第一章2「また明則君と……」
次の日、古川明則が学園に来ると、教室は自分のウワサで持ち切りだった。
「あの古川ってやつ、すっげぇ運動神経で公園の木に引っかかってたサッカーボールを取ってあげてたらしいぜ……」
「マジかよ……。あんな地味に見た目で、ありえねぇよ……」
「古川君、最初は地味な人だと思ってたけど……。よく見たら、ちょっとかっこいいかも……」
「分かる……! 古川君って、何かミステリアスな雰囲気があってかっこいいよね……」
話題の内容は全部、昨日のことだ……。
自分の行動が褒め称えられるのは良いけど、やっぱり慣れないな、この空気……。
居心地が悪かったので、僕は一人になろうと場所を変える。
その途中――。
「あ、あの、明則君……!」
「えっ、秋川さん……? ど、どうしたの……?」
教室のドアの前で、まるで僕を待ち構えるかのように立っていたのは、秋川美優さんだった。
なぜかは知らないが、その表情は焦っているようにも見える……。
お互いに過去のことがあるせいなのか、僕も秋川さんも目を見て話せていない……。非常に気まずいぞ、これ……。
すると、秋川さんが――。
「あの、えっと……。き、昨日はありがとうね……! その……。木に引っかかったサッカーボール、取ってくれたじゃん?」
「あ、ああ、そのことか……」
どうやら秋川さんは、昨日のお礼を言いに来ただけのようだ。
「恥ずかしい話、アタシ一人じゃ、なんにもできなかったと思うの……! だから、本当にありがとうね!」
「あ、ああ、どういたしまして……。じゃあ、僕はこれで……!」
「えっ、ちょっと……!」
強引に話を終わらせて、僕は秋川さんから逃げるように教室を出た。
久しぶりに人と会話した気がする……。やっぱり、慣れないな他人とのコミュニケーションは……。
そして、その次の休み時間――。
「外の空気、吸ってくるか……」
休み時間になると、教室は一気に喧騒に包まれてしまう。
やはり、こういった教室の居心地は悪くて、僕は一人になろうと席を立った。
すると――。
「あ、明則君……!」
「……!? や、やあ、秋川さん」
この前とまったく同じ場所で、秋川さんと遭遇してしまう。
「ご、ごめんね、突然……。どうしても知りたいことがあったから……」
「どうしても、知りたいこと?」
「明則君って、チョコとホイップクリームだったら、どっち派?」
「へっ……?」
何でそんなことをいきなり訊いてくるんだろう……?
ただ、秋川さんはふざけているようにも見えないし、正直に答えておこうか……。
「……チョコ、かな?」
「そ、そうなんだ……! 明則君は、チョコが好きなんだね!」
「じゃあ、そういうことだから……!」
「えっ、ちょ――」
またもや強引に会話を終わらせて、僕は教室を出た。
そして、さらに次の休み時間――。
「さて、外の空気を――」
「明則君っ!」
「うわっ!? あ、秋川さん!?」
また秋川さんが、僕と会話しに来た……。
しかも、今度は教室のドアの前じゃなくて、僕の席へ突撃してきたぞ……!?
どういうことだ……? こんな僕と積極的に会話してくるなんて、物好きにもほどがあるぞ……。
すると、秋川さんは――。
「何でもっと会話を続けてくれないの!? アタシ、もっと明則君とお話したいのに……!」
秋川さんは、切実な声でまくし立ててくる。
「な、何でそこまで、僕と会話したいんだ……?」
僕が訊くと、秋川さんは――。
「だって、また明則君と。……っ!」
そこまで口にしたところで、今度は秋川さんが逃げるように教室を出ていってしまった。
「何だったんだ?」
何回も僕と会話をしてくるなんて、どういうことだろう……?
もしかして、僕がぎこちない会話をしてしまったせいで、気持ち悪くなって逃げてしまったのだろうか……。
「ああ、早く陰キャを克服したいな……」
教室は、変わらず喧騒に包まれていた。