NEW WORLD NEIGHBORHOODS#1
ネイバーフッズ結成から時は流れ一〇年代の世の中、その間様々な事が起きた。現行のネイバーフッズにアール・バーンズが加入した頃から物語は新たに始まる。次の激動の時代へとヒーロー達は恐れず突入する…。
登場人物
ネイバーフッズ
―メタソルジャー/ケイン・ウォルコット…弾道を視覚化する事ができるエクステンデッドの元強化兵士、様々な苦難苦境を踏み越えて来た歴戦の現リーダー。
―アッティラ…現代を生きる古の元破壊的征服者、ヒーロー活動という新たな偉業に挑むネイバーフッズ・チェアマン。
―レイザー/デイヴィッド・ファン…高い近接戦闘能力と超再生能力とを持つアメリカで最も受け入れられたヴァリアントの一人、ネイバーフッズ・チェアマン。
―二代目キャプテン・レイヴン/ルイス・ジェイソン・ナイランド…軽度の超人的肉体と飛行能力と〈否定〉系能力とを持つヒーロー。
―レッド・フレア…とある事件で世に現れた女性人格の赤い多機能ロボット。
―ジャンパー/ベンジャミン(ベンジー)・ライト…屋根から屋根へと飛び移る高いパルクール技能を持つヒーロー。
―プラントマン/リチャード・アール・バーンズ…スーパーマン的能力を持つ新人ヒーロー。
反ヒーロー主義者
―マーティン・ギャボット…一般人には不可能と思われるヒーロー達の拉致に成功した男。
あなたにとって悪き事の諸々は容易にあなたを誘惑する。あなたは待ち切れずそれらに歩み寄ってしまうでしょう。ですがあなたにとって善き事の諸々はあなたに挫折を引き付けてしまう。あなたがそれらを見過ごせば、自己怠慢に対する強力な言い訳となってしまうでしょう。
――ラーヴァナ王が死の直前にラーマ王子へ送った人生の奥義
『ストレンジ・ドリームス事件』(コロニー襲撃事件)の約一年前:ニューヨーク州、マンハッタン某所
「やれやれ、ハヌマーンとドクを別行動にしたのは失策だったな。反対しなかった俺のせいでもあるが」とレイザーは仕方無さそうに椅子に腰掛け、前面からは腰部分が隠れる形となる長テーブルに横並びで着席させられている己らの現状を自嘲した。
ベテランであるこのヴェトナム系の男は長年のヒーロー活動でかなり日焼けし、彼の超再生能力でも日焼けは防げないのかというどうでもいい議論がインターネット上で度々行われていた――平和な証拠とも言えるが。
「提案したのは私であり、それ故その責任問題のほとんどは私に降り掛かるだろう。無事に戻れれば咎を受けるつもりだ」
レイザーと同じくネイバーフッズのチェアマンであるアッティラは彼流のジョークを挟みつつ、周囲を目だけ動かして確認していた。
声の反響からしてせいぜいテレビ番組の撮影スタジオ程度の広さではあろうが、正面上方から強烈なライトで照らされているせいではっきりとは見えない。他には光源も無く、そして状況が状況であるため口での情報交換も難しい。
本質的には極めて知性的で、そして強権的でもある彼は数年前に新調した鎧を着ていたが、あの素晴らしい聖剣は没収されていた――ひとまず相手の要求を飲んで実体化させた肉腫じみた聖剣を渡したのであった。
「過ぎた事は仕方ないさ、アッティラ。最終的に承認したのは私だ。モードレッドならもっと別の判断を下したかも知れないね。とにかく、我々は監視下に置かれて仕草も会話も筒抜け、おまけにボブとのテレパシーも途絶えている」
リーダーであるメタソルジャーは白と黒の新しいコスチュームに身を包み、そして今はテーブルに両腕を置き左手を右手の上から被せる形で両手を組み、組んだ手を口の前に置いて祈るように『どうしようか考えていますポーズ』を見せていた。レイザーとは反対にメタソルジャーは日焼けにも耐性があるらしかった。
かつて己と対立した事もあるモードレッドとの関係は改善され、今は別のチームを率いている彼に思いを馳せているように見えた。すると彼の隣に座る赤い女が口を開いた。
「新入り、何かいい手は無い?」
チームに入って結構長いレッド・フレアは赤い塗装を施された身長六フィート四インチのロボットであり、その無骨な肉体の全身に強力な火器が装備されており、そしてあらゆる武器の扱いを習熟していた。
