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家族   作者: はやはや
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加菜

 遠くに山々が連なる街に引っ越して半年が経った。朝は少しだけ肌寒さを感じる季節だ。

 私と旦那は同じ時間にアパートを出て仕事へ向かう。職場は別々だけれど、電車通勤は一緒なので駅へと並んで歩く。改札を通った後「じゃあね」と言葉を交わし、それぞれ上りと下りのホームへ向かう。



 引っ越して半年=結婚して半年。そう結婚するとともに私達夫婦はこの街に引っ越してきた。大切な家族を守るために。

 私には五つ年下の妹、美歌がいる。美歌は名前にぴったりなくらい歌うことが好きで、無邪気だった。年下の幼なじみからも「美歌ちゃん、美歌ちゃん」と懐かれていた。美歌も小さい子と接するのが好きだったのだろう。大人になって保育士になった。


 私はそれが誇らしくもあり羨ましかった。自分がしたいことにつながる道を進んだ妹。一方で私は無難な道を進み内定をもらえた会社に入社した。

 妹の人生は希望に満ち溢れていたはずだ。けれど、どこかで歯車が狂ってしまった。妹は皮肉にも仕事が原因で病気になった。



 ちょうど同じ頃、社会人になってから友人の紹介で知り合い、付き合い始めた拓人たくとと結婚する話が進んでいた。拓人には美歌のことを話していた。

 昔に比べると家族に病気や障がいのある人がいるからという理由で結婚がダメになるなんてことは減っているだろう。私はそう思っていた。現に拓人は美歌のことを受け入れてくれた。


 安心したのも束の間、拓人は「実は」と少し曇った表情で告げた。




 拓人には四歳下に妹がいた。愛季あきちゃんという名前であること、一歳になる頃に亡くなったことは以前聞いていた。

 拓人の「実は」という言葉の後には、これまで知らなかった話が続いていた。


 愛季ちゃんはダウン症で重度の心疾患も患って生まれていた。拓人が愛季ちゃんに会ったのは生まれた翌日の一度きり。

 愛季ちゃんはそのまま入院となり家に帰ってくることなく一年程で亡くなったそうだ。


「愛季に会いたいって言っても、両親は『愛季の入院している病棟には子どもは入れない』って言って連れて行ってくれなかった」


 俯いて拓人が言う。さぞかし悲しかっただろう。私は黙って頷いた。


「両親は愛季の存在をなかったことにしたかったんだ。俺に愛季を会わせて、可愛いと思わせないようにするために会わせなかったんだ!」


 拓人の語気が強くなる。

 どうしてそう思ったのだろうか。経緯があるはずだ。私は拓人の言葉の続きを待つ。


「両親からある日言われたんだ。『兄弟がいるかって訊かれたら、一人っ子って答えろって。愛季のことは話すなって』 酷いだろう? 愛季がこの世に生まれてきたのを否定してるんだよ」


 拓人はそれ以来、愛季ちゃんの分もがむしゃらに生きると決めたらしかった。敢えて両親の期待に応え、自慢の息子になる。そして、いつかその時がきたら裏切ってやろうと思っていたと話す。


「俺はアンタ達とちがう。現実を受け入れて守るべきものはきちんと守るって思っているんだ」


「俺は加菜かなを守りたい。ずっと側にいたい。もちろん美歌ちゃんのこともきちんと受け入れる。だから、ずっと一緒にいて欲しい」


 拓人の目が私を捉える。気がつくと頬が涙で濡れていた。


「拓人も愛季ちゃんも今まで頑張ってきたんだね。私、拓人も愛季ちゃんも好きだよ」


 私の言葉に拓人は目を見開いた。その瞳にみるみる涙の膜が張る。「ありがとう」拓人は私を抱きしめた。


 拓人の両親に挨拶に行った。私の両親と同年代。どちらもすらっとしていて聡明な空気を漂わせていた。家族の話になった時、美歌のことを伝えた。

 その瞬間、部屋の空気が数度下がったように感じた。さすがにストレートな物言いで、美歌を否定することはなかったけれど、明らかに私達の結婚を渋るような態度になった。


 精神疾患において差別が残っていることは覚悟していたつもりだけれど、面と向かって否定的な態度を取られると、やはり心にひびが入る。悲しくなる。辛いのは美歌本人なのに。




「俺、親と絶縁してもいい。なんならあんな両親いらない」


 実家からの帰り道、拓人は言った。


「本当にいいの? 拓人の家族を壊しちゃうんだよ?」


 親と縁を切っても、私といたいと言ってくれる拓人が愛おしかった。私も拓人と一緒にいたい。でも、人の家族を崩壊させてしまうことに心が傷んだ。


「加菜は僕の大切な妹を否定しないでいてくれた。親でさえ存在を否定した妹を。そんな優しい加菜を手放すなんて考えられない」


 そういう最後の声は震えていた。泣いている。拓人が頑なまでに大切に守ってきたものを、私も守りたいと強く思った。



 私達は籍だけ入れ、この街に引っ越してきた。私達には縁もゆかりもない土地。それでも愛する人と一緒にいられることの喜びと安心感が知らぬ土地で生活をしていく不安を拭ってくれた。


 ホームに降りて電車を待つ。ふと顔を上げるとふんわりとした水色の空が目に入った。美歌は今頃どうしているだろうか。ベットから起きられているだろうか。

 私達二人の決断は愛季ちゃんだけでなく、美歌の存在を大切に守るものだ。心の中で美歌に語りかける。


――離れ離れになるけど美歌とは心が繋がっているよ。

第二話、読んでいただき、ありがとうございました。

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