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ヴォワティール王国

頼りない婚約者が強くなるにはどうしたらいいかご存知ですか?

作者: 川原にゃこ


短編「はてさて、私の憂鬱よ〜現人神の子どもに溺愛されたので〜」と同じ世界観です。

ページ上部シリーズリンクより、あわせてご覧いただけると嬉しいです。


どうぞよろしくお願いいたします。


「ねえ、ニネット。ニネットは僕との婚約を破棄したりしないよね?」


 ニネットははぁ、とため息をついた。

 ──ニネット・ル・ジャンドルとフランシス・バルビエは幼馴染だ。フランシスはいつもニネットの後を引っ付いていて、ニネットはそんなフランシスの世話を焼いていた。同い年なのに、ニネットの方がずっとお姉さんのようだった。フランシスは心優しいが泣き虫だったので、ニネットはいつも自分用のハンカチと、フランシスの涙を拭う用のハンカチの二枚を持ち歩いていたのだった。

 二人が10歳になった頃、何もないのにフランシスがぐすぐす泣いていたのでニネットは甲斐甲斐しくフランシスの涙を拭いてやる。


「何を泣くことがあるの?フランシス」


 ニネットは優しくそう聞いた。そうすると、フランシスはニネットをちらりと見て、そしてまた涙をポロポロ零す。フランシスを泣かせるようなことをしたかと思い返すも、何も思い当たることがないのでニネットは首をかしげた。


「泣いているだけじゃわからないわ。ちゃんと説明してちょうだい」

「ニネットが……」


 しゃくりあげながら、ニネットの名前を出すフランシス。

 やはり何かしてしまったのかと思って再度記憶を辿り寄せるものの、何も心当たりがない。


「私が?なに?」

「ニネットが将来、僕の知らない男の人と結婚するのかと思ったら、悲しくなっちゃった……」


 そしてまた、自分の膝に顔をうずめて泣き出した。

 ニネットは呆気に取られながらも、フランシスの頭を撫でながら「そんなの、大人になってからじゃない!」と応える。


「貴族の女の子は、16歳とかでも結婚したりするって、聞いたよ!16歳なんてもうすぐだ。もうすぐ、ニネットは僕以外の男の人と結婚しちゃうんだ……」

「ばか!じゃあしない。フランシス以外の男の人とは結婚しないわよ。それでいい?」

「え?僕と結婚してくれるの?」


 先ほどまであんなにべそをかいていたフランシスが、顔を上げてぱっと表情を明るくした。その明るい笑顔に、ニネットは少し照れながら、「うん、そうよ」と言う。


「ほんとに?約束だよ、絶対僕の奥さんになってね」

「わかったわ。指切りしましょう」


 そう言って、ニネットは小指を差し出す。フランシスも、涙を自分の手で拭いながら小指を差し出して、ニネットの小指にしっかりと絡めた。


「約束だよ」


 えへへ、と笑うフランシスに、ニネットもにっこり笑いかけたのであった。


 ──それが6年前。

 フランシスはあれから少しは頼りがいのある男性になったとは思う。背も伸びたし、もう滅多なことでは泣かなくなった。それでもニネットが一番大好きなことには変わらない。

 最近、この王立フロラシオン高等学術院に通うセリーヌ・ボーヴォワールという女子生徒が、婚約者の不貞を理由に婚約を破棄したと聞いた。

 その噂を聞きつけたのであろう──フランシスは、不安げにニネットに尋ねた。


「僕はニネットのことを一番愛しているけど、ニネットは?僕と結婚する意志は変わらないよね?」

「フランシス……」


 ニネットはにっこり笑ってから、フランシスの頬を両手でつねった。


「馬鹿なことを言うのはこの口かしら?」


 いひゃい、と眉根を寄せるフランシスが可哀想になってすぐに話したが、フランシスの白い肌は少し赤くなっていた。しまった、強くつねりすぎたかもしれない。

 フランシスは「ごめん、少し不安になって」としゅんとする。ニネットはそんなフランシスを見て、う、と言葉を詰まらせた。


 フランシスは案外、女子生徒から人気がある。

 優しくて、物腰が柔らかいのはもちろんのこと、あけすけに言うと、顔がいいのだ。

 少しウェーブがかった金髪と空のように蒼い目。整った顔をしているが、少し太めの眉と垂れ目が優しさを醸し出しているし、表情も穏やかだ。己の価値を勘違いしている一部の嫌味な貴族の子女たちとはまるで違う。それに、身長だって伸びたせいで、かなりすらっとしてスタイルもいい。

