突然の雑学
「それでは改めまして。お邪魔してます!お帰りなさいませ旦那さま!あなたの家の妖怪『こたつさん』であります!!」
目の前の彼女こと自称『妖怪こたつさん』は整ってるんだか整ってないんだかよくわからない、でもピシッとした姿勢で敬礼(?)のポーズをとった。
彼女の敬礼もどきは通常の斜めの敬礼と異なり、肘と腕が直角に、つまり指先が天井を向いている。
そして、ボクが尋ねてもいないのに、彼女はべらべらと語りだす。
「ふふ~ん。今あなたは、『こいつ敬礼なのになんで縦に敬礼してるんだ?なんでだ?気になって眠れないぞ!!』と思っていることでしょう!!」
目の前の自称妖怪は得意げにそんなことを言い始める。
いや、ボクが聞きたいのは敬礼より前の話なんだけど…なんで自称妖怪がこの家に住むことに決めたのかとか、どうやって家に入ってきたのかとか、どうやれば穏便に出ていってもらえるかとか、そういうことがボクとしては一番聞きたいんだけど…!!
そんなボクの視線をどのように勘違いしたのかは分からないが、彼女はうんうんと頷きながら、もったえぶるように言う。
「いやぁ、聞きたそうですね!気になって仕方がないんでしょう?どうしようかなぁ…特別に教えてあげようかなぁ?」
…なんかむかついてきた。
「知りたくないです…とりあえず疲れたんで黙ってくれません?」
彼女は「えっ…」という顔になり固まった。
「えっ?知りたくないんですか?そんなことないでしょう?気になって仕方がないでしょう?直角敬礼の秘密。この敬礼の持つ深い意味が気になって仕方がないでしょう?」
「いや、まったく、これっぽちも気になんないんで、その話やめてもらえます?」
これっぽっちも気にならないはさすがにウソだったが、いい加減疲れてきていたので発言も適当にあしらう感じになってしまっている。
「いや、あの、そんなこと言わないで…。本当は気になって仕方がないんでしょう?」
「いや、まったく」
「そんな…いや、そんな、聞いて下さいよ、お願いですから…!!こっちとしても不完全燃焼ですから!!」
「…そこまで言うなら、まぁ、聞くだけ聞いてあげます」
いい加減めんどくせぇ…話すなら話せ。
ボクの答えを受けて、彼女はぱぁっと笑顔を輝かせる。
その顔はとってもいい顔で、すごくキュートなのだが…いかんせん、ウザい。
「コホンッ」
彼女は一度咳払いをすると、しゃべりだす。
「それでは、あなた様がどうしても聞きたいというので、ネタばらしです」
「…いや、そういう態度に出るなら聞きたくねぇんで黙ってもらえます?」
「…ゴメンナサイ。聞いてください。恐れ多くもあなた様が聞いて下さるというので、話をさせてくださいお願いします…」
彼女は強気に出たり、低姿勢になってみたりと忙しいテンションで表情をくるくる変える。
なんか…疲れるけど面白いな。これ。
「それでは、解決編!!私が今して見せた垂直敬礼。これはある部隊によってのみ使われる、特徴的な敬礼なのです!!どこかわかりますか?」
「…さぁ、検討もつかんわ」
ついでに考える気もないとは言わないでおく。
「実はこの敬礼は、聞いて驚け、海上自衛隊の自衛官の敬礼なのです!!なぜ海上自衛隊の敬礼が縦なのかわかります?」
「いや、知らんてば…」
ここで一拍おいて、再び「ふふん」と得意げな自称妖怪。
「どうしようかな~?教えてあげようかなぁ~?やめようかなぁ~?」
「いや、だから聞かんでもいいってば…」
「いやいや~またまた、そんなこと言って~今はいいと思ってるかもしれないけど、夜寝るときに、『結局答えはなんだったんだ~』って気になっちゃって寝られなくなっちゃいますよ!!」
「いや、なんないし…。仮になったとしても、そん時はネットとかで調べるから問題ないし…」
「なっ…そんな、ネットとはなんぞや?」
「えっ?ネットも知らんの?」
そうか、妖怪なら知らないのか?いや、この子はどう見ても妖怪とかじゃないけど。
「ネットはあれだよ。いろんなことが検索ワードを入れると調べられる情報ネットワークのこと」
「つまりあれですか?万能辞書のようなものですか?」
「ああ、まぁそんな感じ」
「それはまた面妖なものです…。まったくもって妖怪の私に面妖といわせるとは、グーグルにヤホーはげに恐ろしいものですなぁ~」
…めっちゃ知ってんじゃん。
「…まぁともかく、あんたに教えてもらわなくてもボクは答えを調べられるので問題ありません。話したくないならいい加減黙ってくれます?」
「いやはや…御見それしました。完全に論破されました…。頭があがりありません…。それでは、あなた様の勝利の記念として、答えをお教えしましょう!!」
まだ続くのかよ…。
「実は、この縦の直角敬礼は、海上自衛隊で用いられる敬礼なのです!!」
「ほぉ…」
「海上自衛隊は、船の中の通路や、あるいは潜水艦などといった、狭い構造物の中ですれ違い、敬礼することが多いので、狭い中でも移動の邪魔にならないように縦に敬礼するのです!!」
「へぇ…」
彼女はそこまで語り終え、「どやっ!!」という顔でこちらを見た。
彼女は何かをやり遂げたような、実にいい顔をしており、それはそれは気持ちがよさそうだった。そんな彼女に向けてボクが発するべき言葉は、これがふさわしい。
「…でっ?」
こうして意味もなく長く続いた、自称妖怪による雑学披露(疲労)がようやく幕を閉じた。