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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
114/302

BREAK THE CELL#3

 星系ごと封鎖され、ブレイドマンに追い詰められた二人。迎撃する他に道は無かった。

登場人物

―ジェイソン・エイドリアン・シムス…孤児の少年。

―65−340…謎の少女、感情に乏しい。

―ブレイドマン…妖しい瘴気を放つ日本刀を振るう、機械の肉体を持つ魔術師ヴィラン、ジェイソンを狙う。



事件発生から数時間後:木星近縁


 先行する二人は数十万マイル先を飛行しており、複数のセンサーがはっきりと彼らを補足していた――内幾つかのセンサーは彼らを捕捉できておらず、無反応のままであった。

 頭の中と思い込んでいる場所でアラームやその他の電子音が鳴り響き、しかしそれらもやがて己には不要になるようにも思えた。白亜の機械の魔術師は腰の鞘に妖刀を戻し、巡航モードでひたすら彼らを負い続けていた。

 この悍ましい魔道士にとってPGGの介入は予測していたもののやはり面倒であり、特にあの機械生命体のギャラクティック・ガードは厄介極まりなかった。

 彼女――そう呼ぶべきであるのかと妖刀使いのブレイドマンは考え続けていた――が通常のガードなら特殊作戦のため一時的に抜けたエリアを別のガードが埋めているのだろうが、ふとメガ・ネットワークの創造主とこの肉体の創造主ではどちらがより上の技術力であるのかと気になった。

 とは言えそれはそれとして、この肉体を傷付けたあの機械生命体をスクラップにする予定は変わりなかった。生憎あの手の連中は今座乗しているユニットを破壊してもソフトウェアを別のユニットに転送できるから、抜け殻を叩くのみで終わりそうではあったが。

 内部のデータを破壊できる魔術があるにはあるが連中は幾重にもそれらに対する防護を施しているから、余程追い詰めねば不可能であろう。そもそも機械種族の個体数などは考えたくもない。

「やっぱ脳髄だけじゃ危ないな。その周辺ごと確保した方が…」

 高速で飛行しながら彼は呟いた。真空中には彼の声が特に響くでもなく、ぞっとするぐらい冷たく孤独な漆黒の闇の中を慣れた様子で航行する彼は視界のモードを切り替え、太陽を背にして前面が影で覆われている己の白い肉体を見遣った。ああ、かくも美しく、そしてどこまでも可憐ではないか。

 お気に入りの部位である頭部横の放熱パネルに右手で触れた。その瞬間甘美な感覚が恐らく生身であった頃の名残りで全身を駆け巡り、その錯覚に暫し溺れた。

 かようにしてこの男はどこか壊れており、そしてその感性は徐々に機械の肉体へと引き込まれていた。

 さて、そろそろ茶番も終わりにするべきだろう、と彼は思った。依頼者もお待ちかねであるから、さっさと問題を片付けねばなるまい。



同時期:木星近縁、ブレイドマンから数十万マイル離れた宇宙空間


「君ってじゃあ常に…大勢が会議しながら喋ったり考えたりしてるの?」

「そうだ。しかし我々のように集合体として活動している種族は有機生命体にも存在、さして希少ではない」

 木星は既に左の背後にいたが、ジェイソンが振り向くとその凄まじい巨体が視界を埋め尽くし、じいっと見ていると得体の知れない恐怖が胸を満たした。気分転換しようと彼は話を続けた。

「あのブレイドマンって何なの?」

「ブレイドマン、PGGが近年マークする魔術師、機械の肉体へ精神を移行して生存する犯罪者」

 彼女の説明を聞いているとあの無骨だが洗練されたデザインの白いロボットの姿が鮮明に浮かんだ。そして奴は哀れなゴッシュの喉を斬り裂き――。

「科学と…魔法? なんかフィクションの設定みたいだね」と消えそうな声で呟いた。

「ブレイドマンは混沌の神格が意図的に流出させた魔術的な刃物を所持、ドウタヌキと呼ばれる危険な物品。物理的な破壊と魔術的な触媒に使用、あの個体の危険性を飛躍的に上昇させている」

