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明日、嫁ぐ前に

作者: 北郷
掲載日:2013/09/08

母と娘、二人だけの歴史。

「うん、ありがと」


 振り向きもせずに、そう応える。

 それなりに大人になってしまった今、心を受け止めることも出来るし、感謝の言葉を返すことに躊躇いもない。

 ちょっと照れくさいけど、私よりも10センチ以上も背が低くくなった母に対してだってそれは同じ。

 幾つもの出来事が過ぎ去って、今の私が此処に居る。

 多分、成長した私が居る。


 でも、まだ母に対して出来ないことが一つだけある・・・



 私も数年前からやっと意識せずに母と一緒に出掛けることが出来るようになった。特段の意識をせずに自然なながれの中で・・・


 なんてこんなことを思うのは、ちょっとした心の掛け違いがずっと尾を引いているからである。

 それは、子供だった私の一方的な責任。

 私の心が未熟だったせいであって、決して母に何か問題があった訳でも、母が嫌いだったとかそんな訳でもない。

 単に、母が少しだけ周りのお母さんより歳を重ねいただけの他愛のないことでしかない。


 ただ、幼いころの私には、若いお母さんへの憧れを持っていた。それで、周りの皆を羨ましく思ってしまっていた。

 なんとなく引け目を感じることもあって、それが恥ずかしさに繋がることもあった。それだけのことである。

 そんなことが、母を敬遠することに繋がってしまったのだ。


 きっかけは、今でもはっきりと覚えている小学3年生の時の参観日、

「幸枝ちゃんのお母さんってさあ、年取ってるね」友達からそう言われたことだ。


 母は晩婚で、しかもなかなか子供に恵まれなかった。やっと子供を授かったのが40歳の時。それが一人っ子の私だ。

 そんなこともあり、母は私を凄く愛してくれた。溺愛に近かったかもしれない。

 母に叩かれた記憶も無いし、恐い顔も見た記憶もない。私もそんな優しい母が大好きで、本心ではいつも一緒に居たかった。

 それなのに、あの時言ってしまった。


「お母さん歳を取ってるから、もう参観日には来なくていいよ。外も一緒に歩きたくない」と。

 ただ、恥ずかしかったことへのはけ口で言ったに近い言葉であった。

 軽い気持ちで吐いただけで、それ程強い言葉を言ったつもりでは無かった。


 母も私のその言葉に何も応えはしなかった。

 ただ、平然とした顔で真っ直ぐ前を向いていた。

 それだけだった。

 なのに、その時の姿が今も忘れられない。


 もちろん、小学生の私がそれから母と外出をすることが無かった訳ではない。

 でも、それからの母は、私の少し”後ろ”を歩くようになっていた。いや、最初に私が並んで歩くのを避け、少し先を歩くようになったのかもしれない。


 参観日だって来なかった訳ではない。それからは他人のふりをして、小さな体で一番”後ろの隅”から見守っていてくれた。

 小学5年生の時、父が亡くなって働きだした後も、参観日にはパートを休んで来てくれていた。

 ただその距離間の積み重ねから次第に気まずくはなって行った。そして、中学生になってからは、殆ど一緒に出掛けることも無くなり、会話さえも減って行った。


 あれから母はいつも私の前にいなかった。いつも”後ろ”にいた。

 そんな私なのに、母はいつも私の母でいてくれた。

 今だって、明日、嫁いで行ってしまう私の母でいてくれている。

 その母を、老いた小さな母を一人置き去りにして家を出ることは、私だってもちろん躊躇った。どうしたらいいのか分からなくなった。

 でも、そんな私の背中を母は押してくれた。


 いつものように”後ろ”から・・・


 ・・・今、私の少し後ろを歩いているのも、その時からの習慣であって、今の私が敬遠していないことは母だって分かってくれていると思う。

 もし、母に聞いたら、きっと「今更恥ずかしくて並んで歩けない」と言と思う。

 それは私も同じ。意味合いは違うけど。

 あれだけ周囲の目を気にしていた私が、今更どんな顔して並んで歩いたらいいのか分からない。


 でも、今日は最後の二人だけの家族の日。

 ”最後の二人だけの食事”に母を誘い出したのは、いつも後ろから私を見守ってくれている母に、絶対にこの目的を果たす為。


 だから・・・、だから今がチャンス。

 今、後ろから私の襟元を直してくれている母の手を・・・


 よしっ!


 強引に腕を掴んでやる


 手を回して引き寄せてやる


 腰を少し曲げて、小さな母と腕を組んでやる


 そして、そして、言ってやる

 

「母さん、

 お母さん今までありがとう

 母さんが母さんで良かった・・・」


「・・・・・・・」


 ―― 穏やかに時が流れている。

  熱くなった頬にあたる風が懐かしく感じる。

  腕の感触が懐かしくて・・・むかし見た景色が溢れ出て来て胸が熱い。


 横に並んでしまった。ついに、15年ぶりに横に並んでしまった。

 恥ずかしくて、思いっ切り笑顔を作って母の顔を覗き込んでみる。

 母は私と目を合わせず、あの時の同じように真っ直ぐに前を見たままだ。


 でも、違っている。

 あの時とは違っている。

 目に、目に一杯の涙が溢れている。


 初めて見た母の涙。

 あの時だって平然と前を向いていた母。


 あの母の涙が、

 今、零れ落ちていく・・・


<おしまい>


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― 新着の感想 ―
[良い点] 母親の強さと優しさを感じられた。 [気になる点] なし [一言] これからも程々に続けて書いて下さい。
[一言] こんばんは! やっばいですね。 なんかこう、普通にうるっときました。 北郷さん、こういうのも書けるんですよねえ、凄いわあ。 それに、なんていうか、母親と娘の互いを思う気持ちみたいなのが、す…
[一言] 良いですね。 さだまさしの「秋桜」を連想してしまいました。 北郷さんも、エロ抜きのまじめなお話を書くんですネ。 ちょっとだけ、びっくりしました (*´д`*)
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