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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
113/302

MR.GRAY:THE KNIGHT OF MODERN ERA#9

 その騎士道及び寛大さで知られた大英雄サラディンはアッ=サッファーと話し合おうとしたものの、しかし彼は無碍に捨て置かれた。その後サラディンの口からモードレッドらに対してこの戦いのルール説明があったものの、何故かの美青年はそのような事情を知っているのか…?

登場人物

モードレッド陣営

―Mr.グレイ/モードレッド…アーサー王に叛逆した息子、〈諸王の中の王〉キング・オブ・キングス

―インドラジット…かつて偉大な英雄達と戦って討たれたランカ島の王子。

―名も無きグレート・ジンバブエの王…かつて栄えた謎の王国に君臨した美しき謎の王。

―アン=ナシア・サラー=ディーン・ユースフ・イブン・アイユーブ…アイユーブ朝の始祖にしてヨーロッパにもその名を刻み込んだ気高き騎士王。


アーサー陣営

―アーサー…素晴らしい王国を打ち立てたブリテンの伝説的な英雄にしてモードレッドの父親、〈諸王の中の王〉キング・オブ・キングス

―チャンガマイア・ドンボ…ジンバブエの覇王として名を馳せたショナ人。

―オラニアン…若く美しいヨルバの偉大なる王。

―アッティラ…かつてヨーロッパを席捲した勇猛果敢にして優秀な破壊的征服者。

―アブー・アル=アッバース・アブドゥッラー・イブン・ムハンマド・アッ=サッファー…強大な帝国を打ち立てた古きカリフ。

―アブー・ムスリム・アブド・アッ=ラマーン・イブン・ムスリム・アル=フラサーニー…アッ=サッファーに仕える騎士、天才的なカリスマ。

―アブー・ジャーファー・アブドゥッラー・イブン・ムハンマド・アル=マンサー…アッ=サッファーに仕える騎士、アッ=サッファーの兄。

―アブドゥッラー・イブン・アル=アッバース…同上、アッ=サッファーの叔父。

―アブー・サラマ・ハフス・イブン・スライマーン・アル=ハラール・アル=ハムダーニー…同上、アッ=サッファーらと共にアッバース革命を戦った同志。



五世紀後半:グレート・ブリテン島


 塔の中は暗く冷たく、どこまでも陰鬱としていた。まるで暗い洞窟に果てがないかのように。見慣れた光景であるはずの切り出した岩の壁は、今となっては外界とここ(・・)とを隔離する結界にしか思えず、ざらざらとしたその表面に触れる気さえ失せ始めた。かつてであれば指で触れただけで崩れ去ったであろうそれらが、あろう事か己を他の全てと切り離す事になろうとは。

 この僕が…まさかこの程度の時間(・・・・・・・)で狂わんばかりの欲求不満に襲われようとは。今やっと僕はここから解放される。喉を掻き毟ったところで僕の肉体は時間を巻き戻すかのように戻ってしまう。僕達のような実体の場合でも、自ら再生を阻害すれば凌遅的自傷はある程度の暇潰しにはなる。僕達は窮極のサディストであり、窮極のマゾヒストでもある――それぞれの側面を切り取れば。

 側面を切り取るように、まずは指先からスタートする。とは言っても僕の肉体的な力では自分の指を自分で寸断する事はできない。忌々しい事にこの塔は僕の力を阻害し続けているから。僕は歯を使った。そこらの人間同然の力でしかないため、少しは楽しめそうだと考えた。

 人差し指を咥える。爪と指の間に歯を食い込ませる。人間を模した肉体の生理現象として汗が吹き出す。ゆっくりと、その時間が少しでも続く事を世界に命令しながら、少しずつ歯に力を込める。老人の弱った歯と口周りの筋力が爪を人差し指から引き剥がしに掛かる。途端激痛が走り、汗は滝となり、そして目は狂喜によってぎらぎらと輝く。

