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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
108/302

NYARLATHOTEP#13

 無人の都市へと降り立ち、中央に聳える狂ったスケールの浮遊するビルへと足を踏み入れた三本足の神は、まだ生きている人工知能と遭遇する。保管庫にこの消失事件の情報があると聞き、かの神は封印されていた情報を紐解いた。

登場人物

―ナイアーラトテップ…美しい三本足の神、活動が確認されている最後の〈旧支配者〉グレート・オールド・ワン

―エルクの女神…ナイアーラトテップの美しい妻。

―スレッショルド003…ノレマッドのAI。



約50億年前、調査開始から約10時間後:遠方の銀河、田園風景の広がる惑星、とある種族の無人都市、浮遊ビルの玄関口前


 恐らくは人工的に発生させるか誘引する事で雲を自らの装飾として纏う狂ったスケールの巨大都市にて、美しい三本足の神は宙に浮かぶ都市中央の最も巨大なビル群の一つへと降り立ち、ビルの下部にある荘厳なる巨大な玄関口はかの神が接近した事で臓腑に響き渡る轟音と共に重苦しくも開き、ゆっくりと開く門上部の隙間からはきらきらと光る無数の保全用ドローンの群れが飛び去って行った。今や永らく省電していたであろうこの巨大なビルは様々な電飾やホログラムを用いてかの神を歓迎しているように見え、見渡すと眼下で遥か先まで続く都市の地上部もそれまで以上に光が灯っていた。だが結局のところ、この都市の住人の姿は未だ見えず、その事実が壮麗なる都市の歓迎をこの上無く虚しいものとしていた。主人を喪ってなお健気に運営されるこの都市の様子を見るや、何とも言えぬ鬱屈とした暗い感情がナイアーラトテップの胸を満たし、己らを正義だと無意識に自認しながらも実際は単なる腐れ果てた虫けらに過ぎない〈旧神〉(エルダー・ゴッズ)が諸世界に広めた汚染の夥しい悪影響の度合いを改めて確認する事ができた――そしてそれは全くもって腹立たしい事であろうろとも。

 雲の切れ目から見える地平線の彼方や空を覆う巨大な緑色のエネルギーの枝が異界的な印象を与えたが、そうした表面的な様相などは今まさに凋落の下り坂をどこまでも転落しているこの文明に対して一切の慰めにもなってはいなかった。胸の内で燻る怒りが顕現し、かの神は怒りの色を甲冑の表面から放出しながらも、見上げる程巨大な玄関口を潜ってその内部へと入った。ビルの内部では暫く動いた形跡の無い小型船舶が結構な数で静まり返っており、それらが主人を最後に乗せたのがいつなのか大体想像ができた。銀や白で彩られたこの文明の都市は贅沢に歓迎を続けたが、かの神はその様子を憐れみながら手近な通路へと入って行った。ホログラムやエネルギーの帯で彩られた様子が何とも痛ましく、より一層の怒りを掻き立てた。

『初めまして、未登録のユーザー。私はスレッショルド003、ノレマッド権力階層構造(ハイアラーキー)第三行政宙域統括AIです。あなたの情報を登録し、次回以降のサービスの円滑化を図ります』

 美しい三本足のナイアーラトテップは思考に気を取られていたらしく、投影された虹色の細い曲線と直線の組み合わせがヴィジュアライザーじみた様子で常に変化し続けている不思議なアバターが歩み続ける己の左斜めに出現して追随している事に気が付いた。不注意極まるものだが、しかしいずれにしてもこうした都市の管理機能と接触できたのは望外の幸運であった。不可思議な容貌のアバターを顕現させる人工知能が独特の調子の声で話すのを聴く事でこの文明の言語をほぼ完璧に理解する事ができたかの神は、今の己が既に全言語(オムニリンガル)能力を喪失して久しい事を改めて思い知った。ホログラムなどに表示された文字からパターンを読み取り、それらを介して初めての言語を理解すればよい話ではあったものの、かつては最初から全ての己の子らが使用する多様な言語――音声言語、視覚言語、その他様々な媒体による言語――を理解できたものだから、それを思えば虚しさは拭い去れるものではなかった。暗澹たる面持ちでかの神はひとまずの応対を行なった。

