勇者パーティーに選ばれた幼馴染が、毎日私に髪を結んで貰いに帰ってくる
ヒーローに倫理観はあまり無いです
「ねえ、だいじょうぶ?ないてるの?」
その時の私は、丁度双子の弟妹が生まれたばかりで、良いお姉ちゃんにならなくちゃ、と張り切っていた。
母性ならぬ姉性が溢れていたので、目の前に同い歳くらいの子供がボロボロの服を着て座り込んでいたら、当然声をかけるに決まっている。
私の声に振り向いたその子は、綺麗な紫の瞳をしていた。
小さな田舎の村から出たことのない私は、初めて見る色に見惚れてしまった。ここでは私も村の皆も茶色の髪に茶色の瞳だ。
しかしすぐに、見惚れている場合ではないと気付いた。黒髪は鳥の巣のようにぐちゃぐちゃで、お人形のような顔には血色が無く、血と泥のような汚れが身体中に付いていたから。
何も言わずぼうっと私を見つめるその子の手を強引に引いて家に連れ帰り、「ふく、脱いで!」といって湯浴みの準備をした。
「わたし、ユリエナっていうの、あなたは?」
「……フィンディル」
「じゃあ、フィン? なんだか男の子みたいな名前!」
「だって、男だもん」
背の高い棚にあるタオルを取ろうと背を向けてつま先立ちをしていた私は驚いて、咄嗟に振り返った。
「おんなのこだと、おもってた……」
とても可愛らしい顔をしていたので勝手に女の子だと決めつけていた私は、服を脱いだ男の子の体を意図せず見てしまい、お母さんに泣きつくこととなった。
——それが私と、フィンの出会い。
「おはようユリ、髪結んで」
とっくに私の背を抜かしたフィンは毎日家にやってきて、私に髪を結ばせる。
妹の髪をいじる練習に付き合ってもらった日から、フィンは肩まで髪を伸ばすようになった。そして練習が必要の無くなった今でもその習慣が続いている。
雨の日も、風の日も、嵐でも雪でも関係ない。現に今も煩いほどの雨が降っている。
「ねえ、来るまでに川、氾濫してなかった?」
「ユリのとこに行きたいから氾濫しないでって思ったら、おさまった」
「すごい! フィンってほんと、運がいいね」
捨て子として村長の家に預けられたフィンは、普通とはちょっと違って、とっても運がいい。
ある日魔物に襲われた時には急に雷が落ちて助かったり、またある日村長の家が火事になった時には滝のような雨が降って怪我なく助かったり。
なんだか特別な、すごい力があるのかも……なんて呑気に思っていた。
そして、その予想が当たっていたことを後に知ることになる。
それを知ったのは、森の川辺に花が咲き始める、ほんのり暖かい春の日だった。
その日の私は、フィンの髪を結んだ後はどこへ出掛けようかな、と考えながらいつものように訪問を待っていた。
でも、いくら待てどやって来ない。太陽が真上に昇り、次第に不安になった。十年以上、一日も欠かすことがなかったのだ。もしかしたら、何か事件に巻き込まれているのかも。
そう思って家を飛び出し村長の家に向かった。
息が切れるのも御構い無しに走って家が見えてきた時、私は足を止めた。見慣れない人が数人、フィンと村長に向かって何か話をしていたからだ。
こっそり近づいてみると、声が聞こえてくる。
「——はい、では三日後に」
「これは命懸けの旅になります。なにせ、相手は一つの街を簡単に滅ぼした魔王ですから。この村の人にはしっかりとお別れを」
「それでは、よろしく、魔法使いフィンディル」
魔王……。今まで人間と魔族はお互い静かに牽制し合う間柄だった。人間が魔族と戦うなど勝ち目がないからだ。戦争となって沢山の犠牲者を出すよりも、少しの被害には目を瞑り、刺激しないよう距離を保つことを人間側は決断した。
しかし昨年、一人の女性の元に神託が降りた。その女性を聖女とし、それから勇者や剣士の器がある者が見つかったという。