 爪がその接続部を一歩ずつ喪って後退する度、生理現象として涙が溢れる。逆の手は凄まじい勢いで握り締められて爪が掌に喰い込み出血、そしてまだ三割しか終わっていない事にサディスト並びにマゾヒストとしての二重の歓喜が駆け巡り――。

 僕はその時、そこで飽きたので一気に爪を噛んで指からもぎ取った。引き千切られた事で爆発的な痛みが指先で炸裂し、それでもなお別の痛みを僕は求めた。結局再び飽きを潰すため、すぐ飽きるであろう別の痛みを望んだ。

 爪があった跡地に歯を一気に容赦なく突き立てて、その『人間にとっては』信じられないようなレベルの苦痛を楽しもうとした。先程のゆっくりとした痛みとはそうやって差別化したつもりだが、すぐ直前に飽きて勢いよく引き剥がしたため、部分的に痛みの種類が似てしまった。生理現象として喉がからからになり、肺が過負荷状態で呼吸した。

 その後暫くそうやって再生を阻害しながら苦痛を暇潰しにした――だがこの最大の失敗は、こうした余興を収監の比較的最初の方にやってしまったため、僕達のような実体でさえ耐えがたい、本気で避けてしまう最大の苦痛を呼び覚ましてしまった。

 飽きと退屈、これだけは本当に苦しくて苦しくて仕方ない。僕は骨と脂肪の断片が転がる床で不具となった脚でへたり込み、己の腕が残骸と化したものに顔を突っ伏し、その匂いを嗅ぎながら千切れて血だらけになった皮膚片を噛み、この老人の肉体の不味い肉の微妙な食感と舌に広がる微妙な味とを主食とした。皮膚をすっかり喪った顔面が容赦無き岩の床から感じる剥き出しの痛みは野性的で面白かった、あくまでもそれなりには。

 己の肉を喰うという事実に耐えられなくなった肉体が己の意思とは無関係に感じる苦痛をデザートとして楽しんだ。鼻孔は吐瀉物と血の濃密な匂い、汗と排泄物の匂いで辱めを受け――。

 そのような比較的楽しかった頃の思い出に縋っていたあの頃。だがそれも終わりなんだ。高々人間の感覚での一世紀にも満たぬ時間が、何故この僕にとってさえここまで長く感じられたのだろうか?

 

 あれからどれぐらいの月日が過ぎ去った事か。あの女は裏切りへの罰と称し、僕をこの塔へと監禁した。僕がこの姿でこの地に現れたのがつい一世紀にも満たぬ前、僕が北西の叛逆者によって今の座に引き立てられたのがつい数世紀前。僕と彼女が出会ったのはそれより前の事だが、それも鮮明に思い出せるこの前の出来事。

 実の娘が叔父の子から被った悲劇――北西の反逆者と出会う直前――から少しして、あの子が天寿を全うしたのを見届けた僕は故郷を滅ぼし、各地を渡り歩いて大地を血で満たした。無数の貌、無数の名、無数の煽動、そして無数の…。

 だがあの女は僕を見付け出した、まるで広大な砂漠の中から一本の針を探し出すかのような、信じられない程の執念によって。最初にあの女はこう言った、『もしも裏切れば貴様を殺す』と。だけど彼女はそうしなかった。永遠に僕を虜囚にするつもりだ。

 諸々のゲームの支配者であるはずの僕が、まさかああして妖精の姫に化けていた彼女を見抜けなかったとは。姿も、魂も、心も、全くの別物になっていたせいで。僕に起きたこうした事柄はつい先週の事のようだが、僕のような実体とすら全く異なる彼女の時間感覚からすれば、恐らくほんの少し前の事であるに違いない。それこそ数分前の。