そのデザインはアメリカのビデオゲームに出てくる近未来的な色気など無いロボットのようであったが、市民の中では『根強い人気』があった。特に『日焼け』の経年劣化で少し色褪せた塗装が云々などと。
彼女に話し掛けられた新入りであるプラントマンはまだ正式なコスチュームをもらっていないので以前誰かが使っていた黒い革のコスチュームを着て顔にはバイクの青いヘルメットを改造したこれまた誰かのお古を被っていた。
「えーと…ボールド・トンプソンは…ってテレパシーは駄目だったか。作戦話し合うにしても…駄目だ、思い付かない」
「じゃあどうする?」と艶のある機械の声でレッド・フレアは言った。プラントマンは己がそういう趣味であれば今ので色々と危険であったと考えながら答えた。
「仕方ねぇし、熊二頭にハイタッチでもさせて敵の気を引くしかないな」
すると彼と気の合うジャンパーが笑った。
「おいおい、どうせまたオタクが見る作品のネタだろ?」
「え。そ、そんなわけないだろ?」
彼らの様子にドレッド・ヘアのブラックの青年が呆れた様子を見せた。
「お前らのやり取りを見てると俺らじゃ世界なんか到底救えない気がしてくるね」
そのようにやれやれとして見せたこの青年は『コラプテッド・ゲーム事件』において重要なポジションにいた二代目のキャプテン・レイヴンであり、彼は遥か外宇宙の彼方からやって来た生けるブラックホールであるレベル10高重力体が地球を生け贄に捧げるための足掛かりとして利用されたが、最終的には脱して叛逆した。
他にも色々とあったものの、今はシカゴのチームで頑張っている初代キャプテン・レイヴンはそれより更に複雑な人生を送っており、匿名に疲れて実名公開した彼の人生がその著書通りならば後世の歴史家は頭を悩ませる事だろう。
「大体こっちのチームは女一人って、なあ? 俺はハヌマーン達がいるチームの方がよかったよ」と目元をマスクで隠すレイヴンは冗談めかして言った。埒が明かないためメタソルジャーことケイン・ウォルコットは大声でそれらを遮った。
「諸君、議論は一旦中断だ! 相手の話を聞こう。さあ、何か言いたい事があるなら言うんだ!」
ケインが正面向けて言うと、どこからともなく音声が流れてきた。恐らくスピーカーを通しているようだ。
「ヒーローの諸君、今日は呼び出してしまってすまなかった、忙しいところだろうに」
「全くだ、我々がいないと助けられない交通事故や事件がある。少しでも人々のために活動する、それが我々だというのに」
ケインは顔を組んだ両手から離し、じっと見据えるようにして光源の方へと視線を向けていた。
「だが今日は諸君にどうしても用があったのでね。それでこういう場を設けた」
「こんな事をして何になる? それにこれは立派な犯罪行為だと思うんだが」
「私もこの機会を設けるために時間を費やしたんだ、そこのところの事情は汲み取って欲しい」
ケインは相手がどうにも話を聞かないタイプではないかと思い始めた。というより、都合の悪い話題が振られるとぐっと堪えながら己のしたい話題へと強引に切り替える。それ自体は無害かも知れないが、それは時と場合にもよる。
「もう一度言う、我々はいるべき場所にいないといけないんだ」
頑ななケインの発言は相手を苛立たせた。
「仕方ない」
発砲音が鳴り響き、一発の銃弾がケインの肉体を貫いた。彼は正直に言えばその軌道が見えていたものの、妙な動きをすると他のメンバーに害が及ぶと思っていたためあえて躱さなかった。
重苦しい衝撃と強化された肉体にさえきつい痛み。焼け付くような苦痛が右肩に走り、ケインは両手の拳を握ったままそれをテーブルに打ち付けて痛みを堪えた。
「私をあまり不機嫌にさせない方がいいぞ。手荒な真似はしたくないがね、今回の機会を無駄にしたくないんだ」
ケインは相手の語気が微かに強まっている事を察知し、歯を食い縛りながら内心暗い笑みを浮かべた――昔から悪党の悔しがる様は好きだ。
相手の発言から射撃までの間隔が一秒以内であった事を考えると、敵は生身の射手ではなくリモート・ターレットをどこかで操作している可能性がある。
