を捕まえてこんな事して、お前に横暴の称号は譲ってやるよ」
「よせよ、プラントマン。こんなしょうもない奴は警察に絞ってもらえばいいさ。んで気が付けば今度は刑務所で警察を叩き始める」
すかさずジャンパーがそれを制した。アールはコードネームで呼ばれる事がどことなくこそば痒く思えた。無論ではあるが匿名メンバーの名前を部外者がいる状況で口走らないよう訓練も受けており、ジャンパーをベンジーと呼ぼうとして開いた口を閉じた。
ドクは犯人から没収したPCからデータの送信先を突き止め、それがこの男の自宅であろうと察した。レッド・フレアは犯人が気に入らなかったので面白い事実を告げた。
「あんたが事前に何かプログラムを組んでて、自動的に編集ソフトが起動しないようにこっちと送信先を今のままの状態で待機――少しロマンティックに言えば冬のニューヨークみたいに凍結させたわ。あ、そうそう。私はここで起きた事を全て録画してあるから、あんたの録画分と一緒に提出させてもらう。こっちはアドヴァンテージ、そっちは?」
屈強なメタソルジャーに手錠を掛けられ背後から拘束されている男は口を大きく開いて何か言おうとしたが、上を向いて意味不明な咆哮をし、それから下を向いて悔しそうに唸った。
数時間後:ニューヨーク州、マンハッタン、容疑者宅
警察の対超人犯罪課で長らくボスを務めるサイモン・エリック・ウッズは容疑者宅へと入り込み、部下達の捜査を眺めながらアパートの奥へと入った。部屋はカーテンで全ての窓が遮られ、カーテン裏側の日光による変色具合を見るとほとんどカーテンが開けられた形跡は見られなかった。
その証拠にカーテン表側は今いる部屋の壁紙と同様に煙草の脂で黄色くなっており、閉じられているのが平常であるらしかった。本当に喫煙可能な部屋かどうか後で問い合わせるつもりであった。
パソコンが複数あり、点けたままのものが一つあり、ファイアフォックスのブラウザを開くと何とも奇妙なサイトが閲覧されていた。複数のタブが開かれ、それらは書き込みのための資料であるらしかった。見れば部屋の棚にも『そういう本』がずらりと並んでおり、部屋の持ち主である容疑者のマーティン・ギャボットが熱心である事が伺えた。
ギャボットは反ヒーロー主義の掲示板を閲覧しており、ハンドルネームは『怒りの色を纏いし実体』とあった。思わず含み笑いをし、部屋の外を通った部下のウェイドが気になって顔を覗かせた。サイモンは彼を手招きしてそれを見せた――彼の部下は笑いを堪えて咳払いをした。
ペットのタランチュラの籠に『グロテスク極まる悪逆の徒』と札で書かれていたのを見た時はさすがにあまりのお寒さにぞっとして笑いが失せた。
数十時間後:ニューヨーク州、マンハッタン、ネイバーフッズ・ホームベース
今回の責任を取ってメタソルジャーとレイザーとアッティラはシフトや業務を一時的に増やした。あくまで自主的であり、特にアッティラは過去の反省から他のメンバーにそれを押し付けようとはしなかった。彼も随分丸くなったが、依然ネイバーフッズのチェアマンとしてその辣腕を発揮していた。
まだ右も左もわからないアールは彼の様子に関心し、敬意を払っていた。夜の一〇時頃にアールがホームベースから帰宅しようとしていると、立体ホログラムを使用したモニターを二次元平面と三次元モードとで併用しているアッティラの姿が見えた。アールはローマ末期時代の男がこうして現代に溶け込んでいる光景を不思議に思った。アッティラはコーヒーを飲みながら片手でホログラムのパネルを操作し、近くのテーブルにコップを置くともう片手で何かの本を読み始めた。
「今日はお開きか?」と振り向きもせずにかつての破壊的征服者はガラス張りの部屋の入り口に立っているアールに向けて言った。
「あ、ああ」とアールは少し緊張した。
「私は幸いヒーロー業に専念する身。しかしお前は普段の生活があろうし、あまり無理をする必要はない。お前がいない時は他の者がカバーしているとも。まあ、帰って一杯飲むがよい」
何となくではあるがアールは彼が立ち去って欲しそうにしているように感じられた。ならば立ち去った方がいいだろう。
「じゃあ俺は帰るよ。また明日か明後日に」
「うむ、早く慣れる事を祈っているぞ」
アールが立ち去ったのを見送るとアッティラはふと考えた。今回の事件は別に取るに足らない愉快犯の仕業だろうか? 警察の協力者に情報をもらう必要もあるだろうが、気にし過ぎかも知れない。フン人の王は鼻で己を笑い、以前よりは美味くなったインスタント・コーヒーを飲み干した。
まさかその数週間後あのような展開になるとは思っていなかった。
数週間後:ニューヨーク州、ネイバーフッズ・ホームベース
国選弁護士は明らかな不愉快さを見せて抗議しており、己が第一の容疑者に見られている事を不服に思っていた。例の犯人マーティン・ギャボットの面会に来ていた弁護士は室内で血が吹き出るのを目撃した。
もちろん彼は銃など持っていなかったし、硝煙反応など出るはずもないから頭の左が大きく抉れたギャボットの死体とは無関係であるとすぐにわかるだろう。
面会所にいた他の連中はパニックを起こしたが、ずんぐりとした熊じみた刑務官達によって沈静化させられた。元々日焼けも無くホワイトの中でも特に色白だったギャボットの肌は今ではヴォルデモート卿のような悍ましい色合いに変化し、血管が浮き出て見えるようでさえあった。
ギャボットは様々な検査をされ、通常の刑務所かスーパーヴィラン用の刑務所か、微妙なラインを暫くお役所仕事でふらふらと漂わされた――ある程度複雑なプログラムが組めて、なおかつどこからか武器を仕入れ、対超人用の装置なども所持していたからだ。結局スピード判決の後、通常の刑務所に放り込まれる事が決定し、拘置所で移動待ちしていた。
アッティラは無数にいる協力者の一人から情報を得て、警察が既に監視カメラ映像から不審者を発見している事までを知った。IDチェックや指紋などを用いて、出入りする刑務官まで調べられる厳重な拘置所内へと潜入して武器を使用する方法は幾つか考えられるが、使用された銃弾の種類を聞いてふと閃くものがあった。
これが可能な犯罪者はどれだけいるのか。例えばスーパーヴィランの類ならばどうか。ヴィランとして記録されている面々の中で真っ先に一人の男がアッティラの脳裡に浮かび、彼は遮光のミラーガラス越しにホームベースの外を流れるハドソン川を眺めた。どんよりとした雨が振り、妙な冷え込みがガラスの向こうで室内を蝕もうとしてガラスに阻まれていた。
「ジョン・スミス、奴なら拘置所や刑務所に潜入して対象を射殺する事も可能であろうな」
そして以前別の『証拠は無いがジョン・スミスがやったと思われる事件』と同じ種類の銃弾であった事から、疑いが強まった。.40S&W弾、警察などでは有り触れた弾であり、それが逆にジョン・スミスではないかという疑惑を強めた。
そもそもこの事件は色々と妙であった。誰があの一般人に武器を提供したのか? ギャボットが揃えていたのはどれも高価な代物であり、明らかに入手は困難であった。何か嫌な予感がしてならなかった。




