第一章18「――き、だから」
三人が提案した三対一の理不尽な綱引きを終え、古川明則は秋川さんと並んで帰路につく。
ただ、さっきのことがあったせいなのか、彼女は無言のままだ。
「な、なあ……。どうして急に下の名前なんかで呼ばせようとしたんだ? 秋川さん……じゃなかった、み、美優……」
「そ、それは、その……。そんなこと、アタシに直接、訊かないでよー! ううー、バカ……!」
美優は顔を両手で隠してしまった。
そもそも、僕が三人を下の名前で呼ぶことになったのは、美優が事の発端であるのだが、当の本人があの状態なので、何とも言えない空気が漂っていた。
やっぱり、慣れないな……。女の子を下の名前で呼ぶのは。
僕自体が異性と接する機会が無かった、というのもあるが、美優のような美少女が直々に、名前呼びをお願いしてきたという事実そのものに、ドキドキしてしまう。
そして、それと同時に、こんな疑問も浮かんでしまう。
彼女たちは僕のことを、本当はどう思っているんだろう……?
もし、彼女たちとの関係が少なからず近くなければ、こんな名前呼びなんてことはさせないだろう。
だとしたら、僕と彼女たちの関係は、どこまで進んでいるのだろう……?
まさかとは思うが、もしかして、あの三人は僕のことを……。
そう思ったところで、僕の思考を遮るように電車が通った。
それと同時に、美優が――。
「――き、だから」
「え?」
タイミング悪く電車が横を通ったせいで、彼女が何を口にしたのか聞き取れなかった。
何か、すごく重要なことを言われたような気がするが……。
「ごめん、もう一回言ってくれる? "だから"までは聞こえたんだけど……」
「え? き、聞こえなかったの……?」
「その……。電車が通ったから、最初の部分だけ聞こえなかったんだ……」
僕がそう口にすると、なぜか美優は不機嫌そうな顔をするのだった。
そして――。
「ふん! 何も言ってないもん!」
「な、何か、怒ってます……? み、美優……」
「怒ってないよ! 今日はもう、話しかけないで!」
うわぁ……。めっちゃ怒ってる……。
ただ、その理由が分からない……。これって、僕に原因があるのか?
考えれば考えるほど分からなくなってくる……。これは、普段から女の子慣れしてないと、理解できない範囲だな……。
ただ、話しかけるなと言われたので、これ以上は何も言わないことにした――。
それからは、彼女と全く会話が無かった。
そして、ついに家の方向が違う、というところで、美優が――。
「……明日ね、"彼氏にしたい男子ランキング"の発表日なの」
「発表日?」
そういえば、クラスの女子たちが密かに行っている変なイベントがあったな……。
しかし、なぜ急にそのことを話題に出すのだろうか?
そう疑問に思っていると、彼女は――。
「もし、さ……。ランキングの結果を見てもね……。絶対に、真に受けないでほしいの……」
「真に受けないでほしいって言われても……。そもそも、僕はそんなイベント興味無いし、第一、僕がランクインしてるわけないだろ?」
僕がそう口にすると、美優は大きなため息をついた。
「何も分かってないんだね……。自分のことも。そして、アタシの気持ちも……」
「え、それって、どういう――」
「……っ!!」
僕が言い終わる前に、全身を暖かく包みこまれるような感覚があった。
そして、次第に何が起こったのか、頭が理解しようとする。
「明則君のバカ……! 本当にバカ……! こうしないと、分かんないのかな……!?」
「み、美優!?」
何ということだ……。
美優が僕の腰に手を回して……。ギュッと抱きついてきている……?
待ってくれ! どうして急にこんなことをしたんだ? それも、ここは外だぞ? 人に見られたら……。
突然のことに頭が真っ白になっていると、彼女は――。
「もう離れてあげないんだから……」
「ええ!? な、何を言って……」
「アタシ、頑張ったんだよ……? 名前呼びも一週間くらい前から考えてて、こんな感じで話しかけようって計画してて……。他の誰よりも明則君との距離を縮めたかったのに……」
「み、美優……」
何だろう……。すごく心に刺さるようなことを、彼女から言われた気がする……。
彼女が何を訴えて、そして、何を欲しているのか……。
それはハッキリとは分からないが、少なくとも、このままの自分では駄目だというのは、痛いほど伝わってきた。
だから、僕は――。
「えっと……。このあと、時間ってあるかな? み、美優……」
「え……?」
「二人だけで、行きたい場所があるんだ……」
僕がそう言うと、彼女は驚いた顔をする。
……が、すぐに言葉の意味を理解したのか、顔を真っ赤にしてしまう。
「ふ、二人だけで、行きたい場所……? そ、それって、つまり……。で、でで、デートってこと……!?」
「ち、ちち、違うよ!? 別にデートってわけじゃないんだけど……。その、えっと……。ほら! た、体育祭について、二人で話せないかなって思ってさ……」
僕がぎこちなく言うと、美優はおかしかったのか、楽しそうに笑うのだった。
「ふふっ、あはははは!! なーんだ、デートじゃないんだー。つまんないのー」
「え、ええ!? つまんないって……」
「アタシ、ちょっと期待してたのになー」
美優は楽しそうに笑うが、その笑顔の裏では、何か別の感情が渦巻いているようにも見えた。
「ご、ごめん……」
僕が謝ると、美優は――。
「ほーらぁ、早く行こうよー! アタシと二人きりで行きたい場所があるんでしょ? じゃあ、またこの前みたいにアタシのこと、エスコートしてよ!」
美優はそう言うと、僕に手を差し出してくる。
「わ、分かったよ……」
僕はその華奢な手を、優しく握った。