「そんな意味不明な奴がなんだってただの…孤児の僕を?」

「不明、我々はあの個体を追跡、あの個体の進路からターゲットであるお前を割り出す事は可能、しかし何故お前という個体が狙われているのかは不明」

「わからないのに僕なんかを守りに?」

「傍受したあの個体の通信や自己宛てへの発言からブレイドマンが異次元の何者かと接触する事を推測、メガ・ネットワーク総体はPGGと交渉、我々は通常の任務を外れてブレイドマンを追跡、我々の代わりに別のタスクフォースがギャラクティック・ガードとして登録されているユニットに座乗し通常任務を継続中」

 何であれ彼女は彼を守りに来てくれたらしかった。死はゴッシュだけでなく彼自身にも近付き、あと少しで殺されそうになった。何故自分だけ助かったのか。そもそも、あのブレイドマンとやらはグループ・ホームの他の人々をも殺害してはいまいか?

「ゴッシュ以外はどうなったの!?」

 彼は唐突にそう言った。65−340という名称を持つ少女が答えるまでに少し間が空いたため、ジェイソンはあまりはっきりとは見ないようにしていた彼女の顔を見た。恐らくこの少女は機械的な思考を持ち、彼がどぎまぎしようがしまいがそれらを単なる情報として処理し記録するのみであろう。

 故に彼は過度に恥ずかしがろうが恥ずかしまるまいが、そもそも彼女の前で恥じる必要は無い。しかしどうにも彼女の顔を見ると――。

「あの建造物内にいた他の個体群は無事、死亡したのはお前がゴッシュと呼ぶ個体のみ」

 また思考が逸れてしまったが、ぞんざいにゴッシュの死を告げられた事に苛立ちを感じた。

「やめろよ」

「何をだ?」彼女は無感情に答えた。

「あいつは僕みたいなゴミカスを庇って死んだんだよ! 少なくとも最期はヒーローだったんだ! 何も知らない癖に、いきなり来ていきなり拉致していきなり僕の友達をモルモットか何かみたいに言うなよ!」

 ああ、馬鹿な事を。彼女は悪気などあるまいに。命の恩人に言うべき事ではない。支離滅裂な罵倒と怒りを爆発させたところで、今更己があんな別れをする事となった友人は帰って来ない。己の責任であると考えた瞬間、今生きている事が苦痛に思えた。

 責任転嫁をするクソガキのために、一人の勇敢な少年がボストンで死んだ。まだどんな未来を送るかわからなかったというのに、なんと無惨な。だが残酷極まる事に、彼女は今言われた理不尽な言い草を全く気にしていなかった。恐らくは有機生命体のデータとして記録し、今後の円滑なコミュニケーションなどに活かすのかも知れなかった。

 思った通り彼女が機械生命体らしい反応を見せた事でジェイソンは泣きたくなった。すぐかっとなる己が惨め過ぎて、そして彼女に酷い事を言った己が醜過ぎて。彼は謝ろうと思って機械生命体の潜入ユニットの方を見た――彼女が何らかの感情を表している事を微かに期待した。

 至極当然にも、65−340はそのタイのとある令嬢を模した顔に一切の表情を出してはおらず、髪から服まで黒一色のこの美少女の肉体はあくまで集合知性型機械生命体の単なる入れ物である事を物語っていた。彼女の種族はSF作品のボーグやゲスのように個の概念が希薄であり、人間のような反応を期待するのは間違いであった。

 彼女の様子を見ていると謝ろうという意気込みが縮小し、声がどうしても出なかった。己の情けなさ故に死にたくなった。

「ところで…どうしてこうやって普通に飛んでるの? ほら、ここまで普通に来ただろ。恒星間航行というか、FTLやジャンプみたいな事ができると思ってたんだけど」

 彼女のこれまでの口振りからすると超光速の移動手段によって地球までやって来たはずであった。

「敵はこの星系を触媒とした大規模な妨害を予め実行、閉鎖されたこの星系からは通常航行以外では脱出不可能、通常航行も大幅に速度制限」

「誰か味方はいないの?」

「元々この星系は地球の古代文明の時代から隠匿され外敵の侵入を防止、PGGは今後も地球が襲撃されないよう可能な限りこの星系への干渉をせず、メガ・ネットワークはステルス性と地球人への擬態に優れたこの潜入ユニットを製造、単独でこの星系に侵入」

