MR.GRAY:THE KNIGHT OF MODERN ERA#5
ドンボは数の上でモードレッドとインドラジットのコンビに不利であった。神域に迫る彼らに睨まれたままで余裕ぶれるこの男は一体何を隠しているのか?
登場人物
モードレッド陣営
―Mr.グレイ/モードレッド…アーサー王に叛逆した息子、〈諸王の中の王〉。
―インドラジット…かつて偉大な英雄達と戦って討たれたランカ島の王子。
アーサー陣営
―チャンガマイア・ドンボ…ジンバブエの覇王として名を馳せたショナ人。
―オラニアン…若く美しいヨルバの偉大なる王。
ホームベース襲撃から二五分後:茶色の位相
茶色い空から茶色い荒れ果てた大地へと落下する爆弾は紅色の焔を纏いながら嘲笑うかのように降下し続けた。それを快く思わないランカ島の王子は天に弓を向けて矢を引き絞った。超人的な怪力で力が加わり、やがてそれが爆発的な勢いで弾けると、矢は悍ましい毒を迸らせて恐るべきスピードで爆弾に迫った。
金属が拉げる厭わしい音が鳴り響き、その場にいる三人の臓腑を不愉快極まる振動で満たした。それから一瞬遅れて落下の軌道が逸れた爆弾は空中で爆発した。まだ何千フィートも上空であったが、その爆発音はほとんど至近距離であるかのように感じられた。
「手加減なさったようだが、何故かな?」と妖魔の王子は呟き、力強い目元が柔和さを纏った。彼は更に別の矢を二発放ち、それは次の爆弾とTu‐95Mそのものを射抜いた。
紅色の焔に包まれた恐るべき巨体を持つ禍々しい金属の鳥は、己を射抜いた神域の矢の威力と、己が先程産み落とした新たな爆弾の至近爆発という二つの力に挟まれる形で引き裂かれ、断裂した翼が弾け、茶色い空で銀色に輝く巨躯は爆炎と共に砕け散った。
「手加減、か。確かにそうだな。だが貴公らが騙し討ちや出し抜き合いを好まぬように見えたから、俺もそれに合わせたまでの事」
己の玩具をばらばらに引き裂かれたジンバブエ王は紅色の焔として顕現した己の顔に変化の無い揺らめきを見せたまま、あっさりとそのように答えた。
「優しいな、貴公は」
「いいや、そうではない。單に俺がそのような性質であるだけなのだ」
「それはどういう意味か?」
「何、すぐにわかるだろうて。ところで次はどのような手に出るつもりだ? そちらが有利であろう事は疑うべくもない。今なら俺を討てるかも知れんぞ」
妖魔の王子は高原の覇王の表情を読もうとした。その顔は相変わらずオドエイサーと同様にただの焔でしかなかった。轟々と燃え盛るのみであるそれらにも何らかのパターンがあるのかも知れなかったが、今のインドラジットにそれを解読する術は無かった。
思えばかくも幽鬼じみた実体が朗々たるドラゴンじみた野太い声で喋るというアンバランスさが名状しがたい不気味さを放ち、深く考えればそれだけ恐ろしく思えた。
表情を引き締めてセイロンの王子は問い掛けた。
「貴公の手が読めぬが、しかし我ら二人を相手にしてその余裕は妙だな。貴公はこれより神域の技に曝されるやも知れぬというもの。階梯が何段も上の力を備え、悠久の永きに渡って野を駆け山を越え、海を制した我らだ。数多の魔を撃ち落とすはもはや我らにとって朝飯前、詩文を書くよりも容易き事なり」
高々と自信に満ちた様子で美しい蒼い肌の王子はそのように言い放った。だが何か違う気がしてブリテンの王子は口を挟んだ。
「君はご家族と共に修行ばかりしていたのかと」
「旅ぐらいしていたとも」とインドラジットは指摘に少しむっとした。
「意外と適当だね。ではそろそろ再開と行こうか」
「ところで」
妖魔の王子はふと疑問を口にした。
「何かね?」
「貴公はオドエイサーの事を悪く言っていたが、ドンボは違うのか? 確か…かの王を卑怯者だとか何だとか」
「まあ…烏賊と蛸程度には違うかな」
「それは些か面妖な。貴公も適当だな」
それらの様子をぞんざいに見ていたチャンガマイア・ドンボは、話が一段落付いたと見て身構えた。
「それでは楽しい闘争の始まりだな。ここでは誰も無粋な横槍を入れず、そして我らは純粋に相手の上を往こうと切磋琢磨する。破壊とはそれ故やめられぬのだ、この俺にとっては」
高原の覇王は実に楽しそうな様子でそう語り、彼が表情の窺えぬ焔の塊であろうともその喜びを王子達にも伝播させた。無言で卿は矢面に立ち、それを肩越しに援護しようと地獄めいた矢を番えたラークシャサの王子はいつでも戦える事を卿にある種の以心伝心によって伝えた――恐らく場の空気で。
卿は無防備なままの高原の覇者へと踊りかかった。彼はオドエイサーを無手のまま圧倒できたし、更に言えば不可能を可能にできるインド最強格の射手が援護しているとあっては、かようにして安心して斬り込めるというものであった。
ほんの一瞬で距離を詰め、その拳は彼の主観でも瞬く間に王の燃え盛る顔面へと激突コースを取った。しかし依然〈破壊者達〉の統率者は余裕のままに見え、一瞬の出来事でありながら卿は少しだけ打撃が躊躇でぶれたような気がした。
そして実際のところ、何者かの横槍が入って更なる混沌が訪れたのであった。
闖入者の姿はある種の刷り込みを受けていた王子達に凄まじい衝撃を与えた。オドエイサーとドンボはどちらも燃え盛る焔が服飾を纏った姿で顕現し、尋常ならざる非人間性を威圧的に放っていた。