この話を村の牧師から聞いた時、まるで現実味のないお伽話のようだと思った。でも、今フィンに背を向けて帰っていく美しい女性一人と逞しい男性二人は、本物の聖女様と勇者様、剣士様のように見える。
「そんな、フィンが……?」
そんなことって、あり得ない——とは何故か思えなかった。理屈じゃない。フィンには不思議な力がある。そして、“魔法使いフィンディル” という名はいやに馴染み、私に現実を見せた。
行ってほしくないと思った。そしてその思考に酷い自己嫌悪を抱き、ちゃんと送り出さなきゃ、と自分に言い聞かせた。
「僕、魔法使いだったみたい」
フィンは至っていつも通りだった。一切の動揺も見せず、いつもぼんやりしている呑気なフィンのまま。
片や私は動揺からじんわり手が汗ばんで、フィンの髪から手を離した。
「……? ユリ、どうしたの」
「ごめん、びっくりしちゃって。……すごいね」
「ね。魔王とかどうでも良いけど、倒さなきゃ村が潰されるんだって。流石にこの村はどうでも良くないから、行かないと」
それからフィンは「嫌だな」と少しだけ渋い顔をする。
行かないで、と縋ってしまいそうな自分が嫌い。
泣いてしまいそうな自分が嫌い。
もうこれから、フィンの髪を私が触ることはできないのかな、と思うと、名残惜しくなって、いつもよりも時間をかけて綺麗な黒髪を結んだ。
◇
「この村から、魔法使いフィンディルが輩出されたことを、誇りに思って!」
フィンは呆気なく出て行った。
老若男女、村の者は皆泣きながら見送っていた。
フィンは口数が多い方ではないけれど、村1番の長身で、中性的な美しい見た目から、女性に大人気だった。
楽観的な性格は大人の目を惹き、優しい態度は子供に慕われ、能力を翳さず威張らない所が男を魅了した。
本当に、この村に似合わない男だった。
ふわふわな金髪をした女神様像のように美しい聖女様。凛々しくまるで物語の主人公のような勇者様。勇ましく男らしい洗練された雰囲気の剣士様。
その三人に加わるフィンは、あるべきところに戻ったようだ。
家に帰るまで泣かなかったのは、少し悔しかったから。
フィンが泣いてくれたら、きっと私も泣いたのに。
どこまでもいつも通り「じゃあ行ってくるね」とだけ言って、私に手を振った。
その日は、家のことも、畑仕事も、何もしなくても、誰からも咎められなかった。
ずっと部屋でひとり泣いた。だって、初めて出会った時から会わない日はなかった。これから永遠に会えない可能性だってある。
魔王を倒せたら、勇者様への報酬は王女様との結婚らしい。じゃあフィンへの報酬だって、身分の高いお貴族様に違いない。
もしかしたら、聖女様と恋愛をするかもしれない。気のせいかもしれないけれど、聖女様がフィンを見る目は勇者様と剣士様を見る目とは少し違って見えた。
私は疲れて寝てしまうまで、ずっと、ずっと涙を流した。
◇
「ユリ、起きて。髪結んでくれないと困る」
……私は寂しさのあまり、おかしくなったらしい。
だって、いるはずのないフィンの声で起こされたような気がしたから。
眠い目を擦り、ぼんやりと目を開ける。
……嘘でしょう?幻聴だけじゃ無く、幻覚まで見えている。
絶対におかしい。ああ、そんなことより昨日泣きすぎたな。目、腫れちゃってるかな、鏡、鏡……。
「無視しないで」
「…………。」
「ユリ?聞こえてるでしょ」
「…………え?」
鏡を探す手をパシリと取られ、私は目を見開いた。
いや、まさか。でも、この顔、この髪、この体温……。
「フィン……なの?」
「どうしたの? ユリ、目が腫れてるけど。なんか隣の家の犬が死んだ次の日のユリを思い出すな」
……だってそれは、泣いたから。同じくらい、いや、もっと泣いたから。もう会えないフィンのことを想って——もう、会えない、はずなんだけれど。
「え、え、ええ!? どうしているの!? まさか本物なの? ええ? 魔王討伐は!? もしかして逃げてきたの!?」
全くもって信じられない光景に、私は慌てふためいた。
