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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
112/302

SPIKE AND GRINN#6

 スパイクの家には懐かしい来客があり、そして彼はラゴス魔術院にいた頃を振り返っていた。まだ友が友であったあの頃、二度と戻らない夢のの残骸。

登場人物

―スパイク・ジェイコブ・ボーデン…地球最強の魔術師。

―グリン=ホロス…美しい〈秩序の帝〉エンペラー・オブ・オーダー

―ショーラ・エリ・バンコレ…魔術師の名門であるバンコレ家の令嬢。


ラゴス魔術院

―マーク・オドネル…スパイクがかつて世話になった講師。

―イザイア・ラルフ・ギリアン・ゴドウィン…スパイクがラゴス魔術院に在席していた頃の友人。



数年前:ナイジェリア、ラゴス市街、異位相、ラゴス魔術院


「最近は成績がいいじゃないか」と真っ赤に日焼けしたホワイトの男はスパイクに言った。彼は孤独の身であり、ラゴス魔術院こそが今現在の我が家であると言えた。

 ボーア人、今はアフリカーナーと呼ばれる事が増えた南部のオランダ系として生まれたマーク・オドネルはパルトヘイト政権下において国家反逆罪に問われて国外へと亡命した過去を持ち、魔術師としての顔を持ちつつ烙印を押されて以降も引き続き反アパルトヘイト活動に参加してきた。

 だがアパルトヘイトが完全に破壊されると徐々にアフリカーンス語話者達とその他の南アフリカの人種間での軋轢が生じた――事実未だに差別意識を持つアフリカーナーもいた。

 スパイクの目の前の男はアイルランド系だと嘘を言って偽名で暮らし、信仰も『違う』ように見せかけ、そしてアフリカーンス語を喋る事は絶えて久しかった。

 だがブラックやカラードによるアフリカーナーへの敵意や差別も、歴史的な経緯を見れば非常に複雑な話であって、アパルトヘイト終了後の両者は簡単に説明できるようなものでもなかった。

 スパイクもその件への言及を避けていたが、ヨーロッパのどこかから来た空気の読めない三〇代の女がマークの出自をあれこれ言い、人種差別主義者めと罵ったのを見た時はスパイクも本気で激怒してそのホワイトの女と口論をした。

 真っ赤な顔の南部男はそれらの仄暗い激動の歴史についてあまり話したがらず、どこかそれらの件について怯えている風にも見えた。

 筆舌に尽くしがたい事件を見てきた事は想像に容易いが、とは言え彼が南アフリカで親切なブラックやカラードと出会った事もまた数知れず、それ故単一の例で全体を評価する事の愚かさは知っていた。

 重要なのは生徒にもマークが結構な人気であり、そしてスパイクは彼を人生の先輩のように思っていた。

「座学ってのはどうしようもねぇクソだと思ってが、どっかに取っ掛かりがあるはずなんだ。誰だってそうだ、どこかで興味を持てりゃそっからどんどんとのめり込める。少なくとも俺はそれで今こうしてあんたに褒められるぐらい頑張れた」

 半袖半ズボンにサンダル姿のスパイクはベランダで煙草を吸っていた。院内は煙草の外部からの持ち込みが禁止されており、自分で巻いたりした煙草に関しては禁止されていなかった。

 何故そのような校則があるのかとスパイクがマークに尋ねると、恐らく誰かが気紛れで『煙草の自作も魔術的な物品作成の練習になる』と酒の席で言ったのだろうとそれっぽい話で答えてくれた。

 真偽はどうであれ、彼らが吸う煙草の煙がオレンジ色の空に立ち昇っていた。

 この位相に初めて来た時はその空の色に違和感を持ち続け、眠るに眠れぬ夜が暫く続いたものであった。

 そのため勉学も身が入らず、落第や退学も見えるところまで来ていたものの、不思議な話ではあるがマークを罵倒した三〇代の女を言い負かし、アフリカーナーだからと言って相手を人種差別主義者呼ばわりするという差別的な発言――被害者も加害者(ホワイト・オン)もホワイト(・ホワイト)とは皮肉であった――はラゴス魔術院の校風に合わぬとして彼女が退学させられた時になって、漸く彼はまともに眠れるようになった。