何故かつて人の姿をしていた彼らがかような姿をしているのかという疑問はあったものの、しかしこれら二例はモードレッドとインドラジットにアーサー陣営の者どもが燃え盛る焔であるという認識を自然と与えた。
それ故人間の姿をしながらもモードレッドの打撃とインドラジットの放った三発の矢を同時に防いで割り込んだ男には驚く他無かった――人間の姿でありながらアーサー陣営だというのか。
「南蛮の屠殺者よ、下らぬ遊びはその辺でやめよ」
肉体年齢は二〇にも満たぬであろうか。六フィート六インチはあろうかという長身は神々しさに満ち溢れ、ラグビーボール型をした大きな目は柔和であるはずでありながら名状しがたい威圧感を放っていた。
少し広めの額や、その上の地肌が見える程度に短く刈られた髪は庭師を配した庭園のごとく整えられ、低い頬骨は顔が下向けて緩やかに狭まっている印象を与えた。
鼻と唇と顎にかけて頑なな雰囲気が醸成され、チョコレート色の肌はじいっと吸い込まれるかのような深々しい印象を見る者に与えた。生まれながらの王であり、然るべくして先任の王から王権を受け継ぎ、そしてよく国を富ませたであろうと思われた。
奇しくもこれより二年後に公開される『新たなる希望』において大虐殺を逃れたジェダイ老騎士が纏う服にどことなく似たベージュのゆったりとした服でその肢体を覆うも、ポンチョ状の上着の切れ込み袖から露出したチョコレート色の腕にはほっそりとした筋肉が乗り、膝下まで伸びた上着の下に伸びる脚はサンダルを履いて力強く地を踏み締めていた。
だらりと垂らした右手には水滴のように先端が広がっている鍔無しの剣が握られ、美麗な細工が施されながらも血を求めるがごとき不気味な黄金の刀身は、あるいはその刃の形状そのものが滴る血液の落ちるその瞬間を模しているのかも知れなかった。
防御のために上げられた左手は何やら奇妙な薄刃の曲刀を持ち、それは反りが持ち主の側へ来るよう持っているものだから一体どのような技が繰り出されるのか予測が困難であった。
このナイジェリア風の男は誰なのかとモードレッドは警戒しながらも、現に己の手が左側の曲刀で受け止められて微かに出血しているという事実に焦燥感を抱いた。
ジンバブエ王は己の目の前で繰り広げられる拮抗をつまらなさそうに眺めながら呟いた。
「かくして望外の喜びを得られたというのに、それをさっと切り上げろとは無情なものよ」
だがその瞬間、異様なまでの威厳と共に立つ人間のままのアーサー陣営の美少年は滲み出るような凄まじい殺気を放ち、インドラジットは危うく矢を取り零すところであった。
モードレッドはナイジェリア的な美少年の放つ風のイサカじみた恐ろしさに身が竦み、慌てて地を蹴って二〇ヤード後退した。握り締めていた右手の指の付け根に残る小さな痛みと出血を庇うように左手で覆った。
「私は戦いたいと望んでいたわけではない、あの日の誓いは今も変わらず私を律する」とナイジェリアの若き王は振り返りながら肩越しの殺人的な睨みを利かせた。高原の覇王は燃え盛る顔のままでそれを受け流した。
「俺は、破壊したいのだ」
「誠貴様は愚昧にして、地獄に堕ちるべき怪物よ。私は忌むべき事に戦えと命令された。この私に再び戦えとな!」
その瞬間彼は両方の剣を交差させるようにして地面を打ち払い、茶色い位相の茶色い砂埃が爆発的に舞った――実際爆発した。
「俺は別に無礼にも寛容というわけでもないぞ、ヨルバ人。俺に再び同じ事はするな」
「黙れ、貴様を屠って戦利品としても構わぬぞ」
モードレッドはインドラジットと目を合わせた。仲間割れしてくれるかも知れない。
「俺も別に貴公とやり合ってもよい、何せ貴公はあそこに見えるログレスの王子よりも研ぎ澄まされた戦士であるが故に。だが…俺と貴公が争えばいずれがいずれを殺そうとも決着は早かろうな。生憎勝率は俺が三で貴公は七だが」
ジンバブエ王はほとんど神じみた暴力的な殺気を適当に、かつ本気で怒らせて面倒にならぬよう捌いていた。モードレッドは朧気に悟った――あの王者はより長く戦いを続けるため、より長く楽しむために立ち回っている。
いらない事を言ってぶち壊してやろうかと一瞬考えた。口を少し開いたが、己がそこまで口が上手くないと結論付けて中断した。喉は渇き、周囲の荒涼たる有り様には落ち着かない感じがした。だが彼は先程ドンボにあの謎の王よりは弱いと評された事に少々腹が立った。
「ま、少なくとも今は仲良くしようではないか。俺と貴公で鞍を並べ、かの王子らを蹂躙せしめる。それで不満か、イフェのオラニアンよ?」
モードレッドは即座に物思いから引き戻された。何たる事か、オラニアンとは…。
「余もその名は聞き及んでいるぞ…確か…」
「ああ、イレ=イフェの偉大なる王にして戦士でもあったオラニアンだ。まさか異郷の神の子を相手にする事になろうとは。確実に強敵だぞ。それにこうやって驚き続けるのもそろそろ飽きたな。インドラジット、我々や敵陣営はそれぞれ何人参加するんだ?」
まさか無制限ではあるまい…恐らくは。
「余の受けた天啓によると…それぞれの〈諸王の中の王〉は六人を従えるらしい。五人でも七人でも、それ以外でもなくな」
ここでオラニアン。例によって謎のアフリカ押し。