「じゃあ下手すると僕達だけであいつと戦うの?」

「お前が戦闘手段を学習すれば戦力の拡張が可能、ただしお前の言うように援軍の見込みは気薄、可能な限り迅速な星系内からの脱出を推奨」

 彼女にそう言われ、ジェイソンは改めて己が地球を遠く離れてどこか未知の領域まで行かねばならない事を悟った。今思えば生まれた惑星や、ここ何年か暮らしたボストンの海に面した都会の雰囲気と離別せねばならない事がとても悲しかった。母親から引き離されるとは、真にこういう感覚であるかも知れなかった。

 だが彼は己が犠牲となる事で、無関係な人々があの巻き添えも厭わない極悪非道なブレイドマンに殺されないならば、それを心の救いにできそうな気がした。

 恐らく彼は己で思っている以上に善意が強く、見知った人々は無論の事、見知らぬ人々の犠牲をも許容できないと思われた――あるいは今ならはっきり友達だったと言えるゴッシュの死が、彼の考え方に大きな影響を与えた可能性もあろう。

 今後もゴッシュの死はジェイソンの人生に付き纏うだろうから、それを思うとジェイソンはもっとあのメモを取る癖のあった少年と話しておくべきだったと思う他無かった。

 今年のレッドソックスやケルティックスの成績予想や去年の試合、そして流行りの音楽についての他愛の無い話題。それよりも一歩踏み込んで、彼とじっくり話すべきだったのではないだろうか?


 太陽系の外縁に行けば行く程、太陽の光からは遠ざかってしまう。冷たく閉ざされたそれらの世界から見る太陽はとてもか弱く、しかし唯一の希望にさえ見えた。

 木星ですら公転には地球時間で十二年近くかかり、そしてそれ以降の惑星は数十年だとか数百年だとか、そうした長い年月をかけて遠く離れた太陽の周囲を一周する。

 セドナなどの殊更離れた天体ともなれば公転周期は一万年を超え、キロメートル表記であろうがマイル表記であろうが何億・何十億・何百億という途轍もない数値になってしまうそれら天体については、素直に天文単位表記で記すのが賢明であった。

 その更に外側にさえ雑多な天体がごろごろと転がりつつも太陽の影響下にある事を思えば、真っ当な恒星というものが持つ凄まじい重力やエネルギーには驚く他無い。

 ジェイソンはというと、機械生命体を自称する少女――まだそれを確実に確かめてはいないのに、彼は彼女が機械であると確信していた――から受け取ったアーマーに保護されたまま、あまりにも暗く悍ましい、発狂寸前のこの場所で再びあのグロテスクな意志を備えた機械男と対峙していた。

 アーマーは未だに彼女が遠隔操作していたが、徐々に彼女は彼に主権を移し始めており、少しずつ彼は己の手で全身を覆う紺色のアーマーを動かした。最初は腕から始まり、指を動かして感触を確かめ、あまりにも孤独で恐ろしい黯黒の領域を縦横無尽に機動し続ける己の肉体にかかる、軽減された負荷によって様々な恐怖を紛らわした。

 今現在は生まれた国はおろか、インターネットや何かの図鑑で見られる太陽系の一般的に知られる領域の遥か向こう側に彼はおり、隣の小さな岩や彗星まで数万マイルという途方の無い田舎であった。

 あまりにも寒々としており、緑色の縁取りで視覚を補うアーマーの暗視機能である程度視界が明るいとは言え、ぞっとするような深い海溝の奥底に閉じ込められているかのような気さえした。

 再び65‐340は激しい戦闘を開始しており、アーマーを外部から動かされている彼は、あらゆる方向へと回避行動を取らされているせいで彼女の動きを追うのは難しかった。

 先程までは大層美しいため直視するのも恥ずかしかった彼女が、今では視界から消えると言いようのない不安が心に押し寄せ、胃がきりきりと痛んだ。

 ここでアーマーが破損すればどうなるだろうか? 最寄りの生命体まで何億マイルあるというのか? その距離が一切想像さえできぬ程に長大であるから、次第に考える事も馬鹿らしくなった。