そんな私を見たフィンは何故私が慌てているのかわからないかのように頭上に ? を浮かべ、私に櫛と髪紐を手渡した。
「ユリのところに行きたいって願ったら、行けるから。僕が来なかったこと無いよね?」
「無い……」
けれど、村長の家から私の家までと、魔王討伐の旅から私の家まで来るのでは訳が違うだろう。
「あーあ、戻りたくないな。あんまり合わないんだよね。みんな都会っ子、って感じで」
「そうなんだ……大変だね」
魔法使い様は、とっても凄いらしい。それくらいしか感想が持てなくて、考えるのをやめた。ぽつぽつと愚痴をこぼすフィンに適当な返事を返しながら、髪を結ぶ。
昨日も結んだのに、なんだかひどく久しぶりのような気がした。
それからも、毎日髪を結ばれにやってきた。
転移魔法?というのがあるらしく、この村にはそれが発動する魔法陣を残しているからすぐに来れる、だとか言っていた。魔法ってとっても便利だ。
「騎士君って無愛想で嫌い」
「嫌いな理由が無愛想っていうだけなら、まだ好きになれるよ。不器用なだけなんじゃないかな?お互いの好きな物を探り合ったりしてみるとか……」
「なるほど、やってみるとする」
毎日ほんの数十分滞在して、愚痴や他愛もない話をして旅へ戻っていく。
騎士様のお話をした数日後、「騎士君は甘いものが好きだった」と言って、私が焼いたマフィンを持って行った。
「滞在してる街に仲の悪い兄妹がいて、ずっと喧嘩してる」
「イムとアムもよく喧嘩してるなあ、意地を張ってるだけなのかも。いつか分かり合えるといいね。意見を言い合える関係は、貴重で大切だから」
「確かに二人の兄妹喧嘩、すごいよね」
イムとアム……私の双子の弟妹は、育ち盛りでとてもやんちゃだ。
フィンはその二日後、「ちゃんと仲直りしてた」と言って魔物から街を救った非現実的で規模の大きなお話を聞かせてくれた。
「勇者君が、俺だけに厳しい」
「……フィンが毎日ここに帰ってきてるからかも。ほら、勇者様って魔王様に街を滅ぼされたって聞いたし。帰るところがないってとっても寂しいから」
「ああ……なるほど」
それから何があったかというと、その日の夜、勇者様と一緒に村へ帰ってきた。
「紹介するよ、こちら勇者君。そして、僕の幼馴染のユリエナ」
「は、初めまして……」
流されるまま握手を交わす。勇者タイラス様も、有無を言わさず突然連れてこられたようで私と同じような気まずい顔をしていた。
しかし、すぐに馴染んだ。最初こそ警戒や緊張があったみたいだけれど、元々の性格がとてもお優しい方なのか、アムとイムもすっかり懐き、一緒に夜ご飯を食べる事になった。
お母さんとお父さんはタイラス様に大興奮。ひっきりなしに質問をしては感動し、アムとイムは「必殺技見せて!」とせがむ。「騒がしくてごめんなさい」と言えば、「いや、懐かしいな……と思って」と笑ってくださった。
それから週に一度ほど、タイラス様は家でご飯を食べに来るようになり、帰ってくる度に村全体がお祭り騒ぎのように盛り上がった。
フィンがこぼす愚痴に対してなにか答える日々が、懐かしいと思った。フィンをこの村で預かろうとなった時も、たくさん小さな愚痴を聞いた。
フィンはぼんやりしていて人の感情に疎いから、誤解されることが多々あった。でも少しアドバイスをすればみんなフィンの優しさに気付いて、フィンを好きになるのだ。
きっとタイラス様も同じ。夜偶然二人きりになった時、「フィンディルのこと、誤解してました」と恥ずかしそうに教えてくださった。「この村は温かいですね」とも仰っていて、私まで誇らしくなった。
頼られているような、信頼されている感覚は心地よかった。私のお姉ちゃん気質は、ずっと変わらないまま。
……だから、この問いにも、しっかりお姉ちゃんみたいに答えなきゃならない。
「聖女ちゃんが毎日夜に話しに来るんだ。正直眠たい」