 何故だか知らないが己がここの一員になれた気がして、それまでアウトロー気質なため友達もいなかった彼は自分から積極的に人付き合いを始めた。

 ゲットーで多くの人間の予兆を観察してきた事である程度相手の出方がわかるようになっていたスパイクは徐々に成績も上がり始めた。

 ほぼ毎日誰かが死ぬ地獄で荒みながら暮らしていたかつての彼と同一人物であるとは思えぬ勤勉ぶりを見せ、そしてストリートの秀才的な性質を秘めていた彼はここで学び、それを将来に役立てる事を新たな目標とした。

 この頃は夢があった。そしてあれから月日が流れた今、スパイク・ボーデンは夢の残骸を引き摺りながら彼なりに生きていた。



モンタナ山中の事件後、六月:カリフォルニア州、ロサンゼルス、ダウンタウン、ドープ超自然事件対応事務所


「一体何があったのですか?」とグリンはスパイクの書いた仕事の記録を読みながら訪ねた。

 彼女はスパイクが今座っている仕事用の机へと腰掛けるように(もた)れて立っていた。すぐ隣にいるためその無防備さはスパイクに届き、胸を高鳴らせた。

「色々あったのさ」

「あまり話したくはないようですね、かつての友人の話は」

 アイザイア・ゴドウィン、かつての友。そして今は敵と呼ぶべきだろうか。

 既に二回交戦している。自宅にはオロバスなる悪魔が棲み着き、そして今では〈秩序の帝〉エンペラー・オブ・オーダーが棲んでいるものだから簡単には手出しもできないであろうが。

 恐らく彼は今アメリカにはおらず、普段はどこかで暗い情熱と共に悍ましい計画でも練っているのかも知れなかった。

「俺ばっかり話してるな。お前が言ってた先祖返りがどーたらこーたらっていう奴は一体何の話だったんだ?」

「今はまだ言えません」

「ケチだな。じゃあ、いつになったら混沌と戦うんだ? これからエアリーズのアホたれでも探しに行くか?」

 この惑星の住人の美少女の姿で顕現するグリンは無表情のまま記録帳を置き、椅子にどっかりと座ったままのスパイクを冷ややかな目で見下ろしながら答えた。

 『ハーマン・ミラー』の黒い椅子の背に(もた)れたスパイクはグリンの冷たい雰囲気を楽な姿勢で眺めながら次の言葉を待った。

 彼女はそれらの様子を見てから答えた。

「あなたが寝ている間などに私も有害な混沌の勢力を探しています。ですがMに関して言えば、あの実体のものらしき混沌の気配がどこにも感じられません。あまりに奇妙なので私も困惑しています、他の混沌の神格ならば感じられるものですが…例えば慄然たる風のイサカならば光の速さでさえ長い年月を費やす遠隔地にいながらも、今私はそれの脈動を感じる事ができます。ですがかの軍神は一体どこにいるのか、私にはわかりません」

「じゃあさ、お前の知り合いのヤソマガツヒにでも聞けばいいんじゃねぇのか?」

 彼は何でも無い風にそう言ったが、実はかつて(くだん)の三人で冒険した際に遭遇したマガツ二神の穢れに満ちた暴力的な美しさを今でも覚えており、内心ではそれをグリンに悟られぬよう必死で取り繕っていた。

 秩序の神格はそうした様子に気が付かないふり(・・)をして答えた。

「私と交友のある混沌の神格に以前、Mは最近どうなったのかと尋ねてみたのですが、全く知らない様子でした。タイフォンなどは同郷であるのに私に言われて久々に思い出したかのような素振りでしたね」

