コロニーの亡霊
地球出身の日系ジャーナリスト、真壁涼子は、宇宙コロニー・ノアズアークへと降り立った。
周囲に広がるのは、難民たちの雑然とした住居、汚れたホログラム広告、空に浮かぶ反重力ロープウェイのシルエット。近隣の戦争による難民が押し寄せ、社会基盤が崩壊寸前であると報じられていたが、思いのほか街には活気があった。だが、その活気は決して繁栄によるものではなく、焦燥と怒りのエネルギーが渦巻いているようだった。
涼子は、カメラドローンを飛ばしながらロープウェイの駅を出ると、目の前で車椅子の老女が道を塞いだ。押しているのは、片足が機械義足になった少年だった。
「話を聞かせてくれたら、10ドル払うわ」
涼子がそう切り出すと、少年は警戒するように目を細めたが、やがて口を開いた。
少年の名前はアフメド・サリーム。車椅子の老女は祖母のウルファ。彼らはこのコロニーの出身だった。
「俺たちのコロニーは、ずっと地球の国々に支配されてきた。食料資源はすべて連中に管理され、俺たちは配給を受けるために従うしかない。俺の父さんは、地球政府の傭兵に殺されたよ。」
「……傭兵に?」
「そうさ。俺たちは反乱軍だと決めつけられた。コロニーの人間はみんなテロリスト予備軍だってな。」
ウルファは呆然と虚空を見つめ、震える手で空を指さした。
「シャーヒド……おまえは元気で……おまえは私の誇りだ……。」
涼子は息をのんだ。アフメドの目は、静かに、しかし深い憎悪に満ちていた。
「ばあちゃんは、俺の父さんが死んでからおかしくなった。俺を父さんだと思い込んでるんだ。」
アフメドは冷たく笑った。
「でも、そんなことはどうでもいい。俺は絶対に地球のやつらを許さない。」
涼子は、鼓動が速くなるのを感じた。
「お姉さんはコロニー出身だよね?」
アフメドが涼子を真っ直ぐに見つめながら、そう問いかけた。
彼の目に浮かぶ狂気と哀しみを見た瞬間、涼子は全身が凍りついた。
その時、コロニーの警報が鳴り響いた。頭上のホログラム画面に、赤い文字が浮かび上がる。
――コロニー内部に不明機接近、緊急警戒態勢。
アフメドは涼子の手から10ドルをひったくると、車椅子を押しながら人混みに消えていった。涼子は立ち尽くしていた。人々の怒りと憎しみの渦が、やがて戦争という名の業火を再び生み出す。その予兆を、彼女は今、確かに感じていた。
警報が鳴り響くなか、涼子はとっさにカメラドローンを上昇させ、コロニー上空の映像を確認した。視界に映ったのは、黒く塗装された無人戦闘機の群れ。通常の警備ドローンとは異なり、重火器を搭載している。
「地球政府軍か……?」
だが、そのエンブレムは違った。見覚えのない紋章が描かれている。
――新たな敵か、それとも……
「クソッ、取材どころじゃないわね……」
涼子は身を翻し、避難のために移動を始めた。だが、その時、先ほど別れたばかりのアフメドとウルファの姿が視界に入る。
「アフメド!」
叫んだ瞬間、爆発音が轟いた。
コロニーの空に閃光が走り、無人戦闘機がコロニー施設を狙い始めた。反重力ロープウェイの支柱が一つ、爆風によって崩れ落ちる。
人々の悲鳴が響き渡る中、涼子は咄嗟にアフメドのもとへ駆け寄った。
「逃げるわよ!」
だが、アフメドの目には、ある決意が宿っていた。
「俺は逃げない。このコロニーを守るために戦うんだ」
涼子は息をのんだ。
彼の腕には、いつの間にか銃が握られていた。
「そんな銃で、あんなドローンに勝てるはずがない!」
涼子は素早く周囲を見回した。そして、一台のホバーバイクが道端に駐輪されているのを発見する。
「乗るわよ!」
アフメドを無理やり引きずるようにバイクへと押し込むと、涼子はすぐにアクセルを開いた。バイクは重力を振り切り、滑るように宙を駆ける。
背後からドローンが迫る。赤外線スコープがロックオンし、次の瞬間、熱線が発射された。
「くそっ!」
涼子はバイクを大きく旋回させ、狭い路地へ飛び込む。ドローンも追尾してくるが、速度が速すぎる。
「アフメド、タンクローリーを撃て!」
涼子が叫ぶと、アフメドは迷うことなく引き金を引いた。弾丸が燃料タンクに命中し、大爆発が起こる。
衝撃波が広がり、ドローンの一機が制御を失い壁へと激突した。
「まだ来るぞ!」
涼子はバイクを加速させ、次の手を模索する。
戦場と化したコロニーの中で、彼女たちの生存戦が始まった。