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FANCY NOVELS  作者: ハゲゼビア
103/302

BREAK THE CELL#2

 己を庇ったゴッシュは目の前で死に、謎の少女は少年を連れ去った。全ては嵐のように彼を翻弄し、そして現実の脅威であるブレイドマン――その実機械の肉体へ精神を移した、邪悪な魔術師――から逃げねばならない。逃げなければまたゴッシュのような巻き添え犠牲者が出るという、無慈悲極まる現実を突き付けられたが故に。

登場人物

―ジェイソン・エイドリアン・シムス…孤児の少年。

―65−340…謎の少女、感情に乏しい。

―ブレイドマン…妖しい瘴気を放つ日本刀を振るう、機械の肉体を持つ魔術師ヴィラン、ジェイソンを狙う。



〈揺籃〉事件の数日前:マサチューセッツ州、ボストン


 まず彼らは空中へと飛び出して飛行した――というよりジェイソンは彼女に空中を引き摺られた。そして最寄りのビルの屋上まで絶叫する彼を連れて逃げ、そこで一端止まった。

「このユニットは飛行機能を装備、お前は飛ばないため我々に支給されていたアーマーをお前に装着させる」

 そう言うと彼女はコートの下から折りたとまれた紺色の物体を取り出した。ジェイソンはまだ脚が震えており、先程の空中散歩は地獄めいた体験と言う他無かった。

「お前も死にたくないはず。我々にとってもお前の死は多大な損失。協力しなければお前を存命する事は不可能」

 バンコクのお嬢様学校に通うタイ人らしく見えるこの美少女は全くもって機械的な声でそのように淡々と事実を告げた。だがいきなりの事が続き過ぎて頭が追い付かないジェイソンはそれどころではなく、現実逃避とも悲嘆ともつかぬ状態で(うずくま)った。

 65−340と名乗ったこの冷淡な少女は手段を変えた。

「奴の仕草や声から予測。お前を捕まえて脳髄を摘出する可能性は最低でも四〇.九八パーセント、要警戒。お前が生きたままそれを実行されて受ける肉体的及び精神的苦痛はかなりの高レベル、我々の指示に従う事を推奨」

 威圧するでもなく、彼女は別の事実を淡々と述べた。感情の色も見られず、抑揚に乏しく、『アベンジャーズ』のジャービスをノイローゼにさせたような印象を受けた。だが結局のところジェイソンは顔を上げた。愚図の振る舞いは時には求められないものであり、時には死を招いた。

「行けばいいんだろ」

「了承に感謝する。アーマーの即時装着を――」

 そう言いかけて彼女は言葉を途切れさせ、鋭い射撃を後方へと振り向きながら放った。秒速一四マイルにまで加速された重イオンの塊が即座にあの忌々しい白亜の機械を捉え、それは空中で左手に握られた妖刀を振るって防御の術を発動させながら右手で体を庇うかのような体勢を取った。

 爆炎が晴れると直線距離で七〇ヤード程度離れているのがわかった。ジェイソンはどこかあの機械の仕草に違和感を抱いた。違和感の塊である事は別にして。だがまだしぶとく追って来る機械の男に対しての恐怖が芽生えたため、彼はアーマーを着る事を決めた。

「わかったよ、始めて」

 よくわからないが彼女の指示に従えば事が運ぶらしかった。謎の襲撃者から守ってくれる黒衣の少女の手からアーマーが離れ、それは気弱だが少し怒りっぽい少年の体へすうっと近付いた。

 目の前でがちゃがちゃと変形(トランスフォーム)するそれが怖くないわけではないが四の五の言える状況でもなかった。体に食い込んで突き刺さって同化するようなものでもない限りは受け入れようと考えた――あくまで希望的観測だが。

 その間にさる令嬢と同じ顔をした目の冴えるような美少女は、銀色の武器を車外に突き出たスーパーチャージャーのような形状に変形させて光るクリスタルのような謎の物体を数発発射した。

 彼女はまるで往年のシュワルツェネッガーであり、思えば『ターミネーター』は女性ターミネーターを出すプロットでドラマ化していた。追い縋るそれらとの追跡劇に時間を割く事となった白い機械の男を尻目に変形した紺色のアーマーはジェイソンの全身をおよそ五秒で覆った。

 情けない声を上げながらされるままだったジェイソンは装着が終わると疲れた様子でへたり込んだ。アーマーはほとんど関節に干渉せず、座っても違和感は少なかった。

「それで、次はどうすればいいの?」

「我々はこの惑星にあの男の悪影響が出る事を危惧、このまま宇宙へ逃げる」

「ちょっと!」と彼は慌てた。宇宙だと? 冗談はそろそろ聞き飽きた。

「お前と親交のあった個体を思い出せ」

 だが彼女はあくまで機械的であった。表情は変わらず、彼女が言っていた話をよく思い出してみると奇妙な点がいくつもあったものの、ジェイソンはそれを一時的に忘れていた――彼女の言う『個体』とはつまり。