 だが僕だってやられっ放しというわけじゃない。かつて彼女は僕を愛する代わりに自身の秘密を幾つも教えてくれた。僕はこの塔にいながら策を練り、ローマに影響を与え、そして彼女と八人の兄弟姉妹を弱体化に追い込んだ。彼女ですら僕が元凶だと気付くのには時間がかかるはず。その間、僕はこの忌々しい冷たい石造りの塔が弱り果てるのを待てばいい。ここが牢獄として使い物にならなくなるのを待てばいい。

 彼女はもはやかつて程の力は持っていない。ここでさえ彼女の弱りをまざまざと感じる事ができる。僕はやがてここを抜け出して、世界に混沌を振り撒く。上を見上げると、弱り果てた塔の採光窓から取り入れられた日光が弱々しい壁を照らしている。僕は混沌、そして数多の名で呼ばれし死と闘争の売り手。

 解き放たれた僕はその名と在り方のままに、世界に己の本分を蔓延させる。今度裏切れば殺すと彼女は言っていた――だけど僕は止まらない。全てを埋め尽くしてやるまで、ありとあらゆる全てが同胞と殺し合うその日まで。



ホームベース襲撃から一時間一五分後:異位相


「噂には聞いた事がある。私はアッラーのお導きのままに新たな闘争を続け、そして今ここに立っている。その過程で貴様にも幾分の興味は持っていたが、それ以上でもそれ以下でもない」

 じっと睨め付けるカリフは重厚な威圧感を持ち、それはここにいる者達が並の戦士であれば既に遁走している程の重苦しさであった。黄金に輝く威光と共にあるアッバース朝の初代カリフは、この茶色い位相において己の周囲のみを塗り潰し、豊かな黒い髭が彼の口元の表情を読みにくくしていた。

 サラディンはそうした重圧を相手にも負けぬ神への献身でもってして受け止め、己が引き裂かれぬようコーランの詩篇の中でも最も気に入っている箇所を心の中で唱えながら、やがて力強く口を開いて言葉を発した。ランカ島の王子は中東の誉れ高き騎士王の様子をじっと観察し続けており、ちらりと横を見たモードレッドは何となくそれが気になった。

「私はあなたと敵である事が残念でなりません。あなたに憧れたムスリムがどれ程いるか、ご存知ではないでしょう。私はそれでも――」

「そこまででよい、貴様との会話はこれにて打ち切りとする。神がお許しになるまで、貴様が直接私と言葉を交わす事を禁じる」

 黄金と白に彩られたアッ=サッファーは再び己の天幕にこもったらしかった――直接話せると思うなと、無碍に切り捨てたのだ。かの寛大なるアッバース朝初代カリフの実物とはかようなものか? それは些か奇妙ではあるまいか?

「あれは本当にあのアッ=サッファー、アブー・アル=アッバースなのか? 彼はあそこまで雲の上のようなカリフではなかったはずだぞ」とモードレッド卿は状況を油断無く窺いながら、近くにいるインドラジットとグレート・ジンバブエ王に囁いた。あそこに見える生ける黄金はあまりにも傲慢不遜であり、そしてその身からはどことなく仄暗い何かが感じられた。

 美しいジンバブエ王は右手で身を覆う様々な毛皮をゆっくりと弄びながら首を横に振った。

「私はこの戦いに参加したのが初めてだからよくわからない、つい先程までは死んでいたものだから。ただ己が君の側である事だけは何となく感じられたから、少し静観してから介入した」

 彼は面白い事を口にした――『この戦いに参加したのが初めて』とは実に意味深であったが、卿はひとまずそれを後回しにした。

「何やら気になる発言だがそれはまた後だ、インドラジットは? 彼を見て何か感じないか?」

 その『彼』をサラディンの事であると勘違いした蒼い肌の美しい貴公子は、妙な熱を帯びた口調でひそひそとモードレッドに答えた。実際のところ、このどこか少年らしいラークシャサの王子は、先程からサラディンの事ばかり考えていた。

