(`д´)
「おはよう。ダディ」
私がわざと大きな声でそう言ってやると、
さすがに顕もちょっと恥ずかしそうに周囲に目をやった。
「おい。店の中でそんなこと言うなよ」
「あら、顕が綾音にそう言えって言ったんでしょ?」
「・・・」
「だから私もそう呼ばせてもらうわ」
すると顕はなれなれしく私の肩に手を回してきた。
「わかった。でも、ベッドの中だけにしてくれ」
「羽田さん、おはようございます。あれ?顔、どうしたんですか?」
「おはよう、野口・・・いや、ちょっと裏拳を食らって・・・」
「は?」
鼻をさする顕を、顕のショップの野口君ってバイトの子が不思議そうに見る。
「野口。俺、ちょっと倉田さんとだいじ~な話があるから、ちょっと出るな」
「はい。って、え!?もうすぐ開店ですよ!?バーゲンですよ!?」
「1人でなんとかしろ」
「そんな~!」
そんな~!は、私もだ。
「ちょっと。私も店に戻りたいんだけど。顕とだいじ~な話なんてないし」
「俺はある」
顕は有無を言わせず、私をスタッフルームに連れ込んだ。
スタッフルームと言っても、早い話が在庫置き場だ。
ダンボール箱が所狭しと置かれていて、地震が起きた時にここにいたら簡単に死ねる。
顕はスタッフルームの奥のダンボールの陰に私を押し込んだ。
「何?タイマン?」
素早くファイティングポーズを取る。
「・・・お前はどうして考えることがいちいち可愛くないんだ。
普通、こういう状況だと『きゃっ!キスされるのかしら!?』とか、思うだろ、ふつー」
顕が気持ち悪く「きゃっ」っとやってみせる。
「ふつー、はね。私、もうそういう『恋する乙女』は卒業したから」
「俺は卒業を許可した覚えはない。留年だ、留年」
なんだ、留年って。
ちょうどその時、開店の音楽が流れてきた。
マジで時間の無駄だ。
「ねえ。だいじ~な話って何?さっさと言ってよ。私、もう店に出たいんだけど」
「・・・もう、いい」
顕はクルッと180度回って私に背中を向けると、
扉に向かって歩き出した。
お?
「もしかして、本当にキスするつもりで、私をここに連れてきたの?」
「うん」
「・・・」
「それなのに、お前がタイマンだなんだかんだ言うから、タイミング逃しちゃったじゃねーか」
「・・・」
「恋する乙女」を卒業していなければ、こーゆー時、「胸キュン」するのか?
生憎卒業生には「胸ヤケ」はあっても「胸キュン」はないぞ。
スタッフルームを出て、ちらほらとお客さんが入ってきたデパート内を足早に歩いていると、
顕が私の少し後ろでため息をついた。
「どうやったら、いい加減観念してくれるんだよ」
「だから、観念しないって。男なんてみんな同じ。嫌いよ」
「・・・」
顕が突然足を止めた。
1人で勝手に足を止めるのは自由だけど、私の腕を掴むのはやめてくれ。
「美貴。お前、男なんてって言うけど、お前はどうなんだよ?」
「は?」
「お前は、胸張って『私は良い妻でした!』って言えるのかよ?」
「・・・」
い、言えるわよ。
私、ちゃんと掃除も洗濯も炊事もやってたもん。
子育てだってやってたもん。
「旦那だって、ちゃんと仕事してたんだろ?だったら、お前が『良い妻』なら、
旦那だって『良い夫』じゃねーか」
「・・・」
「でも、お前は旦那のこと『良い夫』って思ってなかった。
ならお前も『良い妻』じゃなかったってことだ」
何よ。
何が言いたいのよ。
「お前、旦那が仕事して金稼いできてくれてることに、ちゃんと感謝してたか?
ご苦労様、って気持ちを込めて家事とか育児、してたか?」
・・・。
「そ、そんなの!旦那だって、私がご飯作ったり子供の世話してることに、
感謝なんかしてくれてなかったわ!当たり前だって、思ってた!」
「だろーな。お互いそれじゃあ、上手く行くわけないよなー」
・・・。
何よ。
何よ、何よ、何よ!
私は顕の手を振りほどいた。
「あのね!結婚って、そんな甘いもんじゃないのよ!
毎日、生活に追われてるのよ!感謝なんていつもいつもしてられないわ!