「あの個体をブレイドマンは即座に殺傷、あのような事例が再度起きる可能性はかなり高確率と予測。お前がこの惑星に留まると犠牲者が出るのはほぼ確実」

 ジェイソンは目の前で殺された友を偲んだ。彼にとってはゴッシュこそがヒーローであった――ヒーローと言えば。

「でも…ネイバーフッズとかに守ってもらえば…」

「彼らが来る前に発生する推定犠牲者数は一〇〇〇人」

 ジェイソンはビルの屋上から周囲を窺った。人々が慌てて逃げたり、野次馬をしたり、あるいは泣き喚いていた。まだ殺傷された形跡は見られないが、放っておくと危険だ。

「早く決断しろ。お前達が使用する惑星規模のネットワークから情報を抽出、使えそうな例題を検出、我々の解釈に変換。『お前はフィクションの主人公かも知れないが、お前の周囲にいる人々はフィクションの登場人物ではない。犠牲者が出れば、それはフィクションではなく現実の事件。お前はそれを背負うか無視するか、いずれにしても非効率的』」



数分後:アメリカ東海岸上空


 という事でジェイソンは再び絶叫の空中散歩する事となった。今度は猛スピードで少女と共に上空へと突き進み、アーマーは彼女の制御下にあったが辛うじて動かせる首を下方に向けると、真下は無理だが地平線とその手前までは見えた。

 吹き荒ぶ暴風の轟音と雲に視界を遮られつつも随分小さくなった地表の市街を視認し、彼は更なる絶叫を上げた。アーマーは彼の頭部もすっぽり覆い、透明の前部パーツの内側で彼は映し出されるHUDの情報など全く無視して恐怖し続けた。

 やがて吐き気が込み上げたが、妙な音が鳴ったかと思うと吐き気はすうっと消えていった――アーマーの機能は恐ろしく、憎たらしいまでに高度であった。

 びゅうびゅうと音を立てる周囲の空気とアーマー越しに感じられる空気の抵抗感、そして保たれた気温の外で渦巻いているであろう凄まじい冷気と、徐々に広がりつつある漆黒の星空。太陽は既に遮光しなければ致命的なまでに輝き、有害な宇宙線が乱舞する宇宙空間へと近付きつつあった。

 セイバーで縦横無尽に戦う『アッパーカット作戦』になど志願するべきではなかった――次は地球を守るためにその命を捧げる事になりそうであった。

 ご丁寧に吐く権利さえ奪われ、吐瀉物とヘルメットの中の密閉空間で仲良く遊ぶ余興を禁止されたジェイソンはそろそろ声が枯れて来たせいか、徐々に叫びが小さくなってきた。

 咳き込んで声が詰まり、やがて叫びも止まり、体の震えも徐々に消えた。掻き分けられる大気はまるでメスを入れられた人体のように生々しく、地平線の方を見ると既に大気の層がぼんやりと光り輝いていた。

 その光量と夜の側の地球をぼんやりと見ながら、次は何が起こるのかと半ば諦めた気分で待ち構えた。アーマーをコントロールする冷淡たる少女はどうやって生身でこの環境に耐えているのかと気になったので彼女の姿を探した。見れば彼がそうやって探している事に気が付いた彼女が角度を調整して彼に接近して来ており、彼女は通信機能で呼び掛けてきた。

「用件を述べよ」

「君が」枯れた声であったため言い直した。「君が生身なのが気になって」

「このユニットは我々がこれまで座乗していたユニットよりも表面箇所が脆弱、我々はシールドで有害な環境をシャットアウト」

「そう」



数十分後:月面上


 意識を手放したらしく、次に気が付くといつの間にか地表にいた。ここはどこだろうかと思う前に彼は己がどこかに寝転がっている事に気が付いた。見れば周囲は荒涼たる岩に覆われ、夜になっていた。

「あれ? また地球に?」と彼が呟くと、それを少女が否定した。

「ここは地球唯一の衛星、その地表上。重力の差に注意、地球と比べてこの衛星は遥かに重力が微弱、必要ならアーマーで補正可能」

 つまり彼は月にいるらしかった。夜どころか、ここは常に漆黒の空の下にある。とは言え太陽に照らされる側であるから、幸いにして周囲の光量はかなりあった。

 何十万マイルも向こうにあるはずの地球を探そうと起き上がろうとし、起き上がりながら立ち上がっている最中に地球を発見した。

 装着したままのアーマーの中で彼は感嘆の声を漏らし、巨大な地球の半球が燦然と輝いていた。青と白の輝く宝石はこの灰色の地表と比べて非常に暖かく、彼は今になって恵みある大地からの離別に心が軋んでいた。

