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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

生者の望む死 —— 愛

作者: ⠀
掲載日:2026/03/04




花を、買った。

父への手向けの花だ。


父が自殺してから今日で一年。

だと言うのに、私はそこへ行くのが初めてで、勝手が分からなかった。

どこにあるのかをスマホ片手に調べ、最寄り駅へと電車を乗り継ぐ。




ネットで調べてみたところ、そこは俗に自殺の聖地と呼ばれているらしい。

だから父もその場所を知り得たのだろう。


父が遺した遺書には、この世界に絶望した、というようなことが長々と綴られていた。




父は元々、弁護士だった。

毎日遅くまで働き、帰ってきてからは寝る間も惜しんで法律の勉強をする。


たまにある休みの日も、法律について調べたり過去の判決を読んだりと、忙しそうに働いていた。


だから、私は父と何処かへ行った事がない。

もっと言うと、父との思い出らしい思い出もないのだ。


だが、父は私のあこがれの人だった。

私は、いつの間にか身を粉にして働く父の姿に憧れていた。

その働きによって、誰かが救われることもあるのだと知って、私はそんな父をかっこいいと思っていた。


しかしある日を境にして、父はだんだんと様子がおかしくなって行った。


口癖のように、

「いわゆる陰謀論こそ、正しきものだ」


「大多数の人か信じるものを正論といい、一部の人の正しき声を陰謀論という。

 そして正しいのは陰謀論だ」


などと言うようになった。


後に遺書を読んで知ったことだが、父がそこまで『陰謀論』に傾倒していったのには理由があったらしい。




ある時、父が受け持った判決。

裁判に勝てると確信できるほどの証拠を揃え、当日を迎えた。

しかし、その確信は判決によって覆された。




当時、父はとある被告人の弁護をしていた。

その人の罪状はわから書いていないが、その遺書には『私とクライアントは嵌められたのだ』と、綴られていた。


父がつけていた日記とも合わせて読むと、より鮮明に当時の出来事が見えてきた。


当時父が受け持っていた案件は、とある政治家の息子と、その愛人の間に起こった軋轢が元となり、息子が愛人を殺してしまう、というありふれた愛憎劇。

だがその事件は、選挙を目前に控えた政治家がもみ消しをもくろんだことで、一転して怪事件へと変貌を遂げる。

誰の目にも明らかな、政治家の息子による殺人。

だがその証拠がすべて、関係のない第三者に向く——。



一時は「今世紀最大の難事件」とまで言われたこの事件は、父の活躍によって真相が明かされるはずだった。だが、それなのに。裁判当日になって、唯一の証人であった運転手が、謎の失踪を遂げた。


そして証拠を収めたUSBも、中身が別物にすり替えられていた。




父は、その政治家を嵌めようとしたのだとして世間から叩かれた。

その時父は、悟ったのだという。「世論は、一部の人間の意見で動かされている。だからこそ、本当の出来事は、一民衆の小さな声として、陰謀論と呼ばれることになる」と。






その後父は、自殺した。

父があんなに忌み嫌っていた世論が、自分に向けるバッシングに耐えられなくなったのだろう。そんなにも愚な事が、あるだろうか。

自分がこの世からいなくなることで、残された私が、お母さんが、どんな扱いを受けるのか、考えたことがあったのだろうか。

私とは全く関係ないところで起こった出来事が、自分の尊敬する存在の自殺という出来事をきっかけに、私を「逃げた男の子供」へと変えたのだ。




私は、父を呪った。




どうして、私たちを置いて自分だけ逃げたのか。


どうして、一言も相談してくれなかったのか。


私たちのことを、本心では嫌っていたのではないか…?




そんな考えが頭を埋め尽くし、どうしても父を今までの”尊敬すべき人”には見れなくなった。






私は、いや、私たちは、どうすればよかったのだろうか。

その答えを知りたくて、私はここに来た。

命日という都合のいい理由をつけて、疑心暗鬼になる心をだましながら。




お父さんが最後に見たであろう景色を見たならば、何か新しいことに気が付けるのではないか。そう思っていた。でもやはり、この世はそんなにうまくいくようにはできていない。