「そりゃわけがわからんな、つまり軍神様はお友達もいないってか」

「確か少し前…いえ、これは私の感覚でしたね。古い時代にかの軍神が異次元の実体と共にいると噂で聞いた事があります。その実体は九の兄弟姉妹の一人らしいのですが、その実それらはより上の階梯にいる名状しがたいものであり、そして単に三次元上で受肉しているに過ぎないそれらも、より広い視野で見れば同じ実体の外縁部がこちらの次元に侵入しただけの、同一実体であると聞いています」

「あー、そいつは知ってるぜ。でも一般的にそいつらは目撃証言が無いもんだから単に架空の実体だと言われてるけどな。今んところ小説やその他にしか出て来ないっつーかな。とにかく、Mは行方不明ってわけだ。俺のダチのモードレッドがあのクソ野郎(マザファカ)にされた事を思うとムカつくが、さてどうしたもんか。お前が前に言ったようにあのカス野郎は優先度が低いって事かね」

「ロキは時間流だけでなくより強固な城壁の向こう側に居座ったままであり、イサカも今のところあまり活動が無いようです。混沌の神格ではなく、もっと低次の混沌に目を向けるべきかも知れません。例えばダーケスト・ブラザーフッドなどですね、あれは数年前に死にましたが」

 それを聞いてLAで暮らす魔術的窮極は吹き出すように鼻で笑った。おいおい、あのクソったれの話ですか。

「お前が陰謀論の趣味もあるとは驚いたな。あんなもん時間の無駄だろ…と俺も前は思ってたよ」

「確かに存在していましたね。ところであなたは何故アイザイア・ゴドウィンの追跡が失敗に終わったのか疑問に思わなかったのですか?」と彼女は彼が書いた記録帳を、掌を上向けながら指し示した。

「そんなところまで読んだのか。まあいい、だが数年前にクロウリーの野郎やウォード、それに他の連中だってそんなものは実在しないと言ってたんだがな。それが存在してたのはマジでビックリだったな」

 まあ兵器の英雄の怒りを買って無様にブチ殺されたわけだが、と心の中で付け加えた。

 すると着信があった。仕事用のスマートフォンが着信を知らせ、そしてスパイクは溜め息混じりにパネルを操作して通話を始めた。知らない番号だが正体不明なら後で調査すればよい。

