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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
106/302

NYARLATHOTEP#12

 農地には誰も〈人間〉がいない――美しい三本足の神は彼らを探すために都市部へと足を運ぶが、一体この惑星に何が起きたというのか。

登場人物

―ナイアーラトテップ…美しい三本足の神、活動が確認されている最後の〈旧支配者〉グレート・オールド・ワン



約50億年前、アドゥムブラリ撃退後:遠方の銀河、田園風景の広がる惑星


 美しい三本足の神は暗愚なる邪悪の具現どもを蹴散らし、それら瀆神の下郎どもがそれ以上戯言をほざけぬよう打ち据えながら無数の地を走破して来たが、今こうして訪れた一見楽園じみた仄暗い怪物の巣穴はいつにも増して腹立たしく、そして忌まわしかった。摩訶不思議にして渺茫なる黯黒の淵を幾度と無く歩み、それらの領域の最深にて名状しがたい悪鬼どもと遭遇した事などは己の無数の側面を通して嫌という程経験していた。だがその中でも今回は特に悪意が強く感じられ、あるいはアドゥムブラリ以来の宇宙的な悍ましさであるかも知れなかった。虚栄の中で腐れ果てた欲望に浸る、糜爛した皮膚を纏った狂人とて無惨極まる最期を迎えるその時までは終ぞ夢想する事すら考え及ばぬグロテスクな悪意そのものにして、他者が苛まれ責め苦に苦しむその様こそを最上の悦びとする理解不能かつ慄然たる何かが、今もこの惑星を己の暗澹たるローブで包み込んでは、この世のものならざるほとんど悪魔的な嗤笑を浮かべては己以外の全てを蔑んでいるのだ。なればこその実体は究極的なまでに腹立たしく、それが座する自己満足の玉座から手荒く引き摺り降ろし、星界の大法廷などに引き立ててこれから訪れる破滅の運命に身を震わさせてやらねばなるまい。あるいはそのまま無慈悲に滅殺し、消え行く最期の瞬間にそれが浮かべる絶望の表情を嘲笑ってやるか。いずれにしても必ずや見付けだし、そして決して許すつもりはない。愚昧なる黯黒の実体よ、貴様がいかにして嘆願しようとも、私はそもそも貴様を許そうと考えた事すら無い。


 濃紺の闇帷が豊穣なる田園風景と自然の驚異を尽く塗り替え、夜目が利かねば人工の光源が存在しないこの環境ではまともに歩く事さえ叶わぬと思われた――少なくとも時間と空間を隔てた向こう側より現れた、あの悪逆の徒どもの原型種族などは特に。

 宇宙的な知覚力を持つ三本足の神は微風(そよかぜ)にマントを揺らされるまま佇み、何故未だに敵を発見できないのかを訝しみながら、やはりまずは一端人里まで降りるべしと再認識していたところであった。ここは自動化された農地であるかも知れず、他には手付かずの自然があるのみであるなら、この惑星に暮らす知的生命体に遭遇できなかったとしても不自然な話ではない。

 ふわりと浮き上がった三本足の神は、右手に握り締めた結晶じみた戦鎚を己の精神力と共に拠り所とした上でこの未知の惑星を捜索し続けており、この戦鎚を献上した有翼の甲殻種族には不思議な絆を感じるものであった。200フィート程浮き上がると周囲の景色はまた違った印象を与え、丘のように低いが木々が鬱蒼と生い茂る山と(がぐわ)しき雑多な草がさわさわと揺れる草原とが地平線の向こうまで広がり、霧のように朧気な雲が何筋か漂うのみの空の向こうには燦然と輝く数多の星々がその命の炎を燃やし続けていた。降下する前にちらりと見た限りではもう暫く突き進めば巍々たる山々があるらしかったが、生憎そちらは進行方向ではなかった。

 やがて地平線や稜線の向こうから徐々に、家来のごとく雲を従えた壮麗なる都市が見え始めた。闇の中でぼうっと輝く白亜の建造物が一繋がりに地を覆い、摩天楼を構成する超高層ビルの幾つかは何らかの技術によって空中に縫い止められていた。建造者達の芸術観は幾つかの様式が見て取れたが往々にして直線に惹かれるらしく、見事な配置の溝や模様によって彩られた高さ数万フィートにも及ぶ中央の6本の浮遊ビルは特に見事であった。円形に配置されたそれらは地上から400フィート近くの高度で制止したまま、遥か遠方からでも見えるきらびやかな極太の電飾か照明らしきものを上から下まで何本か通しており、6本のビルの中央には明るい緑色に輝く巨大なエネルギーの大木があり、それは見上げればビルの頂上を通り越した辺りから無数のエネルギーの枝を天へと伸ばしていた。だが実際にはその木は逆さまに生えていた――どろどろとしたエネルギーの流れは上から下へと流れていた。いずれであろうとその大木は莫大なエネルギーを生成している事を示しており、この巨大な都市を生き永らえさせ続けていた。