「おーい、お荷物…さっさと俺の方に歩いて来いよ。そうすればお前はこれ以上彼女に迷惑かけなくて済むぜ」と妖刀を振るうブレイドマンは呼び掛けた。真空でありながら届く彼の声に戦慄しながらもジェイソンはそれを深く考えないようにした――あの男は狂っている。

「僕を捕まえて殺すつもりだろ? 誰がお前なんかに!」と叫び、微妙に間が空いたため、もしかするとこちらの声は向こうに届かないのではないかと考えたが、ややあって敵は白く燃え上がる火球を五つ発生させ、刀を振るう事でそれらに発射命令を出しながら答えた。

「じゃあ痛くなっちまうな。接続された多様な追加機能を一つ一つ切断しながら…ってお前は生身の生命体だったな」

 だが迫る火球を彼女が引き付けてくれたため、お陰でジェイソンのシールドは減衰しなかった。彼女は生身でもSF的なシールドを張れるらしかった。

 彼らの相対距離などあってないようにさえ思え、実際のところ地球上では実現しにくい凄まじいスピードによって数十フィートから数百マイルまでブレイドマンとの距離が空いた。

 機械生命体の少女は頻繁に彼の視界から消え、なおかつ彼ら自体の距離も離れたりするものだから、彼女が視界から消えた間に視認不能な距離にまで離れる事もあった――それはとても不安な事であった。

 やがてジェイソンはアーマーのHUDに彼女の位置を表示させる事ができた。己にもそれがどのようなやり方であったかわからなかったが、とくかく彼女とブレイドマンの位置や方位、及び距離が表示され、それらは最初未知の言語であったもののすぐに地球の言語へと翻訳された。

 ちかちかと点滅するSF映画のようなそれら表示は目を楽しませてくれるかと思っていたものの、そのような場合ではなかった。吸い込まれるかのような漆黒の宇宙空間で精神を苛まれながらも時折彼女の姿を直視し、そうでない時も距離や方位の表示が彼女との繋がりを感じさせてくれた。

 彼女は本人が言うように機械であるらしかったが、ともかくこうして誰もいない静まり返った領域に置かれている今となってはとても頼もしく思えた。しかし気が付くとやかましいアラートが鳴り響き、実際にはそこまで落ち着いていられるものでもなかった。

「ジェイソン、お前は無事か?」

 信じれないような機動で攻撃を躱し続けてシールドの消費を抑えている最中だというのに、機械生命体の潜入ユニットは恐ろしいまでに平坦な声でそのように言った。

 ジェイソンは彼女に名前で呼ばれた事でびくりと驚き、もしかすると初めて名前で呼ばれたのではないかと考えた。今それどころではないが、場違いな感慨が彼を支配しかけた――そもそも先程までただの孤児であった彼に突然の戦闘など不可能であろうが。彼にできるのはシューターでの旗取りと定点狩りぐらいであった。

 名前を呼ばれた事に緊張し、それを見せまいとして不自然に振る舞いながら彼は答えた――機械生命体はそのようなものを気にする事はないが。

「大丈夫だよ」とぶっきらぼうに答えたが、その瞬間彼女が赤い光条に飲み込まれるのが見えた。宇宙ではその輝きがとても鮮やかに見え、そしてどこまでもグロテスクで悍ましかった。

 ジェイソンは彼女をどのように呼ぶか決めていなかったため意味不明な声を張り上げて安否を心配した。実際のところ彼女が破壊されれば彼はここに取り残され、そしてあのぼうっと輝く白い装甲のロボットによって殺害されるだろう。あるいは脳髄だけ抜き取り、残りはどこかの宇宙的な業者に売られるのかも知れなかった。

 それらを考えると身が竦み、彼はプライドなど捨て去って己の心配をする事しかできなかった。無力な少年には即席の相棒の心配よりも己の心配こそが優先されるものであり、恐ろしい殺され方をされるであろう事を思えばそれも仕方なく思えた。65−340との距離は二三マイル空いており、今になって彼は拡大表示のやり方を覚えた――今更役に立つものか。

 ちょっと改稿するかも。

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