「よかろう、したいようにせよ」

 かの神の宇宙的な美声が静かに響き、創造主の不在故に(げき)とした重苦しい空気に満たされていた廊下が表面上だけではないもっと実のある何かに満たされた。廊下を突き抜け神が作り給うたがごときこの恐るべき大きさのビル全体が少しだけ活力を取り戻したように思われた。

 それ故スレッショルド003はその全くもって当惑せざるを得ない未知の現象によってエラーを起こした。

『原因不明のエラーが発生、リブートを開始』

 複雑な線が色とりどりに輝くこのAIのアバターは己を構成する無数の線をノイズのようにごちゃごちゃとした目障りなものへと変化させ、本人が言うようにリブート作業を開始したらしかった。三本足の神はそうした乱雑な様を見遣り、歩み続ける己に対してアバターがごちゃごちゃとしたまま追随している事を確認するとそのまま無言で進んだ。やがて曲がり角を曲がって少し進むと大きなエリアに出て、そこでは横幅30ヤードはあろうかという斜面の上に14本のエネルギーの帯が掛かっており、かの神は周囲の案内を見てそれがエスカレーターの類いであると悟ってそれらの中央の一本に足を踏み入れた。三本足の神の巨躯はエネルギーによって引き上げられ、無論自力で飛ぶ事もできたが、こうして己の子らが作り上げた文明の利器を体験するというのも、曠野のごとく荒んだ己の心を癒やす事には役立つものであった。ふとナイアーラトテップが見渡すと天井や床、それに壁も直線が多用され、曲線は目の前のアバター以外ではほとんど見かけなかった。



約50億年前、調査開始から約10時間:無人の銀河、ナイアーラトテップの宮殿


 広大な空間を隔てる事による時間のずれを意図的に無視して同時存在する美しい三本足の神は、己があらゆる場所へと派遣している無数の側面を全て操作しながら、束の間の休息によって気を落ち着けていた。ほとんど殺人的な魅力を放つ己の愛する妻がむしろ彼にとっては安息所であり、心が休まるのを感じた。広々とした天球の様子を共に窺いながらプラズマの湖の畔を歩き、生暖かいそれに手を入れてその感触を楽しんだ。我が家に帰って来たという充足感がかの神のこの場にいる側面から総体へと伝わり、それを更なる活力としながら他のあらゆる場所で奮戦した。

「美しい人、あなたを恋い焦がれる夜は終わったのですから、あまり私を悲しませないで下さい」

 不思議な瞳を持つ彼女は憂いを帯びた微笑みを浮かべ、美しい三本足の神がこの矮星の上空に張り巡らせた不可視の層が無ければ彼女の(もたら)す侵食性の美が外界にまで溢れ出てしまっていたと思われた。強壮なる世界の(ことわり)の数々がだらしなく陥落し、彼女に服従し、喜んで彼女の望むままに森羅万象を運行させると思われた。ニルラッツ・ミジとは全く異なるアプローチで成し遂げられるそれら現実の塗り替えに彼女自身はさしたる感慨も持たず、ただ己の愛しいナイアーラトテップが今こうして眼前にいる事のみが永き孤独の中における窮極的な慰めであった。果実のごとく瑞々しい唇が艶かしく言葉を紡ぎ、そして己の伴侶たる三本足の神に海溝より深く山脈より高い濃密な愛を囁いた。彼らは己ら同士で喰らい合って滅んだとある非物質的種族が製造した半透明のぼんやりと輝くエネルギー体の金属を加工して作った椅子にそれぞれ座り、同じ材質の机を挟んで向かい合っていた。三本足の神はすべき事をした――己の右手を机の上に置き、そして予想通り彼女はそれを両手で包んだ。かの神は左手を彼女の手の外側から添え、そして彼女はそれらを愛おしそうに己の頬へと持って行くと、幼子(おさなご)のように頬擦りをしてその温かみに浸った。ああ、愛しい人よ。あなたはどうして私を駆り立てるの。