「実を言うとな、あのサラディンの事は余も知っているぞ。三神の元へある日彼がやって来て共に修行をしたいと――」

「その話もかなり興味深いんだけど、今話していたのはあのアッ=サッファーの事だよ」と卿は少々呆れながら答えた。己の憎き父だけでも油断ならぬというのに強敵が沢山おり、しかも見ているだけで胃が痛くなる熾烈な反目が眼前で繰り広げられていたから、それを思うとインドラジットの間の抜けた勘違いは清涼剤とさえ言えた。

 クルドの気高きスルターンはなおも食い下がった。敵であろうと同じ宗教かつ同じ宗派であればわかり合えるのではないかと、心優しく慈悲深い彼は考えていた。

「お待ち下さい、カリフ!」

「やめんか、お前みたいな得体の知れぬへっぽこが我が自慢の弟に何を偉そうに」とアッ=サッファーと似た顔立ちのマンサーが嘲った。カリフよりも目付きが更に厳しく、より渋みのある顔はそれでもなお美しかった。

 少年というよりも中性的な雰囲気でさえあるアブー・サラマは馬上でどこまでも小さく見えた。その全身は黒い鎧と黒いトーブ(男性服の一種)で覆われているというよりも、むしろ黒いヒジャブ(女性服の一種)を纏っているかのようにさえ思えてしまうこの儚い少年は、早くクルドの美青年がここから去ってくれないかと不安そうにしている気がした。

 すると腕を組んだままのアッティラが話を先に進めた。

「そろそろアーサーの言っていた『間もなく』であろう。我々はここを立ち去る。次に現れた時は我々を全力で破壊しろ、何故なら敵同士とはそういうものであるからだ」

 勝手に話を纏めようとしたアッティラを一瞬睨んだアーサーは全軍を撤退させ始めた。〈強制力〉(ギアス)による命令が実を結び、位相を跨ぐ力によって彼らは姿を掻き消した。

「アッ=サッファー陛下!」

 後にはサラディンの叫びが虚しく響くのみで、この茶色い位相は再び元の寂しさを取り戻し始めた。



ホームベース襲撃から一時間ニ五分後:赤い位相


「さて、やっと落ち着いて話せるな。先程までは目まぐるしく状況が変わって色々と大変だったが…」

 彼らはインドラジットの案内で別の位相へと移動した。また襲撃を受けてはたまったものではない。

「色々と質問すべき事がある。この戦いはわからない事だらけだから」と卿は目元を抑えて溜め息を()いた。「まず…あのティア1とは何の話なんだ?」

 するとサラディンが申し出た。銀の鎧と緑色のマントをはためかせるこのスルターンは、傍らに馬を待機させて右手でそれに触れていた。

「私から説明しましょう。この闘争に赴く王侯貴族や指導者、すなわち〈参加者〉(プレイヤー)は五つのランクに分けられます。ティア4が最も低く、ティア0が最高位だとされています」

 穏やかだがしっかりとした声で緑のマントを羽織ったスルターンは説明した。

「ティア4の〈参加者〉(プレイヤー)はその権威と権力のスケールが小さくさしたる力を得られなかった者達、それでも常人とは比較にならない戦闘能力を持ち、他のティアと同様に神の贈り物たる権力――その偉業を讃えよ――を、己の得たそれのスケールに応じて行使する事自体は可能です。中には権力とは別に魔力を精製したり権力から変換できる者もいるようですが。

「権力によって得られる能力は基本的な身体能力の強化、及び雑多な異能、そして後で説明しますが〈授権〉(オーソライゼイション)となります」

 彼方の山々までなだらかな地形が広がり、低木の林や小川、そして遠くに見える積雪が大地の雄大さを物語っていた――異物たる己ら以外が赤く染まる位相でなければ、さぞや壮観であったものを。正直なところ全く気が休まらなかった。

 ともかく美しい顔立ちをした中東の騎士王は話を進めた。

「ティア3、これは個人の武勇や指揮その他がティア4よりも優れる者達で、基本的にはティア4以上の権力を持ちます、まあそうでない場合もあるでしょうが…何であれ、その優秀さで名を馳せた者達がこれに分類されます。