「……きっと、不安なんじゃないかな。ただの女の子だったのに、いきなり死地に行かされるって、私じゃ受け入れられない。フィンは優しいから、ちゃんと支えてあげられるはず」
本当は、「それってフィンのこと好きなのでは? 狙われてるよ、夜のお話なんて断ったら?」なんて、言いたい。
そして、自己嫌悪。命をかけて世界を救おうとしてくださっているお優しい聖女様に、自分はどうしてこうも最低な思いを抱くのか、と。
「確かに、僕もユリが突然魔王を倒しにいくなんて事になれば、絶対に嫌で、怖い……」
「髪の毛、結んでもらえなくなるものね」
「そうだよ、本当に」
一人で結べるように練習したら?なんていうのは簡単だ。でも十年以上一度もそう言わなかったのは、私だってフィンの髪を結びたかったから。
その日から、聖女様のお話もよく聞くようになった。
どんどん仲を深めているように見えた。ある日は「お揃いって渡されちゃった」とミサンガを着けてきて、ある日は「あの子人との距離近いから、心配」と夜に手を繋がれたという話を聞いた。
残酷な幼馴染だ。私のことを姉の様に思って、色々な話を聞かせてくれるけれど、本当はあんまり聞きたくない。……なんて言って、ここに来なくなってしまったら嫌なので、苦々しい顔を堪えて今日もまた髪を結ぶ。
「魔法で有名な都市があって、そこで良い魔法を教えてもらった」
フィンがそう言って見せてくれたのはとても綺麗な魔法だった。くるん、と指を回せば、光の粒子がキラキラと溢れ出して、それが束になって私の周りを囲んだ。そして左手の薬指にすうっと集まってぱちん、と弾けた。
「とっても綺麗……! これなあに?」
「……ただ綺麗なだけかも」
「そうなの? でも、素敵。この演出、プロポーズに使えそう」
「……ユリ、ごめんね」
突然謝ったフィンの顔は、言葉では形容し難い複雑な顔だった。
顔を歪めているような笑っているような、後悔しているような喜んでいるような……。「ごめんって、何が……?」
と聞いたけれど何も答えなかったので、私もそれ以上口を出さなかった。
勇者一行の噂は、こんな田舎町でも沢山回ってきた。
優しく思慮深い勇者タイラス様のお話、強く果敢な騎士様のお話、慈悲の心を持った美しい聖女様のお話、そして、腕のいい魔法使いのお話……。
一番聞きたくなかったことも聞いた。”聖女様と魔法使い様は特別な関係にある”という話だった。
都会の方では、魔王を倒せば二人は結婚するだろうと皆口々に言っているらしかった。
私は自分が本当に嫌い。
フィンの成長を一度も素直に喜べたことがない。
私を渦巻く醜い感情——それは、嫉妬だ。
小さい頃からそうだった。フィンがみんなと仲良くなりますようにと願ったけれど、いざそうなると寂しくなった。
フィンが私を一番に頼ってくれる時、嬉しいという感情の他に、周りに対しての優越感もあった。
魔王討伐の旅に行って欲しくなかったのは、フィンが危ない目に遭うのが怖いからだけじゃない。遠い存在になるのが嫌だった。私から離れて英雄になって綺麗な女性と結婚してしまうのが怖かった。
恋とか愛とか、そんな美しいものか分からない。
私がフィンを見つけたのに、フィンと一番仲がいいのは私なのに、フィンの髪を結ぶのは私だけなのに……好きなだけじゃない、醜い独占欲と支配欲が、私の善性を蝕むのだ。
姉と思って私を慕ってくれているフィンが、これを知ればきっと恐ろしいと思うだろうな。気持ち悪いと言われるかもしれない。そして、聖女様との仲の邪魔だと距離を置かれるに違いない。
その日、色々考えすぎたせいか熱を出した。
頭が痛くて、顔が熱くて、体が寒い。
どろどろとモヤがまとわりついた様に体が怠くて気持ち悪かった。
最初はただの熱と思っていたけれど、今までとは少し違う気がした。
