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第一章17「一歩進んだ関係」

「我々、一年生が出る種目は、綱引き、玉入れ、リレー……。そして、最後のフォークダンスです。また、ルールとしては、同学年のクラス対抗という形になり――」


 担任の先生が、近日行われる体育祭について淡々と説明してくれる。

 その説明を聞きながら、古川ふるかわ明則あきのりは昔のことを思い出していた。


 ――お前のせいで負けたんだ!


 あの頃の容赦なく浴びせられた罵声が、未だに耳に残り続けている……。

 そのことがキッカケで、僕は体育祭というもの自体が嫌いになった。

 クラスで団結して楽しむはずの体育祭が、皮肉なことにクラスをバラバラにしてしまったのだ。


 きっと、今回の体育祭も同じことが起こるだろう……。


―――――


 放課後。僕が帰ろうとすると、またいつもの三人がやってくる。

 そして、秋川あきかわさんが――。


「ねえ、明則君! これから時間ある?」

「え? 時間はあるけど、どうかしたの?」


 何やら彼女たちは、これから楽しみにしていることがあるのか、どこかソワソワしている。

 すると、秋川さんは――。


「これからさ、体育祭の練習も兼ねて、アタシたち四人で綱引きの練習しない?」

「つ、綱引きの練習?」

「そう、綱引き! しかも、負けた人は勝った人の命令を何でも聞くっていうルール付き!」

「な、何その王様ゲームみたいな綱引き……」


 どうやら、彼女は罰ゲーム有りのリスキーな綱引きをしてみたいようだ……。

 その心意気は理解できないが、さっきからずっと秋川さんが上目遣いで僕のことを見てくるせいで、すっごく断りにくい……。

 なら、ここは適当に付き合っておくのが良いか……。どうせ、綱引きの練習だもんな……。


「し、仕方ないな……」


 渋々といった様子で承諾すると、秋川さんは笑顔を更に明るくした。


「やったぁ! まあ、明則君なら絶対に付き合ってくれるって思ってたけどね! じゃあ、早くグラウンド行こ!」

「あ、ちょ!? 引っ張らないでくれよ!」


 秋川さんは、これから行う綱引きの練習が楽しみすぎるのか、強引に僕の手を引っ張ってくる。


「あははは! 明則君、勝負だよー!」

「あ、ああ……。い、いざ勝負……?」


 こうして、よく分からないまま秋川さんに手を引っ張られ、四人でグラウンドへ移動した。

 そして、綱引き用の縄を先生方に貸してもらい、ルールを再確認する。


「……で、ルールはどうだったっけ?」


 僕はそうくが、ここでおかしなことに気がついた。


「あの……。何で三人とも"そっち"にいるの?」


 そう……。なぜか僕の陣地には味方が一人もいない……。むしろ、相手側の陣地に、あの三人が集まっている状態だった。

 すると、園山そのやまさんが――。


「ふっふっふ……。これを見て、まだ分かりませんか?」

「え、何その笑い……。こ、怖いんだけど……」


 何だろう……。すごく嫌な予感がする……。何だかハメられたような気分だ……。

 だって、向こうの陣地にいる三人とも、めっちゃ意地悪そうな笑顔を浮かべてるんだもん……!

 これは、絶対に何か悪だくみしてるって顔だよ……。


 僕がそう思っていると、秋川さんが――。


「うっしっし……。これはね、アタシたち三人対、明則君一人の対決だよ!」

「な、何だよそれ!? そんなのズルじゃないか!」


 僕が猛抗議するが、三人は笑みを崩そうとはしない。

 そして、松森まつもりさんが――。


「ズルじゃない。私たち、二対二でやるとか、一言も言ってない」

「そ、そんな馬鹿な……! はかったな、松森さん……!」


 確かに、松森さんの言う通り、人数の指定は言ってなかったな……。

 ただ、いくら相手が女の子とはいえ、三人だ……。こんなの、負けてくださいと言われているようなもんだろう……。


「はあ……。これ、やるっきゃないのか……?」


 仕方ない……。ここは抵抗するだけ抵抗して、男を見せつけてやろう……。

 そう……。なんたって僕は、もう"陰キャ"じゃないからな……。

 だったら、こんな逆境くらい簡単にひっくり返してみせるのが、陰キャ卒業生の真の意地じゃないのか……!?