 だからという訳でもないが、ニネットもちゃんとフランシスのことが好きだった。何より、幼い頃からフランシスのことを見ていたので、もう彼なしでの生活は考えられないのだ。

 ニネットは当たり前のようにフランシスのことを愛していたが、フランシスのように素直に愛情を相手に伝えることが苦手なので、そのせいでフランシスは不安になっているらしい。


「……私こそ、ごめん。でも、私は絶対に婚約破棄なんて、しないし……ちゃんとフランシスのことが大好きだから。安心して」


 そう言うと、いつものようにフランシスはぱあっと表情を明るくさせた。ニネットは、フランシスのこれに弱かった。フランシスは嬉しそうにニネットの手を握って、「ありがとう、ニネット」とニネットの頬にキスをしようと身をかがめたが、それはニネットに阻止される。


「ストップ!ここ、学校の芝生!の、ど真ん中!」

「そうだった。ごめん」


 またしてもしゅん、としながらフランシスは大人しく離れた。そんな二人を見て、通りすがりの生徒たちがくすくす笑っている。


「ニネット、いつもありがとう。じゃあ、そろそろ次の授業に行くね。またね」


 そう言ってフランシスは笑顔のまま、歩き出していった。ニネットはそんなフランシスの後ろ姿を見送りながら、もう少し頼りになる人になってほしいなあ、とないものねだりをするのであった。


 ***


 貴族たちの大切なお役目のひとつに、社交界への出席がある。それはもちろん、ニネットとフランシスにとってもそうだった。有力者とのコネを作り、自分たちへ都合のいい空間を作り上げることに皆躍起になっている。社交界は貴族にとって、まさに戦場なのである。

 しかし、当のニネットはにっこり笑って誰かに微笑みかけるどころか、先ほどから仏頂面で黙り込んでいた。


「ねえ、フランシス様は王立フロラシオン高等学術院に通っていらっしゃるのよね?すごいわ、素晴らしいわ」

「フランシス様、なんて麗しいかんばせ。ここだけの話、わたくし、ヴィレウス王太子よりもフランシス様のお顔の方が好きですわ」

「ああ、フランシス様は婚約者がいらっしゃるのよね……残念です。わたくしも、もっと早くフランシス様に出会っていればチャンスがあったのかもしれないのに」


 独身の貴族令嬢たちに囲まれて、フランシスは困ったように眉を下げ、後ずさりしていた。そんなフランシスを面白くないように見つめるニネット。

 私だって、王立フロラシオン高等学術院に通ってます。

 ヴィレウス王太子とただの貴族のおぼっちゃんを比べるなんて、不敬です。

 残念ね、フランシスと私は3歳のときからの仲良しなの。べーっだ!

 ニネットは内心そうやってムカムカしていた。そして、こんなことでムカムカする自分にも腹が立つ。

 しかし、フランシスとその取り巻きの令嬢たちを、面白くないように見つめていたのはニネットだけじゃなかった。


「やあ、フランシス・バルビエくん。こんばんは」


 フランシスが、困惑した顔で「こんばんは」と言った相手は、確かフロラシオンの一学年上の男だ。あと、その取り巻き。あまりにも興味がなかったので、ニネットはその男の名前を覚えていなかったのだが、フランシスが何度かその人に絡まれるんだ、なんてことを言っていた気がする。