次第に意識が朦朧として、霞む目でベッドの横に立つ人を見る。お母さんじゃない、あの背の高い黒髪は……フィンかな、でもおかしい。昨日も今日も、熱で寝続けていた私は髪を結んでいないのに、その黒髪は綺麗に乱れなく結ばれている。
フィンは髪を結べない。聖女様にしてもらったのかな?普通、好きな人の幸せは私の幸せとして喜ぶべきなのに。こんな時でさえ嫉妬してしまう。私の感情が醜いから罰が当たって、こんなにも苦しい熱が出たんだ。
抗えないまま目を閉じて、それからいくら眠ったのか、分からない。
————……
僕は結構なんでも出来るから、自分の髪が結べないなんて事はない。それに、利便性だけを考えたら髪の毛は短いほうがいい。
結べないふりをするのも、髪を伸ばすのも、ユリが僕の髪を触ってくれる時間を失いたくないからだ。
気付けば家族はいなくて、気付けば田舎町に辿り着いていた僕は、ユリと運命的な出会いを果たし、それからはずっと一緒だった。
ユリは髪だけじゃなくて……いつも僕と世間を結んでくれる。
ここにきた時、珍しい色の髪と瞳を村の人は不気味がっていたのに、あまりにもユリが綺麗だと言い続けるから、皆影響されて僕の色は “変な色” から “特別な色” に変わった。
友達ができたのもユリのおかげ。あまり話が得意じゃない僕が皆と話せる様になったのは、ユリがしつこく僕を遊びに誘って殆ど無理やり輪の中に入れてくれたからだ。
最初は警戒していたユリの友達も、「ユリエナがそんなに面白いやつっていうなら」と受け入れてくれた。
ユリは人の心を動かす天才だ。そのお姉ちゃん気質は皆から慕われ、好かれている。
僕はユリに気にかけてもらいたいばかりに弟みたいに振る舞う様になった。そうすれば沢山面倒を見てもらえる。
ユリの近くにいるためのその作戦は、成功でも失敗でもあった。ユリは多分、僕のことを弟としてしか思っていないから。
魔法の発現もきっかけはユリだった。迷子になった双子の弟妹達を無謀にも探しに出かけたユリは、丁度魔物に襲われている二人を見つけて庇った。ユリだけは守らなきゃと強く願った時、雷が落ちた。
村長の……僕の家がひょんなことから火事になった時、ユリは僕を助けにきた。
火が迫り来る部屋の中で家具が倒れて密室状態になり、僕は終わりを悟ったけれど、外からユリの叫ぶ声が聞こえた。
「フィンを助けなきゃなの!」と叫ぶユリは、村の人たちに「行くな!」と押さえつけられているようだ。
僕が助からないと、ユリはこの火事の中に入ってきてしまう。それだけはダメだとまた同じように強く願った。そうすれば大雨が降って助かった。
勇者君たちと仲良くなれたのも、ユリのおかげ。ユリのアドバイスがなければ絶対に今でもよそよそしい関係のままだった。
無愛想な騎士君は、ユリの言った通りに観察していたら甘いものを食べるときに少し表情が綻ぶのがわかった。そして、マフィンを一緒に食べる時間を作ったらすっかり僕に本音を話してくれる様になった。
「俺、絶対に世界を守らなきゃいけないって気を張り過ぎてたんだよな」という騎士君は、なんだかユリに似てる。
ユリも、お姉ちゃんにならないとっていつも気を張っているから。そう思うと急に騎士君の事が好きになってきて、すぐに仲良くなった。
崩壊しかけた街で、とある兄妹に出会った。両親を失い荒んでいた二人は、いつもお互いを貶しあって、足を引っ張りあって、それから泣いていた。
仲が悪い兄妹もいるものだ、としか思わなかったけれど、ユリが言ったことをそのまま言ってみた。
「意見を言い合える相手は、大切で貴重だよ」
不思議なことに、その兄妹はその一言だけでお互いを理解し合う様になった。良くも悪くも本音を話せる唯一の家族だという認識は、二人の仲を元に戻させた。
それがきっかけとなって兄妹から気を許され、街に隠された魔王に関する重大な秘密を教えてもらえることになった。
僕に冷たかった勇者君は、村に連れて行った日からとても明るくなった。「君が幸せそうに故郷の話をするから嫉妬してた」と言った勇者君は、双子の兄妹に見せる必殺技の練習をしていた。
