一矢
「うわああああ!」
格闘技に関する…ええい、もう言ってしまおう。レスリングだ。それも特殊なレスリングであるが、とにかくその勝負、試合というより仕合とでも言うべきそのやり取りの最中、果敢にも私が繰り出したのは、快速かつ俊敏なる前転だった。
前転だ。具体的に体のどこをどう当てるとか、そんなことを考えている余裕などあるものか。
ただ、この動きを披露したかった。私達にしかできないこの動き、最速・最短・最小の前転を、目の前にいるこの男に見せつけたかった。
目の前にいる男。高身長で体格に恵まれ、パワーもスタミナもテクニックも一流のレスラー。
『彼』とすら互角に渡り合ったこともあるこの男に、本来ならばこの私なんかが勝てる訳もない。過去に私の先輩機が、この男に対して大金星を挙げたことも一度はあったが、最後のトータル勝敗では結局負けていたし、あの時果たしてこの男が本気だったのかどうかは定かではない。
何せこの男、私の先輩機をすぐには倒さずに、痛ぶって嬲って楽しんでいたというのだ。本来ならば格下に使うべきではないこの男の必殺技・《悪魔のまさぐり》こそ使いはしたが、それも全力ではなかった。
ヘロヘロのグロッキーになった先輩機を仕留めようともせず、大してダメージを与えないボディスラムを連続で仕掛けて痛めつけていたような、悪魔のような性悪男なのだ。この男に挑んだ私達の先輩機、先駆者とも言える勇者達は、悉く闘いに殉じた訳で、今までに生きて帰って来れた者は私達の中には一人もいない。
ただ、そんなこの男に勝てる道理など無くとも、私はこの技を使うまでは、負ける訳にはいかなかった。
私の代で初めて編み出すことに成功した、数多くの、いっぱいおる先輩方の犠牲を元に学習し、研鑽してきた努力の結晶とも言える、この技。
「ぐおおっ!?」
さしものこの男も、急所を打たれた訳でもないのに悶絶する。これまで幾度となくこの男に破れ去ってきた先輩機達の記録を学習している私には判るが、これは演技でも何でもなく、本当に効いているだろう。
それもその筈だ。
これは、重力すら無視し、時空の摂理すら超越して、最速の回転でも着地までにギリギリ1回転できるかどうかという速さでの落下を可能にしたことによる、最速の落下。
これは、私が意識を失う限界にも肉薄する程の圧倒的な速度での回転力を、丸めて縮こまらせた極小の躯体に作用させる、最短の回転。
これは、衝突の衝撃を対象物の表面にのみ集中させる技法を極めに極めて極限に達したこの私による、鞭で打たれたかのような強い痛みを与える最小の打撃。
最強ではなく、最小。
最大ではなく、最速。
そして、太くも長くもなく、最短。
逆張りの究極。
皮肉と諧謔の全身全霊。
それこそが、最速・最短・最小とんがりコーン。
私達にとって唯一の、『本格的』。