「ティア2はティア3よりも武勇に優れた者達、軍勢を率いる将としてよりも、個人の強さを極限まで高めた者達がティア2へと当てはめられます。つまり、必ずしもティア3やティア4以上の権力を持っているとは限りませんし、権力の規模とは基本的にその能力の及ぶ効果範囲、あるいは単純に薙ぎ払える範囲に直結するでしょう。しかしこれまた例外があって、単純な武でティア3どころかティア1並みの大規模破壊を可能とする者もいますが…いずれにしてもティアとはその権力者の総合的な能力の指標であり、これが高い程強力である事はほぼ原則であると言えるでしょう」

 風は先程の位相よりも冷たく、北国の春のような気候であるらしかった。

「そしてティア1、これは絶大な権力を持つ一国の王や指導者の中でも特に強大な者達、及び大軍団をよく指揮した名将などの者達が該当し、個人の強さでは必ずしもティア2の〈参加者〉(プレイヤー)に勝るというわけではありません。しかし彼らの〈授権〉(オーソライゼイション)は全くの桁違いであり、下位のティアとは比較にならない程強力な軍勢、更には城塞などの施設を呼び寄せてしまう事さえ可能とします。その上にはティア0という分類もあると聞いていますが、これは眉唾物かと」

 サラディンはそこで話を区切り、モードレッドに質問の機会を与えた。

「大体はわかった、ありがとう。相手側〈参加者〉(プレイヤー)のティアは…それはさすがに自己申告でもしてもらわないとわからないだろうけど、自分の側の〈参加者〉(プレイヤー)が分類されているティアはどうやって確認すればいい?」

 右も左もわからぬままこの戦いに巻き込まれ、しかしこれまでも様々な窮地を切り抜けてきた経験から今回も一応なんとかなっているブリテンの貴公子は、事情に詳しそうな目の前の青年に気になる部分を尋ねた。

 するとサラディンは話が噛み合っていないかのような口振りで反応を示した。

「うん? あなたは私のティアがわかるはずでしょう、もちろんセイロン、石の家…高原の美丈夫のティアも」

 穏やかではあるが疑問のこもった声で尋ねられ、話が噛み合っていない事に気が付いた卿は正直かつ簡潔に答える事で話を纏めようと図った――しかし今のサラディンの発言は何故かどこか引っ掛かる気がして不思議な想いをした。

「いや、言いにくいが…そのティアとやらは全く私にはわからないよ。正常なら何か文字でも見えるのかも知れないが、さっぱりだ」そしてMr.グレイは先程のアーサーとアッティラらのやり取りを思い出した。「待て…我が宿敵たる父もルールを完全には把握できていなかったぞ」

 ひとまず無関係そうな気になる事は脇に置きながら渋い表情を見せるモードレッドにつられて、サラディンも複雑な表情を見せた。

「確かに…私も馳せ参じる前にある程度の時間状況を窺っていたのですが、あちらの陣営も何やら奇妙な感じでしたね。あなたの父はティア1に対する〈強制力〉(ギアス)の使用回数を知らないようでした」

「その話は詳しく聞いておきたい。君は事情に詳しいようだし、私に…」ふと他の2人を見た。「我々に情報を与えて共有させて欲しい」

「もちろん構いません、異教徒は好かぬ身ですが、あなた方は私とはまた違う道を征く方々。そして在り方そのものは善でありますから、もちろん敬意をもってして接したいものです。

「話が逸れましたね、失礼。ティア1は生前強大な権力を誇った者達であり、その象徴として彼らに対する〈強制力〉(ギアス)は一時間で三回までという制限があります。より正確に言えば、一度使用してから一時間経つまでの間に使える回数がもう二回の計三回。三回使い果たすと最初の使用から一時間経つまでは冷却時間のようなものが挟まるという事です。当然ですがその間彼らに命令を実行させる事はできません、そのため信頼関係が無ければ、ティア1の運用はかなり面倒な事になるでしょう。ちなみに私もティア1として参上する身であります。