皆から慕われていたんだな、と思った。そしてその姿はやっぱりユリみたいに見えた。面倒見の良い勇者君はお姉ちゃん気質のユリに重なる。
じゃあ、楽しそうに村の子供の世話をするユリがそれを失ったら?ユリの悲しい顔を想像すると胸がズキズキと痛くなって、ようやく故郷を失った勇者君の辛い気持ちがわかった。
聖女ちゃんに対する印象は何もなかった。害の無い普通に良い子。でも次第に僕に色々話してくれる様になって……それは全然良いんだけど、「眠たいなあ」という感想を抱いた僕はユリの言葉で気持ちを改めた。
ユリが魔王討伐に駆り出されるなんて考えたくも無い。でも、僕らと同年代の聖女ちゃんは今、その環境で頑張っている。
僕に父性ならぬ兄性が芽生えた気がした。ユリも僕に対してこんな気持ちなのかなと思うと、胸が痛い。これは多分家族に対しての情で、僕がユリに抱く感情と全く違うから。
僕が願った事は大体叶う。後にそれは魔法の力のお陰と知ったけれど、それまでは自分の不思議な力を過信して、ユリを望めばもちろん叶って手に入ると思っていた。でも、そうじゃないと分かった今、酷い気分になる。
ユリは村の男から人気がある。優しくて明るくて器量がいい。あと、可愛い。これは僕がユリのことを大好きだからかな。いや、この前、村の赤毛君達がユリのこと美人と言ってたな。そういえば勇者君も言ってた気がする。
人の容姿の美醜の違いが全然分からない。こだわりは無いけれど、今はユリが美人じゃなければ良かったのにと思う。ユリが美人なせいで、僕はこんな焦燥感を抱いてしまうのだから。
ユリは恋をしたことがあるのだろうか。ああ、嫌だ。考えたく無い。僕が救ったこの世界でユリが別の男と幸せになるなら、僕は救ったことを後悔するだろうな。いっそみんな死んでしまえと思う。
そんな時、魔法が発展している都市で面白い魔法を聞いた。
「契約の魔法」と言われるそれは、禁忌の魔法らしい。なぜ禁忌かというと、魔法使い側が一方的に契約を結べる魔法だからだ。
ある魔法使いは、それで奴隷を使役したらしい。また別の魔法使いは、王様を支配して国を乗っ取ろうとしたらしい。
駄目だって分かってるんだけど、もし僕がユリに「一生僕と一緒にいる」という契約を結ばせたら、ユリを他の男に取られる事はない。
ごめんね、ユリ。
純粋な笑顔で目を輝かせて魔法を見るユリを見て、僕は少し自分が怖くなった。
ユリの人生を勝手に変えた罪悪感よりも、ユリを僕のものにできた喜びの方が強かったからだ。
晴れて契約は結ばれたわけだけど、それから一ヶ月が経った頃、ユリは眠ってしまった。罰が当たったと思った。僕がユリを勝手に手に入れようとしたから、神は罪深い僕からユリを奪おうとしている。「一生一緒にいる」はユリの一生が終われば無効になるわけで。
「聖女ちゃん、ユリを助けて」
呪いの様なその病は、聖女の力なら解けると思った。
だから僕は聖女ちゃんに頼み込んだ。聖女ちゃんは、「出来ません」と言った。
……その後、聖女ちゃんが嘘をついていることを知った。
ユリが眠ってから魔王討伐になど精を出していられなくなった僕は、沢山の病院や教会を訪ねた。
古い文献や、呪いの話、言い伝え……それから炙り出したのは、聖女は決して清い存在ではないということ。
聖女は、いわば “神様のお気に入り” 。性格が良いから、とか、慈悲深いから、で選ばれるわけじゃない。気まぐれに神が気に入った女性に神託を下ろすのだ。
神は聖女のために世界を動かしていく。
例えば、聖女が物語の様な冒険がしたい、と願えばそれにあった冒険の舞台を用意するし、皆に好かれたいと願えば、聖女が皆に好かれるきっかけとなる問題を起こす。
じゃあ聖女が、「魔法使い様のことが好きだから、魔法使い様と一緒になりたい」と願ったら?