「私はそもそも君のように美しい伴侶を得るべきではない。君といる以上は全力でそれを愛するも、しかし我が不甲斐無さとその結果が帳消しになりなどせぬ。ナイアーラトテップはその名において己を律し、終わり無き闘争の中で心身を衰弱させながらあり続けねばならぬが故に。かつて大虐殺が起き、その際私は多くの命を救えず悔しがるしかできなかったではないか。見よ、かつての栄光から転落した愚かな守護者の零落を。今や君に支えられねば己のみでは何もできぬ稚児同然の醜態なるぞ。かくも虫けらじみた様を晒してなお生きるなれば、あの時救えず今も零れ落ちる無数の生命に顔向けできるよう、常によりよくあらねばならぬ」

 するとそれを聞いたほとんど異界的な美を備えたエルクの女神は、半透明の机をすうっと擦り抜けて座ったままの愛する者へと近付き、そしてかの神の膝の上に横向きで腰掛けた。肉付きのよい美しい脚が投げ出され、スカートが冷えた太陽風に吹かれて揺れ、華氏数万度の穏やかな気候の中で両者は抱擁し合い、唇を重ねた。

「そのようにして言葉を濁さないで。私はあなたにもっと真摯な態度で愛を囁いて欲しいだけなのですから…」

 彼女はかの神の肩の辺りでそのように囁き、その刺激的な扇情さはかの神のごとき精神的強壮性が無ければそれを正面から受け止めて愛を返す事はおろか、それ以前に精神が破綻して二度と正常な思考ができなくなる猛毒であった。



数分後:遠方の銀河、田園風景の広がる惑星、とある種族の無人都市、浮遊ビル内部、データ保管庫前


 それから様々な装置などを使ってビルを案内のホログラムやアバターの道案内によって移動し、かの神はリブートが完了してまた先程の線のパターンに戻ったAIのアバターと共に保管庫の手前までやって来た。そこは手前がおよそ幅30ヤードで天井も床から45フィート程度はある何も無い通路で構成され、そしてその奥には半透明の蒼い材質で作られた壁が立ちはだかっており、それなりに厚さはあるもののレンズ効果などの視覚上の錯覚は生じていなかった。壁の向こう側では実体の無い半透明なパイプの数々が天井から無秩序に中弛みしており、その下ではオレンジ色に輝く同じ高さの半透明板群が、規則正しく奥へ向けて4列に並んでいた。それらの表面にある文字はこちらからはぼやけて読み取れなかったが、かの神は宇宙的な知覚によってそれらを透視できないでもなかった。

『ここで持ち出し不許可のデータを閲覧可能です。私の論理思考機能から見てあなたは不可解ですが、しかし創造主達の直面する問題を解決するおつもりでしたら特別にアクセスの許可を出します』

「しかしかような非常時において、許可だ不許可だと悠長に言っていられるものなのかと思う他無いものよ。君はこの惑星で起きた異常事態の顛末を存ぜぬか?」

『私が知るのは32最大時間単位前に入植者の失踪が始まり、そして最初の失踪から5中間時間単位後には全入植者が惑星上から消え去ったという事だけです』

 これは既にビル内部のホログラムに表示されているニュース記事らしきものから容易く読み取っており、この種族の時間単位の詳細も含めて知り得ている情報であった。美しい三本足の神は神妙な面持ちで話を続けた――彼らは足を止め、保管庫の扉が開くのをじっと待っていた。

