第一章1「ハイスペ陰キャ」
古川明則が転校してから、早くも一週間が過ぎた……。
その間にできた友達は――ゼロ。しかも、周りには既に仲良しグループができている状態だ。
中学時代の同級生だった"あの三人"にも、振られたことを引きずられたのか、見事に無視され続け、僕は完全にクラスで浮いた存在になった。
つまり、あっさりと高校デビューに失敗したというわけだ……。
前の高校でも、こんな感じだったな……。
そもそも、僕は親の都合で転校したのだが、転校先でも同じようなことが延々と続くとは、もはや才能なのではと思ってしまう。
やはり、陰キャの僕には、自分から誰かに話しかけるなんて器用なマネはできない。これができれば、陰キャを卒業できるのにな……。
そう思っていると――。
「ねえ、今年は誰に渡すの?」
「ああ、あの仲良くしたい男子にクッキーを渡すやつでしょ? アタシ、特に決めてないんだよねー」
「そうだよねー。今は特に、気になる男子とかいないし……」
女子たちのヒソヒソ声が聞こえてくる。
盗み聞きするつもりはなかったが、あの女子たちは、まるで僕が近くにいることなど気づかないように話に花を咲かせている。
これも陰キャの宿命だよな……。
まあ、そもそも僕には縁の無い話だ。クッキーをもらえた男子には「おめでとう!」と心の中で祝福しておこう。
そう思いながら、僕は日頃から行っている教科書の予習を続けた。後で家に帰ったら、筋トレもしておかないと……。
そして、誰にも見向きもされないまま、放課後を迎える――。
「よし、早く帰るか……。見たいアニメもあるしな……」
オタク趣味も僕の楽しみのうちの一つ。勉強ばかりでは、さすがに頭が疲れるからな。
それに、僕は帰宅部を貫くつもりなので、部活には入らない。そのため、授業が終われば、真っ直ぐアニメだ! ……別にさみしくなんか、ないからな!?
ただ、その帰り道のことだった――。
「ん? あれは……」
学園を抜けてすぐ近くの公園に、見知った姿を見つけた。
「秋川さんに、園山さん。それに、松森さんまで……」
何やら、例の三人と小学生くらいの男の子が、公園にある大きな木を見上げている。
「待っててね! この美優お姉ちゃんが、絶対にあのサッカーボールを取ってあげるから!」
「あ、ありがとう、おねえちゃん……。ぐすっ……」
あの状況から察するに、あの男の子が蹴ったサッカーボールが木に引っかかってしまい、それを通りがかった秋川さんたちが取ってあげようとしていたみたいだ。
ただ、あの木は登りにくそうで、もし秋川さんたちが登ったらかなり危険だ……。
「うわっ! めっちゃ登りにくいよー、この木。でも……!」
秋川さんは、決心した表情を浮かべて木に登ろうとする。
このままだと、あの木から落ちて秋川さんが大怪我を負う可能性が高い……。
ここは仕方がない――。
「秋川さん、どいてっ!」
いきなり僕が登場したことにより、三人は愕然としてしまう。
「えっ、明則君……?」
「明則さん!? 何をして……」
「明則、危ない!」
三人のことなど無視して僕は靴を脱ぎ、慣れた動作で木に登る。
そして、木の枝に引っかかったサッカーボールを取って、そのまま木からジャンプし……見事に着地した。
サッカーボールを取るまで、時間にして一分も経っていないと思う。我ながら、陰キャ卒業のために必死に鍛えてきた身体能力は恐ろしい……。
ただし、足がいってぇ……! 骨折しなかったのが奇跡だと思うぞ!? 久しぶりに無茶をしてしまったな。
……と、そんなことを考えている場合じゃない。早く男の子にサッカーボールを渡して、この場を去らなくては!
そう思っていると――。
「すっげぇ……。おにーちゃん、すげぇよ!」
ボールを渡そうとすると、男の子の目がキラキラと輝く。
それに、秋川さんたちも、なぜか拍手をしてくるのだった。
「す、すごいね、明則君……!」
「た、助けてくれてありがとうございます……!」
「明則、かっこよかった!」
「あ、いや、その……。こ、これ、返すよ!」
どういう反応をしていいのか分からなかった僕は、男の子にサッカーボールを渡し、痛む足を無理やり動かしながら公園を去った。
しかし、その間にも――。
「なあ、あいつ……。俺らのクラスの転校生、だよな……?」
「すっげぇ運動神経……。俺、アイツ野球部に勧誘するわ……!」
「何か、古川君のイメージ変わったかも……」
「だよね! ちょっとかっこいいかも……!」
どうやら、一連の出来事を通りかかった生徒たちにも見られており、ちょっとしたざわめきが起こる。
陰キャコンプレックスを卒業するために鍛えてきた運動神経が、まさかこんな形で活躍するとは……。
僕は、恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、真っ直ぐ家まで帰った。