移り変わらない僕の気持ちと、契約の魔法。それをどうにかするには、ユリを殺すしかない。
つまり、ユリを助けるには、聖女ちゃんがユリを助ける判断を下すしか神を止められないのだ。
ああ、神よ。ユリを一思いに殺さなかったこと——出来なかったのか、慈悲を見せたのか分からないけれど——ユリが助かる道を少しでも残したこと、良い判断だったと思うよ。
だって僕は今、教会で、聖女ちゃんを殺そうとしている。
まだ殺していないのは、助かる余地があるからだ。
僕のお気に入りを殺すなら、僕だって神のお気に入りを殺す。
「妹みたいだと大切に思ってたのに、残念」
「フィンディル様……! や、辞めてください!」
「じゃあユリを治して」
「……それは、」
どうせ、殺されないと思ってるんだろうな。勇者君と騎士君の、僕を止めようとする叫び声が聞こえてくる。「仲間だろう」とか「優しいやつだったじゃないか」とか。
「君たちを仲間と思ったのは、ユリがそう教えてくれたからで、僕が優しかったのは、ユリが優しい僕の方が好きだからだよ」
かつて両親が僕を捨てたのを、僕は全く恨んでいない。むしろ今になって分かるのは、それが当然の対応だったということだ。
当時の僕は、幼いながらに娯楽で魔物と戯れたり、理屈で人をねじ伏せようとして、それが無理ならそのまま殺していたから。まともな感性じゃないのだと思う。
普通じゃないと知ったのはユリと関わってから。僕の行動は駄目なことだと知った。そして、ユリはそんな曲がった人間のことを好きじゃないことも知った。
ユリに嫌われたくないから止めていたけど、ユリがいないなら僕を止める物は何もない。
「聖女ちゃん、十秒後に君を殺すよ。嫌ならユリを治すんだ。勇者君も騎士君も結構好きだったけど、ユリに比べたらその辺の雑草となんら変わりない。止めるなら君たちとだって戦うよ」
聖女ちゃんは、残り二秒のところで、「わかりました」と言った。最初からそうすれば良いのに。
僕は聖女ちゃんを抱き上げて、そのまま転移魔法を使った。
————……
目を覚ますと、そこにはフィンがいて、聖女様が私の手を握ってくださっていた。
「ま……っ、けほっ、」
「まさか、助けてくださったのですか?」と言いたかったけれど、喉が渇いてつっかえてしまった。
フィンは聖女様を押し除けて、私をぎゅっと抱きしめ、水を飲ませてくれた。
「フィン……泣いてるの?」
「うん、怖かったから。ユリがいなくなるかもしれないと思って」
「そんな、大袈裟な……」
大袈裟と思ったけれど、軽く話を聞けば半月の間眠っていたらしい。逆にいえば飲まず食わずで眠り続けていたので奇跡とも言えるが、まるで呪いに蝕まれているかのようだったと教えてもらった。
押し除けられた聖女様が、青い顔をしている。
ああ、そうだよね。聖女様は私のことなんて助けたくなかったはず。フィンにつきまとう邪魔な女など、いらないもの。
でも慈悲深い聖女様は、断ることはなかったのだ。素敵な人。そんな聖女様を気が動転していたとはいえ、押し退けるなんて、フィンはどうかしている。聖女様は想い人なはずなのに。
「心配してくれてありがとう。でも……聖女様にお礼が言いたいの。少し離れてもらえる?」
「そんなの要らないよ。もう帰ってもらうから」
つくづく私は聖女様とは正反対の酷い女だと思う。今だけでも聖女様より優先された事を、嬉しく思ってしまうのだから。
でも、駄目だ。ここはお姉ちゃんとして、しっかりフィンを正しい道に導かなければならない。
「フィン、お願い。お礼を言わせて。助けてもらったらありがとうと言うのは当たり前のこと。私を無礼者にするつもり?」
「……分かった」
フィンが渋々と言った様に離れ、私は聖女様と向き合った。
「聖女様の特別なお力を私に使ってくださったこと、感謝してもしきれません。本当にありがとうございます」
「……い、いえ、」
歯切れの悪そうにこたえる聖女様は、チラリとフィンを見てそれから少し体を震わせた。
その様子を見て、あれ?と思う。
……私はお姉ちゃんとして村の皆の世話をしてきたから、少し察しがいいのだけれど、聖女様のこの表情――もしかして、恋じゃない……?