「いかなる面妖な現象が発生したか?」

『私のアクセスできる範囲に一連の事件の詳細を記録したデータはありません』

何故(なにゆえ)そのような? 一切データが無いとは些か奇妙であろう。全くもって困惑の極みであるが、市民の個人用端末や公共ネットワーク上のどこかにそれらのデータがあってもおかしくはあるまい?」

 ふと壁や床に赤い筋が無数に光り始めた。それらは今彼らがいる廊下から保管庫へ向けて縦方向に流れており、その所々はかくかくと直線的に斜めに折れ曲がっていたが、決して他の線とは混じり合わずまた元の方向へと折れ曲がり、その繰り返しであった。

『残念ながら一切それらのデータはございません、ここと他の5つのビルに分割して一連の事件に関する詳細な考察や研究のデータを保管しているのです』

 やがて奇妙な電子音が連続で何度か鳴り、それからごうっという低い音と共に半透明な眼前の壁が動き始めた。最初は切れ目も無かったが、すうっと切れ目が中央へと縦に入り、それからその周囲で直線によって構成された複雑な切れ目の図形が(えが)かれた。

「それは敵から隠蔽しておくための処置かね?」

『その通りです』

 するとそれらの切れ目に従って半透明の蒼い壁は中央から順に上下へとそれぞれの部分が収納され、中央部は幅10ヤードに渡って通行可能となった。彼らは再び歩みを進め、そしてその内部に収められた莫大なデータの海は暫くの月日を(けみ)して漸く閲覧者の目に止まった。

『ここのビルの内部であれば例の現象は影響を及ぼせないと創造主達は突き止めました。ですから更に内側のこの保管庫に詳細な全てを隠し、いつか訪れる来訪者がそれらの記録から問題解決をしてくれる事を非常に低い確率ではありますが、淡い期待を込めて託したのです。ビルの内部にこもれば安全であるとお考えでしょうが、退避前にこの惑星の全入植者は異常事態の影響に晒されており、そして徐々に消えて行ったのです。まるで感染したかのように…』

 感染、とは確かにその通りであるかも知れなかった。忌むべき何某(なにがし)かの悍ましい影響を受け、そしてこの惑星に入植した種族は完全に消失した。

「種族名はノレマッドであったな。彼らの政府、すなわち権力階層構造(ハイアラーキー)がこのコロニーに今現在介入せぬなれば、既に彼らの種族全体がグロテスクな突然変異の現象に感染してしまったという事か?」

『恐らくは…』

 中に足を踏み入れると背後でゆっくりと壁が閉じ始め、そして床から生えているオレンジ色の半透明板の表面から文字や図形が浮かび上がって表示された。美しい三本足の神は宇宙的な速度と知覚とをもってしてそれらの情報の洪水をいとも簡単に読み取って整理し、早くもその口のみの貌に激烈なる怒りが浮かび始めた。先程までぎりぎりで抑えていた憤怒が遂に制御を喪失し、今や怒りの色が再びかの神を包み込んだ。暗い情熱と共に棲み潜む正体不明の敵対者の詳細が徐々にわかり始め、その様子が浮かぶようであった。

 困惑した様子でスレッショルド003はおずおずと訪ねた――狂乱した王の向ける理不尽な矛先が己に向かぬよう祈る臣下のごとき様子で。

『あの…いかがないさいましたか?』

 三本足の神はそのように尋ねられ、今なお己の斜め前方に浮かんで投影表示されているアバターに怒りの滲んだ声で答えた。

「2の5乗の限界値、この単語に聞き覚えはあるか?」

『いえ、保管庫に入って初めてその情報を私は見たもので、先程までは知りませんでした』

「今なお不在の主人に使える者よ、既に存じておろうが、それこそが敵の名なのだ。そう、これより這い寄る混沌によって狂い果てながら擦り潰される愚かで罪深き下郎の名よ」

都市の景観は完全にフォアランナーのものをパクっている。持っててよかった設定画集。

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