肩から生々しく流れる血が彼のコスチュームを汚し、痛みは肩に小さなドリルを押し当てられたかのようであった。弾は貫通したためある意味幸いであったが、痛みはやはり付き物であった。
数時間前:ニューヨーク州、マンハッタン、ネイバーフッズ・ホームベース
「よし、いい感じだった。合言葉は『目を大きく閉じて』だ、忘れないように」
ケインはメンバーの連携に満足していた。様々な状況に適応できるための訓練を積み、チームで連携が取れるようにし続ける必要があった。
メンバー構成によって使える戦術も異なるため、日々の訓練とフィードバックが重要となる。今回は敵に主導権を握られた場合どのように脱出するかの訓練であった。
「あのさ、質問なんだが…その合言葉ってどういう状況なら自然に言えるのかな?」
アールは素朴な疑問をぶつけた。
「重要なのは会話だ。まあ差し迫った状況ならわかり易い方がいいだろうし、会話の流れから持って行く場合ならどうとでもできるさ。私を信用してくれよ、新入り君。これでも長年色々な連中と話して、その中には『ワークショップ事件』の黒幕もいたんだから」
ケインはアールの肩に手を置いた。彼の手はずっしりとしているような感じがして、しかしどこか温かみがあった。
ケインが撃たれてから数分後:ニューヨーク州、マンハッタン某所
「ヒーロー、私は前からそれが、その在り方が不可思議でならなかった。彼らは一体何故そんな活動をしていいと思っているのか? 暴力的自警団を何故国は容認しているのか? これまでヒーロー史に関わる事件は幾つもあった。なのに国も国民も依然として彼らに期待したまま」
スピーカー越しらしき声はなんとも自己陶酔的で芝居めいた、『いかにも』な調子で言葉を紡いでいた。
レッド・フレアは単眼式の頭部をちかちかとつまらなさそうに点滅させ、まるでランダムなパターンに点滅させる事で遊んでいるようでもあった。
相手は武装解除するにあたって彼女が火器や特殊機能を使用すればその瞬間肉体的には常人のメンバーを狙って射撃すると脅していた。機械である彼女を除く他のメンバーは何かの装置で意識が一時的に朦朧としており、その間に武装解除された。
メタソルジャーは痛みがましになってきた右腕から意識を逸らしつつ、同じく退屈そうに右の握り拳を左の掌に軽く打ち付け始めた。
それを見たプラントマンは彼程のベテランでもそのような仕草を見せるのかと意外に思いながらも、内心歯痒い思いをしていた。
というのも、彼は超人的な五感を持っているため敵が正面の強烈なライトの向こうに設置されたガラス張りの閲覧席にいる事を知っていた。そしてその下の地上部には四台のターレットが睨みを利かせていた。
だがそれをメンバーと情報共有するには喋るしかない。ハンドサインも監視下では厳しいだろう。
先程からレッド・フレアがつまらなさそうに電飾を点滅させながら、常人には聴き取れない音をランダムと思わしきパターンで発しているのが聴こえ、彼女も感情豊かで苛々しているのだろうかと思った。
「メタソルジャー、君の子供じみた手遊びも録画させてもらっているとも。極限状況下に置かれるとそんな事をしてしまうようなヒーローに命を預けていると、国民は知る事になる」
「それは失礼。誰かにいきなり撃たれた肩が痛くて気を紛らわしていたんだ。誰が撃ったか心当たりがないかい?」
相手はそれを鼻で笑って一蹴したが、思い通りになっていない事を苛立っている事がケインにはわかっていた。そして敵はカメラか何かでここを視認しているか、あるいは直接視認している事が確認できた。
「君の使っている監視カメラは解像度が低いな。私を注意するのに随分間が空いたし、この分だと私がここで銃を取り出して大立ち回りしても気付くのは一時間後かな」
ケインは最後の方をやれやれという調子で言ってのけた。すると相手は間抜けにも引っ掛かった。
「その心配は無い」強い口調であった。「大体誰がカメラ越しに見てるなどと…くっ、ああ…ええと。クソったれ、何でもない」
相手は素人であるらしかった。あるいは大した話術も持たないタイプのヴィランか、単なる拗らせた愉快犯か。
「いいだろう、諸君が危険な状況下でどういう様を見せるかをばっちり撮ってやる。私は毒ガスを用意している。空調を通してそれを流せば…果たしてどうなるかな?」
