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第一章15「夕暮れの思い出 その5」

 僕には、中学時代に好きな人がいた。

 でも、その人は僕のことなど眼中に無かった。


 ――アンタみたいな陰キャ、誰が好きになるのよ?


 容赦なく浴びせられる心をえぐる言葉……。

 これが原因で、僕は陰キャであることをコンプレックスに思うようになった。


 だから、陰キャを卒業できるように、勉強も運動も、ひたすら努力した。

 そのおかげで、僕は学内の成績はトップを維持できるようになったし、運動に関しても誰にも文句は言われなくなった。


 ただ、それでも、肝心の中身は変わらないままだったが……。


―――――


 あのときのことを三人に話すと、彼女たちは表情を曇らせた。

 当然の反応だろう。僕ですら、記憶から消し去りたいと強く思っているくらいなのに……。


「そんな感じで、僕はあっさりと玉砕したんだ……。まあ、今思えば、当然の反応だと思うけどね……。こんな暗い性格の僕と一緒にいても、楽しくないだろうし……」


 僕がそう言うと、秋川あきかわさんが――。


「そんなことないよ……! アタシ、明則あきのり君と一緒にいてすっごく楽しいもん……! だから、もっと自信を持つべきだよ……!」

「自信、か……。そんなもの、僕にはあるのかな……?」


 理屈では分かっているけど、その自信が自分の中のどこにあるのか、それすらも分からない。

 せめて、自分の誇れるものがハッキリと分かっていれば、それを自信につなげられるかもしれないが……。

 ああ……。もし、自分が陰キャじゃなかったら、こんな問題や悩みも無かっただろうに……。


 そう思っていると、園山そのやまさんが――。


「明則さん、私からもいいですか……?」

「な、何?」

「私は、明則さんが暗い性格には見えません」

「えっ……」


 どういうことだろう? 僕が暗い性格には見えないって、何を根拠にそんなことを……。


 すると、園山さんは、真剣な表情で更に話を続けてくる。


「少しキツい言い方をします……。明則さんは、自分のことを陰キャとか暗い性格とか言っていますが、それは大きな勘違いなんです」

「勘違い……?」


 陰キャでも、暗い性格でもない……。

 だとしたら、僕は何なんだ……? 僕の正体は何なんだよ……? 彼女は、僕の何を知っているんだ……?


