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家族   作者: はやはや
3/3

拓人

「じゃあな」

「うん。気をつけて」


 そう言葉を交わし妻の加菜と別れる。俺は上り電車が入るホームへ。妻は下り電車が入るホームへ。

 結婚して半年が経った。今、幸せだ。



 いわゆる勝ち組といわれる両親の元で育った。両親はともに有名国立大卒で、エリートが集うような企業で働いていた。母は俺が生まれると同時に退職した。

 父の稼ぎだけでも十分裕福な暮らしができた。


 家はその街で高級住宅街といわれる一角にあった。注文住宅というやつで両親のこだわりが随所に見られた。吹き抜けとか、天井近くまである窓とか、中二階のスペースとか。

 そして教育熱心な親が多い地域だった。幼稚園から受験し、そのまま大学までエスカレーター式に進学していく。もちろん途中でより学力の高い学校に進学する子どもも大勢いた。


 幸い俺は親のいいところは受け継いだようで、幼稚園受験をパスし、学校に上がってからは勉強も運動もよくできる子どもだった。クラスではリーダーシップを発揮していた。先生からの信頼も厚く、評価も高かった。

 けれど、みんなには秘密にしていることが一つあった。その秘密を抱えているせいで俺の心はいつだって一部に暗雲が立ち込めていた。


 俺には妹がいた。妹が生まれたのは俺が四歳の時だ。妹はダウン症で重度の心疾患を持って生まれてきた。そして、そのまま入院生活になった。

 俺が妹の愛季に会ったのは生まれた翌日の一回だけだった。愛季は小さくて柔らかくて、ふにゃふにゃと泣いていた。それを見て俺はとても可愛いと思った。

 愛季が家に帰ってきたら側を離れないだろうと思っていた。しかし、俺のその夢は永遠に叶わなかった。愛季が家に帰ってくることは一度もなかった。


 両親は障がいを持って生まれてきた愛季をいない存在にしようとした。「愛季に会いに行きたい」と言うと「子どもは病院に行けないのだ」と怖い顔で言われた。それ以来、愛季に会いたいと言えなくなってしまった。

 今思えば子どもが入院している病棟には感染症等を防ぐため、子どもがお見舞いで病室に入るのは難しかったのかもしれない。でも、ガラス越しに面会するとか方法はあったはずだ。

 両親は俺を決して愛季に会わせようとしなかった。まるで、愛季のことを忘れさせようとしているようにすら見えた。


 それでも、ずっと愛季のことを思っていた。一年後、愛季は亡くなった。病院の外の世界の希望や楽しさや明るさを知ることなく。両親のがほっとした表情を見せたのを俺は見逃さなかった。

 愛季の葬儀が終わりようやく落ち着いたある日。夕食の席で母が言った。


「ようやく元の生活に戻れるわね」


 それを聞いた父は怒るどころか深く頷き「まったくだな。大変な一年だったよ」と言ったのだった。俺は手にしていたお箸を落としてしまった。両親の言葉にショックを隠せなかった。

 そんな俺を見て「拓人にもいろいろ我慢させちゃったわね。ごめんね」と母が言い、「拓人。兄弟は? って聞かれることがあったら一人っ子って言うんだぞ。愛季のことは話すな」と父が言った。

 あの時、こんな大人になりたくないと思ったのだった。


 そんな両親を反面教師にしつつも俺はあえて親が期待するような道を歩んできた。でも、それは俺と愛季のため。長く生きられなかった愛季の分も俺が一緒に生きて行くと決めたのだ。

 社会人になって出会った加菜には愛季のことを全て伝えた。加菜は黙って頷きながら話を聞いてくれた。話を聴き終えた加菜は言った。


「拓人も愛季ちゃんも今まで頑張ってきたんだね。私、拓人も愛季ちゃんも好きだよ」


 加菜に抱きついて俺は泣いた。




 結婚の話を両親にしに行った時、俺は両親の対応を予想していた。きっと加菜の妹のことを否定する。そして愛季の話はしない。結果は予想通りだった。だから、俺は親とは絶縁すると決めた。

 知らない場所で加菜との暮らしを作っていく。実家から駅に向かう道すがら隣を歩く加菜の手を握った。

彼女の手は握温かい。この温かさこそが俺の幸せだ。




 ホームに電車が滑り込み風が俺の髪を揺らす。電車から吐き出される人々の上空には青空が広がっている。


――愛季。愛季のことを受け入れてくれる大切な人を見つけたよ。俺が愛季を大切に思うように彼女にも大切に思う人がいるんだ。愛季の分まで兄ちゃん幸せになるから。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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