「推測ですがあの二人はアーサーに対し選択を迫ったのでしょう。まず回数制限の事を黙ったまま一度無駄遣いさせる、それから〈授権〉(オーソライゼイション)を自力で発動させて動揺を誘い、更に言葉で揺さぶりをかける。『もしもお前がこれ以上〈強制力〉(ギアス)を使えば、撤退命令に一回、撤退後の律しにもう一回という風にできなくなる』と言外に迫ったのではないかと。もしも彼がそれらを理解できないか、あるいはアッ=サッファー陛下の〈授権〉(オーソライゼイション)への拒否権として〈強制力〉(ギアス)を強行すれば、その友として共に立つアッティラは別の手を使った事でしょう。例えば、自らも〈授権〉(オーソライゼイション)を陛下から賜る事によって発動し、更なる選択を迫るなどでしょうか。

「次は〈授権〉(オーソライゼイション)についてお話しましょう。これは基本的には各々が生前から使えた能力や優れた武勇でして、これも権力によって裏打ちされ確立されています。必殺(デッドリー)、とでも言いましょうか。ティア4からティア2までの〈参加者〉(プレイヤー)〈諸王の中の王〉キング・オブ・キングスから許可を得なければこれを発動する事ができません。ですが例外的にティア1は、同じ陣営――これは〈同盟〉(リーグ)とも呼ばれますが、今説明している内容の中では別段重要でもないでしょう――のティア1に対して〈授権〉(オーソライゼイション)を許可する事が可能です、それ故先程アッ=サッファー陛下は〈諸王の中の王〉キング・オブ・キングスを通さずにあの茶色く染まった世界を黄金で塗り潰す事ができたのでしょう。〈強制力〉(ギアス)がまだ残っていれば、一回消費する事でこれの発動を阻止する事も可能ですが、そこまでしなければならない関係というのも考えものでありましょう」

 この位相は先程の荒涼たる位相よりも過ごし易く思えたが、鳥も虫も草を()む獣もおらぬなれば、むしろ不気味な無生物の世界である事には変わりないと思えた。先程よりも豊穣を約束された風景が広がっているだけに、余計薄気味悪く悪趣味な位相であるように感じられた。

 穏やかだが笑ってはいなかったサラディンはまだまだ説明を続けるつもりであるようだが、中休みとして少し間を置いており、ついでに一つ質問をした。

「ところで、改宗するおつもりはありますか?」と美しい微笑みを浮かべ、イエスやムハンマドら歴代の預言者達のような清さを滲ませた。随分突然ではあったが。

「ブラーマ公の信徒であるが故に、お断りさせて頂きます」とインドラジットは礼儀正しく断ったが、サラディンは微笑んだ。

「記憶が曖昧なため名は思い出せないが、私も己らの万神殿(パンテオン)に献身奉っていたはず。せっかくの申し出だが失礼する」と名も無きグレート・ジンバブエの王は申し訳無さそうに言った。スルターンは話の流れから次の回答者を予測してそちらに顔を向けた。己の番を悟ったモードレッドもそれに続いた。

「私もしっかりと洗礼を受け、そして今なお昔と同じ宗派を信ずる身、それに背を向ける事はできない」

 グレイは堂々と信仰告白し、相手が気を悪くしなければいいがと懸念した。彼の言う通りであればティア1には三回までしか命令する事ができない。それ以上となると後は〈強制力〉(ギアス)とは無関係に、単なる命令や請願として指示を受け入れてくれる事を祈る他無い。信頼関係や友情でもあれば、〈授権〉(ギアス)を使い果たしてからも聞いてくれるのだろうが。