 学校でもフランシスに絡むし、社交界でもフランシスに構うし、暇な男なのね、とニネットは呑気に考えた。


「婚約者がいるのに、こんなに素敵な女性たちをはべらせていていいのかな?」

「すみません、メルロー先輩」


 そう言うと、フランシスは困ったように令嬢たちを見やる。令嬢たちも、メルローと言われた男の嫌な目つきが気になるのか、フランシスが困った顔をしたからなのか──たちまち、蜘蛛の子を散らしたようにどこかへ行ってしまった。


「ここは蒸すね。少し外で話さないか?」

「え……でも」

「ん?」

「……ええ、はい」


 威圧感たっぷりのメルローの目線に耐えられなかったのか、フランシスは気乗りしない様子ながらも渋々と了承する。その返事を聞いて、メルローとその取り巻きたちはニヤニヤと笑った。フランシスは一瞬、ニネットと目が合った。ニネットはてっきり、フランシスが自分に助けを求めようとしているのかと思ったのだが、フランシスの唇は「心配しないで」と動いて、にっこり笑った。

 ニネットはぽかんとして、フランシスとメルローたちが庭に出ていくのを見送る。


 ──あの怖がりのフランシスが、私に「心配しないで」ですって?


 ニネットは驚きのあまり、持っていた扇が手から滑り落ちた。

 泣きそうになりながら、ニネットは僕との婚約を破棄したりしないよね、なんて言った、あのフランシスが。あんな品性下劣そうな男に絡まれても、私に心配させまいとにっこり笑ったのだ。

 ニネットは両手を口許にやった。なんだか嬉しくて涙が出そうだ。

 フランシスは、いつの間にかちゃんと“大人の男の人”になりつつあったのだ──……。


 とはいえ、まだフランシスが頼りないのも事実。我に返ったニネットは、扇を拾ってから慌ててフランシスたちの後を追った。


「バルビエ、俺たちはきみのことを思って言ってるんだよ。もうきみは婚約者がいるだろう?だからもうこういう社交界に出なくてもいいだろう」

「メルロー先輩、でも」

「でも?口答えをするのか?」


 メルローの取り巻きの一人が、フランシスの胸元をぐいと掴み、至近距離でフランシスを睨みつける。しかし、フランシスの方が背が高いので、なんだかちぐはぐな感じになっていたので物陰に隠れてその様子を見ていたニネットは少し笑いそうになっていた。


「口答えだなんて、違います。僕には確かに婚約者がいますが、貴族として社交界に顔を出すのは必要です。僕にも、婚約者にも」


 フランシスが果敢に言葉を返すので、メルローやその取り巻きたちは面白くないらしい。胸元を掴んでいた手を離し、肩を突き飛ばす。少しよろめいたフランシスは、困ったように眉を下げた。


「わからないかな?邪魔なんだよ、お前。社交界に出入りすんなってことだよ」


 メルローが語気を強めてそう言ったので、フランシスは「でも……」と言うが、またしても「口答えするな」と取り巻きに強く突き飛ばされる。つまり、フランシスが顔も性格もよく、貴族令嬢たちから好意を寄せられるので、社交界をお見合いの場として認識している婚約者のいない独身貴族令息たちにとって、フランシスは邪魔なのだ。なんと情けない理由でいじめをしているのか、とニネットは呆れる。私たちにとっては、社交界は人脈を作る場なのよ!とニネットは小さく毒づいた。しかし、突き飛ばされた側のフランシスは一瞬、今にも泣きだしそうな顔をしたので、メルローたちはそれを嘲笑する。


「こいつ、ほんとなっさけないよな。こんな奴と結婚する女が可哀想だ」

「でもあれだろ、こいつの婚約者って……ル・ジャンドル。すげえ男勝りの、性格が全然可愛くないやつ」


 そうして、メルローたちはフランシスのことだけではなくニネットのことまで侮辱したので、ニネットは怒りで目を見開いた。なんでこんな奴らに、フランシスも私も侮辱されないといけないのか。男勝りだなんて、こんな淑女になんてことを。ニネットはそのご希望に応えるかのごとく、怒りで顔を歪ませながら物陰から出ようとした、そのときだった。