 お互いに一礼をし、向かい合う。

 そして、僕が無言のまま縄をつかむと、向こう側の三人も縄を掴んだ。

 すると、三人が――。


「明則君、分かってるよね? 負けたら、アタシたちの言うこと何でも聞くんだよ……?」

「ふふふ……。どんな命令をしてあげましょうか……?」

「私、恥ずかしい命令、させる!」


 もう三人とも勝った気でいやがる……。

 ならば、こっちも……。


「はっはっは! その自信、いつまで持つかな? こうみえて僕は、陰キャ卒業のために体を鍛えてあるんだぞ?」


 僕がそう言うと、三人の余裕そうな笑みが崩れた。


「な、何、あの余裕……!?」

「気をつけてください……! あの明則さん、何か仕掛けてきます……!」

「明則、ラスボス感、強い……」


 こうして、お互いの罰ゲームをかけた綱引きが、今、幕を開けようとしている……。


 そしてついに――。


「「「「いざ、勝負……!!」」」」


 四人の掛け声が狼煙のろしとなって、圧倒的に不利な綱引きが開幕した。


「はっはっは! 何だその程度か!? 赤子の手をひねるよりも簡単だな! あーはっはっは……」


 そして――。


「秒で負けたぁ……」


 結果は、三人の圧勝だった……。


 そりゃそうだろ……! だって、いくら体を鍛えてるからって、三人も束になられたら勝てるわけないよ……!


 そして、そうやって僕が心の中でボヤいている間に、三人の魔の手が迫ってくる……。


「さあ、明則君……。約束だよ……?」

「負けたら、勝った人の命令を何でも聞く罰ゲーム……」

「明則、罰ゲーム……」


 ヤバい……。三人とも目がマジだ……。


「や、やめろ……! 来るな……! 僕のそばに近寄るなあああ!!」


 目を妖しく輝かせた三人が、僕に向かって詰め寄ってくる……。


 ああ……。何を命令されるんだろう……。全裸で駅前を歩け、みたいな社会的に終わるような命令かな……?

 こんなことなら、あのとき断っておけば良かったな……。


 そう思いながら、僕は三人から罰ゲームが執行されるのを待った。

 すると、三人は――。


「明則君に命令……! これからは、その……。アタシのこと"下の名前"で呼んでほしいな……」

「私のことも、これからは"下の名前"で呼んでほしいです……」

「明則、私のこと"下の名前"で呼んでほしい……」

「…………へ?」


 あんなにめておいて、罰ゲームってたったそれだけ……!?

 何なら、もっと鬼畜で恥ずかしい命令を想像していたのに……。


 そのあまりもの呆気あっけなさに、僕は拍子抜けしてしまう。

 すると、彼女たちは――。


「あー、何か拍子抜けしたって顔してるー! こ、これでも、アタシたちにとっては、結構重要なことなんだよ……?」

「女の子が自分から、下の名前で呼んでほしいって言ったんですよ? これが、どういうことか分かってますか……?」

「明則、鈍感……」

「え、ええ……?」


 彼女たちから半眼を向けられながら、僕は頭を抱える。


 確かに、女の子を下の名前で呼ぶっていうのは、つまり……。その女の子と仲が良くなった証だってことなんだろうけど……。

 でも、こんな場面を使ってまですることか……?


 少し頭が混乱しているが、とりあえず、これは彼女たちの命令なので、仕方ない……。


「じゃ、じゃあ、そ、その……。み、美優みゆ……。それに、妃奈多ひなた紗哉さや……。これで、いいか……?」


 秋川さんは"美優"……。そして、園山さんは"妃奈多"……。最後に、松森さんは"紗哉"が下の名前だったはずだ……。


 しかし、これ、めっちゃ恥ずかしいな……!! 異性と接する機会がほとんど無かった僕にとっては、ハードルが高すぎる……。


 しかし、それは向こうも同じだったみたいで――。


「ば、馬鹿……! そ、そんな急に"美優"なんて呼ばれたら、その……。は、恥ずかしいじゃん……!」

「わ、分かってはいたのですが、改めて下の名前で呼ばれるのって、恥ずかしいですね……」

「明則、やっと下の名前で呼んでくれた……。うれしい……」


 お互いに顔を真っ赤にしながら、どんな反応をしたらいいのか分からなくなるのだった……。


 こうして、綱引きの練習は幕を閉じた。……お互いに一歩進んだ関係へ向かいながら。

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