 しかしどうにも奇妙な事に、幾星霜を(けみ)してなお健在なるこの都市には住人の姿が遠目からは見えなかった。星空が散りばめられた黯黒のマントを纏う三本足の神は嫌な予感がしたため空中で一端静止し、その宇宙的な視力で都市の全景を睨め付けた。規則正しく作られたこの計画的な都市は都市の内側には植物を一切配置しておらず、周囲の大自然とは隔絶しているようであった。夜闇を屈服させるがごとく燦然と輝くその様は、馥郁たる樹海の上空からこうして眺めているとまるで全く別の位相や次元の摩訶不思議な光景を照覧しているかのような感覚であった。都市が決して蚕食されぬのは材質や使われている技術の高さもあろうが、羽蟲のごとき細かなドローンの群れが都市を保全しているからでもあった。それらの作業がこうして今も健全性を保持しているとなればそれは大した事ではあるものの、しかし明らかにこの壮麗な都市は無人であった。


 都市の周囲のみ特にその濃度と規模が大きな雲を掻き分けながら都市へとすうっと近付き、美しい三本足の神は一体何がどのような名状しがたい悪影響を(もたら)しているのかを突き止めようとした。かの神とて未だかつて見た事の無い材質で作られたビルの外壁を無数のドローンが魚か鳥の大群のごとく通り過ぎ、その動きのパターンを見るに歓迎はされているらしかった。ようこそ、諸世界の守護者よ。

「しかし肝心の〈人間〉がおらぬではないか。〈神〉の端くれとしてはその一点が実に物悲しくてたまらぬぞ」

 かなりの高度にいるかの神の周囲で雲は畏れ多いかのように避けてゆき、そして遥か遠方の稜線の更に向こう側で煌めこうとしていた雷光が恥じ入って鳴るのを中断した。荒れ狂う上空の風でさえ気圧がその諍いを一端和らげた程であった。だが何であれ、生活音の無いという意味合いにおいては(げき)としているこの都市には異様なものを感じる他無かった。見上げると天高くまで聳える巨塔が神々の打ち立てた天を支える柱のごとき威容をもってして建立し、この都市の建造者達がこの惑星の支配者である事を誇示しているという解釈も可能ではあった。あるいはこれらの見事な都市とて、彼らの何らかの敬虔な信仰だとか、雄大な大自然への感謝だとかを示唆しているのかも知れなかった。

 ふと眼下に目を向けると、立ち退いた雲の切れ目から整然たる都市の地上部が目に止まった。都市は円形であり、半径4マイルの巨大な円が遠くからでもその漠然とした全景を目立たせている事は接近中に確認していたが、都市の足を踏み入れると巨人のごとき巍々たる摩天楼のほとんど異界的なスケール感が凄まじい印象を心に焼き付けてならなかった。だが結局のところ人影はおろか船舶の軌跡すら存在せぬなれば、いよいよもってこの都市が既に死滅しているのではないかと危惧しないわけにはいかなかった。仄暗い闇帷の中に隠された残酷無比なる真実を光の下へと曝け出すため、かの神は都市中央部に聳える狂ったスケールの6本の浮遊ビルの一つに接近し、円の外側向けて配置されている神々の国の門がごとき威風堂々たる巨大な玄関口の方へすうっと飛んで行った。玄関口は地上から600フィートの辺りに配置されており、一辺が200フィートもある正方形のそれの前には迫り出した巨大な発着用デッキが省電による寂しさを湛えて静まり返っていた。美しい三本足の神がふわりとデッキの端に降り立つと、偉大なる宇宙的な実体の降臨という光栄を喜ぶかのごとく栄えある都市の光が灯り、巨大なホログラムやエネルギーの帯がデッキ左右の両端やビル本体の表面で乱舞した。豪華絢爛たる成熟された大都会の息吹が心地よく、未知の材質で作られたビルの放つひんやりとした香りが全身を満たした――表面上は。

 表面上は、表面上は、表面上は。よかろう、そろそろここで何が起きたのかを完全に暴き出してやる。

 次話で敵の正体判明予定。

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