「時間ある?」

「あまり無い。予想ではブレイドマンはすぐにお前と我々を発見し、そうなれば交戦は不可避」

 シールドがどうとか言っていたが生身であろうあの美少女の姿を探し、コートを着込んで立つ姿を実際に見るととても不思議な気分になった。彼女は何者なのか? 明らかに人間ではなかった。

「じゃあ逃げながら話すとか…」

「それは可能。お前の生存と地球での被害阻止、及び我々の目的を達成するには速やかな星系内からの離脱を推奨」

「凄いや。次は寄生生物が眠る古代文明の人工惑星に行くのかな。それか緑に輝くガンマ線の溶岩が流れる星にある星人の大都市とか…何でもない」

「それらの可能性は否定。後者に関しては、今追って来ている敵は頭部の皮膚を剥いで高エネルギー攻撃を敢行する事はないものの、それと類似した強烈な攻撃は可能」

「えっと…それもインターネットを検索したの?」

「否定、我々は既に蓄積した地球のデータからそれを抽出、とにかくすぐに出発する。アーマーは引き続き我々が操作」



数時間後:太陽系、木星近縁


「それで、君は一体誰なの?」

 高速で流れるのはすぐ周りの風景のみであり、遥か遠方に同星系内の天体があるか無いかという環境では微かにそれらが動いているのが見えるのみであった。

 今一体どれだけの速度が出ているのかわからないものの、寒々しい真空中を流離うのは非常に恐ろしい体験であるはずだ――慣れ始めていたが。

 ぼうっと浮き上がる木星はギリシャや北欧の巨人族のごとき威容を誇り、従える矮小なる衛星群でさえ化け物じみていた。ジェイソンは質問しながらも轟々たる木星の大嵐についてのコラムを思い出し、その勢いがほとんど最終兵器の粋である事をぼんやりと想像した。

 もしかすれば65−340と名乗ったこの少女かその仲間が、それに匹敵する凄まじいSF的な超兵器を所持しているかも知れなかった。

 少女は無感動に己の出自を述べた。

「我々はメガ・ネットワークから派遣された個体群」

 全く意味不明な怪文書の冒頭文に思えた。彼にとっては異次元の女公だのイス銀河の悪鬼だの『ワークショップ計画』だのはテレビの向こうの話であり、それはテレビをリモコンで消せば閉ざされるただの情報でしかなかった。

 故にこうした非日常に叩き込まれた事で当事者になるという事の微妙な心境がよく理解できたが、それはそれとして彼女の発言はよく理解できなかった。

「それっぽい話はもう聞いたよ。そのネットワークって何なの?」

「メガ・ネットワークは既に滅んだ創造主が滅亡前に製作した機械群。我々は創造主の滅亡と共に独自の活動を継続。やがてPGGと接触、彼らと同盟。PGGとは汎銀河規模の多種族混成の集団、国家の連合。名目上は銀河の治安と防衛を担当するが、実質的にはこの銀河の諸種族を代表する総合窓口。かつて地球から脱出したお前達の種族の子孫が異次元から到来した二種族と同盟を結び、三種族は基礎を形成、現在に至る」

 隣を飛んでいる黒衣の少女は表情を変えぬまま、そのように述べた。よく見ると彼女はとても美しく、それ故今更少し緊張した。だが彼女はそうした知的生命体らしい反応には疎かった。

「映画みたいだ…それに僕達と似た種族もいるんだね。じゃあ君ってロボットなの?」

「ロボット、お前達の概念に当て嵌めればその解釈も妥当。このユニットに座乗する我々はメガ・ネットワーク総体から派遣された五〇〇個のソフトウェア、独立して活動中。現在の最優先任務はお前の護衛、PGGも了承、しかしお前を拉致する形となった事に関しては謝罪」

 謝られた事に大して彼は逆に同情した。己のようなそこら辺にいるどうでもいい子供が、意味のわからない機械の男に襲撃されるから、それを遥々守りに来たなど。

「いいよ。どうせ僕は孤児だし家族は…」だがどうでもいいと思っていた真の家族を別としてみれば、彼は存外今現在周りにいた人々に感謝し、そして親しみを持っていた己に驚いた。

「ちょっと泣いていいかな」

「アーマーでサポート可能。周囲に有機生命体は存在せず。我々はお前の行為に対して詮索せず。安心して泣く事が可能」

 他に誰もいない、ぞっとする程の孤独なこの只中で、彼は地球から引き離されている己の運命を泣いた。ゴッシュはやはりいい奴で、もっと話しておけばよかった。

 ドラマじゃあるまいし、何故死別する前の最後の会話とは刺々しく、喧嘩腰なのか。そして死別してからこうやって泣かねばならない事の辛さを思い知った。

 涙を乾燥させようというアーマーの高度な機能が憎たらしかったが、彼は高速で飛びながら泣き続けた。

 ブレイドマンの拗らせ部分をもっと掘り下げる予定。そろそろPGGを主導する種族以外の雑多な加盟種族及び非加盟種族についても垂れ流さなければ全くコズミック系の設定が固まらない。

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