考えれば考えるほど、やはり父は、私たちのことを邪魔だと思っていたからこの世に置いていったのではないか。

そんな思考に陥る。

その考えは、私の頭にこびりついた錆のように、他の考えが浮かぶのを妨げている。




ああ、やっぱりあの人とは早くに別れておくべきだったんだよ。お母さん。




そういう結論にいたり、その場を立ち去ろうとしたとき。


声を掛けられた。


「あなたも、彼を弔いに来たんですか?」



驚いて振り返ると、後ろには青年が立っていた。

その人の顔立ちはすごく柔和で、儚げで。今にも光の粒になって消えてしまいそうに思った。

でもなぜか、芯のようなものを感じさせる人でもあった。




「なんで私が弔いに来たと?」




そう問いかけると、青年はそっと、地面の花束を指さす。




「白のカーネーションです。花言葉は、『哀悼の心』」




知らなかった。

花屋さんで適当に見繕ってもらったものだったから。でも、そうか。そんな意味があるなら、別の花にしてもらえばよかった。

私には、あの人を弔う気持ちなんて、これっぽっちもない。


そんな私の気持ちなんてお構いなしに、青年は言葉を紡ぎ続ける。


「彼はね、僕のせいで死んでしまったんです。

 …本当に、悪いことをした。あの日僕が、彼に声をかけるのがあと五秒早ければ、引き止められていたかもしれないのに」




青年は自身の持った花に視線を落とした。

顔に影が落ち、私はつい、「あなたが気に病む必要なんてないです」と言ってしまった。


あぁ、もう。あの人のことなんて思い出したくもないのに。

思い出すたびに、どうしようもない焦燥感と虚しさに駆られるというのに。


話し始めてしまったからには、途中で止めるのも変に思われるだろう。


「あの人は、自分の意思で死んだんです。

 私たちを置いて、消えた人です。家族のことなんて顧みず、自分のためだけにこの世から逃げた最低最悪の父親ですよ」




言葉を紡ぎだすたびに胸が苦しくなる。

他にも何かを言っていた自覚はあるのに、その胸の痛みに気を取られて覚えていなかった。


そして言い終わってから後悔する。

何で、見ず知らずの他人にこんなことを話してしまったんだろう、と。




どう思われただろうか。変な人と、思ったのか。それとも、あの弁護士の娘だったのか、と、好奇と侮蔑の混じった目を向けられるのか。

いずれにせよ、ろくな目に合わない。



そこまで考えて、青年に背を向けた時。

思いもよらぬ言葉が、飛んできた。


「あなたは、彼の死が悲しいんだ」

「そんなはずない! あの人は、私たちの人生をめちゃくちゃにした」


反射的に言い返していた。

認めてしまったら、負けな気がした。


心の奥で、自分の気持ちが、彼に同意しようとするのが分かった。

でも。そんな。私があの人を嫌っていないなら、どうやって、この世界を生きていけばいいのだろう。


皆、言うんだ。「悪いのは、お前の父だ」って。

「だからお前も、悪いんだ」って。




自分に向けられた悪口にだけは同意できない。

そんなことしてしまったなら、私は私じゃなくなる。

じゃあせめて、あの人のことだけでも、嫌いで居ないと、この世界は。




私の居場所を消してしまう。








なのに、「お父さんが好き」だって?

冗談じゃあない。




「でも、あなたがお父さんに話をするとき、すごく苦しそうだった」

「そんな。私は、あの人が嫌いです」

「…本心から言ってるのかい?」




その言葉が、今まで誰にもかけられなかった言葉が、心のふたを取り去った。

今まで必死に、思い込もうとしていた。

社会の異物として排除されたくないがために、自分の心を押し殺していた。




でも。


もう、そんなのには耐えられない。

そうは思っても。

心は、納得できない。気が付いてしまった。




「『嫌い』は、本心じゃないです。

 でも私は、あの人のせいで不幸になった。

 だからやっぱり、あの人のことは、嫌いです」




そう、言葉にして分かった。

自分の言葉が、自分の心にしっくりと来た。私は、()()()()思ってたんだ。



「でも」




こぼしてしまった本心に、青年はどこまでも純粋な瞳で私の言葉を待っていてくれる。

気が付いたら、口が止まらなくなっていた。




「でも、あの人が死んだせいで、私はあこがれの人を失って、目標を無くして。私はあの人のせいで、ずっと心に穴が開いたような気分で過ごさなきゃならなくなりました。

 すごくつらくて、『何で死んじゃったんだろう』ってずっと思っていて。それがいつの間にか、嫌いって気持ちに置き換わっちゃってたから、こんなにもつらかったんですね。


 いつまで経っても、あの人のことを引きずるのをやめれそうにはないです」




青年は、変わらぬ表情で私の話を聞いてくれていた。

そして一呼吸を置いて。

すごく寂しげな笑みを浮かべながら、彼は言った。




「僕もね、そう思います。

 誰かの死って言うのは、その人が大切な人であればあるほど、忘れられなくて。

 自分のことを呪いみたいに縛るものですよね。

 でももし、()が僕を見ていてくれているんだとしたら、心配させたくないじゃないですか。

 だから僕は、辛くても、悲しくても、笑うようにしてるんです。()のことを、自分だけは世界一好きでいてあげようと、そう思うんです」




青年の話す、彼という人物。

それが私の父でないことが、言葉の端々から伝わってきた。


だからこそ、私の心にしみこんでくる気がした。

きっと彼も、誰か大切な人を亡くしたんだろう。そう思えたから。

その言葉が、上っ面だけのものではないことが、解ったから。


青年は、続けた。




「それに、そう思うことで救われる人が、少なくとも、一人はいます。」

「それは誰?」

「…あなたですよ」
















すっかり忘れていた。

あの人のことを、尊敬していた時期があったなんて。

家族三人、父と母と私で幸せな団欒を紡いだことがあったなんて。


それを思い出させてくれた青年には、感謝しかない。






「………そうね。その通りだわ」




私は、泣きそうになるのをこらえて、笑う。

そして、言った。




「遅くなってごめんね、もう手遅れだけど、言わせてください。

 私は貴方が好きでした。ずっと、ずっと。でももうあなたはいないから。私は、……わたしたちが、また、二人で笑って過ごせる日を、取り戻したい。だから、見てて。

 いつか貴方が、安心して私たちを見守ってくれることができるように頑張るから」




 そこまで言って私は、言葉を切った。

 言うのが辛くなったからじゃない。

 風が、吹いたから。貴方が、見てくれているように思ったから。

 だから、最後に口を開く。心に秘めていた言葉を、伝えるために。




 「お父さん、今まで、ありがとう。……愛してます!」



































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