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私を迎えにいく話。

横暴なアリア

両親の離婚後、数ヶ月に一度母とは会っていたのだが、その日の待ち合わせ場所は近所にある重厚な雰囲気の喫茶店だった。小学生だった私は早めに着いて喫茶店の駐車場で待ちぼうけていた。当時は携帯などなく、会える喜びよりも手持ち無沙汰と不安感でそわそわしていた。


40分、50分待っても来ない。


喫茶店の周りをぐるりと回ってみる。

隣の建物や近くの駐車場も見てみるが母はいない。


1時間、2時間くらい経っただろうか…。


半泣きで家に帰った私は会えなかったことを父に伝えた。


実は母は喫茶店の中に居たらしい。

数日後、父が言った。


母はきっと恋人とデートの約束でもしているかのような気持ちで待っていたのだろう。相手が経験豊かで1人で店内に入ることができる大人ではなく、引っ込み思案でおとなしめの子供なのを考えもしなかった。そして待っていたのに会えなかった悲しみに浸っていたのだろう。私の不安感や恐怖は想像していなかったのだろうと思う。母に悪気はなかったのだろう。ただ、母はいつもそんなだった。



数年後、私の絵を描いたと言って渡された絵の少女は私と違い色白で、私と違いパッチリとした瞳で私とは似ても似つかず、着たことのない椿柄の着物を着て微笑んでいた。


その後母とは数年会えず、私は捨てられたのだと思っていた。実際は父が会うなと言っていたようだったが、どんなやりとりがあったのか私は知らない。


母は私と会えず絶望して踏切で自殺未遂をしたらしいが、その時助けてくれた人と親友になり、共に過ごすようになったという。そして新しくできた友人たちと私の誕生日にケーキと花を買い、ささやかな誕生日パーティーを毎年していたそうだ。もちろん私はそんなことは知らない。


十数年後再会した時に聞かされた。

私のいないところで祝われていたと聞かされて、なんと言って良いのか困ったことをよく覚えている。


両親の離婚後5年ほど経ってから再婚した新しい母と私は仲が良くなく相性も悪かった。ろくに口もきかずほとんど無視していた。それでも継母は毎日ご飯を作ってくれたし洗濯もしてくれた。学校の弁当だって毎日作ってくれていた。

相性は悪いものの感謝はしていたので、25歳をすぎたあたりから申し訳なさも感じ、極力感謝の言葉を伝え、親子ムーブをするよう心がけていた。


ちなみに実家は前の母の時代からずっと喫茶店を経営しており継母になってからも続いていた。


そんな時に前の母が実家の喫茶店に行きたがるようになった。自家焙煎のコーヒーは確かにとても美味しく、新規顧客よりも開店当初からのファンで成り立っているような店だった。とはいえどうなのだろう…と思いはしたが、ただお客さんとして行ってコーヒーを飲むだけなら良いんじゃないかと思いそう伝えた。当然頻繁に行くなんて思っていなかった。


母に悪気はなかったのだろう。

ただ懐かしいコーヒーを飲んで思い出に浸っていたかっただけなのだろう。


そのうちに継母も気づいたらしく、精神的に追い詰められていたようだ。ノイローゼになるといけないからもう来ないように言ってくれ、と父から言われた。


私が?と思ったものの、コーヒー飲むだけなら良いんじゃない?と言った手前、私が言うのが道理だろうとも思い、嫌々ながら母に電話で伝えた。


母は怒りに任せて私を罵倒してきた。

私が言ったわけじゃないのに…と思ったが、思いもしなかった激しい言葉に何も言い返せないまま「2度と行くもんか」という捨て台詞と共に電話を切られてからも呆然としていた。


私の辛さは考えもしていないのだろう。


その後、母と話していた時に思い切って

「実は幼少期に従兄弟から虐待を受けていた」

と告白したことがある。


今は違うんでしょう?今更言われても何も言えない。私の立場が…。


そんな類の言葉を言われた。味方してくれなかったことがショックで正確な内容は全く覚えていないが、保身の言葉しかなかったように思う。


その後父が亡くなり、私も結婚した。

夫も私と同様に家族関係に幻滅している人だったため、子は持たないと決めていたので2人きりで生活をしている。母にも父が亡くなったことや結婚したことは伝えていた。


そんなある日、私の職場に母が現れた。


私の誕生日だった。


仕事は接客業だったので、勤務中に少し迷惑だったが祝われている手前追い返すわけにもいかず、少し休憩時間をずらしてもらって話をした。


母はJCBギフトカード一万円分を手渡してきた。


ありがたく受け取ったが、結婚についてや夫については何ひとつ聞いてこなかった。興味がないのだろうか、結婚したことを忘れているんだろうかと考えたが、面倒に感じたので触れなかった。


私は人からプレゼントされる際、何が喜ぶだろうかと考えて選んでくれたことに対してより喜ぶ人間だというのを夫は知っている。母は違うのだろう。


その数ヶ月後、突然従兄弟から連絡があり嫌な予感がした。出ないでおこうかとも思ったが何度も着信があったのでしぶしぶ電話に出ると案の定、金を貸してくれと言われた。私の夫は金銭的に縛り付けるタイプではないのだが何かあったら自分を口実にして良いといつも言われていたので「旦那がお金を管理しているから私は自由にお金を使えないので無理です」と伝えた。


それに対して引き下がることなく「消費者金融で俺の代わりに借りてください。毎月必ず返済します」と言ってきた。そして「おばちゃんたち(私の母のこと)には言わないで」とも言ってきた。


当然私はその話をすぐに母に伝えた。母とその姉(従兄弟にとっての母)は大騒ぎしだした。どうやら数年前にパチンコで数百万の借金があり、それを代わりに返済してやっと終わったと思っていたところだったらしい。「貸さなくていいからね」とは言われたが、迷惑かけてごめんといった類の言葉や私を心配する言葉は一言もなかった。


きっとどの瞬間も母は私を傷つけるつもりはなかったのだろう。けれど、私自身を見て考えた言動というのはついぞなかったように思う。

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