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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

関西夫夫

猛暑

作者: 篠義

「暑い、暑い、暑い。」


「ガリガリ君でも食うとけっっ。」


「もう、ええやろ? 花月。なあ、もう、勘弁して。俺が悪かったから・・・・もう言わへんからっっ。」


「まだ、あかん。これも体調管理の一環や。」


 本日は、今シーズンの最高気温を記録するだろうという晴天の日。洗濯は、さっさと乾くし、空には雲ひとつない。どっかのあほが、「心頭滅却すれば火もまた涼し」 と、あほなことを言って、クーラーを切った。新聞を読んでなかったという敗因はあるのだが、俺の提案に飛びついたのは、水都のほうだ。


「がまん大会をして負けたもんが、飲料水の買出しに行く。」


「・・ふふふふ・・・俺は勝てる自信がある。やったろうやないか。」


「ほんなら、今からな。」


「おう。」 


 と、ぽちっと、クーラーの停止ボタンを水都は切った。それが昼前のことだ。ただいま、午後三時。窓を全開にしても風がないから、ただ暑いだけという状態で、ごろごろと廊下に転がっていた水都は、すでに泣きを入れている。こいつの場合、普段から職場で、たくさんのコンピューターが放出する熱を下げるために、かなり低い温度に設定された場所で働いている。人間よりも、コンピューターの熱暴走を阻止するための温度設定だから、そこは完全に冬の世界だ。


 対して、俺は公務員。税金を支払ってくれる皆さんからのご要望により、温度設定28度という暑い世界で暮らしている。はっきり言って、暑い。クールビズでも暑いという職場だ。勝負なんて見えているのに、それに気付かないのが、俺の嫁だ。


 まあ、勝敗なんて、どうでもええのだ。要するに、その寒い職場にいる俺の嫁の体調を良くしようとすると、半日くらい常温で過ごさせて汗をかかせるほうがいいから、その提案をした。飲料水の買出しなんて、ひとりでは無理な話で、ふたりで行かなければ、箱ものは運べない。


 うだうだと融けている俺の嫁は財布を手にして、ふらふらと立ち上がった。


「・・・俺・・ちょっと散歩してくる・・・・」


「おう、ほんなら、おまえの負けな? 」


「もう、なんでもええわ。ビールと炭酸水買おてくるから、クーラーつけて。」


「今はやめといたほうがええと思うけどな。」


「あほ、こんなとこにおるくらいやったら、スーパーで涼むほうがええ。」


 普段、日中に外へ出ない俺の嫁は太陽というものを、バカにしている。まあ、ええか、と、放置して玄関から出て行くのを見送った。それから、階段を降りる背中を眺めていたら、炎天下へ出た途端に、へろへろと肩を落として戻ってきた。


「花月、お願いしたいことがあるねんけど? 」


「なに? 」


「何してもええから、クーラーつけて。」


「その前に言うことあるやろ? 」


「俺の負けです。」


「はい、ようでけました。とりあえず、水風呂入れ。クーラーは夕方まで禁止やからな。後二時間我慢せいよ。」


「えええええええええええ」


「その代わり、今夜はタイマーなしで、クーラーかけてもええ。」


「俺、死ぬ。」


「いや大丈夫や。死ぬのは夜に、そらもうたっぷりとな。なんせ、明日も休みやし。」


「それ、クーラーかけても意味ないんちゃうん? 」


「いやいや、これぐらいしたら、ええ感じやろ。」


 冗談やない、と、俺の嫁はクーラーのリモコンを探しているが、どっこい、そんなわかる場所に置いてあるわけがない。あっちこっちの引き出しを開けているが、そんなところに隠しているわけがない。


「二時間忘れさせたろうか? 」


「風呂場は痛い。」


「けど、涼しいのは風呂場やで? 」


 だらだらと汗を流しているところをみると、そろそろ茹っているようだ。なんだか、ちょっとぼおーっとしているので、やばい。あんまり苛めると熱中症になりそうだから、台所の鍋からリモコンを出した。


「ほら、ここにあるで? 」


 うちのクーラーは、各部屋に設置しているが、どれも同じリモコンを使用している。取り上げようと手を伸ばして来るものと身構えたら、抱きつかれた。おや? と首を傾げたら、嫁の太腿が俺の足の間に割り込んできて、ゆらゆらと動かされる。珍しいお誘いやなあーと、俺が嫁の背中に手を回した途端に、リモコンを取り上げられた。


「なんよ? 」


「・・おまえなんか、ひとりで灼熱地獄で苦しめっっ。」


 リモコンを手にして、スタスタと、自分の部屋に戻ろうとするので、慌てて追い駆けた。お互いのプライベートというものがあるから、と、同居当初に、鍵がかかる部屋にしたのだ。


「つれないこと言いなや、水都。」


「うるさいわっっ。もう暑いのはええんじゃっっ。」


「せやから水風呂へやな。」


「あの狭いとこへ二人で入ったら窒息する。」


「・・・んー・・・とりあえず、すっきりさせたろうと思ったんやけど。まあええか。」


「やらへんっっ。」


「俺に火をつけたのは、お・ま・え。」


「あらぁー緊急措置じゃっっ。勝手に自家発電しとけっっ。」


 どんっっと突き飛ばされて、部屋から強引に追い出された。クーラーをつけた音がするので、やれやれと俺は風呂場へ移動する。別に、リモコンは、あと二個あるから、あれがなくても問題はない。


・・・・天岩戸かい?・・・


 ガチャリと鍵をかけていたが、あれはあんまり意味がない。女神様なら、いざ知らず、ただの人間の俺の嫁は、生理現象というものがあって、それにはトイレが必要だからだ。暑い、暑いと麦茶を飲んでいたから、そのうち出てくるだろう。そこを捕獲すればよいことだ。


・・・あー、やる前に、飲料水の買出しだけ付き合わせなあかんな。・・・・・


 それさえ済ませたら、明日も休みなので、のんびり朝寝をしようと考えている。連休ではあったのだが、暑くて、どこかへ出かけようという気分にはならなかった。だから、二人して、バカバカしい我慢大会などやっていたりする。水風呂で、すっきりした俺は居間に戻った。


かちゃり


 嫁の部屋の扉が開いたので、えら早やな、と、思ったら、水都が、ちょいちょいと手を動かして呼んでいる。


「なんよ? 」


「涼みにきやへんか? 」


「それは、お誘いなん? 」


「いや単なる涼み。買出し行かなあかんから、そっちは夜に。」


「買出しは、二人で行くさかいな。」


「そうか、おおきに。せやけど使い物にならへんのは問題やから、そっちは夜。」


「そっちて何よ? 」


「そっちはそっちじゃっっ。」


 なんで、今更、そんな単語で照れるのか、かなり疑問だが、まあ、そういうところが可愛いといえば可愛い。ふたりして、夕方までクーラーの部屋で昼寝をした。






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