1 野望の始まりと騒音トラブル
西暦20XX年。学会の鼻つまみ者となった天才機械工学者、小坂T郎は、最新鋭の設備とは無縁の、東北の雪深い寒村に一人身を置いていた。25歳という若さながら、その才能は疑いようもなく、故にその奇抜な発想と傍若無人な振る舞いは、常に周囲との軋轢を生んでいた。
「ふはははは! 見よ、この広大な土地! わが世界征服の野望を育むにふさわしい!」
T郎が借りた古民家の裏手には、鬱蒼とした森が広がっていた。彼の計画は単純にして大胆。この静寂に包まれた地で、誰にも邪魔されることなく巨大ロボットを建造し、その圧倒的な力で世界を掌握するというものだった。そのためには、秘密裏に巨大な格納庫が必要となる。T郎は独学で得た土木工学の知識を駆使し、地下に巨大な空間を掘り進める計画を立てていた。
日夜、古民家にはけたたましいドリルの音が響き渡った。振動は地面を伝い、隣の家にまで容赦なく届く。隣に住むのは、佐藤と名乗る中年夫婦と、その娘の美咲だった。温厚そうな笑顔を絶やさない夫と、いつもニコニコしている妻。そして、少しばかり気が強い年頃の中学生、美咲。彼らはこの地で代々続く旧家だった。
「また始まったわね、あの音…」
佐藤の妻・茜は、縁側でお茶をすすりながら、遠くから聞こえる騒音に眉をひそめた。
「まあまあ、茜さん。そのうち静かになるでしょう」
夫は呑気にそう言ったが、実際には一向に静まる気配はない。特に美咲は、勉強に集中しようとするたびに響く振動と騒音に、日に日に苛立ちを募らせていた。
そして、事件は起こった。その日もT郎は、地下深くへと続く穴を掘り進めていた。地盤が脆い箇所に差し掛かったのか、轟音と共に古民家の庭の一部が陥没したのだ。
「何事だ!?」
驚愕するT郎を尻目に、怒りのオーラを纏った美咲が、陥没した穴から顔を覗かせた。土埃にまみれた顔は、普段の可愛らしい表情とはかけ離れていた。
「なんなのの! この騒音! わたくしの集中力を邪魔して! もう我慢なんないわ!」
美咲の怒声は、地底にまで響き渡った。T郎は、突然現れた少女の剣幕に、一瞬言葉を失った。これが、マッドサイエンティスト小坂T郎と、ちょっと不思議な力を持つ隣人一家との、奇妙な出会いであった。