第一章14「夕暮れの思い出 その4」
秋川さんの手を引きながら歩くこと数分後……。ようやく、自分の家が見えてきた。
「ありがとうね、明則君!」
「あ、ああ、気にしないでくれ……」
僕の手から秋川さんの体温が感じられる。
ヤバい……。改めて、女の子と手を繋ぐって、メッチャ恥ずかしいな……。
異性と接するのが慣れないせいで、手を繋ぐという行為だけでも、胸がドキドキしてしまうな……。
とりあえず落ち着け、僕……! こんなことでドキドキしていたら、陰キャ卒業は程遠いぞ……!
そう思っていると――。
「あ、明則さん! ……と、秋川さん?」
「明則、秋川さんと手、繋いでる……」
どうやら、園山さんと松森さんも既に到着していたみたいだ。
ただ、彼女たちは、僕と秋川さんが手を繋ぐのを見るなり、湿っぽい視線を向けてくる。
「これは、どういうことですか……?」
「明則、説明……!」
二人とも怖い……。何か殺気を感じるんだが……。
「あ、ああ、実は――」
とりあえず、二人には、秋川さんがバスを乗り間違えて、そこから僕がバス停まで迎えに行ったことを説明した。
すると、それを聞いた二人は――。
「ふーん、そういうことがあったんですね……。でも、手を繋ぐ必要性は無いんじゃないですか……?」
「園山さんの言う通り。明則、手を繋ぐ必要ない」
ヤバい……。二人とも、メッチャご機嫌ななめだ……。
ただ、そんな二人に対して、秋川さんは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「だって手を繋がないと、アタシ、道に迷っちゃうとこだったもん。明則君が手を引いてエスコートしてくれたから、アタシはここに戻れたんだよ?」
あからさまに二人を挑発するような発言をする秋川さん。
すると、それを聞いた二人は――。
「ふーん、良かったですね、エスコートしてもらって。さぞかし楽しかったんでしょうね……」
「秋川さん、羨ましい……」
「ふふーん。アタシ、今、すっごく幸せだよー! 明則君と、手を繋げてさー」
秋川さんがそう言った直後、二人からピキッという音が聞こえてきた気がする……。
そして、それを裏付けるかのように、二人は陰のかかった笑みを浮かべてくる……。
「あの、ケンカ売ってます? 秋川さん……?」
「やるの、秋川さん……?」
「ふふ、ケンカ……? いいよ、上等じゃん! アタシとやり合うなんて百年早いよ!」
「覚悟してくださいね? 私の悪口攻撃に耐えられますか……?」
「悪口攻撃、私もやる……!」
「アタシだって――」
ああ、また始まった……。
こうして、三人の言い合いが勃発してしまい、家の前が一気に賑やかになる。
「お、おい――」
三人を止めようと思ったが、ここで、僕のスマホに着信があった。
スマホの画面には――親父の名前が表示されている。
「もしもし、親父?」
『ああ、明則か!』
どうやら、父親の信夫は、車の中で電話をしているらしく、エンジンの音や周囲の環境音が一緒に耳に入ってくる。
「どうしたんだ?」
「いや、実はさ……。運悪く、渋滞に巻き込まれてしまって……。帰るのが少し遅くなりそうなんだ……』
「そ、そうか……」
『もうお嬢ちゃんたち三人は家にいるのか?』
「ああ、もう着いているよ」
『じゃあ、俺が帰るまでの間、四人で仲良く待機しててくれないか?』
「ああ、分かったよ」
『すまんな――』
こうして、通話が終わり、僕は彼女たちと家で待機することになった。
四人でテーブルを囲んで、親父が帰ってくるのをじっと待つ。
しかし、皆、さっきまでの言い合いが嘘のようにシーンと静まり返っているな……。ここは何か話題を探さないと……。
そう思っていると、園山さんが――。
「明則さん。少し訊きたいことがあるのですが……」
「訊きたいこと?」
どうやら、何か真剣な話があるようで、彼女の瞳は力強かった。
すると、園山さんは――。
「どうして、あのとき……。私たちを振ったんですか?」
「え……」
彼女の質問により、他の二人の視線も集まり、一気にリビングの空気が重たくなる。
「そ、それは……。当時、他に好きな人がいたからで……」
「その好きな人とは、どうなったんですか……?」
そういえば、ここから先は彼女たちに話していなかったな……。
ただ、ここで話すべきか迷う……。あの後の出来事は、僕にとっては黒歴史でしかないからな……。
僕は無言のまま、テーブルに置かれた自分の手を見つめた。
すると、園山さんは――。
「どうしても知りたいんです……! その人と明則さんが、どうなったのか……」
「……!?」
どうして、そこまでして僕のことを知りたがるのだろうか? 僕のことを知って、彼女たちに何かメリットでもあるのか……?
そう思っている間にも、園山さんだけでなく、他の二人も話題に食いついてくる。
「アタシも知りたい……!」
「明則、教えて……! あの後、何があったの?」
「み、皆……」
どうやら、これは無理にでも話さないといけないらしい……。
「し、仕方ないな……」
僕は彼女たちに完全に根負けし、閉ざしていた重たい口を開いた――。
「僕はね……。結局、その人に振られたんだ……。"お前みたいな陰キャは無理"って言われてね……」
その事実を告げると、三人は唖然としたまま固まってしまった。