お互いの役目を果たすので、精一杯なの!」
「旦那はちゃんと役目果たしてたんだろ?お前も。
じゃあ、なんで上手く行かなくなるんだよ?」
「それは・・・合わなかったのよ、私と旦那は!
それに・・・旦那は役目を完全には果たしてなかった・・・家の事だって綾音の事だって・・・」
私は少しずつ声が小さくなった。
確かに、私的には、旦那は役目を完全には果たしていなかった。
でも、私はどうだろう?
旦那的には、私は役目を完全に果たしていたのだろうか?
てゆーか、「役目を完全に果たす」ってなんだろう。
そんなこと、できるんだろうか。
黙りこくった私を見て、顕が言った。
「お互い、自分の役目を50%果たしてりゃ充分なんだよ。2人合わせて100%だ」
「・・・なんて単純なの」
「人間ってのは単純な生き物だ。美貴と旦那は2人で足して100%になれなかった。
だから上手く行かなかっただけだ」
「・・・」
1人で50%、
2人で100%か。
なら、
きっと私と旦那は2人とも40%だったんだ。
もし、私がもっと頑張って60%なら、
2人合わせて100%で別れることはなかったかもしれない。
だけど、60%はちょっとしんどい。
40%の1.5倍だもん。
でも、50%だったら・・・もしかしたら、できるかもしれない。
顕なら、残りの50%を補ってくれるだろうか?
顕が人前にも関わらず、真面目な顔をして私の両肩をガシッと掴んだ。
「美貴。前の旦那とは100%になれなかったかもしれないけど、
俺となら間違いなく100%になれる。だから結婚しよう」
「イヤ」
ガクッと、顕が頭を垂れる。
「俺、今結構いい話、してたと思うんだけど」
「そうね。まあ、私の人生の1ページの余白に記しておいてあげてもいいわ」
「・・・」
その時、廊下の向こうから「ママー!」と言って綾音が駆けて来た。
「綾音!?どうしたの?」
「ばあばと来たの!ばあばが、ダディに昨日のお礼を言うんだって!」
綾音のずっと後ろに、お母さんが手を振って歩いて来るのが見える。
綾音が虫眼鏡の探偵さんのぬぐるみをぎゅっと抱き締めた。
「ダディ!昨日はありがとう!」
「どういたしまして」
お客さん達が、綾音の大きな「ダディ」という声に、クスクス笑う。
「そうだ、綾音ちゃん。俺が結婚してくれって言ってるのに、ママがイヤって言うんだけど」
「えー?じゃあ、綾音が一緒にお願いしてあげる」
すると、綾音が突然、床にペタンと正座し、
「ママ!ダディとケッコンして下さい!」
と言って、ガバッと頭を下げた。
綾音!
絶対、意味分かってないでしょ!?
顕も調子に乗って綾音の横に正座する。
「美貴!俺と結婚して下さい!」
「あ、あの、ね。何考えて、」
「ママ!お願い!」
「美貴!お願い!」
公衆+お母さんの面前。
恥ずかしいったらありゃしない。
「お母さん・・・助けて・・・」
「ねえ」
ねえ、って!
娘の一世一代の危機なのに、何、その「ねえ」って!?
更に。
「すごーい、土下座してプロポーズなんて、テレビ以外で見たの初めて」
「俺、テレビでも見たことない」
「お姉さん。結婚してあげなよー」
「そこのジュエリーショップでエンゲージリング、売ってるよ?」
無責任な野次馬共・・・いやいや、お客サマ達が、温かい言葉をかけてくれる。
おう、ほっとけや。
「ママ!綾音、ダディにお父さんになってほしい!」
「あ。綾音ちゃん、ダディとお父さんは同じ意味だから。どっちもパパってことだよ」
「じゃあ、ダディはもう綾音のお父さんなんだね!」
「そうそう。お父さんだよ」
「やったぁ!」
「綾音!顕!!」
私を無視して「やった、やった♪」と踊りだす二人。
相変わらず「ねえ」という表情のお母さん。
ニヤニヤ笑うお客サマ達。
ああ!もう!これだから!
男なんて大ッキライだっ・・・もん!
――― 「男なんて大ッキライだっ!!!」 完 ―――
最後まで読んで頂きありがとうございます。
え?この物語の意味?
いえ、特に・・・タロウの心の叫びじゃありませんよ?断じて!