 そう思っていると、園山さんは――。


「……ただ、過去に言われた陰キャだという強い先入観に囚われて、自分自身を深く閉ざしているだけなんです」

「……!?」


 何だろう、この心に直接響くような言葉……。

 それに、厳しく言われているはずなのに、なぜか温かみを感じる……。


「僕が……。先入観に囚われている……。そんなわけ……」


 今まで、そんな感覚は無かった。

 でも、確かに……。園山さんに鋭く指摘されてみて、今まで自分の周りに渦巻いていたモヤの正体が、分かってきた気がする……。

 もし、陰キャという枠内に自分自身を閉じ込めていたのなら、僕はすごく馬鹿なことをしてしまっていた……。


 すると、秋川さんが――。


「アタシはね。ぶっちゃけ、明則君が陰キャでも、そうじゃなくても、別にどうでもいいんだよ?」

「どうでもいいって……。秋川さんは、こんな僕が嫌じゃないのか……?」

「嫌じゃないよ! むしろ、もっと一緒にいたい! だって、明則君――成長したじゃん!」

「僕が、成長……?」


 園山さんに続いて、秋川さんにまでハッキリと言われてしまう。


「さっき、明則君はバスを乗り間違えたアタシのこと、率先して助けようとしてくれたよね? それに……。一人で怖くて泣いちゃったアタシの頭、優しくでてくれたし……」


 秋川さんがそう言うと、他の二人が、すぐにジト目を向けてくる。


「後で詳しい話、聞かせてもらいますね……?」

「明則、後で私の頭も撫でて」

「ちょ、今はやめてね!?」


 二人とも、この空気の流れで嫉妬しないでくれ……。


「ま、まあ、とにかく、アタシが言いたいのは――明則君は、すっごく成長したってことなの!」

「いや、まあ、そうかもしれないけど……。でも、あれは当然のことをしたまでで――」

「その当然のことをできるってことが、明則君の"大きな成長"なんだよ?」

「あ、秋川さん……」


 なぜだろう……。彼女たちに心に響くようなことを言われ続けたせいか、ずっと嫌だった自分のことが、全く嫌じゃ無くなってきている……。


 自分を受け入れられるって、こんなにも心地良くて温かいものなのか……。


 そして、そんな僕に松森まつもりさんが――。


「結論。……明則、もう"陰キャ"じゃない」

「……っ!?」


 僕は目を見開いた。

 テーブルを挟んで座る三人。彼女たちは、優しい笑顔を僕に向けてくれている。

 なぜだか、僕には彼女たちのあの笑顔が、より一層輝いて見えたのだ……。


「あ、ありがとう……」


 気がつけば、僕は感謝の言葉を口にしていた。

 すごく照れくさくて、視線が泳いでしまう……。


 すると、三人は――。


「えへへ! これからバーベキューなのに、暗い話で終わるなんて嫌でしょ?」

「そうですよ! 暗い過去のことなんて忘れて、今は私たちと楽しいバーベキューです!」

「私、明則に"あ~ん"する!」

「あっ、ちょ、松森さん!? アタシだって"あ~ん"するのー!」

「二人とも抜け駆けはさせませんよ!? 明則さんは、私から"あ~ん"されるんです!」


 また言い合いが始まったよ……。

 でも――。


「まだまだ、僕は成長するよ……。たとえ、僕が陰キャじゃなくなっても、成長できない理由にはならないからね」


 そう、ここで気を抜いて、彼女たちの優しさに甘えてはいけない。


「皆の隣にいて、恥ずかしくない立派な人間になるよ、絶対……!」


 改めて僕がそう口にすると、彼女たちは満足そうな笑顔を浮かべるのだった。


 また、三人には助けられたな……。


―――――


 炭火の匂いが食欲をかき立てる……!


 渋滞に巻き込まれてしまった父親の信夫のぶおが帰宅し、ようやく楽しみにしていたバーベキューが始まった。

 庭へ皆で集合し、コンロを囲んで好きなものを焼いていく。


「ほら、皆、食べろー! 食べて食べて食べまくれー! 今日はこの信夫様のおごりだー!!」

「ちょ、親父!? 声デカいって……!」

「ぎゃーはっはっは!」


 相変わらず、にぎやかな人だな……。


 そう思っていると……。僕の目の前に、三人分の箸が寄ってくる。


「明則君! はい、あ~ん!」

「明則さん! 私から先に食べてください!」

「二人とも、ここは私に譲るべき! 明則、あ~ん!」

「ちょ!? 三人とも!? そんな一気に食べられないって!!」


 僕がそう言うが、彼女たちは全く聞く耳を持たない……。


「だーめ! アタシ、今日はお腹壊すまで食べさせるから!」

「私は、明則さんの胃袋が破裂するまで食べさせますよ!」

「私、明則が爆発するまで食べさせる!」

「な、何で皆、僕が壊れる前提なんだよー!」


 全く……。恐ろしいことこの上ないな……。

 僕がそう思っている間に、彼女たちは――。


「「「はい、あ~ん!」」」

「むぐ!? んんん!?」


 僕の口に、その三人分の箸を強引にねじ込むのだった……。


 ヤベい……。色んな味が口の中に広がって、絶妙にみ合わない……。


 そのせいで、僕はせてしまった……。


「ちょ、大丈夫!?」

「明則さん!? 明則さーん!!」

「明則、死にかけてる……!? 衛生兵! 衛生兵ー!」


 うおおお……! 何か胃の中のものが逆流しそうだが、彼女たちの目の前でリバースできるかっ……!!


 僕は根性を奮い立たせて、彼女たちの"あ~ん"を無理やり飲み込んだ……。

 すると、それを見ていた信夫が――。


「ははははは!! 明則、偉いぞ! 女の子たちの気持ちをき出さずに、しっかり受け取ったんだな!」

「おかげで天国のお母さん、見えかけたけどな……」


 僕がそう言っている間に、信夫は山に沈んでいく夕日に目を向けた。


「……そういえば、あのときも"夕暮れ"だったな」

「え?」


 信夫は、少し感慨深そうに夕日を見つめている。

 すると、信夫は――。


「いや、俺が母さんにプロポーズしたときも、あんな夕焼け空だったなって……。まあ、キザったらしいって、その場で笑われたけどな」


 信夫は、どこか照れくさそうに笑うのだった。

 そして――。


「俺さ……。いつか明則が、俺みたいになるんじゃないかって、ずっと心配していたんだ」

「お、親父みたいに?」

「でも、それは杞憂きゆうだったみたいだな……。だって、お前の周りには――こんなにも、魅力的な女の子たちがいてくれるからさ」


 信夫がそう口にすると同時に、夕日が完全に山に沈んでしまう。

 そして、信夫はこう続ける――。


「これからも、明則のことをよろしくな!」


 信夫の言葉に、三人は元気よく返事をした――。


 こうして、楽しかったバーベキューもあっという間に終わりを迎え、明則たちは一生の思い出を手に入れたのだった。

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