 だがサラディンは微笑みを崩さなかった。

「それは残念です、同じイスラームの教えの下であれば、更に深く信頼し合えると思いましたので。ですがあなた方は決して悪の道を歩いているわけではない、ですので基本的に、私は〈諸王の中の王〉キング・オブ・キングスが道を誤らない限り、〈強制力〉(ギアス)による命令か否かは問わず、その軍門に入って共に戦う次第です。全てはアッラーの指し示すままに私は私の道を歩み、そしてその結果あなた方と連合するのみであります」

 道を誤ればこの騎士王は躊躇せず敵対を選ぶだろう。例えば卿が外道と成り果てたその時などは。目が笑っていないため随分な威圧感ではあったが、卿は決して逃げずにそれを受け止め、リーダーとしての役目を全うする覚悟でいた。

「もちろん私が道を誤れば君達の信頼は消えるだろう。だから私は自分を監視し続けなければならない」

 しかし口ではそう言ったものの、卿の胸には無意識にもあの忌まわしき父への敵愾心が徐々に募りつつあった。正義の戦いや聖戦とは程遠い、報復(アベンジ)ではなく紛れも無き復讐(リベンジ)の焔が。

「ところで私は一旦帰れないのかな?」とグレイはずっと気になっている事を口にし、彼らは更に暫く話し合うつもりであるらしかった。



十七世紀後半:モノモタパ王国


 俺は地に墜ちたまま暮らす鷲、生まれた頃から誇りを持たぬ。俺は湿地で糜爛した雄牛に涌く蛆、狩人でもなければ戦士でもなく与えられた餌を貪るだけの生き様。俺は開拓者達の偉業に縋って生きるただの男、己の手で道を切り拓かんとする気概を母親の(はら)に置き忘れた莫迦な子孫。

 俺には何も無い。土豪の家系ではあるが、俺は先駆者達の遺産の上でそれらを貪るだけの生活を無気力に続けているのみ。俺とは異なり、人間の存在を否定するサバンナの過酷な環境において勇敢極まる祖先達は常に戦っていた。農耕及び牧畜とは乾き、そして病との戦いに他ならぬ。

 俺はそれら開拓者達を尊敬する。彼らはこの地における人類の最前線の兵士達であり、旱魃(かんばつ)と猛烈で容赦の無い飢餓は彼らをじっくりと殺し続けた。ただでさえ少ない雨が祈祷師の懇願を惨たらしく切り捨て、更に降水量を減らす。すぐに痩せ果てるこの土地にさえ、飛蝗(ばった)の大軍団は決して容赦などしない。であるにも関わらず、彼らは知恵を絞って戦った、複数種の農業を平行させるリスク分散、土地の移動と新規開拓。

 蚊や蝿は酷く深刻であり、最強の殺戮者であった。蚊が媒介する病気は目に見えない殺し屋を人間に植え付け、手酷い拷問にかけ、そして嘲笑うかのように犠牲者を殺す。俺達の肉体は少しでもそれらに抵抗力を持つための進化を辿らざるを得なかったと老人が語った。ツェツェ蝿が運ぶ別の死、眠り病もまた容赦という概念が無い。であるにも関わらず、彼らは知恵を絞って戦った。小さな危険生物達の生息域の特定、そこへの接近そのものの回避。

 俺は偉大なる戦士達や兵士達の子孫、にも関わらず、俺は一切満たされない。近頃はポルトガルの異人達の干渉に曝されているが、それでも日常生活はほとんど完成された様式と知恵の上で安寧を(えが)いている。俺は先人達の教え通りに牛を世話するのみ、俺の人生には『開拓』などありはしない。何故なら俺は誇りを持たぬ地上の鷲であるからだ。

 半ば伝説的なバントゥーの血を引きながら、俺はこうして無為に日々を過ごしていた。

 サラディンを出してはいるが、私個人としては彼のライバルと見做され易い獅子心王リチャード一世には特に興味がない。

 こういう自分自身の厨二病には困った。

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