新人であるアールはいよいよ緊張し、己は耐えられても他のメンバーがどうなるのかと怖くなった。すると隣に座るジャンパーが肩に手を置いて言った。「大丈夫、そう緊張すんなって」
「ところで私にはどのような注釈を付けるつもりだ? アメリカを蝕む古き邪悪、まあ貴様の頭ではそういうフレーズしか浮かぶまいが」
アッティラは腕を組んで横柄に座っていた。
「いきなり何を言っている?」
「どうせ貴様は真実と称して今録画している映像から都合の悪い部分を削除し、編集で見せたいものだけを見せるつもりであろう。足が付かないよう複雑な経由をした状態で動画をYoutubeにでも投稿、そこで己が望んだ評価にのみ目を向けるのであろうよ。いかにも匿名性に神経を擦り減らす卑劣な臆病者のする事だ、貴様は恐らくアカウント式のサイトには書き込むまい。匿名掲示板のみ利用し、例外的に今回は動画サイトのアカウントを適当に作った。そのような方式には生来慣れておるまいがな」
「蛮族は言う事も野蛮だな」
「支離滅裂な反論ではないか、どうした? 言う事がまだ他にもあろう? 貴様の言葉の剣をもっとアッティラに突き刺すがよい。何故貴様はそうしないか?」
「私はアホに取り合うつもりはないんだ」
「なれば我が友アッ=サッファーに誓って、貴様は惰弱だと言う他無いな。具体的に言うと私がどのように阿呆で、なおかつ貴様は一体何がしたいのか? 己でも我々の真実だかなんだかを暴く事が時間の無駄だとは思わぬか? どうせ得られるものなど貴様の心に植え付けられる敗北のみであろうに。我々は貴様を乗り越えてその先へ行く、たったそれだけの結末でしかない」
「へぇ、私が指示すればさっきみたいに狙撃手達が発砲できるのにか? 果たして普通の肉体の仲間が撃たれても血を流しても超人的な肉体の仲間は私への憎しみに飲まれてしまわないのか?」と相手は声を荒げた。
アッティラは相手を内心嘲った――極限状況下に置けば人間の本心とやらが出ると固く信じているのであろうが、それは貴様とて例外ではないぞ。
「アッティラ、あまりいじめてはいけないさ。ここは一つ、子供の時のようにみんなで『目を大きく閉じて』朗読会でもどうだね?」
そう言い終えた瞬間にケインは右手から何かを素早く出して指で前方へと弾いた。ケインの言葉に反応し、これこそがあの訓練の成果を発揮する瞬間であると悟ったアールは心臓がばくばくと早鐘を撃った。
「十二時の方向で同じ高さ、ターレット三つ、その上にも別のターレット!」
緊張で裏返りかけた大声でアールは叫び、慌てて相手が射撃ボタンを押そうとした時には既に凄まじい閃光が発生していた。
同時期:アリゾナ州、ナヴァホ居留地
ジョー・ブロッキアスは居留地の学校を出てから、実家――とは呼びたくないが――でのその日暮らしであった。年金による最低限の生活保証を求めて皆がこの居留地の外へなかなか出ていけない。
母は四分の一ぐらいアパッチ系であったが、父親がナヴァホ系であったためこちらに越して来た。家族三人で暮らしていたが、父親は体を壊して亡くなって久しい。
彼は己の生活が大嫌いであった。八方塞がりで、将来はいつまでもこの路線で、そして何も無い。幾星霜を閲してなお変わらぬ荒野が汚れた窓ガラスの向こうに広がっていた。
中古のよく処理落ちするスマートフォンを見る事以外に楽しみも無い。味気の無い食事と、いつも同じ味のする言葉達――仕事に出て帰っての繰り返しで、定形の生活であった。
何故己の生活はこうなのか。死んだ父親は答えてくれない。母親も最近はほとんど働いておらず、アルコールに溺れるか否かの瀬戸際。
ベッドに腰掛けて携帯を見て、それで終わる休日。それ故に、彼は己の生活が大嫌いであった。
ぼろぼろの車をろくに運転できない連中が大嫌いで、小金持ちの友達が大嫌いで、そして今の仕事の上司はクソだと思っていた。
虫が這う『カルメン』序盤の安宿よりはましであるが、彼の住まいもまた、彼の憎しみの対象であった。
そういうわけで、ジョー・ブロッキアスは己の生活が大嫌いであった。
これを書いたお陰で現代のストーリーが随分書き易くなったものである。メンバーや歴史が宙ぶらりんでは色々と厳しい。