「謝ってください」

「あ?」


 フランシスが、背筋を伸ばし、メルローに向かってまっすぐ言った。


「ニネットを侮辱したことを、謝罪してください。彼女は素敵な女性です。男勝りでもありません。芯がしっかりしている強い女性というだけです。彼女は誰よりも強く、優しい。彼女を侮辱したことを、謝罪してください」


 生意気なことを、と拳を振り上げたメルローの取り巻きにも怯まず、フランシスはその腕を掴む。元々、フランシスの方が上背がある。取り巻きはフランシスが急に抵抗したので、目を白黒させていた。


「謝罪してください」


 フランシスは、メルローに向かってもう一度言った。

 しかし、メルローのプライドはそれを許さず、別の取り巻きに向かって「やれ!」と命令した。別の取り巻きが、フランシスに殴りかかる。そして、突然のことに避けられなかったフランシスは、その拳を頬に受けてしまった。フランシスの唇が切れて、血が一筋垂れた。


「……満足しましたか?謝罪を」


 依然として謝罪を要求するフランシスに、堪忍袋の緒が切れたのかメルローは自分自身がフランシスに殴りかかろうと歩み寄る。しかし、お尻を思いっきりニネットに前蹴りされたせいで、メルローは前につんのめり、そのまま噴水に頭から突っ込んだ。


「な、な、なにをする!?」


 びしょ濡れになりながら、大声で喚くメルロー。その取り巻きたちと、フランシスは呆気に取られてニネットをぽかんと見つめていた。


「それはこちらのセリフよ!フランシスに最初に手を出したのはそちらです。こちらは正当防衛です!」

「過剰防衛だ!なんという無礼な女だ!」

「おあいにくさま。無礼な人間に無礼だと言われる筋合いはないわ!」


 ニネットはぎろりと取り巻きたちを睨みつける。


「さっさとあの馬鹿を回収して私たちの目の前から消えなさい!」


 その怒鳴り声に飛び上がった取り巻きたちは、慌てて噴水の中からメルローを助け起こす。まさか貴族令嬢に怒鳴り散らされるなんて夢にも思わなかったようで、驚いたようだ。取り巻きたちに助け起こされながらもメルローは「そんな貧弱な男と婚約して満足しているなんて、お前だって先が思いやられることだ!」と怒鳴った。しかし、「強さの意味を履き違えたお馬鹿さんにだけは言われたくないわ!」とニネットも負けじと言い返す。

 覚えてろ!と悪役の典型的な捨て台詞を残しながら、ビショビショに濡れたままメルローたちは退散したのであった。


 そんな後ろ姿に「あんたたちこそ!」と吐き捨てて、舌を突き出しているニネットを見て、フランシスはくすくす笑った。


「ニネットはやっぱり強いなあ」


 ニネットはフランシス用のハンカチを取り出して、フランシスの口の端の血を拭いながら「でも、あなたもなかなかかっこよかったわよ」と言った。


「本当に?」

「ええ」


 嬉しそうに笑うフランシスに、ニネットもにっこりと笑いかける。


「いつも僕はニネットに守られてばかりだから。ニネットに守られるばかりじゃなくて、ニネットを守りたい。ニネットのために、僕はもっと強くなりたいんだ。ニネット、きみの存在が僕の力になるんだよ」


 フランシスはそう言って、ニネットの頬にそっと手を添える。愛おしむように、親指でニネットの頬を撫でた。フランシスのラピスラズリのような瞳が、じっとニネットを見つめている。そして、フランシスはそっと瞳を閉じて、ニネットの唇にキスをした。

 しばらくして、唇が離れると、ニネットは静かにフランシスの背中に手を回す。


「……もう一回、してくれる?ここは、誰もいないから」


 ニネットが上目遣いでそう言うと、フランシスは笑ってもう一度ニネットにキスをしたのだった。


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