第一章6「最高の休み時間」
休み時間のチャイムが鳴り、それぞれやりたいことをやろうと、生徒たちが散っていく。
しかし、古川明則の手が止まることは無かった。
この漢文はこう読み下すのか……。ここの復習は重点的にやっておこう……。
会話する相手が皆無に等しい僕は、休み時間でも教科書とにらめっこをするのが日課だ。
昨日は秋川さんたちと結構な会話ができたが、さすがに昨日も今日も、とはいかない。
もし、僕が自分から話しかけられる性格だったら、彼女たちともっと仲良くできていただろうか?
それも、ただ会話するだけでなく、皆で一緒に遊びに行ったり、勉強したり……。
いや、でも……。秋川さんたちだって、僕なんかよりも同性の友達と会話するほうが楽しいはずだ。
何を変な期待をしてるんだよ、僕は……。これだから、僕は陰キャなんだよな……。
それに、僕はあの三人を振った張本人だぞ……。そんなやつが、もっと仲良くなりたいなんて、どの面下げて言ってるんだって話だろ……。
そう思っていると――。
「おい、古川!」
「へ……?」
急に大声で呼ばれたと思ったら、髪を赤く染めたチャラそうな男子生徒がやってきた。
彼は僕を見るなり、ニヤリと笑ってくる。正直言って、気味が悪い……。
「あ、あの、僕に何か……?」
こういうのは昔から苦手だ……。きっと、イジメやすそうな僕を見つけて、馬鹿にしたいだけなのだろう……。
とりあえず、適当に相槌を打って、さっさと帰ってもらおう……。
そう思っていると――。
「お前、いつも一人でいて暗いな。話し方もクソ陰キャだし、めっちゃキモいぞ?」
「そ、それは……。ご、ごめん……」
「ほーら、出た! 陰キャ特有のすぐ謝る! お前、モテたことねぇだろ? クラス全員から避けられてるだろ?」
「そ、そうだね……。あはは……」
何でこんなことを言われなくてはいけないのだろうか……?
確かに、僕は根暗で陰キャだけど、それを馬鹿にされるのは、少し腹が立つ……。
しかし、ここは我慢……。反論したところで手痛い反撃を食らうだけだし、彼の言っていることは事実なので、仕方が無い……。
僕は、このくだらないやり取りに、引き攣った笑顔でやり過ごそうとした。
「そういや聞いてくれよ! 俺、昨日、女子から例のクッキーもらっちゃってさ! "仲良く、してください……"だってよ! めっちゃ可愛くね!?」
「そ、そうだね……」
「あー、モテすぎてつれぇわ! まあ、お前には一生縁の無い話だろうけどな!」
「そうだね……。あははは……」
落ち着け、落ち着け……。
彼はこれ以上無いくらい嫌味を言ってくるが、逆に言えば、それだけで済んでいる……。なので、ここは耐えるんだ……。
そう思っていると――。
「お前さ、せっかく俺が話してんのに、目ぇぐらい合わせろよ!!」
「……!?」
急に怒鳴られた。
そのせいで、教室中の視線が僕に集中する。
「ホントお前って暗いよな! おまけに性格悪いし、くっそキモいわ!」
「ご、ごめん……」
「ホント、お前と同じ空気吸っているクラスの女子たちが可哀想だわ……。こんなくっそキモい陰キャに、クッキーなんか渡すやつ――」
「ここにいますが……?」
「ああ!? 何だよテメェ……って」
その聞き覚えのある女の子の声に、僕は安心してしまった。
すると、声の主を見た赤い髪の男子生徒は――。
「そ、園山ちゃん!? それに、秋川ちゃんに松森ちゃんまで!?」
まさかの人物の登場に、赤い髪の男子生徒はさっきまでの余裕が崩れる。
すると、園山さんは――。
「あの、私は明則さんに用があるので、そこをどいてくれませんか?」
彼女は毅然とした態度で口にする。
すると、赤い髪の男子生徒は――。
「お、おい、嘘だろ……。まさか、その手に持ってるのって……」
「ああ、これですか? 見ての通り"手作りクッキー"ですが?」
「な、何だとおおおおおお!?」
彼は園山さんの手にある袋詰めのクッキーを見て、素っ頓狂な声を上げてしまう。
しかも、クッキーを持っていたのは、園山さんだけでなく――。
「あ、明則君……! あ、アタシも、クッキー作ってきたの……! その……。昨日、明則君がチョコ好きだって聞いたから、チョコ味にしたんだけど……。う、受け取ってくれる、よね……?」
「私もクッキー買ってきた。しかも"異世界戦士・ブリュンヒルデ"の限定コラボクッキー! 明則、受け取って!」
「秋川さん……。それに、松森さんまで……」
ヤバい……。こんなの泣きそう……。つーか、既に泣いたわ……。
こんな僕のために、三人ともクッキーを渡してくれるなんて……。
僕が涙を流していると、赤い髪の男子生徒が――。
「嘘だろ……。俺でも一つしかもらえなかったのに、三つももらえた、だと……? そ、そんな馬鹿なああぁぁ!!」
彼は頭を抱えたまま、逃げるように教室を出ていった。
クラスの女子たちが密かに行っている行事……。その一つが"仲良くしたい男子にクッキーを渡す"行事らしいのだが、まさか、彼女たちは……。
僕がそう思っていると、三人が――。
「改めて……。これからも仲良くしましょうね、明則さん!」
「アタシも! 明則君と、もっともーっと一緒にいたい!!」
「私、明則ともっと仲良くなる。アニメグッズ、二人で集める!」
「み、皆……」
過去に三人を振ってしまったのに、そのことを洗い流して、ここまでしてくれるなんて……。
――このとき、僕の心に熱い感情が生まれた。
陰キャであることがコンプレックスで、いつまでも暗い性格だった自分には嫌でしかなかった。
だから、今までは自分自身のために陰キャを克服しようと思っていたが、今は違う――。
「ありがとう……。僕、皆と一緒にいて恥ずかしくない人間になるよ!」
そう宣言すると、三人は――。
「ふふ、期待してますよ」
「そんな大げさだよー、明則君。……でも、かっこいいよ」
「明則、成長した。前より、たくましくなってる」
「え? そ、そうかな……。あはははは……」
相変わらずぎこちない会話だが、いつかこれも改善してみせる……!
それから次のチャイムが鳴るまで、四人で楽しく会話をし、僕は最高の休み時間を過ごした。