「俺だ」と初っ端から適当な応答をして出方を窺った。

『あら、やはりスパイク様でしたね』

 ああ、なんと懐かしき声である事か。ラゴス魔術院時代の記憶。

「おいおい、お前がこの番号を知ってるとは知らなかったんだがな」

 かつてスパイクが短期間交際していたバンコレ家令嬢、その彼女を慕う従姉妹の少女。

『お久しぶりですね』と電話の相手は囁くような声で言った。

「こっちこそな、ショーラ」

 何故ショーラが公開していない方の番号を知っているのか、それについて少し考えた。

 一応警戒だけはしておこうかと考え、その浮ついた雰囲気をグリンは察知した。彼女は黙ったままスパイクを見るのみであった。


 ショーラ・エリ・バンコレはかつてスパイクが付き合った女性の従姉妹であり、己よりも歳上の彼女を姉のように慕う儚い少女であった。

 少女の父は日本の魔術の名家であるジョウヤマ家の出であり、一般の人々が知らない魔術的な分野において世界的な権威のあるバンコレ家に嫁いだものであった。

 スパイクの元交際相手は幼い頃聞き間違いからエリ(Eri)をエリー(Ellie)と呼ぶようになり、彼女達の親しさを示す一例として現在でも残っていた。

 ショーラは日本語の敬称である『様』を英語の会話においても使う癖があるものの、マルチリンガルが普通であるバンコレ家の子女の例に漏れず語学に優れていた。

 彼女は先程スパイクの家を訪れたが、スパイクは母が外出中である事を幸運に思った――説明とは面倒であり酷く気不味い時もある。

「スパイク様、こちらの方は?」小首を傾げながらもショーラはある種の窮極的な気配を放つグリン=ホロスから何かを感じ取ったらしかった。

「さて、どう説明したもんか。彼女は――」

「私はグリン=ホロス、あなたも魔術的な学問を修めているのであればその名は聞き及んでいるはずですが」

「まあ、ご冗談を」とショーラは上品な様子で笑った。ただそれだけではあるが、黒いパンツスーツで上下を固めてくすくすと笑う彼女は大層美しかった。

 室内灯が彼女の褐色の肌を照らし、磨き抜かれたマホガニーのテーブルのごとくその肌は隙が無く、穏やかな目元と肩甲骨の辺りまで伸ばされたポニーテール状の黒い髪が艶かしく輝いた。

 全体的にはかつて出会った時よりも大人びて見えたが、あるいは彼女が姉のように慕うバンコレ家の才女がコーディネイトしたのかも知れなかった。

 だが秩序に属する神格はそれを無感情に切り捨てた。

「仕方ないですね。では真の姿を――」

「おい、よせ!」

 スパイクは慌てて止めようとした――グリンの持つ神としての美しさはそれ自体が既にある種の矛であった。そしてそれは無慈悲に振るわれた。

 天井にぶつからないよう膝立ちの状態で佇む、片方の側の腕が無い有翼の甲殻類の少女としての姿が現れた。

 その可憐さを押し流す宇宙的な美しさが魔性たるオロバスさえも驚嘆させ、ショーラは口を塞ぐように手を添えて驚嘆した――ショーラが精神を鍛えていてよかった、お陰で彼の部屋の防護と合わせてショーラは即死しなかった。

 そしてスパイクはいきなり本来の姿に戻った彼女にたまたま踏まれた。彼は踏まれたままで彼女の放つ宇宙的な美が拡散せぬよう家を術で覆うと、溜め息混じりに呟いた。

「今度野球の試合に連れてってやるから、さっさとさっきまでの姿に戻ってくれよ」



数年前:ナイジェリア、ラゴス市街、異位相、ラゴス魔術院


 サリー州のイングリッシュ・ワインをアイザイアが持って来て、一緒に飲もうと誘われた。しかしスパイクはワインの飲み方など知らず、内心では大いに焦った。

「ワインとチーズは昔から定番なんだ」とアイザイアは嬉しそうに言った。一緒に美味い一時を送れる事で気をよくしたのか、あるいは既にアルコールが回っているのか。

「そ、そうか」

 無知を悟られる事を柄もなく恐れたスパイクはワイン・グラスをそれっぽく持ち、それからその中身に口を付けた。

 透明な白ワインの放つ香りとじんわりとした味わいが口に広がり、なかなか強烈ではあったが悪くない気がして、己の無知などどうでもよくなってきた――アルコールはそこがいい。

 それからチーズを食べてみると、まあまあ合っているようにも思えた――そう言われたからそう思い込んでいるだけかも知れなかったが、それは口に出さなかった。

 実際のところこうした少々格式張った楽しみ方は性に合わず、己がそもそもこの裕福な出の青年と親友である事が夢物語に思えた。

「この前わからないところを教えてくれてありがとう。召喚関係はどうにも苦手で…」

「俺の方こそお前には借りを作りっぱなしじゃねぇか、こっちこそ本当に感謝してるぜ」

「じゃあさ、前に教えてくれたあれを…」

 一瞬考えたがその意味をスパイクは察した。

「あれね。よし来た」と彼は言い、それから以前教えた手順でストリート流の凝った握手を交わした。

 手と手を軽く打ち合い、妙に複雑で、ある種の様式美を持つそれらはイザイアを戸惑わせながらもスパイクとの友好を彼の心に与え、スパイク自身も楽しい気分であった。

 こうした夢の残骸はLAに帰った後のスパイクの心で燻り、時々思い出しては煙草への懐かしみと忌避感とが入り混じった。

 そろそろまた怪事件を一つ。

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