それからのフィンも、何も変わらず髪の毛を結んでもらいにきた。「聖女様に結んでもらえるのではないの?」と聞いたら、あれは自分で結んだと言っていた。
自分で結べるなら来なくていいじゃない、とは言わなかった。私はずるい女だから。
フィンの話を相変わらず聞いていると、私が倒れてから、なんだか勇者タイラス様達との関係がギクシャクしていると知った。
「フィンは私が倒れて、きっと焦ってたのね。だからその辺の雑草だなんて、思ってないこと言っちゃったんじゃない? 人を傷つける言葉を言ってしまったのだから、フィンがちゃんと謝るべきだと思うよ。素敵な仲間達だったじゃない? 仲直りして欲しいな」
フィンは「ユリがそう言うなら」と呟いて、勇者タイラス様達と、仲直りをした様だった。タイラス様は、この村に来るなり、「ほんと人が変わった様に、怖かったんですよ。最初にフィンを見た時の謎の威圧感を思い出しました」と言って笑っていた。
その後、勇者一行は無事に魔王を倒した。
勇者様は王女様と結婚。フィンもそうなのかな、と思っていたけれど、ちゃんと村に戻ってきた。
「ユリは僕のこと、どう思ってる?」
「大切な……弟みたいな存在? 大好きだよ、フィンの事」
「僕もユリのことが大好きだけど、多分、ユリとは違う大好きなんだ」
わざわざ ”弟みたいな” って、言ったのに。もしかして、気持ちがバレていたのかな。ヒヤリと背筋が震え、心臓が嫌な音を立てた。
「ユリ、僕と結婚して。僕はユリのこと、姉みたいだと思ってないよ。ちゃんとひとりの女の子で、可愛くて、ドキドキする。ユリのこと知りたいって思う。性格は知り尽くしてるけど、もっと、別のこと」
フィンの紫の瞳が、まっすぐ私を見ていた。そうだったらいいな、って何となく思ってた。でも、実際言われると本当に驚いて、涙が溢れてしまう。
その日から、私はフィンの前で、お姉ちゃんじゃなくなった。
私も、フィンの知らないところを知った。
初めて見た時の体とは違う、筋肉質で硬い、男性らしい体だと言うこと。
私を見つめる熱のこもった瞳は、優しいだけじゃなくて少し獰猛な雰囲気を纏っていること。
私が嫌がらないとわかればずっと側から離れないで、「そろそろ止めて」と言うまでキスをしてくれること。
顔を赤くする私を見て、とっても嬉しそうに笑うこと。
「フィン、もうそろそろ、タイラス様が来るから……」
「タイラス……って?」
「もう、フィンったらいつもそのとぼけ方するんだから。勇者様と王女様が来るから、少し離れて」
「……ああ、勇者君のことか」
本当に忘れていたかの様に手を叩き、「やっぱ僕はユリがいなきゃ駄目だ」と嘆くフィンを見て、笑ってしまう。
あんなに仲良くて、一年以上一緒に旅をした仲間の名前を忘れるわけがないもの。きっとこれも、髪を結んでと甘えてきた様に、名前を忘れたふりをしてわざと私に甘えているのだ。
……だから、やっぱり、まだちょっとだけ、お姉ちゃん気質は手放せないかな。
最後までお読みいただきありがとうございます。
面白ければ、★評価、感想など頂けると嬉しいです。
流石にフィンディル君でも、生まれてくる子供の名前くらいは、覚えられると思います。
誤字脱字報告、ありがとうございます




